6-2 合否を確認しようと思います
その日、私とヴァインは王立学院エントランスホールに来ていた。
理由は学院技術課の合否判定の確認の為だ。ヴァインは魔術課を受験していた。
『水魔術しか使えない事を散々聞かれたけどさ、俺はお前に並び立つような魔術師になるって決めたからな。その程度のハンデは覆す魔術師を目指すって答えといた』
そう言いながらニカっと笑うヴァインの姿が、カッコよく見えて少し嫉妬した。
彼に先を進まれているような気がして、私は無意識のうちについ呟いてしまっていた。
『なんだか、ヴァインに置いてかれてる気がする……置いてかないでよ』
『な、お前……無自覚でそう言う事言うのホントやめろよなぁ。置いてったりなんてするわけねーだろ。言ったろ並び立つって。ったく、いい加減、察しろよ』
『ちょ、頭、もうガシガシしないでよー』
そんな私の頭を乱暴に撫で、彼は学院へと走り出していた。
……という事が、つい先程までの出来事だったのだが。
「……嘘だろ」
「嘘よね……」
ホワイトボードに張り出された各学課の合格者名に、私とヴァインの名前が見当たらない。
私は技術課、ヴァインは魔術課を探したが見当たらない。
『ジニー。お前の我侭を聞くのは受験までだ。もし技術課に合格できなければ、素直に風儀課に入ってもらうからな!』
受験の前に御父様と取り交わした約束。このままでは、魔術課や剣術課どころか、風儀課に進学する事になってしまう……。
たぶん記載ミスか何かだよね? とりあえず、技術課の担当教員を探して……そう考えているとすぐ横に立つヴァインから変な音が聞こえる。
「え、ちょっとヴァイン? ねぇ、しっかりしてよ!」
「あばばば……」
壊れかけたヴァインの肩を必死に揺する。こんな状態のヴァインは初めてだ。
よっぽどショックだったのだろうか。そういえばヴァインは貴族ではないので風儀課には入学できない。
彼はこのままでは、学院を門前払いされる事になる。
「ちょ、泡吹かないでよ。ヴァイン」
ホール前で大騒ぎする私達を回りの人達が少し離れて輪になって様子を伺っている。
「いい加減、目立つからそれなんとかしたほうがいいわよ、ジニー」
「え?」
私を呼ぶ声に振り返ると、そこには赤髪の親友の姿があった。
その姿はしばらく見ない間に、一段と綺麗になっていた。
燃える様な真紅の髪は、以前よりもずっと艶やかにその美しさを周りに示している。
「ナータ!! 久しぶり。会いたかったわ!」
「ええ、久しぶりジニー。私も会いたかったわ」
抱きしめ合い友情を確認し合う。
「ところで、ジニー。貴方ちゃんとホワイトボード確認した?」
「したよ。私、技術課を受験したんだけど……名前が無くて……」
「あー、やっぱり。ちょっとこっちに来て。あ、そこの壊れてるのも一緒に」
私はナータに引かれホワイトボードの端のほうまでやってく。
「ほらこれ。ジニーの名前とヴァインの名前が書いてある」
「へ?」
「え?」
ナータの言葉に私とヴァインは言葉を失う。目の前のホワイトボードには確かに私達の名前が記載されている。だがこれは何だ。
「本当はここに貴方達の名前を見つけて、書かれている【戦技課】って何か貴方達に聞こうと思って探してんだけど、ってどうしたの?」
ホワイトボードをただただ呆然と見つめ続ける私とヴァインにナータは不安な顔で尋ねる。
「「……戦技課って何?」」
私とヴァインは声をそろえて、そう呟いていた。
□□□
「という事で、今年から【魔術】【剣術】【技術】を兼ね備えた学課として、【戦闘技術開発課】略して【戦技課】を設立する事となった。貴様らは栄えある第一期生という事だ」
「「「……」」」
アゼル様の言葉に私達はまったくついていけていなかった。私やヴァイン以外にも、数名の生徒達がその場に集められており、彼らも【戦技課】の1年という事になるらしい。訳がわからない。
「ごほん、これは、ボイル国王陛下が『今後、王国を脅かす脅威に対して、魔術師も騎士や兵士も、そして技術者達も一丸となって取り組む必要がある』と仰られて設けられた新たな学課である。君達はその事を肝に銘じ励んでもらいたい」
ヴァイス様はそう言って、私達に檄を飛ばすが、誰一人状況についていける者はいなかった。
「えっと、そういうわけで基本的に貴方達は技術課という形になりますが、正式には先ほどアゼル様、ヴァイス様がおっしゃられた【戦技課】が所属先となります。詳しくはこの資料を確認してね」
そう言い資料を配るのは技術課の受験の時に私にいろいろ質問をしてきた女性だった。
「えっと、先生も技術課の方ですよね?」
「ええそうよ。試験お疲れ様。貴女とは今度じっくり話したいわ。私の名前はドロシー。ドロシー=アルカノン。よろしくね」
ドロシー先生は私に手を差し出し握手を求める。私は慌ててその手を受け取り、強く握り締めた。
「よ、よろしくお願いします! ドロシー先生」
「ええ、よろしくね。ヴァージニアさん」
茶目っ気たっぷりの笑顔を見せる彼女に、私は少しどきっとした。
そして彼女は私の耳元に口を近づけ、そっと耳打ちをする。
「アゼル様とヴァイス様はどうあっても貴女と関わりあいたいみたいでね。それで、こんな事になっちゃったみたい。ごめんね。先輩のお弟子さんだから私がじっくり面倒見てあげたかったんだけどね」
「?!」
今、師匠の事を言ったのだろうか。という事はドロシー先生は師匠の後輩になるのだろうか?
学生時代の後輩だろうか。それとも研究所時代? 何がなんだか分からない。
「うふふ、そういったのも含めてまた今度、おしゃべりしましょうね。ヴァージニアさん」
「……はい」
ドロシー先生は、私の手をゆっくり解き、にこりと笑ったあと、他の生徒への資料配りに戻っていく。
「おい、ジニー。これを見ろ」
ドロシー先生に代わってヴァインが資料を片手に私に声をかけてきた。
「どうしたの?」
「見ろよ、【戦技課】の使用可能設備。技術課の工房だけじゃねぇ、剣術課の道場や魔術課の演習場まで含まれてやがる」
ヴァインに促され資料を確認すると確かに、そう書かれていた。
他にも王立図書館の図書閲覧や、中央食堂での利用権など、執務課や風儀課並の施設使用権限が与えられていた。
「こんなの周りに知れたら、絶対嫌な目で見られるよな……」
「だよねぇ」
かなり無茶な内容ではあったが、少なくとも私はヴァインにとっては悪いものではなかった。
「でも、俺特に技術らしい技術とか開発できねぇぞ。どうすんだ」
「大丈夫っぽいよ、ヴァイン。ほらここに……」
私が示した箇所には箇条書きで次のように書かれていた。
【戦闘技術開発課】が求める人材
・新たな近接戦闘技術の開発ができる者
・新たな戦闘魔術の開発ができる者
・戦闘に関する魔導具開発ができる者
・戦闘に関与する製品開発ができる者
・新たな戦闘維持技術の開発ができる者
「なんだこれ……」
「どうも募集要項みたいだけど、ほらこれ『新たな戦闘魔術』ってやつ。【抑制】も【大振】も、あとヴァインがこっそり考えてる新しい魔術もこれに含まれるんじゃない?」
私の言葉にヴァインは驚いた顔で答える。
「お前、知ってたのか!」
「そりゃーこれでも、貴方の親友ですからね」
「な、ならしかたねぇか」
ヴァインはそう言い苦笑いを浮かべる。
「ひとまず今日は、渡した資料に目を通しておいてね。詳しい話は入学後にします。皆さん、では4月よりよろしくお願いしますね」
「「よろしくお願いします」」
その後私達は各々、自らの家へと帰路につく。
ヴァインも入学の準備があるからと、王都のオルストイ家別邸に向かうらしい。
5年間、ベイルファースで一緒だったので、こうして離れるのはすごく久しぶりに感じられた。
「またね、ヴァイン」
「あぁ、次は入学式でな」
私達は互いに握手をし、微笑み会う。
少し寂しくはあるが、入学式までのしばらくの間だけだ。またすぐに会えるだろう。
だから、私のしっかりと準備を進めよう。
入学後にヴァインに会って馬鹿にされないように。
ヴァインは馬車を途中で降り、オルストイ家別邸へと走りだす。
私とヴァインはそれぞれの帰路についた。
□□□
「よう、おつかれさん」
研究室に戻り、資料の整理をしているドロシーに、一人の男が声をかける。
「先輩、いらしてたんですか」
フィルツ=オルストイ。このキメラ研究所の元所長。
今では、マリノ家でヴァージニア=マリノの魔導学の教師兼食客として暮らしている。
フィルツがやってきた理由は、たぶん彼の弟子の事に関してであろう。
「ジニーに会ったと思うがどうだった?」
「どうもこうもないですよ。あの発想は本当に彼女が出したんですか? 先輩じゃなくて」
ドロシーにはあれが10歳の少女に思いつくような内容には思えなかった。
もしかすれば、目の前の男がすべて用意してのではないかとさえ、思っていたぐらいだ。
「残念ながら、俺が手伝ったのは魔導具への魔術の刻み込みぐらいだ。他は全部あいつの発想だな」
「そんな……じゃぁあれは10歳の少女が自ら考え出したものだというんですか?」
「まぁ、おちつけ」
フィルツは自分に食って掛かる彼女を宥め落ち着かせる。
「ジニーは自分に【纏縛】をかけて、空に跳ぶような奴だかなら。他の人間があいつを自分の物差しで測ろうとしても、まともに測れはしないだろう」
「自分に【纏縛】?!」
自らの身に攻勢魔術をかけ、それで空を跳ぶなんて事は常識ある魔術師なら、まずする事は無いだろう。
「まぁ、そんなわけであいつは特殊だ。だから余計な目で見られるかもしれん。ドロシー、悪いがお前がそういった目からあいつを守ってやってくれねぇか」
以前の傍若無人な姿とは打って変わった彼の姿に、ドロシーは呆然とした。
彼女の知るフィルツ=オルストイは、他人のために頭を下げられるような、人間のできた人物ではなかった。
「変わりましたね。先輩」
「まぁなぁ。俺もいい年だからな」
フィルツはそう言い、ドロシーに優しく微笑む。
彼女その顔に、彼の下で働いていた時に感じていた彼への淡い恋心を思い出す。
ふとした拍子に見せる彼のその笑顔が、彼女は大好きだった。
「任せてください先輩。私も自分の生徒ぐらいは守りますよ」
「そうか。すまんなドロシー。じゃぁ、俺はそろそろ戻るわ。またな」
フィルツはドロシーの頭をかるく撫で、手を上げて去っていく。
それは研究所時代、彼がドロシーに対してよくしていた行動だった。
『考えて行動しろよドロシー。お前は頭はいいんだからな』
『まぁ、じっくりやれ。失敗しても俺がなんとかしてやるから気負わずやりきれ』
『よくやったな! ドロシー。今度は特別何かおごってやるぞ。何が食いたい?』
(……変なとこで優しいのは、変わらないなぁ)
撫でられた頭を自らの手でそっと撫でながら、彼女はしばらくの間、過去の思い出に耽り続けた。