6-7 実働試験をしてみようと思います
「じゃぁ、さっそく実験を始めよっか。トミーは少し下がってて」
「うん。わかった」
戦技課に来てからすでに1月が経過していた。
私は、トミーとヴァインと共に、試作型魔導剣の実働試験のため、魔術演習場に来ていた。
魔術演習場は学院内全部で5箇所存在しており、そのうち1つを今回の実験のためにヴァイス様を通し、一部借りさせてもらっていた。
演習場には他にも魔術課の生徒達が各々的に向かい魔術の演習を行っている。
試作型魔導剣をまだ周りの人間には見せたくもないが、学院内で攻勢魔術の使用が許可されている場所が、魔術演習所に限られているため、今回は仕方なくこちらを利用することにしていた。
「準備できたら、いってくれ。【水衝】を打ち込むから」
「OK。じゃぁ、いくね」
私は右手に持つ試作型魔導剣に意識を集中する。
この剣の基本構成は受験に用いたエアクッションガントレットと変わらない。【破砕】に込められた防衛魔術を用いた魔導具である。
違うのは、ガントレットがリングに封じた風の魔素を魔術紋を通し、ガントレット内でオド転換を行い、魔術紋によって発生したオドに方向性を持たせて防衛魔術として具現化しているのに対し、この剣は術者のオドを術者の掌から直接剣の柄に伝え、刀身に防衛魔術を発動させる点である。
これは、本来の魔導具と同様の機構といえる。
一般的な魔導具は、術者のオドを感知し、魔術紋でオドに方向性を持たせ魔術として具現化させる。
術者が属性のオドを展開させ、魔導具を通し初級以下の魔術を発動させるという行為は、魔術師にとって全くの無駄でしかなく、自分でそのまま魔術として具現化させたほうが遥かに効率がよかった。
ガントレットは魔術を利用できない者でも、魔術まがいの防衛魔術を発動させられるという利点があったが、この剣は、これまでの魔導具と同じでそういった利点はなく、属性オドを展開できる魔術師でなくては用いる事ができない。
魔術師にとっては無駄でしかない魔導具だが、これは使い方次第だと私は考えた。
(大いなる風よ、大気のオドよ、転き換ぜよ―)
体内に取り込んだ風の魔素を、風属性のオドへと転換し、剣の柄へと流し込んでいく。
剣柄から緑色の光が溢れ出し、その光はゆっくり刀身を覆っていく。
(よし、刀身まで防衛魔術の効果が及んでいる。ここまでは想定内)
刀身ではなく柄に魔術紋を刻む事になり、最初に懸念されたのは防衛魔術がちゃんと刀身にまで及ぶかどうかだった。
柄の周りにだけ防衛魔術が形成されても意味が薄い。その問題を解決してくれたのは、同じ戦技課のレビン=トルーソだった。
『要は、刀身に影響しないレベルで、剣柄から細工を伸ばせばいいんでしょ。なら、樋にそって刻めばいいんじゃないかな? この位の細工なら僕でもできると思う。やってみようか?』
結果として刀身の樋の部分を少し太くし、そこに柄に刻んだ魔術紋を延長する形で対応する事になった。おかげでそれまで、うまく刀身全体を覆うことができなかった、防衛魔術が、レビンによる改良後は完全に刀身を覆うようになっていた。
「準備OK。じゃぁ、ヴァインお願い!」
「じゃぁいくぞ。――魔槍の導手よ、穿ち衝け!【水衝】 」
ヴァインの掌から直径30cm程度の水の塊が私に向かってまっすぐに打ち出される。
私はその水の塊を、試作型魔導剣を横に振い、真っ二つに切り裂く。
「うん、手に伝わる衝撃はそれほど大きくない。ちゃんと防衛魔術が発動してるわ」
「やった! 成功だよね!」
トミーは大喜びで隣のレビンの手をとり踊りだす。
「わ、わ! ちょっと、トミー。僕こういうの苦手なんだよぉ」
「あははは」
トミーとレビンが楽しそうに手を取り合い踊る姿に、心が温かくなる。ここ数日は二人にはかなりがんばって貰っていた。皆でがんばって作った魔導具が、こうしてちゃんとした形になる事がこれほど嬉しいとは思いもしなかった。
私達4人が戦技課として最初に取り組んだ魔導具。それは『魔術を切り裂ける魔剣』だ。
本当であれば、魔術を使えない人間でも用いることができるのが理想であるが、今回はそこまでには至っていない。だが、魔術師が用いれば、こうして敵勢魔術を剣で切り裂く事が出来たのだ。
最初の一歩としては十分ではないだろうか。
「よし、じゃぁ次の試験だな」
右手の試作型魔導剣を満足げに見つめていた私に、ヴァインが声をかける。
「まぁ、全部【水衝】 だ。当たってもお前が水浸しになるだけだから、大丈夫だろ」
「へ?」
ヴァインの後ろには10個の水球が浮かび上がっていた。【水衝】の10個同時発動なんて聞いたことがない。何を開発しているんだ、この男は!
「じゃぁいくぜ。避けれるなら避けて見やがれ!」
いや、おかしいでしょ。その台詞!
迫り来る10の水球を私は必死に剣で切り伏せる。水球はヴァインによって誘導され、まるで生き物のような動きをしながら、襲い掛かってくる。
「すごい……」
「こんな魔術みたことないよ」
トミーとレビンは、縦横無尽に宙を舞う水球の姿に魅せられいた。
「しつこいぞ、ジニー。そろそろ当たりやがれ!」
「それ、おかしいから! 目的がかわってるから!」
7つ目の水球を切り伏せた所で、剣にかけていた防衛魔術が解けてしまう。
「ちょっと、ヴァイン! 剣の魔術解けた! ストップストップ!」
「悪いな、ジニー。【水衝】 は急には止められないんだ」
「絶対嘘だよねそれ!」
私は回避をしながら、急いで風の魔素を集め始める。
「っち、ジニー卑怯だぞ。接近戦中に魔素を集めるとか、常識はずれな事してんじゃねぇ!」
「【水衝】を魔改造してる奴が言うなぁ!」
左から高速で迫る水球を前転しながら回避する。
(大気のオドよ――)
剣柄から緑色のオドが噴出し、刀身が薄緑に輝く。
その刹那、水球が右背面から私の頭部目掛けて飛んでくる。
「くっ!」
水球を上体を逸らして回避しながら、過ぎ去り際に切り裂く。
「残り2つ!」
私の言葉に反応するかのように、猛スピードで水球が真正面からやって来る。
(ヴァイン、最後の最後で焦ったね!)
真正面からの魔術なら容易く切伏せれる。私は剣を脇に構え、一気に横になぎ払う。
水球はバシャンと大きな音を立て弾ける。
「どう、ヴァイン! 私の勝、へぶっ!」
ヴァインがスピードを調整して同じ軌道に隠しながら誘導された水球が無防備な私の顔面に直撃した。
ずぶ濡れになった私に、トミーとレビンは慌てふためく。
だが、目の前の男は、そんな彼らとは違い必死になって噴出しそうなの我慢していた。
「ヴァージニアさん! 大丈夫。これで顔拭いて!」
私は無表情のまま、レビンから渡されたタオルで、ずぶ濡れの顔を拭く。
「あはははは! お前、へぶっはないだろ、へぶっは」
「……」
怒りに震える私と、お腹を抱えながら笑い続けるヴァインに挟まれ、トミーとレビンはどうしたものかと青くなっていた。
戦技課に戻ったら、ヴァインを徹底的に問い詰めるべきだなと考えていると、3人の魔術課の生徒がこちらにやって来る。
「さっきから見てたら、曲芸か何かをやっているのか? まったく、目障りだから消えてくれないかな。ここは真剣に魔術に取り組む人間が修練する場所だ」
彼らは赤いネクタイの制服の上からローブを羽織っていた。
ネクタイの色からすると中等部だろうか。
学院の制服は初等部は黄、中等部は赤、高等部は青のそれぞれのネクタイをしている。
あまり他の学課とは揉め事を起こしたくない。何よりここは魔術課の敷地。下手な事をして出入り禁止にでもなっては仕方ない。ヴァインも同じ考えなのだろう。先ほどから黙って彼らを睨み付けている。
「申し訳御座いません。先輩方。すぐにこの場を去りますので、お許し下さい」
「おい、そっちの男子学生。お前は頭をさげねぇのか!」
ヴァインはしぶしぶといった様子で、軽く頭を下げる。
「おい、あいつ封剣の……」
「ああ、水しか使えない落ちこぼれか」
「水しか使えないから、魔術課じゃなくて、お情けで戦技課とかいうとこに入れてもらった奴だったか」
彼らの言葉に私は苛立ちをつのらせる。だが我慢だ。ここで揉め事を起こしては――
「落ちこぼれのお前に俺らが稽古つけてやるよ、炎のオドよ転き換ぜよ、魔弾となりて 炎よ踊れ【炎弾】」
ヴァイン目掛けて発せられた炎弾を、彼にあたる直前で真っ二つに切り裂く。
揉め事を起こしてはいけない……。
だが――
「何をやっていらっしゃるのですか?」
「い、いや冗談だって。大体、そいつは水魔術以外では傷を負わないんだろ? 軽い挨拶みたいなもんじゃないか」
こいつらは何を言っているのだろうか。
相手が傷つかなければ、攻勢魔術をいきなり放っていいとでも思っているのだろうか。
「……そうですか、先輩方。では私にも稽古をつけていただけますか。そうだ、私の炎弾を見てくださいよ――」
私は、大気中の炎の魔素を集める。
相手が傷つかなければ、攻勢魔術を向けていいというなら、私もそれにならいましょう。
「炎のオドよ転き換ぜよ、万物を滅失させし煉獄の炎よ――」
「ちょ、ちょっとまて。なんだその炎のオドの量」
私の詠唱に先輩の一人が気づき、顔を青くして震え出す。
「違う! 炎弾なんかじゃない!その詠唱は――」
私の周りの幾つもの白色の炎が現出し始める。炎は融合し合い、大炎となって私の体を包みこむ。
「その詠唱は、バニッ――」
「――我が敵を燼に返せ!【燼滅】」
白色の炎が渦巻き、3人の先輩達に襲い掛かる。
【燼滅】炎属性の高等魔術。超高温の炎が対象を取巻き数瞬の内に灰燼にする魔術。
さすがの私も当てるつもりはない。『傷つかなければ』ということがどうも重要らしいから。
彼らの目の前に大炎が迫り来るその時、彼らの周りに水の壁が生じ、白色の大炎と相殺しあう。
「ぐわああああ」
水の壁は蒸発し、あたり一面が白い蒸気で満たされる。
「ヴァイン?!」
「ジニー。お前、やりすぎだって。さすがに【燼滅】はねぇだろ」
私の炎は水の壁の前に完全に消失する。
「今の魔術って?」
「ああ、【風砦】の水ヴァージョン? まだ名前はねぇから、【水砦】とでもしておくか」
一体彼は、新魔術をいくつ開発しているのだろう。
私は呆れた顔で、5年来の親友の顔を覗き込む。
「トミー、レビン、こっちだ。今の間にずらかるぞ」
ヴァインの声にトミーとレビンが慌てて走り出す。
同時に、彼の手が私の空いた左手を掴み、演習場の外へと導く。
「ヴァインはあいつらに言われっぱなしでいいの?」
私の問に、彼は振り向きながら応える。
「お前が、俺の為に本気で怒ってくれた。俺にとっては、それだけで十分だ」
夕日で照らされた彼の笑顔に、私はほんの少しだけ見とれてしまう。
まるでゲームのワンシーンのようなこの状況が、なんだかすごくこそばゆく思えた。
「どうした?」
「……なんでもない。そんなことより、ヴァイン。水を掛けられた事、謝ってもらってないんだけど?」
悪びれた様子もなく、平謝りする彼を詰りながら、私達は戦技課へと走り続けた。
蛇足ではあるが、戦技課に戻った私達は、件の先輩達が高温の蒸気を全身に浴び、体中に火傷を負ったという話を、ドロシー先生から御小言を受けながら聞く羽目となった。