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6-9 料理を食べようと思います

 

「いらっしゃい」

「こんにちわ、ミーサさん。少し人数が多いけど大丈夫かな?」


 私達はレビンに連れられ、ある料理屋の前に来ていた。


「あらレビンじゃない。そちらの方達は?」

「あ、僕の学校の友達と先生……なんだ」


 恥かしそうに顔を赤らめながら私達を紹介するレビンに申し訳なくなりながら、私達は各々ミーサさんに頭を下げる。


「ドロシーと申します。学院でレビンさんやこの子達の講師をしております」

「私も彼らの講師。よろしく」


 ドロシー先生とサレン先生がそれぞれミーサさんに自己紹介をされる。やはり大人を連れてきて正解だった。ミーサさんは二人の姿に納得する。


「王立学院の講師の方ですか。まあ、こんなとこでいいのかねぇ」

「ええ、レビンさんからお勧めの料理屋と聞いております。入ってもよろしいでしょうか?」

「こんなとこですけどどうぞ入って入って」


 ミーサさんに案内され、店の中に入る。

 どうも宿屋と一体になった構造をした建屋で1Fや日中や料理屋、夜は酒場を2Fでは宿を運営しているようだ。数人のお客の姿が店内に見られる。彼らは料理を食べながら仲間同士楽しげに話していた。


「あれって、冒険者の人達?」

「うん、ここは冒険者の人達の宿兼料理屋だから」


 私の問いにレビンが答えてくれる。王都フェルセンに冒険者達のギルドが存在する事はゲームの情報で知ってはいたが、こうして本物の彼らの姿を目にすると、なんだか心に滾るものを感じる。

 ゲーム【ピュラブレア】の世界なので、ファンタジーの世界ではある事は理解していたが、やはり冒険者という言葉の響きは今まで以上に私を興奮させていた。


「レビンがこんなに友達を連れてくるなんてね。で、何にするんだい?」

「今日のおすすめってなんですか?」

「ドードー鳥の煮込みとダガー豆のスープ。それから野兎のパイかねぇ。いい鳥が入ったからね」


 ドードー鳥は大型の鳥類の一種で気性が荒く、少し肉質は硬いが、獣肉のような脂の旨さと鳥肉の旨味を兼ね備えた鳥だ。ダガー豆は向こうの世界でいうところのソラ豆のようなもので、緑色をした少し大きな豆だ。味もそのままソラ豆に近い。


「えっと、それでいいかな?」


 レビンが恐る恐るといった形で私達に問いかける。それに私達は皆、うなずき答える。


「あいよ。じゃあ、ちょっと待ってな」


 そういってミーサさんはカウンターの奥へと姿を消す。


「こういった店に入るのは初めてだな。なんか、わくわくする」


 ヴァインの言葉にフィーアとアンナが頷き賛同する。もちろん私もこういう店は初めてだ。

 少し薄暗い店内には先ほどからいい匂いが漂っている。店の客の表情も穏やかで、雰囲気の良い店であることが分かる。


「先に飲み物とスープ。ここはアルコール入ってないものはあまりおいてなくてね。学院の生徒さんの口に合うか分からないけど」


 そう言ってミーサさんは人数分のカップに黄色い色をした液体を注いでくれる。レモンの爽やかな香りが辺りに広がる。そっと手に取り口付けてみると、レモンの爽やかな香りが鼻を抜けていき、蜂蜜の甘さにジンジャーの刺激がいいアクセントとなっていた。


「レモンジンジャーティーね。おいしいわ」

「うん。ほっとする味」


 ドロシー先生とサレン先生も満足そうな顔で、カップに口を付けている。


「ミードを卸してくれてる酒屋で一緒に料理用で蜂蜜仕入れててね。まぁ、気に入ってくれたならよかったよ」


 ミーサさんはにっこり笑いながら私達の目の前に緑色のスープを並べてくれる。そんな彼女を1人の少女が手伝う。娘さんだろうか?


「ああ、この子は私の娘さ。ほらエレナ、挨拶しな」

「こんにちはエレナっていいます。いっぱい食べていってくださいね。レビンもね」

「うん。ありがとね、エレナ」


 そういって彼女はレビンに笑いかける。レビンもそんな彼女に嬉しそうに答える。


「この子とレビンは小さい頃から仲がよくてね。レビンが学院に行くようになってからいつも寂しそうにしてたんだよ。」

「もう、母さん!」


 エレナは顔を赤くしてミーサさんの背中を叩く。幼馴染といった所だろうか。

 一頻り照れた後、エレナはミーサさんと友にスープの配膳を進めていく。


 スープを一口啜ってみると、ダガー豆の淡いようではっきりとした旨味が口いっぱいに広がり、爽やかさとコクの余韻がずっと舌に残る。味付けは塩と胡椒だけに思えるがダガー豆本来の優しい甘さが味の輪郭をくっきりと際立たせてくれている。


 周りを見ると皆、おいしそうにスープを啜っていた。特にフィーアとアンナは互いに顔を綻ばせてスープの味を楽しんでいる。


「おいしい。レビン、いい店教えてくれてありがと」

「そ、そんな。気に入ってもらえたらそれで嬉しいよ。ヴァージニアさんは貴族の人だから、大丈夫かなって心配してたんだ」


 私の言葉にレビンは恥かしそうに顔を俯かせながらも喜んでくれる。


「こいつの家は貴族っていっても森の奥の田舎だから、気にしなくても大丈夫だぞ」

「田舎言うなー!」


 ヴァインの軽口で周りに、皆の顔も綻ぶ。戦技課の仲間として一緒に過ごして一月以上立っているが、やはり貴族という立場はレビンや他の生徒に緊張感を与えていたようだ。

 こうして、皆と同じテーブルで食事をする事で、そういった垣根のようなものを少しでも取り除ければ嬉しいと思う。


「はい、ドードー鳥の煮込みと、野兎のパイ。熱いから気をつけておくれ」


 テーブルには大きなパイと人数分の鳥肉の煮込みが配膳される。ドードー鳥の煮込みは飴色の照りと生姜の香りが食欲をそそる。肉を切り分け、口にいれると思った以上に柔らかく、肉の旨みと香ばしさ、優しい蜂蜜の甘みと生姜の香りが口に広がり、後に引く旨さに手が止まらなくなる。ドードー鳥の肉質は少し硬いはずだが、これは蜂蜜に付けることで熱をかけた後、硬くするのを防いでいるのだろう。

 柔らかいドードー鳥の肉は、獣特有の脂の旨味と鳥肉のさっぱりとした味わいを兼ね備えており、こってりときつ過ぎる事もなく、肉本来の旨味を十分に堪能が出来た。


 ドードー鳥の煮込みに関しては、やはりヴァインとトミーの食の進みが早い。

 彼らはすぐに自分の分を食べ尽くし、物欲しそうな顔で他の人の皿の様子を見つめている。


「トミー、よければこれ」

「ほんと! ありがと!」


 レビンはトミーに自分の皿の肉片をいくつか分け与えてあげている。


「……」

「あげないわよ?」


 それを見たヴァインが私の皿のドードー鳥を物欲しそうに見つめている。もちろんあげるわけがない。人間という種は古代より食べ物の奪い合いや縄張り争いをしてきた生き物であり、食に関する争いは絶えた事がないのだ。


「おい、ジニーあれ見てみろよ。冒険者の魔術師だ。かっこいいな」

「え? どこ?」


 ヴァインが指差す方向には、楽しそうに食事をしながら酒を飲む男女の姿があった。女性のほうはその服装から魔術師のようだ。王国の魔術師団の衣装とは異なり、性能面を重視したその姿は、まさにファンタジーの魔術師そのものという姿であった。


「かっこいい……」

「もがもが……だろ?」


 ん? ふとヴァインの見ると頬を膨らませ何かをほお張っている。パイを食べているのかとも思ったが、どうも様子が変だ。さっきから目をあわせようとしない。


「あ、あの。ヴァージニアさん。その……お皿の中」

「ん? お皿の中って……あああああ!」


 デイジーに言われて、ふと私の目の前のお皿の中を見ると、先ほどまであったドードー鳥の姿はどこかに消え去っていた。


「ヴァイン……ひとつ聞いていいかしら?」

「もがもが……コク」

「おいしい?」

「もがもが……コク」


 あまりの事に一瞬、目の前が真っ暗になる。この不届き者を【燼滅】で灰に変えてやろうかとも思ったが、青の封剣守護者には炎の魔術は利かない。しかたなく、思いっきり奴の足を踏みつけてやる。


「んぐぅ!!」

「死ね、この馬鹿! 森に行って私のドードー鳥捕ってこい!」


 思いっきりヴァインを罵る私の姿に、ドロシー先生は苦笑いを浮かべながらも、追加のドードー肉の煮込みを注文してくれる。やっぱり先生達を連れてきてよかった。

 その間、ミーサさんが切り分けてくれた、野兎のパイを頬張る。野兎はとても柔らかく淡白な味わい、でキノコとタマネギの旨味とハーブの香りが食欲をそそっていた。

 その後、追加注文したドードー鳥の煮込みを私はおいしく戴くことにした。

 ヴァインとトミーがじっと私のお皿を見つめていたので、しかたなく少しだけ分けてあげはしたが。

 まあ、パイを食べた後だった為、お腹が一杯になっていただけだが。


「ふう、お腹一杯」

「おいしかったぁ」


 ヴァインとトミーは幸せそうな顔で、レモンジンジャーティーを飲んでいる。

 フィーアとアンナも互いに料理の感想を言い合っていた。彼らは修道士であるが肉類は大丈夫だったのだろうか。普通に食べていたから大丈夫なのだとは思うが。


「フィーアとアンナは、今日みたいな肉とか大丈夫なの?」

「ええ、問題ありませんわ。教会の教えで食肉を禁ずるなどは御座いませんし」


 そういうものなのか。前の世界の感覚のせいか、宗教には食肉のタブーというが付きまとうように思っていた。だが、この世界の大神ピュラブレアへの信仰はそういったものは無いようだ。


「でも、こういったお料理はあまり口には致しませんね。お肉は贅沢と思われてしまいますので。ですから今日のお料理は本当に美味しく戴きました」


 そういってアンナは笑顔で答えてくれる。贅沢と思われるというのは、教会が贅沢をしている風に見られる事を避けるという意味だろう。教会は信徒に【癒しの祝詞】、祝福や聖水を与える変わりに寄付を集める事で生計を立てている。もちろん国からも援助を受けてはいるが、それでも寄付により成り立っているのに変わりない。その為、周りから贅沢しているように思われては良くないのだろう。


「そんな顔をしないでくれないかい? 別に僕らはそれを嫌だとは思っていないんだしね。でも、アンナが言うとおり今日の料理は本当に楽しませてもらったよ」


 ――『君の料理は本当に美味しい。一つ一つに作り手の愛情が感じられる。毎日でも食べていたいぐらいだよ』


 フィーアとの好感度を上げるイベントで、お弁当を作ってくるというのがあった。

 咲良がやっているのを見ながら、他の攻略対象ではそういうイベントがなかったのにフィーアだけある事を不思議に思っていたものだ。だが今の話を聞いて、日常的に質素な食事をとらざるを得なかったフィーア=クィントらしいイベントだったという事に気がついた。


「ふーん。じゃあさ、今度は全員でなんか料理とかするか? 肉とか焼いてさ」

「焼肉!」


 ヴァインの言葉にトミーが賛同する。今食べたばかりだというのにこの二人の胃袋はどうなっているのだ。


「あはは、いいね」

「お兄様? ま、まあ、お兄様がいいのであれば……」


 フィーアが珍しく声を出して笑っている。それを見たアンナは驚きながらも少し嬉しそうだ。

 ゲームでは、14歳の時に教会でイベントを立てないと会うことは無かった二人。ゲームよりも4年も早く彼らと出会えた事は幸運だったのだろうか。それは私には分からない。


 ただ、フィーアが笑い、アンナが嬉しそうにする姿を見れた事が、私をほっとする気持ちにさせていた。何故そう感じるのかは分からないが……。


 ――『貴女に私の気持ちを理解するなんて出来はしないわ! 』


 ふと何かを思い出しそうになる。

 泣き顔で叫ぶのは今より成長した姿のアンナだろうか?


「兄様、私今度は甘いものも食べたいですわ」

「甘いもの、いいねー」


 アンナの言葉にレビンが頷く。皆が楽しそうに笑い合う。


 ――『……どうして……私は…… 』


 悲痛な少女の声が、私の脳裏に浮かぶ。もしこの中の誰かが辛い目に合うというなら、なんとかして助けてあげたい。そう考えてしまう私は、やっぱりただの偽善者なのかもしれない。

ただの飯枠です。


ドードー鳥の煮付けは、雉肉の蜂蜜煮を想像ください。

ダガー豆のスープは、ソラ豆のスープを。

これはブイヨンを入れないで茹でたソラ豆を裏ごししたペースト、牛乳、塩コショウで味付けしたものと考えください。

野兎のパイは、野兎をハーブとタマネギで炒めたものを、キノコと一緒にパイに包んだ感じです。

味は塩コショウ。


蜂蜜は便利な調味料なので宿では蜂蜜酒と一緒に仕入れている感じです。


それぞれの値段設定は、日本円で


ドードー鳥の煮付け 1000円 x10

ソラ豆のスープ 350円 x9

野兎のパイ 700円 x9

レモンジンジャーティー 300円 x18


合計 24850 円(銀貨25枚)


ぐらい。食事だけで2761円/人。結構高め。

冒険者の宿代が一日4000円(銀貨4枚)程度の設定です。


今回は戦技課の打ち上げなので、ドロシー先生はたぶん経費清算するんじゃないでしょうか。

講師兼任の研究員の給料は金貨3枚/月程度でしょうし(金貨1枚=銀貨100枚)。

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