6-1 作ってみようと思います
ウィリアム=マリノは彼の執務室で、数枚の紙面を前に頭を抱えていた。
紙面には、王立学院への入学に関する内容が書かれており、その最後に、入学希望者のサインと、保護者のサインを記載する箇所、そして入学希望学課の記載欄が存在していた。
(どうすればいいんだ)
ウィリアムは入学希望学課に筆を伸ばしては、止めるを繰り返していた。
彼が悩みの種は、娘のヴァージニア=マリノが、今年の4月から王立学院に進学する為であった。
ギヴェン王国王立学院。
フェルセン学園区に設けられたその施設には、ギヴェン王国内の多くの子供達が教育を受けていた。
ギヴェン王国の貴族は皆、基本的に10歳から16歳の6年間を学院で過ごす事となる。
学院の存在意義は、貴族間の交流強化から、貴族の子息を王都に引き込む事による人質としての意味合いまで、多岐に渡っていた。
貴族以外にも、中級商人以上の子息であれば入学を許可されている。これはギヴェン王国の若き商人達を育てる目的と共に、商人達が引き続きギヴェンで商いを続けるように、思想教育を行う為でもあった。
その他にも、一芸に秀でた人間であれば、民間からでもその能力に応じた形で入学を許可されている。
優れた才能をいち早く国で管理する為の手段であり、優れた教育を受けれる代償として、彼らは将来的にその才覚に応じた部署への配属を命じられる。
そういった民間からの採用が最も多いのが魔術課と剣術課の2学課である。
それぞれ、才覚に応じて最終的に王国魔術師団、王国軍仕官として配属が義務付けられる学課であり、将来を保障されるため、毎年多くの者達が学院への入学を希望していた。
勿論、16歳の時点で実力が伴わない場合には、国は彼らを放逐する事となる。
教育にかかる費用もただではない。国としても16歳までに実力が伴う生徒の育成しなければならない為、指導内容としてはかなりハードなものが用意されていた。
魔術課や剣術課以外に――
学院の学課として他に王城の文官を目指す者達が集う執務課
主に貴族の子弟がマナーや教養を学ぶ為の風儀課
商人の子弟がギヴェン国内の商業について学ぶ商業課
物作りや開発などの才覚があるものが集う技術課
の計4学課が存在する。
魔術課と剣術課の2学課を含め、計6学課の学生達が、将来王国に尽くす為、王立学院で教育を受けている。
ヴァージニア=マリノの父、ウィリアム=マリノは将来的にベイルファースト領を継ぐ為、執務課への入学が求められていたが、従兄弟のウォルターが剣術課であった事と、剣術への強い思いから親の反対を押し切り剣術課へと入学していた。
そういった過去があるだけに、彼には娘のジニーが風儀課への入学を拒む事に対し、強くは言えない所があった。また、ジニーの入学に関しては王国魔術師団長ヴァイス=オルストイ、王国騎士団長アゼル=オーガストの両名から強い要望を受けていた。
ヴァイス=オルストイからは――
『マリノ卿。ここに来たのは君の息女ヴァージニア嬢の進学に関し、聞いておきたい事があったからなんだが……。彼女は優秀な魔術師だ。だがまだまだ未熟。是非学院の魔術学課で真の魔術士を目指すべきだと私は思っておる。勿論推薦ならこの私自らが……』
と魔術課を、アゼル=オーガストからは――
『ウィリアム久しいな。先日は貴様の娘の協力で、我が家の問題が解決した。本当に感謝しておる。で、話は変わるが、貴様の娘は剣術大会でうちのドライ相手に見事な戦いを見せてくれた。女性であっても弛まぬ努力次第で、男顔負けの剣士になれるという見本を我々に見せたのだ。こういった意思改革は我々だけではなく、学院の女性達にも齎されるべきものだ。彼女の存在は延いては王国の為となる。それには是非とも彼女を剣術課に……』
と剣術課への入学を要望してきていた。
(まったく、あの娘は何をしているんだ)
王国の魔術の象徴である魔術師団長と、王国の部の象徴である王国騎士団長それぞれから、熱烈な勧誘を受けているのだ。それは最終的にジニーを魔術士団なり、騎士団なりに配属したいと考えての事だろう。
(まだ10歳だぞ)
従兄弟のウォルターと共に学院の双璧とまで言われた自分でさえ、ジニーほどは注目を集めていなかった。
『ウィル、お前の娘は魔導の才がある』
『あの子はあれでお前と同様、剣の才能がある』
フィルツとウォルターから聞いた言葉。
魔導と剣の才を持つ娘に、ウォルターは頭を悩ませていた。
もちろん娘が、魔術課と剣術課のどちらかを選択していたなら、彼女の意見も尊重していただろう。
だが、娘は、それ以外の選択肢をウィリアムに叩きつけて来ていた……。
□□□
学院に入学するにあたってヴァージニア=マリノことこの私が考慮した事は3つあった。
1.本来のヴァージニア=マリノが入学する風儀課は避ける事
2.アイン=ファーランド殿下が入学する執務課も避ける事
3.ゲーム内でイベントが多く存在する魔術課と剣術課を避ける事
この3条件を満たそうと思うと、6学課しかない王立学院において、4つの学課がすでにアウトとなる。
残り2つの学課だが、商業課は基本的に商人の子息が入学する学課である。剣術課や魔術課と異なり、この学課を卒業したとしても将来的に王国に忠誠を尽くさなければならない訳ではない。だが、それゆえこの学課への国の補助は他の学課に比べて著しく少なく設定されている。
学費の多くが学課に通う者達の親である商人達が支払う形となっている。つまり、商業課は他の学課に比べ学費がかなり高く設定されているのだ。
だが、そんな高い学費であっても商人達はこぞって学院に子息を入学させようとしていた。これは学院で自分の子供達が貴族の子息と懇意になる事を期待しての行動である。
(でも、うちはそんな無駄金使えないし、何より貴族と懇意になんてしたくない)
他の貴族と交流も持ちたいなら、風儀課にいけばいいだけだ。だが、それではゲーム【ピュラブレア】の運命から逃れる事が難しくなるかもしれない。出来るだけ、貴族や王族とは関わらず、その上でこの国を出た後でも生活の糧になる技術を学べる場所……。
(やっぱり技術課しかないか)
技術科。入学する生徒は、手に一芸を兼ね備えた者達。
技術の幅は広く、鍛冶、錬金術、鋳造術、薬学、木工、布革加工など様々な技能を持つ生徒達が、技術を磨き国の為の礎となる為、日夜切磋琢磨している場所である。
それぞれ分野が近い者達が工房を作り、教員に年に2度、成果を報告する形となっている。
勿論、その間に教員から技術を学べるし、学院の書庫などの閲覧許可も得られる。また、身近に他の技術を持つ職人の卵と共に過ごす事で、それまで気づかなかった新たな閃きを得られる可能性も生まれる。
彼らへの教育は、質問形式となっている為、教員達は自らの研究開発に勤しむ事が出来る。そう教員の殆どは王立研究所の研究員達である。
(技術課なら自由になる時間も多く取れるだろうし)
入学後は、今後の準備を進める時間が必要となる。技術課であれば、年2回研究報告さえすれば、基本的にあとは何をしていてもいいのだ。
問題は、入学するための提出品だ。技術課への入学を希望する生徒は、各自の技術分野の成果を提出が求められている。私がヴァージニア=マリノとしてやってきたこの7年で、特異な技術は魔術に関するものだけだ。
(魔術か)
なら魔術の知識を利用して出来る事でいいのではないだろうか。
例えば、簡単な魔導具の作製。
ゲーム【ピュラブレア】には魔導具に関して明確なソースがあるわけではなかったが、類似のものがあることを匂わすフレーバーテキストは存在していた。
そして何より、この世界には魔素を閉じ込めるガラス玉が存在する。
あれは、広義で魔導具にあたるはずだ。
「一度、師匠に聞いてみよう」
私はそう考えて、師匠がいる勉強部屋に急いだ。
□□□
「魔導具か。あるぞ」
師匠から、簡単に魔導具の存在を聞く事が出来た。
「ただし、たいした魔術を組み込む事が出来ない。それなら普通に魔術を使えばいいという話になっていて、魔導具開発は廃れているが現実だ」
「どんな魔術を組めるんですか?」
込められる魔術がどの程度か分からない事には、諦めきれない。
「込めれて汎用、しかも初級魔術程度だ。しかも、魔術の素人が使うのと変わらないレベルしか効果がでない。例えば【水衝】なら、水の塊を生み出すだけで終わる。その程度だ」
つまり誘導が全く行えないという事か。
誘導は自ら変換したオドを維持したまま、支配下に置き位置を指定し続けることで実行される。
だが水の塊になるということは、維持は出来るということじゃないだろうか。維持さえ出来ないなら水は固まりにならず、そのまま毀れて落ちるだけのはずだ。
「師匠、それは維持はある程度達成できると考えていいんでしょうか?」
「そうだな、誘導は全くできないが、維持なら出来るだろう」
汎用初級魔術という事は、選択できる幅が大きく狭まる。だが、考え方を変えてみよう。
例えば中等魔術のごく一部だけを抽出して使用する事は出来ないだろうか。
私は試しに、【破砕】を魔術の詠唱を行ってみる。
「大いなる風よ、大気のオドよ、転き換ぜよ、我が欲するは、猛き烈風、破壊の撃鉄よ――」
風の魔素をオドに転換し、風のオドを圧縮空気に変換していく。
「ん?」
実際に【破砕】をゆっくりと発動する事で気がついた事があった。
圧縮空気を打ち出す【破砕】だが、これを打ち出す時、どうして自分の掌にはなんら衝撃が来ないのだろう。
私はゆっくりと、圧縮された空気だけを開放し、掌を確認する。
そこには衝撃を緩和するためだろうか、風が吹き出す高圧の空気層が存在していた。
「師匠、これ知ってました?」
私は師匠に掌の高圧空気層を見せる。
「あぁ。【破砕】の防衛魔術だな。自身の力で身体が傷つかないように、中等魔術以上になれば魔術の中にそういった防衛魔術が組み込まれている。【炎風】を使っても手が火傷しないみたいな感じでな」
では、それぞれの魔術の防衛魔術だけを抽出すればどうなるのだろうか。
「大いなる風よ、大気のオドよ、転き換ぜよ――」
イメージをするのは、先ほど掌に集まった高圧の空気の塊。
すると、今度は掌に空気の塊だけが発生する。内在オドの消費は【水衝】よりも小さい。
「師匠、これなら組み込めますか?」
再び掌に空気の塊だけを具現化した私に、師匠は興味深そうな顔で答える。
「うむ、その程度なら可能だろうな。だが、それをどうするつもりだ」
「そうですねぇ」
私は先ほどと同じ要領で、左手にも高圧空気の層を作り出す。そして、両手を突き出したまま、ゆっくりと地面に倒れこむ。
「こんな風に、魔導具から空気の塊を出して、衝撃を緩和するものが作れないかなって思って」
私が考えたのは、魔術によるエアクッション。鎧に組み込めたら衝撃緩和に使えないかと考え、師匠に可能かどうかを聞いてみる事にした。
「なるほど。出来るかもしれんな。よしジニー。作ってみるか!」
「はい!」
それから暫くの間、私と師匠はヴァインも巻き込み、中級魔術の失敗を利用した、魔導具作りに没頭していった。