6-12 未来を変えに行こうと思います
アンナとデイジーが行方不明の知らせを聞き、その時になってやっと私は、ゲームの記憶を思い出す事が出来た。
(どうして今まで忘れていたのだろう)
大事な時に思い出せない記憶なんて、全く役に立たないじゃないか!
思い出せずにいた自分自身に苛立ちを感じる。
「ヴァージニアさん! どうしたの急に」
私はフィーアと連れ教会へと走っていた。もう手遅れかもしれない。だが、アンナも戻っていないなら、まだ可能性は残っている。
ゲーム【ピュラブレア】の学院パートにおいて、唯一ゲームオーバーになるイベントが存在した。
それが、アンナ=クィント―通称サイ子によってもたらされるデッドエンドだ。
『ああああ、このサイコ女!! もう、ほんと嫌になる!』
それは、前の世界でのありふれた日常の記憶。
咲良の叫び声と共に、私の中でしだいにゲームに関する記憶が蘇っていった。
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突然の咲良の叫び声に、PCを弄っていた俺の手が止まる。ゲームの途中で彼女が奇声を上げる事は何度かあったが、【ピュラブレア】では初めての事だった。
「どうしたんだ? そんな叫ぶような……って何だこの画面」
そこには、血が滴るような文字でGAME OVERの文字が並んでいた。
確かにこのゲームは戦争パートで敵軍に攻め滅ぼされればゲームオーバーになるが、学院パートでゲームオーバー画面が存在するとか思いもしなかった。
「ううう、サイ子がああ」
「サイ子?」
ピュラブレアには悪役令嬢であるヴァージニア=マリノのように、ファンから特定の呼び名で呼ばれるキャラクターが数名存在する。サイ子と呼ばれる少女もその一人だ。
サイ子―アンナ=クィントは、攻略対象であるフィーア=クィントの妹で、重度のブラコンである。
それだけなら問題は無いが、彼女の兄に対して主人公の好感度がわずかでも上がっている場合、アンナによる特殊イベントが発生する。通称サイ子デストロイと呼ばれるそのイベントは、その気が無くてもフィーア=クィントと出会い、好感度が少しでも上がってしまえば、間違いなく発生するという酷いものであった。
サイ子デストロイとは、サイ子によって呼び出された主人公が、古代遺跡の罠にかかりそのまま焼け死にゲームオーバーになるという酷いイベントの事だ。これを回避するためには、フィーア=クィントとの好感度をある一定値まで上げておく必要がある。
このイベントがバグではないか? とまで言われた理由は、フィーアと出会っただけで内部データとしての好感度が上昇しており、その時点で主人公はサイ子のターゲットになってしまうというフラグ管理のせいだった。
間違ってフィーアと顔を合わせたしまったプレイヤーは、フィーアの好感度を必死に上げなければ、そのままゲームオーバーになってしまう。他の攻略対象とのイベントよりもフィーアイベントを優先してこなさなければならなくなり、ちゃんと好感度調整をしていないプレイヤーはサイ子デストロイを回避したとしても、目的の相手と結ばれる事無く、フィーアと共に教会で一生遂げるエンディングを拝む羽目になるのだ。
これには、多くのプレイヤーから苦情の声があがり、最終的には修正パッチ配布による調整がなされていた。
咲良がピュラブレアを行っていた時はまだ、修正パッチの配布前であり、咲良がセーブしたファイルすべてがサイ子の標的となった手遅れ状態であった。
「Wikiに書いてある通りにすればいいんだろ? フィーア=クィントとの好感度を上げるしかないだろ」
「ううう、緑は趣味じゃないから嫌なの!」
咲良は渋々、最初からゲームをやり直し始める。正確な好感度調整を行えば、サイ子デストロイを回避した後でも別の攻略対象とのエンディングを向かえる事は可能だが、それはハーレムエンドを迎えるレベルの好感度調整が必要となるようだった。おおざっぱな性格の咲良には無理だろう。
「でも、フィーア=クィントとの好感度が高ければ何で回避できるんだ?」
「あー、そーま気になるの? しかたないなぁ」
そういって咲良はPCを弄り、人が投稿した動画のページを俺に見せる。
「緑の守護イベント?」
「まぁ、見てみ」
咲良に言われて動画を再生する。そこにはフィーアに擁かれた主人公が、炎の熱により苦悶の表情を浮べる姿が映る。フィーア自体は緑の封剣守護者であるため、炎の魔術が効かないのだろう。だが、擁かれている主人公は別だ。炎の熱と煙でどんどん、体力を失っていく。
周りの炎が激しくなるなか、フィーアの叫びが遺跡に木霊する。
『大神も封剣の守護も何もいらない! 誰でもいい、ただ彼女を守る為だけの力をこの私に!』
その直後、フィーアの身体から緑色の光が、主人公からは白い光が発生し、互いに交じり合い美しい光景を映し出す。
「これって……」
「うん、戦争モードでお世話になってる合体魔術。風の魔術による真空領域を発生させて炎を完全に防いでいるって解釈らしい」
「でもそんな事したら」
自分の周りの空間を真空状態にすれば、自分達のまわりの空気さえなくなってしまわないだろうか。
「だから、ほら」
モニターには、苦しそうな表情の主人公にフィーアが口付けするシーンが映し出される。キスで互いの吐く息に含まれる酸素を循環させているつもりだろうか。
「いや、無理だろ」
「まぁ、ゲームだしね。このイベントを超えなければサイ子デストロイを回避できないから、他の攻略対象のファンは基本的にサイ子に狙われたら、ロードするかリセットするかの2択らしいの」
下手にセーブをしてしまえば、回避不能の死のループに閉じ込められ、すべてのデータを破棄する事になる。そういうも状況も含め、ファン達の中でこの一連のイベントはサイ子デストロイと呼ばれ恐れられていた。このイベントに関し開発を酷評する声が上がっていたのは当然の事だと思う。
緑には近寄るな。サイ子に狙われたら諦めろ。
Wikiの初心者Q&Aに記載されていたその文章の意味を、俺はこの時になって初めて理解する事が出来たのだった。
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サイ子デストロイは2年目の夏に発生するイベント。つまり主人公が14歳の頃のはず。まだ4年以上先の話だ。だが、ゲーム内のアンナの表情と台詞から、彼女がこれまでも罠にかけて人を焼き殺している可能性は示唆されていた。
(まさかと思うけど、デイジーを)
アンナに友人だと告げたのは私だけではない。デイジーもだ。
そんな友人を、アンナが手にかけるなんて出来るだろうか。
(ゲームの彼女に友人なんていなかったはず)
ゲームではフィーアもアンナも教会の外に人間との交流は殆ど無かったはずだ。だからこそ、余計に外の世界の人間である主人公にフィーアは惹かれていく。
だが、この世界のフィーアもアンナは教会の外の世界の事を知っているし、アンナには私やデイジーという友人が存在する。それが唯一の希望だ。
「ヴァージニアさん、どうして教会に」
フィーアの言葉で我に返る。そう、何故教会に向かったのか。
これもまたゲームの中にヒントが隠されていた。
アンナ=クィントの罠にかかり大穴の底に落ちた主人公は、フィーアに助けを求める。遠く離れたはずの彼女の声を聞き取ったフィーアは、その声が教会の下から聞こえる事を感知する。
アンナが見つけた古代遺跡は、彼女が見つけた入り口以外にもう一箇所存在していた。それが教会の地下。魔術によって封印された扉の奥だ。
「フィーアお願い。一刻を争うわ。禁忌を犯す事になるけど、教会の地下に一緒に来て」
「ど、どうしてそれを」
教会の地下。それは教団の人間にとっては禁忌とされた場所。
だが、その奥こそアンナが見つけた遺跡に通じているもう一つの入り口が存在する。
「デイジーを、そしてアンナの事を貴方が大事だと思うなら一緒に来て」
「……わかりました」
フィーアは頷き、私を連れ教会の地下へと足を進める。
「やめなさい、フィーア。その先にいけばお前を破門しなければならなくなる!」
「父上、申し訳ありません。ですが、デイジーさんは戦技課の大事な仲間ですし、アンナは、私にとってかけがえの無い存在だから……」
必死に止めようとするセイン様を振り切り、私達は地下へと続く階段を下りていく。暗い地下室の奥、青白く輝く紋が浮かぶ扉が見つかった。そうこれこそが、彼女達の所に繋がるもう一つの入り口。
「おいおい、なんだこりゃ」
私は間の抜けた声に驚き、慌てて振り返る。そこにはヴァイン、トミー、レビンの3人の姿があった。
「え、どうして付いて来たの?」
「お前なぁ。デイジーもアンナも俺達の仲間だ。お前が走り出したって事は、どこにいるか分かるって事だろ。なら俺達も付いて行くに決まってるじゃねーか」
だが、ここから先は命にかかわる事だ。ヴァインならまだしも、トミーやレビンでは……
「お前のその顔。トミーやレビンじゃ足手まといとでも思っているんだろ。余計なお世話だ。こいつらに何かあれば俺が守る。俺達は仲間だ。ヴァージニア=マリノ。仲間を助けたいって思いを持った人間を、お前は蔑ろに出来るのか?」
そんな事できるはずが無いじゃないか。誰よりも友人を救いたいと思っているのはこの私だ。同じ思いを持つ仲間の思いを無碍に出来る程、私は強くはない。
「ヴァイン、絶対に彼らを守ってね」
「ああ、まかせろ。俺は二つ名を持つ魔術師だぜ?」
本当にこの少年は……。焦燥感にかられていた私の心を、彼の言葉が解きほぐしていく。
「ヴァイン」
「ん?」
「来てくれて有難う。貴方がいてくれて本当によかった。それから、トミーとレビン。二人とも有難う」
私とフィーアだけではない。戦技課全員で変えるのだ。
「フィーア、ヴァイン、扉に手をかざして。貴方達の力なら、【貴方達に宿る封剣守護者としての力】なら、この闇魔術を破壊できるわ」
封印の扉の正体は、闇魔術による結界。いかなる魔術でも元となる魔素ごと喰らい尽くす封剣守護者の力の前では、古の封印ですら、その力を失う。
「もっと、意識を集中して! 掌から扉の魔術を感じて。そして、それに干渉するの!」
フィーアとヴァインの身体からそれぞれ緑と青の光が溢れ出す。封剣守護者としての力の発現。
ゲームではフィーアが主人公への思いにより覚醒し、扉の封印を破る事になっている。
だが、この世界でフィーアがそれほどまでに彼女達の事を思っているかは分からない。もしかすると、フィーアだけでは封印を破る事は出来ない可能性さえ存在する。
だが、ここにいるのは彼だけではない。ヴァインもいるのだ。
ヴァインは魔術に関しては天才的なセンスを持つ少年。この二人の力なら……
パキッ
扉の周りの空間に亀裂が走りそこから光が溢れ出す。
次の瞬間、扉に浮かび上がっていた紋は光を失い消え去っていく。
「なんだか分からないけど、すごいよ二人とも!」
「うんうん」
トミーとレビンは二人の姿に興奮を隠せないでいる。彼らだけじゃない、私もまたその光景に魅せられていた。
「トミー、レビン。次は貴方達の仕事よ。さぁ、扉をこじ開けて」
「OK!」
「うん、まかせて」
二人は、足元がふらついているフィーアとヴァインに代わり、力一杯扉を押し始める。石の扉は音を立てながら、ゆっくりと開き、人一人入れる程度の隙間が生まれた。
「炎のオドよ転き換ぜよ、火よ点じて闇を照らせ【点火】」
指先に明かりとなる炎を点し、彼らがこじ開けた扉の隙間へと身をすべり込ませる。
「ありがとう、二人とも。それじゃぁ、行くわよ!」
私の声に、少年達はそれぞれに頷く。
さあ、未来を変えに行こう。
私だけの力でもフィーアだけの力でもない。ここにいる全員の力で……。