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フィルツ=オルストイ

「で、西方守護伯殿は、うだつのあがらねぇ魔術師に何用があって参られたのでしょうか?」

「お前のその皮肉めいた態度は、好きになれん!」

「俺はお前のそういう生真面目な態度は結構嫌いじゃねぇけどな」


 机からこぼれ落ちた試験書類を拾いながら、黒髪の男にそう答えた。

 あまりからかうと、本気で怒り出す目の前の男の単純さは、王宮の面倒な人間関係でうんざりしている俺にとって、ある種の清涼剤のようなものだ。


「いいかげんにしろ。今日はお前に聞きたいことがあって来たんだ!」

「お前が俺に? 6本腕のオークの作り方か? それとも走り出すとそのまま身体が自壊するまで止まることのないケルピーの作り方か? あぁ、6本腕のオークは局部も増やしたからそれも入れると8本……」

「うるさい黙れ! お前は何を作っているんだ……。いや、お前の禁術紛いの実験の話じゃない。俺の娘の話だ」



 □□□


 ヴァージニア=マリノ。

 ウィリアム=マリノの一人娘だ。

 一月前にオド歪みの影響で生死の境を彷徨っていた所を、ウィリアムに頼まれ俺が治療した。


 病名:オド歪み合併型 魔素循環不良症


 オド転換に必要な魔素が不足していたり、上手く循環出来ない場合に起こる病だ。

 十分な魔素がある環境下で安静にすることで問題なく回復していく……まぁ、魔術的貧血というニュアンスが近いだろうか。

 だがヴァージニア=マリノのケースは、原因がオド歪みにあった事が問題だった。


 オド歪みは身体に満ちる(こん)の一部が欠け、そのせいで魔素の循環が狂うことで起きる(こん)(はく)の乖離現象だ。

 魔法を使うための力である魔素は大気から身体に浸透し、(たましい)の型にそって循環、その後オド(生命力)となり(肉体)を支えるエネルギーとして用いられる。


 魔素の循環が正常に戻れば回復していくが、欠けた魂の大きさ次第では魂を治癒することができず、そのまま死に至ることもありうる病である。

 ヴァージニア=マリノのケースはまさにそれで、(こん)の多くが欠如してる状態だった。

 このレベルの欠如は異常であり、呪術師による殺人を目的とした儀式魔法を受けるか、あるいは魂喰らい(ソウルイーター)による無差別貪喰事件に遭遇しでもしないと起こるはずはないだろう。

 そしてそういった患者は殆どの場合、10日も待たずにその命を費えてしまう。


 あの日、ウィリアムは血相を変えて俺の研究所にやってきた。


「フィル! 頼む! 娘を……ジニーを助けてくれ……。もう、頼れるのはお前だけなんだ……」


 真っ青な顔で縋りつく友に、最善を尽くすと誓った。

 だが実際ヴァージニアの(こん)の状態を見たとき、俺は幼い少女の死を予感した。

 これほどに欠如した(こん)は高等回復術を用いても回復は見込めない。

 だが、涙を流し俺に縋る友の姿を見た後では手遅れなんて言えるはずは無かった。


 だから俺は……【禁忌】を用いる事にした。


 人間の身体は魂と魄で出来ており、人は死ぬと魂は天に帰り、地には魄が残る。

 魂が抜けた魄はそのまま腐敗し地に帰る。

 魂は天に帰ると精霊に変質する。精霊はその身をゆっくりと大気と同化し魔素に転換され、最終的に人の身体に浸透しオドとなって魄を支えるエネルギーになる。


 この流れは本来、不加逆的なものであるが、転換魔術にて逆転させれば人為的に魂へと形成することが可能である。

 しかしながら、これは神の領域を侵す禁忌。

 教会に見つかれば斬首ですめば御の字、そういうレベルの大逆である。


 ヴァージニアの場合は形成した魂を彼女の魂と融合させたので、禁忌を犯した証拠は残ってはいない。

 彼女の中で魔素が停滞する事無く循環し、オドに転換するのを確認した時、俺は自分の才能に怖くなった。

 やはり俺は兄貴と違い、生まれついての天才だ。


 □□□


「お前の娘がどうした? オド歪みは完全に治癒したはずだが?」

「あぁ、おかげさまで今では元気な姿を見ることが出来ている。だがな……お前、娘に何をしたんだ?」

「いや、魂の治癒をしただけだが。何か問題でも起きたのか?」


『オタクの娘さんに別の魂を融合しちゃいました~』なんて言えるはずも無い。

 そんな事がばれたら目の前の西方守護伯殿の手で、俺の首は永久に身体とお別れしてしまいかねない。


「娘が妙に大人びた態度を、取るようになったというか」

「なんだ、娘自慢しにきたのか?」

「黙れ、まだ3歳だぞ? 3歳の娘に『お父様、未熟な私の見聞を広げるために是非とも世界の理りである魔法を学ばせていただけませんか?』って言われたんだよ。これはどういうことだ、フィル!」


 あぁ、それ流石に3歳児は言わないわぁ……。


「うーん、実際に会ってみない事には何とも言えないな。そうだ! なら俺がお前の娘に魔導学を教えようか?」


 いっそ、自分で見て口裏あわせたほうがいいかもしれない。いや、絶対にそのほうがいい。

 何より魂魄(こんぱく)研究の新しい発展が見られるかもしれない。


「……お前がそういうなら。まぁ信用できるし。でも研究は大丈夫なのか?」

「気にするな。親友のお前の頼みじゃないか。それに俺も治療後の容態確認もしておきたいしな」


 キメラの研究より、魂の融合体研究のほうを優先するに決まってるじゃないか!


「そ、そうか。すまないなフィル」

「気にするな。じゃぁ、来週にでもお前の領地にお邪魔するから部屋とかよろしくな」

「あぁ、わかった。準備しておこう」


 予想外の事態だが、面白い研究ができそうだ。

 俺は逸る気持ちを鎮め、実験計画(お楽しみプラン)を練り始めた。

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