6-6 戦技課で研究をすすめようと思います
技術課に付くと、すでに数人の生徒が席に着き、ドロシー先生が何か説明をしている最中だった。
「すいません、遅れました」
「大丈夫よ、ヴァージニアさん。遅れる事はヴァイン君から聞いているから。とりあえず席についてもらえるかしら?」
私はドロシー先生に促され、ヴァインの横の開いている席に座る。
「思ったより早かったな」
「殿下が時間だからって。また話そうって言われたけどね……」
「ふーん。でも、なんだか以前より頑なに避けるって感じじゃねーんだな」
ヴァインは私の態度から、そう感じたようだ。確かに以前なら絶対に嫌だと言っていただろう。
「うんまぁ、思っていたより普通なんだなって思って」
「殿下が? そんな事いう奴、初めて見たわ」
ヴァインが呆れた顔そう応える。
確かに、王族を普通だなんて言う人間はいないだろう。
「普通っていうのは、もっと気を使わないと駄目なのかなって思ったって意味よ。ヴァインだって以前、オーガスト邸で殿下とお会いしてたんでしょ?」
「いや、会った事があるっていっても、そんな気安くしゃべったりできねーよ。それにあの頃の殿下は少し怖い所があったしな」
「怖い所?」
私の問いの、ヴァインは真顔で答える。
「ああ。何だか全てが演技のように見えるというか、心が無いというか。笑っておられても、本心は別にあるような、そんな感じだった。だから、本心が見えない殿下が俺には怖かった」
ヴァインの言う事は分かる。喜怒哀楽が激しい相手は、嘘偽りない感情をこちらにぶつけてくる為、分かりやすい。それに対し、全てが偽りの表情の相手は、相手を理解する事が非常に困難である。
以前の殿下は、光の封剣守護者として周りから畏怖の対象として見られていた。彼に対して向けら得る言葉はすべて、綺麗に装飾されていても、中身は違ったものが多かったのだろう。
そんな状況下で、アイン殿下もまた、偽りの仮面をかぶり、彼を傷つける言葉や態度から、自分を守っていたのだろう。
だが、フォルカス殿下との仲も改善し、さらにエリーゼ様の最後の言葉を聴いた殿下は、彼を愛する存在を素直に認める事ができたに違いない。だからこそ、今では素の笑顔を周りに見せられるようになったのではないだろうか。
「今の殿下は、違うよね」
「ああ。俺にもそう思えるよ」
私の言葉にヴァインも同意し応えてくれる。
「少なくとも、副代表委員にお前を推薦した時の殿下の姿は、悪戯心に満ち溢れた、ただの10歳の少年のようだったよ」
にやつくヴァインに少し腹が立ったが、彼の言うとおりあの時の殿下の表情は、年相応のものだと、私もそう思っていた。
「じゃぁ、ヴァージニアさんがきたことだし、自己紹介と行きましょうか。ではヴァイン君から順にお願いね」
「はい」
ドロシー先生の言葉に、ヴァインから順に自己紹介を進めていく。
戦技課の生徒は全部で7名。順に説明する中、私はそこにいるはずがない人物に驚く事になる。
まぁ、戦技課の存在自体が、ゲームにはなかったものであり、こうした予想外の出来事が起きても別段おかしくはないのかもしれない。
そうして私の戦技課での日々が始まった。
□□□
あの日以来、アイン殿下とはよく話すようになっていた。
といっても、当たり障りのない事ばかりではあった。
もともと殿下と私とでは代表委員と副代表委員である事以外は、それほどの接点はないし、殿下の周りには彼との仲を少しでも良いものにしようと考える貴族の子弟達がいつでも取り巻いていたからだ。
彼らは私の事をあまりよくは思っていない印象があった。どうも、フィリップ少年とケーニッヒ少年がいろいろと私の事を吹聴してくれたようだ。おかげ様で他の貴族の生徒との仲は芳しくはなかった。
「ヴァージニアさん、ちょっといい?」
「うん。いいよトミー」
トミー=バンディル。私やヴァインと同じ戦技課の生徒。彼の専攻は鍛冶だ。
まだ小剣やナイフ程度の物しか作れないが、技術課のウルバス先生も彼の今後の成長には期待しているとドロシー先生がおっしゃっていた。
「例の剣だけど、刀身に魔術紋を入れてしまうとやっぱり強度が心配だから、持ち手に入れたほうがいいと思うんだ。でも、普通の持ち手の大きさだと流石に厳しいから、こんな感じで長くしようと思うんだけど、どうかな?」
そう言って、トミーは長さ25cmぐらいの木の棒を差し出してくる。
「これって、両手剣用?」
「うん。このぐらいじゃないと、ヴァージニアさんが言っていた魔術紋っていうのは入りきらないだろうし」
トミーの構成は長さ50cmの刀身に25cmの持ち手を取り付けた小剣という歪なもののようだ。取り回しが悪くなるが、魔術紋を刻み込むことで刀身が折れやすくなっては意味がない。
「わかった。それで一度組んでみよ。ヴァイン、魔術紋の作成を手伝ってくれる?」
「おう、いいぜ。さすがに医療魔術の開発はまだまだ時間かかりそうだしな。俺からフィーアには言っておくわ」
ヴァインが戦技課で行っているのは医療魔術の開発だった。
戦技課の生徒は全部で7人。
私とヴァインの他に、鍛冶見習いのトミー=バンディル、調薬師見習いのデイジー=ブロッサム、細工師見習いのレビン=トルーソ、大神ピュラブレアの修道女アンナ=クィント、そしてその兄フィーア=クィント。
戦技課の生徒のうち1名がゲーム【ピュラブレア】における攻略対象である緑の封剣守護者。そしてもう一人が彼の妹であり、ゲームにおいてライバルキャラの一人、アンナ=クィントであった。
戦技課の最初の授業で、彼らの姿を目にした時の私の驚きようは尋常ではなかった。
彼らは、基本的に王国大聖堂から出てくる事がなく、こちらから大聖堂に行く事がなければ、まず関わる事がないはずのキャラであった。そんな彼らが、戦技課の生徒として私達と共に過ごす事になるとは予想だにしていなかった。
彼らは受験結果発表日の戦技課に関する説明には出席しておらず、入学初日の自己紹介で初めて顔を合わせる事になった。ドロシー先生に彼らが何故、戦技課に在席しているのかを聞いてみると、ドロシー先生は――
『彼らも学院の生徒として学び舎に入る事を望んでいたみたいでね。彼らは魔導を用いない回復魔術を使う事ができる神官の家系だけど、魔導学ではない時点で魔術課には入る事ができないから。他の課も彼らには入学が困難なものばかりだったし、それでうちの課にどうかって話がきたのよ』
元魔術師であるドロシー先生にとって、神官の用いる回復魔術というのものは、いったいどういったものなのかという事が興味深かったのだろう。
彼の回復魔術を実際に見せてもらうと、特殊なオドの流れなどは確認出来ず、魔導に基づく魔術とは大きく異なった体系で魔術が発現している事が分かった。
魔導学を知る私はヴァイン、それにドロシー先生にとって、回復魔術を間近で見れるこの環境は、非常にありがたいものであった。
「じゃぁ、私とヴァインで魔術紋を刻むから、トミーは刀身のほうをお願いね」
「うん。じゃぁ、またあとで」
トミーは私達にそれだけ伝えると、自らの席に戻っていった。
「なんだか、楽しそうね」
私達の会話を横で聞いていたナータが、そう口にする。
実際に新しい事に挑戦する毎日は、すごく新鮮で楽しいものであった。
「うん。楽しいよ。最初はどうなるかって思っていたけど、トニーのような鍛冶が出来る人間がいなければ、もっと開発は遅れているだろうし、ヴァインが手伝ってくれなければ魔術紋を刻む作業は今の倍の大変さだったろうからね。デイジーはいろんな薬草について丁寧に教えてくれるし、レビンは魔導具の作成に関して積極的に協力してくれているし。思った以上に今は楽しめているかな」
「ほんと、思いっきり楽しんでるよな。お前。振り回されるこっちの身にもなってもらいたいぜ」
「そっちだって、回復魔術と【抑制】の同時使用による効能変化がどうのこうの楽しそうに話してたじゃない」
ヴァインもまた、実際に見た事もなかった回復魔術を目の当たりにすることで、これまでには無いいろんなアイデアが浮かんできていると言っていた。
アゼル様とヴァイス様の思惑通りなのは癪だが、こうして日々前に進んでいくような感覚は楽しいものであった。
「ふーん」
「風儀課はどうなの?」
「なんというか、お互い牽制しあうは派閥の真似事を始めるわで、見ていて疲れる感じかな」
やはり風儀課はそういう形になるか。
私がナータの愚痴を聞いていると、ノース先生が教室に入ってくる。
そんな感じで、私の戦技課での学院生活は思っていたよりも充実したものになっていた。