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王国に潜む者達

 

 ギヴェン王国首都フェルセン郊外特殊指定地域。通称スラム地区。

 先王アレクシスの手で行われた移民受け入れ政策の影響で、仕事を失った者達は行く先を失いこの地に集っていた。

 新王ボイルはスラム地区の存在を知りながらも放置を続ける。

 スラム地区の存在が国民達に移民に対する不満を増加させていた。恨み蔑む相手がいる限り国民の心情が上に向くことはない。新王として立ったばかりボイル国王は、スラムに下手に手を出すよりも、それを利用する方が国としての利が大きいと判断していた。


 もちろん、スラムの存在が他国の間者やよからぬ連中の温床になる事は理解していた。

 だが、先王の時代から存在するその場所に手を入れる事で生じる反発に比べれば、そこにその種の連中が集っていると分かるほうが管理し易いと考えていた。



□□□


 スラム地区西3番の潰れた宿屋の奥で、彼らは時が来るのを待ち続けていた。


「どうだった、スヴィル」

「どこからか、漏れてんじゃねぇってぐらいに、スラムにも兵士どもの姿がちらほら見られるッスよ」


 スヴェルと呼ばれた男は外套を外し、待っていた男達に状況を説明する。

 その宿は3ヶ月前に営業を停止しており、中に誰もいるはずがない場所だった。だがその宿の奥には30名を越す男達が、物音を立てないように神経を気を尖らせながら、各々の武器の手入れを進めていた。


「あまり長くは潜んでられないか」


 隊長格の男の言葉に周りの男達は沈痛な面持ちで塞ぎ込む。いよいよ時が来たのだ。


「た、隊長、その事でお耳に入れておきたい事があるんスよ」

「なんだ、言ってみろ」


 男に促され、スヴィルはおずおずと話し始める。


「ターゲットですが、先日行われた剣術大会で手傷を負っているッス。今なら容易く処理できるかと」

「それは本当か?」


 スヴィルの情報に隊長格の男は食いつく。彼らの目的は赤の封剣守護者の命。ここにいる30名のうち誰かがそれを成し遂げる事さえ出来れば、目的は達せされるのだ。

 ただし、それには問題があった。

 ターゲットの父であるギヴェン王国騎士団長アゼル=オーガストと、ターゲットであるドライ=オーガスト自身の剣の腕だ。


「はっ! 実際にこの眼で奴が傷を負うところを見たッス」

「おい、そんな事して向こうに気付かれでもすれば……」


 スヴィンの言葉で男達に動揺が走る。慎重をきして進めてきた計画を、こんな事で台無しにはされたくはない。


「その点は大丈夫ッス。大会には子供から大人までいろんな者達がいましたし、もちろんその中にスラムで見かけた奴らもわんさかいましたから。その上、この話はまるで歌物語のように酒場で大きく取り扱われているんスよ。調べるどころか、向こうから情報が舞い降りてくる有様ッス」

「まて、ターゲットはまだ10歳。剣術大会とはいえ、年少の部のはずだ。何故それほどまでに取り沙汰されているんだ?」

「ウルシーさん、それがですね……」


 スヴィルは興奮気味にウルシーに話始める。


 剣術大会でドライ=オーガストの相手を務めたのは、10歳にも満たない一人の少女だった。

 彼女はその小さな体で巧みにドライの攻撃をかわし続けるが、試合場の端まで追い詰められる。

 そこで一気に攻勢に転じた彼女の攻撃をドライは容易く防ぎ、さらには手に持つ大剣で少女を大きく吹き飛ばしてしまう。


「おいおい、それが語られるような戦いかよ。むしろ虐待に近いじゃねぇか」


 スヴィンの説明する状況の酷さに、ウルシーはたまらず唸り声を上げる。

 だが、スヴィンはそんな同僚の態度を気にする事なく、にやりを笑みを浮かべ話を続ける。


「すごいのはここからッス。少女は額から血を流しながらも立ち上がる。誰もがもうお仕舞いだと思い、審判に早く試合を終わらせるように声を上げ出す者まで出る始末。でも、諦めていない奴がたった一人だけいんスよ。それは、ドライの剣を受けた少女自身ッス」

「それで?」


 隊長格の男の声にスヴィンは一瞬驚く。彼もまたスヴィンの話を聞くうちに興味を惹かれていたのだ。彼も一度は剣の道を志した事がある人間だ。そういった話は嫌いではなかった。


「え、ええ隊長。すごいのはそこからです。ドライはそんな少女に情け容赦なく剣を振るうのですが、その剣が少女に当たる事はなかった。まるで先読みするかのようにドライの剣を避ける少女の姿に会場は沸いていたんです。それだけじゃない、少女はまるで独楽のようにその身を回転させながらドライに剣戟を浴びせ続ける。あんなの見たことねぇですよ。まるで小さな竜巻のようでした」

「9歳の少女がそれほどすごいのか?」


 スヴィンの説明を信じれないウルシーが疑問を投げつける。だが、スヴィンは興奮を抑える事なく彼の問いに答えた。


「すごいなんてもんじゃねぇスよ。あれだけの速度で繰り出される剣戟、真剣なら俺でもまともに受けきれる自信はねぇっス。それに少女の攻撃はそれだけで終わらない」


 スヴィンはまるで自分の事のように興奮して話を続ける。彼もまたその戦いに魅了された一人なのだ。


「少女の剣にたまりきらず、ドライは攻撃を受ける手を止め攻勢に出たんです。だが奴の攻撃は少女に読まれていた。奴の大剣の一撃を少女は飛んでかわしたんです。それもただ飛んだだけじゃない、空高く、あれは10m以上は飛んでたんじゃねぇッスかね」

「おぃおぃ、そんな馬鹿な! 人間の脚力でそんなに飛べるはずがないだろう!」


 スヴィンの言葉に隊長格の男もたまらずに声を挟む。そんな身体能力を持つ人間なんて聞いたことがない。


「いえ、本当なんですよ隊長。俺も見たときは本気で驚きましたよ。あれは多分魔術の類だと思います。昔、魔術師が岩を吹き飛ばすのを見たことがありますが、まさにそんな感じでしょう」

「それを自らの身体に用いたというのか? なんという無茶を……」


 聞けば聞くほど、その少女の行動は常識とかけ離れている。魔術を使ったのが本当なら、接近戦の最中に魔術を発動させた事になる。目の前に敵の剣が迫る中、冷静に魔術を行使できる魔術師なんて見た事も聞いた事もない。魔術師が戦場に出る場合は、遠距離からの砲撃を担うと決まっている。彼らの魔術の行使には、精神の集中を必要とする。その為、戦場で魔術を用いる場合は、敵の攻撃から彼らを守りきる事が兵士に求められる第一の事であった。

 だからこそ隊長格の男には、その少女の恐ろしさが手に取るように分かった。少女は剣士でありながら、魔術を行使する。それだけですでに脅威である。その上で迫り来る凶刃を避けて魔術を行使した事になる。もしそれが真実であれば、魔術師の唯一の弱点であった近接攻撃に対する脆弱さが解消される事になる。


 相手の攻撃を回避しながら、強力な魔術で敵を殲滅する。


(それでは我らが仇敵、封剣守護者どもと変わらないではないか?)


 戦場で封剣守護者の姿が確認されたのは1度や2度の事ではなかった。

 遥か以前より、ギヴェン王国との戦いでは、何処からか出現する彼らの姿に、苦しめられてきている。

 彼らは前線を駆りながら、恐るべき魔術で幾多の兵達を死へと誘う。

 魔術を使わせないよう接近戦を挑んでも、彼らは剣を振りながら、息をするかのように魔術を行使する。

 剣と剣がぶつかり合う最中、突然目の前の敵の手元が光り、頭を打ち抜かれるのだ。

 隊長格の男にとって、封剣守護者の存在はまさに死神そのものだった。


 そんな戦場の死神が、封剣守護者以外にも存在するならば……。

 それは、恐るべき脅威となるだろう。だが、同時にその少女の用いた術を利用できれば、大きな力になる事だろう。


「少女は空からすごい勢いで、それこそ本当に独楽のように回転しながら地上のドライめがけて落下してきました。そして、鈍い音が会場内に響いた直後、ドライは大剣を落として肩膝を地面につけていました」

「少女は? 少女はどうなった!」


 ウルシーは興奮ぎみにスヴィルに問いかける。


「ちょ、ウルシーさん顔近いッスよ。少女は残念ながら、地面に倒れ伏せっていました。試合はそれで終了です。でも本戦でも見られないような戦いに、観衆達は大興奮でした。優勝したドライ=オーガストにだけじゃなくて、奮闘した少女にも熱いエールが送られていたんスよ。いやぁ、思い出すだけで、身体の奥から熱いもんが込み上げてくるッス」

「その少女の名前とか、覚えてねぇのか?」

「湧き上がる会場に紛れて撤収したので、名前までは覚えてないんスけど。確かバージアだっけ」


 できればその少女も確保しておきたい所だったが、生き残れる可能性が薄い作戦だ。


(そのバージアという少女を、実際に目に出来ないのは残念だな)


「とりあえず、そんな感じで、今ならドライ=オーガストは手負いです。やるなら今だと思うッス」

「そうか、報告ご苦労。今日はもう休め。他の者達は出立の準備を進めろ。決行は明日深夜とする。俺はトレニー様に報告してくる。ウルシー、後は任せる」

「はっ!」


 隊長格の男は立ち上がり、階段の手すりに手を掛ける。

 目指すのは廊下に明りが漏れ出す2階奥の一室。


「トレニー様、よろしいでしょうか?」

「かまいません、兵士長」


 隊長格の男――兵士長は女性の声に促され、部屋の奥をへとつき進む。

 そこには膝を折り、祈りを上げ続ける女性の姿があった。


「トレニー様。決行は明日深夜となります。本当によろしいのですか?」

「かまいません。足手纏いとなるかもしれませんが、お供させていただきます」


 女性の目の奥には暗く冷たい炎が燃え滾っていた。


「無礼を承知でお尋ねしますが、それは復讐の為ですか?」

「ええ、それももちろんあります。ですがあの男の存在が我が国に及ぼし続ける影響を、これ以上無視する事はできません」


 兵士長にはトレニーの言葉が真実とはどうしても思えなかった。

 今の彼女の目には復讐以外、何も見えていないような気がしてならない。


「私はこれでも魔術師の端くれ。この命に代えてでも目的は成し遂げましょう」

「……」


 目の前の女性を女性をここまで復讐に狂わせたのは、封剣守護者なのか。それとも――



「貴方様の仇は、このトレニーが必ずとりましょう。ヘクター様!」


 兵士長はその答えを見つける事が出来なかった。

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