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6-4 食堂にいこうと思います

 

「私でよろしければ、是非とも副代表委員の任、務めさせて頂きたいと思います」


 私の言葉に、クラス中からざわめき声が起きる。それはそうだろう。どこの誰とも分からない人間が、アイン殿下の名指しにより副代表委員に選出されたのだ。

 何も思わない生徒はいないだろう。


「おい、あれって剣術大会準優勝の……」

「【旋剣】か?!」


 剣術課の生徒達の方から声が聞こえる。何か微妙な二つ名を勝手に付けられているんですが。


「俺は【血呪】だけなのに、お前は【降霜】と【旋剣】の2つもかよ。ずりぃ」


 いや、待って。いらないからそんなの。っていうか本人に無断で恥ずかしい名前付けるのやめてもらえます?

 だがそれでも、剣術課の生徒達の【旋剣】発言はかなりの効果があった。

 あの大会に出場していた者が生徒の中に何人かいたようだ。ほかにも観客として見に来ていた生徒も中にはいたらしい。おかげで、私に対する周りの視線が、少しだけ違ったものに変わっていた。


「マリノって、あのマリノ侯爵家?」

「西方守護伯の?!」

「俺、彼女が殿下に対して一歩も引かず、意見していたのを見た事あるよ」


 剣術課に引き続き、風儀課の生徒達からも囁く声が聞こえる。

 というか、最後の奴。余計な事を言いすぎだ。だが、これで私がどこの馬の骨とも分からない者という風に考える人間の数はかなり減った風に感じる。


「君なら、そう応えてくれると信じていたよ、ヴァージニア嬢。では、代表委員は僕アイン=ファーランドが―」


 続きを言うようにアイン殿下が視線で私を促す。ええ、わかりましたよ。言えばいいんでしょ、言えば。


「副代表委員は、私ヴァージニア=マリノが務めさせていただきますわ」


 しばらくの沈黙の後、ぱらぱらと拍手する生徒が現れる。

 その音はどんどん大きくなり、仕舞いにはクラス中にその音が広がる。

 ふと視線を移した先でめがねの少女―ブリジット=フォルカー嬢が私をきつく睨みつけていた。


(うわ、すごい睨んでる)


 彼女の視線を意識しないようにしながら、アイン殿下と共に教室の前に移動する。


「悪かったね。でも、久しぶりに会えたというのに、君が僕に気づかないフリを続けるから、少し悪ふざけをしてしまった」


 移動する際、殿下が私に小声で耳打ちしてくる。私が殿下を無視していた事は気づかれていたようだ。


「お戯れが過ぎますわ、殿下」

「でもこれで、君といつでも話せる口実が出来たわけだ」


(それが嫌だったから、出来る限り貴方を避けてたんですけどね)


 彼への苦情を心の奥に押し込め、私は出来る限り平静を装う。

 そんな私達をノース先生は意外そうな顔をしながら小声で話かけてくる。


「代表は殿下に決まるとは思っておりましたが、殿下自らお声を上げられるとは思いませんでしたよ。それに失礼ながら、副代表にはマリノ嬢ではなくフォルカー嬢を選定されると思っておりました」

「まあ、ごらんの通りだよ。僕も兄上のように、この学院で少しでも上に立つ者としての資質を磨きたいと思っているんだ。その為にはこういう些細な事にも率先して声を上げていかないとね。あと彼女に関しては、見ての通り西方守護伯の娘として風儀課の人間の知る所であるだけでなく、剣術課の人間達にも名を知られている人物だ。僕の相手として十分相応しいと思わないかい?」


 全く思いません。できればそう答えていただけませんか、ノース先生。


「誠、その通りに思います、殿下。では、失礼して――」


 そういうとノース先生は他の生徒に向き直り、話始める。


「では、代表委員にはアイン=ファーランド君、副代表委員にはヴァージニア=マリノさんにやってもらう事とする。では二人とも席に戻り給え」


 ノース先生に促され私は自らの席に戻る事にする。

 席に戻るとナータが私を冷やかし、ヴァインに至ってはまだ2つ名の事で文句を垂れ続けている。

 王族相手よりこちらのほうが断然落ち着く。私は心の底からそう思っていた。



 □□□


 その日の午前は代表委員・副代表委員の選定後は簡単なレクリエーションで終了した。

 やはりノース先生も選定にはかなりの時間を費やすと考えていたようだ。右も左も分からない者同士を集め、限られた時間内に一つの目的に対し、全員で協力し対処する事が目的だったようだ。

 まあ、ノース先生自体、代表委員には最初からアイン殿下が選ばれる事は想定していたようだったので、最悪の場合、先生が殿下に声をかける形で終わらせよう考えていたのであろう。


 おかげで、午前の時間は早めに終わり、私達は連れ立って食堂にやってきていた。

 少し早い時間なせいか、人の数はまばらだ。

 本日はビュッフェ形式のようで、各種料理がずらっと並んでいる。


「へえ、結構広いんだな。食堂って2箇所あるんだっけ?」

「うん。ここは一般の生徒向けかな。もう一つは貴族が専用って感じね」


 ヴァインの質問にナータが答える。従姉弟同士の二人は私の目から見ても仲のいいように見える。

 ナータは私が信頼する友人の一人だし、ヴァインもまたいい意味で親友(ライバル)だ。

 二人にはいつまでも幸せでいてもらいたい。

 まだゲーム【ピュラブレア】のように婚約関係にはなってはいないようだが、もしそうなれば、ゲームの主人公には悪いが、私はこの二人を全力で応援するだろう。

 二人から離れた場所では、すでにドライが取り皿の上に大量の肉類を積み上げていた。


「もうドライ、お肉取りすぎ。もっと野菜もとらないと」

「あ、ああ」


 ドライがリズに引かれ、サラダの置かれている場所へと連行されていく。

 見る見る間に、ドライの皿には大量のサラダが載せられていく。


「トレイシー様とベロニカ様から、ドライの事見ててって言われてるんだから。ちゃんとサラダも食べてね」

「お、おう」


 こちらはこちらで、リズがドライを尻に敷く感じで引っ張っり、いい雰囲気だ。

 ゲームでは見られなかった二人のそんな姿に私はほっこりした気持ちになる。

 気弱だった彼女だが、今ではオーガストの女性達のように強さを感じさせるまでになっていた。


 リズが変わるきっかけになった闇魔術を、私が教える事が出来て本当によかったと思う。

 ベイルファーストで彼女に魔術を教えようと考えたのは、ゲーム【ピュラブレア】における彼女のステータスの値に違和感を感じていたからだった。


 ゲームの戦略パートでは、選択次第でライバルキャラ達も仲間ユニットとして戦争に参加させる事が出来た。その時、各キャラクターにはステータスが割り振られており、どういった兵種に組み込めばより効果的であるかを判断する事が出来た。


 リーゼロッテ=ヴェーチェルもまた、仲間ユニットとして使用が可能なキャラクターである。

 そんな彼女のステータスは、魔術師でもないのに、やたら耐魔の値が高かった。本来、耐魔は相手の魔術に対する抵抗を示しており、魔術師ユニットの特徴として高い値が割り振られていた。

 耐魔は、こちらの世界では攻勢魔術に対し、内在オドを用いて抵抗する事を意味する。

 つまり、耐魔の数値が高いという事は、リズの内在オドの量が非常に多い事に繋がる。


 内在オドの量が多い者とは、知らず知らずのうちに多くの魔素を感応し身に取り込んでいる者の事だ。

 これは、高い魔素感応性と高いオド転換効率を潜在的に持つ事を示す。魔素への感応性と、オド転換効率の2つは魔術師にとって非常に重要な資質だ。


 だから、私はリズの耐魔の値の高さから、彼女の魔術師としての適正が非常に高いのではないかと考えた。

 結果は、私の想定以上であり、秘術とさえ言われる闇魔術を使いこなす彼女には正直舌を巻く事になった。


「何、にやついてんだ?」


 二人の様子を見ていた私にヴァインが声をかける。


「ああ、あの二人ね。いい雰囲気じゃない? でもリズ変わったよね」

「うん。明るくなったよね」

「そうね、前よりずっといい。今のあの子なら周りは絶対に放って置かないわ」


 私もナータの意見に同意だ。


「それを言うなら、ドライの奴だってかなり変わったぞ。たった1年であそこまで角が取れるなんて思いもしなかった」


 確かにドライも1年前に出会った頃に比べると、穏やかになったように見える。


「1年前は、あいつが何か悩んでいたみたいに見えたけど、それが解決したようでよかったよ」

「うん、そうだね」


 ヴァインが優しく微笑むのを見て、彼がドライの事を本気で心配していた事が分かった。

 魔術と剣術という形で別れた彼らだが、ゲームと変わらず、その友情は続いているようだ。


「おっと、俺達も早く飯取りに行こうぜ」

「ええ。いきましょ」


 私はヴァインの手をとり、数々の料理が並ぶビュッフェに向かい、料理を楽しむ事にした――


「……仲よすぎだよ」


 ――その小さな囁き声に気づく事なく



 □□□


「あらあら、西方守護伯のご令嬢ともあろうお方が、庶民の食堂の方からいらっしゃったわ」

「まぁ、見間違いじゃなくて。侯爵令嬢のマリノ嬢がそんな所にいくはずがありませんわ」

「そのぐらいになさって、お二人とも。マリノ嬢が困っていらっしゃいますわ」


 食堂を出た先で、ブリジット=フォルカー嬢とその取り巻きに遭遇した。

 それだけならまだよかった。問題は彼女達と共に、アイン殿下とその取り巻きの姿があった事だ。


「おいドライ。貴様、どうして殿下の供をしない!」

「やめてやれ、フィリップ。そいつはそこのヴェーチェル家の令嬢に熱を上げすぎて周りが見えていないようだからな」


 この男達は、殿下の傍にいる事で自分達も偉くなったと勘違いしているのだろうか。

 私は目の前で繰り広げられる珍事にうんざりしていた。

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