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6-11 はっきりさせようと思います

 

 ヘレナ先生作の浴室は予想以上にすばらしいものだった。

 ただしあくまでそれはお風呂に限定される。元の記憶でも私は、あまり集団での入浴というものは、好みでは無かった。入浴というものは、個人でゆっくりと疲れを癒しながら、心身共にリラックスさせる事にこそ、その素晴らしさがあるのではないだろうか。少なくとも今現在のような、なんともいえない窮屈感を味わいながらの入浴は、私の好むものではない。


「ヴァージニアさんって肌がすごい綺麗ですよね。何かされているんですか?」


 デイジーはそういいながら私の背中に触れてくる。ぞくっとしてつい体を強張らせる。


「髪もすごい滑らか。輝くような綺麗な金髪ですし、うらやましいですわ」


 アンナのほうは私の髪を先ほどからずっと弄っている。

 肌も髪も特別な事はしていないし、何をしているのかと言われても答える事は出来ない。私がやっていた事なんて、四六時中、魔導と剣術に励む事ぐらいだ。そんな事より、いつも以上に近い少女達の距離感に、私の心はすでに恥かしさで折れそうになっていた。


「そういえばヴァージニアさんは、ヴァインさんとお付き合いをされているんですよね?」

「へ?」


 すでにギブアップ状態の私に、アンナが追い討ちをかけてくる。

 どうしてヴァインと私が付き合っている事になっているんだろう? 彼とはただの友人同士だ。そんな風に思われれば、ヴァインの方も気持ち悪く感じるだろう。


「あ、私もそう思ってました。どうなんですか? ヴァージニアさん」


 とち狂っているのはアンナだけでは無いようだ。デイジーも同様の質問を私に投げかけてくる。

 私は彼女達の目が曇りすぎているのではと心配になった。


「ヴァインと私はそんなのじゃないわ。見ての通り、ただの友人同士よ」


 それ以上でもそれ以下でもない。個人的にはヴァインの事は親友と言いたい所ではあるが、私のほうからそう言い出すのは恥ずかしく思えるし、ここは友人としておく事にした。


「誤魔化さなくても誰にも口外致しませんわ」

「ですです。もう、ばーんって言っちゃいましょう!」


 デイジーとアンナは、湯船に浸かる私ににじり寄りながら追求を深める。ふと洗い場に目をやると、ドロシー先生とサニア先生もこちらを意識しており、どうも聞き耳を立てているようだ。


「誤魔化すも何も、彼とは本当に友人よ。ま、まぁ。私としては親友って言いたい所ではあるけど……」


 あまりにしつこいので、自分が彼を友人というより親友と思っている事を告げる。やはり自分の口から誰かを親友と言うのは恥ずかしい。彼が私を親友と思っていなければ、私からの一方通行すぎて、すごく痛々しいじゃないか。


「えっと、真剣に言ってます? 流石にそれは……」

「ありえないですわ……」


 どうして2人がそれ程に、驚いた顔をしているのか理解出来ない。


「はぁ……ヴァイン君は報われないわねぇ」

「初恋とは、実らないのが世の常」


 ドロシー先生とサニア先生の呟き声が聞こえる。小声でも響いてよく聞こえてるんですよ?


「ちょっと待って、二人とも。まさかヴァインが私の事を、そういう風に思っているって考えてるの?」


 二人は私の問いに何を今更といった顔で頷く。洗い場の方では、ドロシー先生とサニア先生までも背中を向けた状態で頷いていた。

 いやいや、おかしいだろう。

 自慢にはならないが、これまで私が、男性に好意を持たれるような素振りをした事なんて一度も無い。むしろ出来る限り、変な風に意識される事を避けようと行動しているつもりだ。

 師匠には『お前、女子力の才能だけは本当に皆無だな』と言われる始末である。

 そんな私の事をヴァインがその――


「少なくともヴァイン君のヴァージニアさんを見る目は、他の女性へ向けるものと全然違いますよ」

「一緒に行動される時、ヴァインさんはヴァージニアさんをそれとなくエスコートしておられますわ」


 そんな覚えは一切無いのだが……。

 かといっていつまでも、2人からそういう目で見られ続けるのはたまったものではない。ここではっきりさせておこう。私は湯船に体を沈めながらそう考えた。



 □□□


「ヴァイン、ちょっと聞きたい事があるの」


 ヴァイン達がお風呂から上がってきたのを確認し、私はすぐに彼を呼び止めた。


「ああ、僕ら先に部屋行っておくよ」

「そうだな、行こう二人とも」

「ですね」


 レビン、トミー、フィーアの三人はそう言って技術棟の階段を上がって行く。

 私の後方では、デイジーとアンナの二人が隠れて様子を伺っている。これは私が事前にそうするように言っておいたからだ。2人からヴァインの事を言われ続けるのも面倒だったので、彼女達には、私とヴァインが友人同士であるとはっきり分かる場面を見せておくべきと判断したからだ。


「で、話って何だよ」

「いや、たいした事でも無いんだけどさ……」


 改まって言うとなると、少しだけ恥ずかしくなる。

 相手はヴァインで、互いに友人同士と思っているのは分かっていても、そのせいで彼に変に思われたり、ぎくしゃくした関係になったりするのは嫌だ。


「なんだよ、はっきりしないな。お前らしくない……何か悩み事でもあるのか? 俺でよければ相談に乗るぞ」


 ヴァインはいつでもこうやって私を助けようとしてくれる。

 それがありがたく、頼ってしまっている事が申し訳なく思える。


「話ってのはその……ヴァインが私の事どう思ってるのかなって事で……」

「お前の事をどうって……え? それって」

「ヴァインってさ、私の事、好きなの?」


 彼が息を呑むのが感じられる。後ろではデイジーとアンナが興奮しているようだ。まったく、人事だと思って。


「いや、デイジーとアンナの二人がさ、ヴァインは私の事が好きとか変な事言うから」

「お、おう」

「そんなわけ無いよね。だって私達は()()()()()同士だし」

「あ、ああ。そ、そうだよな。友達だよな……」


 ヴァインの顔色が急速に暗くなる。

 ああ、まさかそうなのか……。


「そ、それだけ。じゃあ、お休みなさい。ヴァイン」

「ああ……おやすみ」


 私はそそくさとその場を後にする。

 急ぎ足で去る私の後を、隠れて見ていた少女達が慌てて追いかける。


 5年の間、ずっと近くにいすぎたせいで、私は彼の事をちゃんと理解する事が出来ていなかったのだろう。流石の私でも、先程の彼の表情を見れば、彼が私をどう思っているのかぐらいは分かる。


(嘘だろ……ヴァインは私をそういう目で見ていたのか)


 ずっと友人だと思っていた()()に、告白されたようなものだ。

 正直言って困ってしまう。確かにヴァージニア=マリノは女性だ。だから、ヴァインがそういった感情を私に持ってもいても、別段おかしな話では無いかもしれない。だが――


(ヴァインって女の趣味、悪くないか?)


 自分で言うのもあれだが、女として私に好感を持つような人間は、かなり趣味が悪いと思う。

 確かに見た目だけならそれほど悪くも無いだろう。仮にもゲームの悪役令嬢だ。

 それなりの外見をしている自負はある。だが、女性らしい格好をした覚えは数える程しかないし、お淑やかとは180°かけ離れた生活を送っている。


(友情からの勘違いだとは思うが)


 友達だからと気を許しすぎ、それを恋愛感情だと勘違いしてしまったのだろう。彼もまだ10歳だ。精神的にもまだまだ未熟。

 そんな彼の為に、ここは気づかない振りをし続ける事が正解ではないだろうか。

 そのうち、ヴァインも普通の女性に好意を示すようになるだろう。


(ナータなんて、どうみてもヴァインの事を気にかけてるように見えるし)


 親友のナターシャが彼に仄かな恋心を抱いている事は、二人を見ていて分かっていた。ヴァインなら彼女の気持ちに気づき、応えてあげる事が出来るだろう。ヴァインもナターシャの事を憎からず思っているのは知っている。何より二人はゲームでは婚約者同士だ。くっついてもおかしな話ではないだろう。私としても、親友の二人には是非とも幸せになってもらいたい。でも――


(この言い知れぬ寂寥感は何だろう)


二人が恋人同士になる未来を想像した時、それを祝福する気持ちの裏で、何ともいえない物悲しさを感じていた。だめだだめだ。よくは分からないが、今は考えるのはよそう。


「ヴァージニアさん速過ぎる……」

「待って下さいいい」


 かぶりを振うと、後を追う二人の息を切らした声が聞こえてきた。

 部屋に着けば、先ほどの事について、彼女達が詳しく聞いてくるだろう。


(鈍感なフリをして、彼の好意に私が気付いていないと彼女達に思い込ませなければ)


 そう考えながら、私は肩で息をする少女達が追いつくのを待ち続けた。



 □□□


 その日の夜、少年達は、与えられた部屋で『第一回ヴァイン=オルストイ慰労反省会』を開く事になった。


「ヴァイン、どうしてあそこでそうじゃないって言わなかったんだよ」

「トミー、そうは言っても、あんな風に友達だと言い切られてしまったら、それを違うだなんて言い出せないって」


 トミーとレビンの二人は、あの場でどうすべきだったのかをずっと話し合っている。


「……」

「ま、まあ。今はまだ友達って事なんじゃないでしょうか。これからですよ。これから」


 当のヴァインはまるで魂が抜けたかのような表情で、フィーアに慰められていた。


「とりあえず、これからどうするか考えようぜ」

「そ、そうだよね。ヴァインとヴァージニアさんの仲をどうやって進展させるか」


 トミーとレビンを中心に、少年達の作戦会議は明け方近くまで続く。この作戦会議によって最も被害を受けた人間は、彼らの会議に巻き込まれた随伴教員のウルバス=ブリックだろう。

 ウルバスは彼らから、どのようにすれば女性の心を射止められるかという質問だけではなく、サニアとの出会いや結婚に至るまでの恥かしい話まで、すべてを暴露させられる羽目となる。


 そうして朝を迎える頃には、ヴァインもすっかり立ち直っていた。彼を立ち直らせたのは少年達の献身的な態度による所も大いにあったが、何よりヴァインを勇気づけたのはウルバスとサニアの話のおかげだったのだろう。


「最初からサニア先生に嫌われていたウルバス先生に比べたら、俺はジニーの親友からスタートだし、まだまだ望みはあるよな!」

「「「うんうん」」」

「お、お前らなああああ!」


 その日は朝も早くから、ウルバス=ブリックの怒鳴り声が技術棟に響き渡っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男子チームの友情が、厚いです。 [気になる点] ジニーちゃん、かなり拗らせてたんですね(๑'ᴗ'๑)
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