6-3 代表委員を選ぼうと思います
「この栄えある王立学院に、君達新入生諸君を迎える事が出来た事を光栄に思う。君達、一人一人が必ずやギヴェン王国の力となるだろう。君達の持つ英知が、勇猛が、忠義がこの国の礎となりこの国を更なる発展に繋げる事だろう。新入生諸君、我々は君達の入学を心から祝おう。我が国の為、この学び舎で共に自らを磨こうではないか!」
フォルカス=ファーランド殿下は祝辞を終え、壇上を後にされる。ホール内はそんな彼に割れんばかりの拍手が広がる。フォルカス殿下の姿を見たのは、王宮での一件以来、5年ぶりであった。すっかり好青年となっていた彼の姿に、多くの女性徒達が黄色い声を上げている。
壇上を降りた彼を一人の男性が出迎える。微笑み合い、固く握手をする二人の姿は主従というよりも親友同士のように見えていた。
(あれが、フォルカス殿下がいっていた学院で出来た親友かな)
彼のおかげでフォルカス殿下はアイン殿下への恨みを昇華する事が出来たと言っていた。真実なら、彼ら二人の関係は立場を超えた真の友情と言えるだろう。
「憧れるな……」
「え、ジニー。お前、あーいうのが……」
「ん?」
私の独り言にヴィアンが目を見開きこちらを窺う。さすがの私も彼が謂わんとする事ぐらいは理解できる。それは誤解だ。
「違うわ、ヴァイン。異性として云々じゃなくて、単純にあの二人の友情っていいよねって思っただけよ」
「なんだよ、そんな事か」
「そんな事って何よ。いいじゃない、あーいう立場を超えた友情」
怒り気味の私をヴァインは宥めようとする。【杜 霜守】としての記憶も、そういったのが好きだった。子供っぽくはあるが、勇気や友情というものは幾つになっても、わくわくする気持ちを抱かせてくれる。
「別に馬鹿にしてねぇよ。てか俺とお前だって……その、親友じゃねぇか」
後のほうを尻窄みにしながらヴァインは応える。照れるぐらいなら、言わなければいいのに。彼の姿がなんだかおかしく噴出してしまう。
そんな私達の様子を、周りの教師陣が厳しい目で見つめている。おっと危ない。
「しっー。ヴァインまだ入学式の最中よ。静かにしないと」
「お前が言うか、それ」
ヴァインはしぶしぶ姿勢を正して静かに式に集中しなおす。壇上では新入生代表として、アイン=ファーランド殿下が挨拶を行われている所だった。
「――教員の方々、先輩方、並びに来賓の皆様。これから厳しいご指導の程よろしくお願いします。時には間違った道へ進もうとしてしまう事もあるでしょう。その時には、正しき道を指し示し、御指導いただきたいと思います」
アイン殿下の姿は5才の頃よりもずっと、ゲーム【ピュラブレア】の彼に近いものになっていた。
壇上から去る直前、彼ははっとしたかのように立ち止まり、一瞬だけこちらに気づいたかのように微笑みを浮かべる。その姿に私は、ゲームでヴァージニア=マリノが断罪されるシーンで、彼が見せる笑顔を思い出した。
(嫌な記憶だ。アレには絶対にかかわらない)
私は背筋に寒いものを感じながら決意を新たにする。
□□□
入学式が終わり、初等部棟へと移動しようとする私達を一組の男女が声をかけて来た。
「ヴァージニア=マリノさんと、ヴァイン=オルストイ君で間違いないかしら?」
「ええ、そうですが。お二人は?」
私の問いかけに、女性のほうが嬉しそうに応える。
「私は、レイン=マークレス。こっちは――」
「オスカー=ジュピタルだ。よろしくお二人さん」
「――私達は本日付で戦技課に配属される教員よ」
レイン先生とオスカー先生は私達にそう挨拶してくれた。
「よろしくお願いします。レイン先生、オスカー先生。えっと、わざわざ私達に会いに来て下さったのですか?」
わざわざ会いに来なくても、戦技課に行けば会えるだろうにと思っていたが、その答えは彼女達の口から聞く事が出来た。
「その顔は、私達が貴方達に会いに来た事を訝しがってる感じかしら。単純な話よ、私達は転属になったとは言っても辞令が出てまだ数日しかたってないの。私は魔術課、オスカーは剣術課の引継ぎがまだ終わってなくてね。それを終えてからでないと、そちらに合流出来ないのよ」
「だから僕らは、今のうちに【降霜】と【血呪】に挨拶しとこうと思ったのさ」
フロストフォール? それにブラッドスペルだと? 何だその厨二な二つ名は……。
絶望に満ちた顔の私の横で、ヴァインは目を輝かせ彼らに話しかける。
「【血呪】って俺の事っスか!? うぉーすげえ。俺に二つ名とか、マジかぁ! 血呪の魔術師ってとこか、かっけぇ!」
そんなに嬉しいの? だってブラッドスペルだよ? 恥ずかしくない?
ああ、そういえばヴァインは厨二どころかまだ10歳のお子様だったわ。
そうか、そういうのが大好きなお年頃か。私は浮かれる彼の姿を冷めた目で見つめていた。
「ジニー。お前も【降霜】だってよ。降霜の魔女って感じか。やったなかっこいい二つ名で!」
「そ、そうねヴァイン。貴方が楽しそうで何よりだわ……」
「あら、魔術師なら二つ名は嬉しいものよ。周りが自分を認めてくれた証って事だもん。私も【刃風】の二つ名を貰った時は子供のようにはしゃいだわ」
そう言ってレイン先生は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。魔術師とはそういうものらしい。
「いいよな。騎士にはあまりそういうのはないからなぁ」
オスカー先生が残念そうな顔をして、私達をうらやむ。
二つ名を喜びあう世界とか本気で勘弁してほしいので、この文化が魔術師だけのものと分かり本当に良かった。ふと周りに目をやれば、それまで私達の事を気にしていた生徒達の姿もなく、すでに会場を後にしているようだった。
「ああ、そういえば初等部は午前は共通課程だっけ。そろそろ行かないと不味いよね。じゃぁ、私達も戻るわ。またね、二人とも」
「じゃあな!」
レイン先生とオスカー先生は私達に軽く手を振って会場を出て行かれる。
「じゃ、私達も行こっか」
「……血呪の魔術師……いや、血呪の禁術使いのほうがかっこいいか……」
「……」
私はぶつぶつ頭が痛くなる事を呟き続けるヴァインの手を引っ張り、初等部へと急いだ。
□□□
「ジニー!」
「遅いわよ、二人とも」
初等部の大教室に入るとリズとナータが手を振って私達を呼んでくれた。どうもあらかじめ私達の席をとっておいてくれたらしい。本当に良く出来た子達だ。
「ありがと。ほら、ヴァインも」
「お、おう。ありがとな」
私の左横にヴァイン、右横にナータが、さらにその奥にリズとドライが座っている。
オーガスト邸の一件以来、リズとドライの関係は良好なようだ。
ただ、真面目なドライにはリズの気を惹く真似なんて出来ず、鈍感なリズが相手なだけに、彼の思いが彼女に届く日はまだまだ先のようだ。
まあ、二人は婚約しているのだし別に焦る必要もないだろう。彼らには時間はたっぷりあるのだ。
「ジニー、さっきからアイン殿下がこっちをちらちら見られてるわよ」
「……」
ナータに言われて、気づきたく無い事に気づかされる。
教室に入った時から彼の視線には気がついていた。だが、あえて無視を通すつもりだった。
ゲームのヴァージニア=マリノは彼に夢中だったかもしれないが、今の私はできるだけ彼には関わりたくはないのだ。
何より彼の性格は見た目程いいものではない。
彼と初めて王城で合った時、彼は目線を避け俯く私を嵌め、翌日のお茶会に参加させたのだ。
(それでなくても、彼の近くには面倒事が多いから)
そう考えているうちに、面倒事が発生したようだ。
「君達が初等部の2年間、しかも午前中のみとはなるが、君達の面倒を見る事になったノース=ベルカートだ。よろしく頼む。さて、君達には最初にやって貰いたい事がある。今年入学の初等部全員がここにいるわけだが、見て分かる通りかなりの人数だ。だから、私の補佐として学年代表委員を決めて貰いたい」
ノース先生の言葉にクラス全体がざわつく。いきなり学年代表委員を選べといわれればこうなってもおかしくはない。
(こういうイベントってどうせアイン殿下が選ばれて、周りから祝福される彼のスチルが回収できるとかそんなものだろ)
私はざわつく周りを余所に、出来るだけ関わらないよう、静かに嵐が去るのを待つ事にした。
「とりあえず、選定方法は君達に任せる。30分やるから。それまでに代表委員1名、副代表委員1名の計2名を選定してみろ」
それだけ言うと、ノース先生は部屋の端に椅子を移動させ、そこで座って様子を伺っている。
本年の初等部の生徒は100名近くはいる。しかも10歳の少年少女達だ。こんな投げやりなやり方では30分どころか、永遠に選定なんて進まないだろう。これは午前中はこの選定作業で終わるかな? 私は、そう思っていたのだが……
「皆、聞いてほしい。これだけの人数だ。誰が代表委員になったとしても不服や不満の声があがるだろう。また、代表委員と聞こえはいいが、この大人数を相手にノース先生と全員との架け橋にならなければならない、地味で厳しい仕事であると予測される。だが、これは人の上に立つ者として非常に意味のある試練だと私は考える。できれば、この試練を受けるチャンスを僕にくれはしないだろうか? このアイン=ファーランドに!」
うん、まぁ、殿下が関わるイベントだとは思っていましたよ。でも、殿下がここまで積極的に声を上げるとは予想していなかった。ゲームではどちらかというと、彼が何かに選ばれる場合は、周りから選ばれたから仕方なくという形が多かった気がする。だが、今の彼は自分の意思で、代表に選ばれようと努めていた。
「アイン殿下のお言葉に従うべきよ。これだけの人数を纏めるなんて、大変な仕事。それをやって頂けるなんて、流石は殿下だわ!」
最初に動いたのはメガネの少女。まだ幼いがゲームの面影が伺える。たぶん彼女の名はブリジット=フォルカー。東方守護伯の娘だろう。
多くの貴族の子息達がそれに賛同し手を上げる。その声に釣られるように剣術課、魔術課と思わしき生徒達も同じように賛同して手を上げる。
「どうするんだ、ジニー」
ヴァインの言葉に私は、黙って手を上げ、賛同の意を示す。
長いものには巻かれよう。それが目立たない最善の方法だ。
「では、満場一致みたいですし、代表委員はアイン殿下に決定ですわね」
「ああ、皆、有難う。こういった機会を私に与えてくれた事、本当に感謝するよ」
王族でありながら謙虚な彼の態度に、クラス全体から拍手が巻き起こる。
さすがは王族。たったこれだけの事で、代表委員という地位と、生徒達の信望の両方を手に入れている。
「では、副代表委員ですが……もし、誰も声を上げないようでしたら、このわた――」
「それは、僕に選ばせてもらえないかな?」
フォルカー嬢の言葉の途中でアイン殿下が声を挟む。駄目だ嫌な予感しかしない。
王城で彼に嵌められた時と同じ悪寒を感じる。
「僕と一緒に行動してもらう人物は、ある程度は僕と対等に話せる人物のほうが仕事がやり易いと思うんだ」
ああ、誰でもいい。王城で彼に啖呵を切った事を誰かなかったにしてくれないだろうか。
アイン殿下はまるでこの時を待っていたかのように、楽しげに私に視線を投げかける。
「どうだろう、ヴァージニア=マリノ嬢。この僕に『臣下の者の思いを察しろ』とまで言い放った君なら、僕と十分対等に話せるとは思うんだが」
周りの目が私に集まる。あぁ、どうしてこうも面倒事は向こうからやって来るのだろうか。
たとえ、初等部のクラス内の事とはいえ、王族の命を無碍に出来る臣下がいるだろうか。
「私でよろしければ、是非とも副代表委員の任、務めさせて頂きたいと思います」
それ以外の言葉があるなら、誰でもいい。是非とも私に教えてください。