6-8 医療魔術の開発をすすめようと思います
戦技課のテーマとして最初に挙がったのが、魔導具の開発と医療魔術の開発の2点であった。
魔導具の開発に関しては、鍛冶、細工、魔術、魔導具作成の要素が必要となると、そして、医療魔術の開発に関しては、調薬、修道、魔術の要素が必要となると考えられたからだ。
最初のテーマとしてこちらが挙がった理由としては、戦技課員の各々が持つ技術を組み合わせる事で達成される開発を行うことにより、課員同士の技術と人間性を互いに理解し合おうという意味合いが込められていた。
魔導具の開発はドロシー先生の指導の下、私、トミー、レビン、そしてヴァインで、それに対して医療魔術の開発は、ヴァイン、アンナ、フィーア、デイジー、私で行われていた。
医療魔術の指導は担当がいなかったため、私が口を出す羽目となる。
これはヴァインが――
『医療魔術っていえばジニー、お前がベイルファーストでアマンダさんに行ったものはそれに含まれるんじゃねーのか?』
――言わなくていい事を口走った為であった。その言葉に興味を引かれたドロシー先生とフィーアが食いついてきて、説明をする羽目になる。その時行ったのは【輸血】と【焼灼止血】の2つ。
特に【輸血】に関してはこれまであまりの危険性から、人で試された事がなかった事、そして、以前に人以外で行った場合では凝集反応が発生し、被験体の多くが死滅したため中止となっていた事がヴァイス様の口から明らかにされた。
『つまり、ヴァージニアさんは医療に関する何らかの知識を持っているという事なのね?』
ドロシー先生の言葉になんと答えればいいか、返答に困ってしまう。まさか【杜 霜守】としての記憶云々というわけにもいかず、ベイルファーストにあった書籍と師匠から教えてもらっていた事で知ったと適当にごまかすしかなかった。
その場にいたヴァイス様は非常に訝しそうな顔をされてはいたが、弟のフィルツなら何をしてもおかしくはないかと、最終的には納得してくれてはいた。
ドロシー先生も師匠の名前を出した瞬間、なんとなく納得した顔をしていた。
(師匠の規格外な所に感謝かな)
そうして私は、又聞きした知識を提供するという形で医療魔術開発へ参加する事となる。といっても、私が知る知識なんてたいしたものではない。
最初の医療魔術開発テーマは、互いの技術を組み合わせた、傷の手当というシンプルなものだった。
これまで、この世界では戦場や臨床での止血方法として止血綿による圧迫、結紮、縫合や焼灼がなされていた。
縫合糸には麻や木綿、絹、そしてバイオリンの弦などで使用される羊の腸から作り出されたカットグットが用いられてきていた。これに関し、絹かカットグットを使用する事を提案した。前の世界でもおぼろげではあるが、その2つは使われていた気がしたからだ。
縫合糸の消毒に関しては、技術課のサレン先生が大きく関わる事となった。
「海草を焼いた灰に酸を入れることで、紫色の結晶って抽出できますか?」
「貴女、どうしてそんな事を知っているの? それって錬金の範中よ」
どうもそういう知識はこの世界にも存在していたらしい。私はそれを蒸留酒に溶かし込む事で強い殺菌作用を持つ液体が作れる事、縫合糸は30分以上煮沸した後に、その液に浸したものを使用する事を提案した。この件はサレン先生と共に、デイジーが担当する事となる。
医療魔術としてヴァインが使用する【抑制】は非常に優秀なものとなった。
何より出血を抑制できるだけではなく、本来の流れまで把握できるのだ。これにより、出血箇所を術者は把握することができるため、破損血管の縫合や結紮が非常に行いやすくなる。
また、同時に私とヴァインを驚かしたのは、フィーアとアンナが用いる【癒しの祝詞】の存在だった。
「天上に坐す、大神のピュラブレア。神ながら守り給い、幸え給え」
彼らが祝詞を上げると、対象の外傷が癒えていくのが分かった。ただし、その効果があまり大きいものではなく、小さな傷や捻挫程度であれば治癒は可能だが、それ以上になると一度の祝詞での効果では治癒しきれないことが分かった。
だが【癒しの祝詞】に【オド転換】によるオドの供給を併用すると、その効果が大きく上昇する事が判明する。オド転換により形成されるオドは体の隅々に行き渡り、肉体を健全な状態に維持するため用いられている。オドを供給外部から供給する事は、人間が生きる上で持ちうる自己回復力を向上させる事に繋がる。
神の力による治癒力と、自己回復力の向上。この2つの併用はこれまでなされてきていなかった。
それは単純に魔術と修道が完全に分離して捕らえられていた為であった。
これまで、教会と魔術師が互いに協調しあう事は殆ど無かった。これは互いの権威を守る為という理由が大きく、お互いの技術を相手に知られる事を嫌っていた為であった。
それに対し、現在の教会大司祭セイン=クィントと王国魔術師団団長ヴァイス=オルストイは共に権威よりも協調を優先するという稀有な存在だった。お互い、子に封剣守護者を持つ事が大きな理由だったのかもしれない。封剣に縛られる愛する子に、出来る限り可能性を伸ばしてやりたい。そういった親心が戦技課での協力という形になったのかもしれない。
【癒しの祝詞】【オド転換と血流操作魔術】そして感染症対策としての【消毒薬の開発と消毒縫合糸による縫合や結紮】。これらをあわせて【医療魔術】とする事にした。
「いいんじゃないかしら。3つの系統の技術を合わせる事でこれまでは治癒が困難だった大きな傷の手当も可能かもしれない。サレン先生はどう思われます?」
「面白いと思う。魔術や修道のような特殊技術と調薬や錬金、医療行為が同列で考えられて、それをまとめて1つとするのは新鮮。でも現場で受け入れれられるかは分からない」
サレン先生のおっしゃる通り、これを実際の医療現場で出来なければ意味が無い。
オドの供給は、魔術の才が薄い者であっても訓練すれば習得する事は出来るが、【抑制】は今のところヴァインのように魔術の維持と操作に優れた者でなければ使いこなせない。
また【癒しの祝詞】もフィーアが言うには習得に5年以上はかかるらしい。
「だが、今後はこれらの技術を併せ持つ治療魔術者を育成する事は、軍部において非常に意味がある事かもしれん。少なくとも前線に立つ兵士には必要なものになるだろう」
アゼル様はそうおっしゃりながら、真剣な表情で私達が書き上げた今回の医療魔術に関する報告書に目を通されていた。
「じゃぁ、今回の開発は……」
「ええ、合格よ。おめでとう、皆。試作型魔導剣とこの【医療魔術】の報告はヴァイス様とアゼル様のほうで実用化について検討が進められるわ。皆さらに改良するか別のテーマに取り組む事になると思うけど、それはお二人が報告された結果次第かな」
ドロシー先生の言葉に私達は互いに手をとり喜び合う。
初めて課員同士が力を合わせあって成し得た成果だ。皆が喜びに満ち溢れていた。
「最初は技術課の人材を取られたって思ったけど、こういうのも新しい発見があって面白い」
サレン先生もそういって微笑んでくれる。その顔を人材を奪った当事者であるアゼル様とヴァイス様は胸を撫で下ろしていた。
「それじゃぁ、成功を祝して皆でぱーっとどっか繰り出さねぇか?」
「いきたいー!」
ヴァインの言葉に、トミーが大喜びで賛同し、それを見たレビンも嬉しそうに頷いている。
「どうされます、兄様」
「そうだね、折角の機会だし参加しようか」
「はい!」
フィーアとアンナの2人も顔を綻ばせて喜んでいるようだった。
「デイジーもいいかい?」
「は、はい!」
フィーアの問いにデイジーは顔を赤くして応える。
フィーアは攻略対象者の中でも、その優しそうな風貌と穏やかな口調でゲーム【ピュラブレア】における癒し担当だった。どうもそれはゲームに限らず、この世界でも効果があるようだ。
お子様ばかりの戦技課の男子の中で、フィーアのもつ穏やかな安心感は、デイジーの心を掴んだのかもしれない。
「……」
「アンナ、どうしたんだい?」
「いいえ、兄様。何でもありませんわ」
一瞬、アンナの顔色が翳ったように見えたが、次の瞬間、いつもの明るい表情に戻っていた。
(そういえば、アンナ=クィントに関して、咲良が何か言っていた気がしたが)
攻略パートについては基本的に咲良に任せていた為、興味があまり無かった箇所の記憶は薄い。
(まあ、大事な事ならそのうち思い出すだろう)
今は彼らとの喜びを分かち合いながらも、急いで彼らの輪の中に入る事にする。
戦技課の男子達に行き先を任せっぱなしにすると、どこへ連れて行かれるか分かったものでは無い。
「ドロシー先生とサレン先生もよければご一緒しませんか?」
「いいの?」
「じゃぁ、お邪魔しようかしら」
大人の二人を巻き込めば、変な場所に連れて行かれる事もあるまい。
こうして、私達は戦技課としての最初の成果を祝う為、町に繰り出す事になった。