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5-7 豪邸にお邪魔しようと思います

 

 オーガスト家は代々、王領伯としてギヴェン王国に仕えてきた血筋である。

 王領伯とは大臣職のようなものであり、特定の領土を持たず王に仕えている貴族である。


 オーガストはその中でも、執政のクロイス家と並び、ギヴェン王国の武を司る者として王国に代々仕え続けてきた。


 王都フェセルセン王城区。私とヴァインはオーガスト家の馬車に乗せられ、オーガストの屋敷の門の前にいた。


「大きいわね」

「そうか? お前の家よりはでかいかもしれねぇけど、そんなにたいしたものでもないだろ」


 ヴァインの言葉に正気を疑う。これで大した事がないとか、貴方どれだけ金持ちなの?


「まぁ、小さい頃からここにはよく遊びに来てたからな。それで余計普通に見えるのかもしれない」

「でも、ヴァインの家って貴族じゃないよね。普通の家だよね?」


 オルストイ家は貴族ではない。彼らが特別視されているのは、ひとえに魔導の才に溢れたヴァイス=オルストイ及びフィルツ=オルストイの力によるものである。


「普通っていっても……お前の家ぐらいの広さはあるぞ?」

「……」


 どうもうちは普通の家だったみたいだ。おかしいな、マリノ家って侯爵家だった気がするんだけど。

 そうこうしているうちに、オーガスト家の執事がやってくる。


「お待たせいたしました。ヴァージニア=マリノ様、ヴァイン=オルストイ様。ではご案内いたします」


 彼はそう言い、私とヴァインを邸内へと案内する。緊張ぎみの私をよそに、ヴァインは帰り来たりし我が家といった様子で、我が物顔で突き進んでいく。

 廊下には幾人ものメイドの人達が頭を下げ出向かえてくれる。

 そんな彼女達はヴァインの姿を見つけると、皆口角を上げ彼に優しく微笑みかけていた。


(ふーん、ヴァインってここでは人気者なんだ)


 予想外の彼の人気に私は少しだけ寂しいような言い様のない想いに縛られる。


「どうしたジニー?」


 そんな私の変化をヴァインは目聡く見つける。


「別に……ただヴァインって人気あるんだなぁって思って」

「なんだ嫉妬か? しかたねぇ奴だなぁ」


 にやけ面するヴァインの姿に無償にイラつき、彼の足を蹴り上げる。


「いてぇ! お前、手とか脚とかすぐに出しすぎだろ!」

「ふん」


 私に蹴られた足を必死にさするヴァインの姿に、少しだけ溜飲が下がる。


「ち、まぁここにはさっきも言った通り、よく遊びに来てたんだよ。だからあの人達はそんな俺の姿を懐かしんでるだけさ」


 ヴァインはそう言いながらメイドの人達に軽く手を振る。彼女達も目立たぬようにそれに応えていた。


「ほら、そこの窓から庭が見えるだろ? 昔はよくあそこでドライやアイン殿下と遊んでたんだ」

「アイン殿下も?」

「あぁ、うちはともかくオーガストは家臣団の中で上位の家だ。殿下が訪問されてもおかしくはないさ。で、まぁ俺は王国魔術師団長の息子って立場でご一緒させてもらっていた」


 確かに王家に対し絶対の信頼を持つオーガストの家になら、殿下がいらっしゃってもおかしくはないだろう。もちろん、王国魔術師団長の家族も王族にとって信用に値する者達に違いない。


「さすがに今は殿下がここに来るような事はないだろうけどな」

「やっぱりそう思う?」

「あぁ」


 ヴァインが言いたいのは3年前にここで起きた事件の事だろう。

 オーガスト襲撃事件、王都内のこの地で起きた悲劇によりオーガスト家長男であるヘクター=オーガストは帰らぬ人となった。

 アゼル様が気づかれた時には、すでに警備の人間はすべて事切れており、ヘクター=オーガストもまた凶刃に倒れていたという話だ。だがこの件には不思議な点がいくつかある。


「ねぇヴァイン。この家ってそんな簡単に忍び込めたりしな――」

「お前、こんな所で何言ってんの? 時と場所を考えるって事してくれないかな?」


 ヴァインは慌てて私の口を手で押さえ言葉を遮る。執事やメイドの人達はそんな私達の姿を訝しそうに見つめてくる。


「あははは」

「お前なぁ、早く行くぞ」


 ヴァインは少し疲れたような顔をしつつ、私を引っ張り早足で歩き出す。


「ヴァイン様?!」

「どうせこっちだろ」


 慌てる執事を無視しヴァインと私は、オーガストの者達が待つ場所へと急いだ。



 □□□


「よく来たな、ヴァージニア=マリノ嬢。あぁ、あとヴァインも」

「ついでかよ!」


 アゼル様の言葉にヴァインは文句を言う。アゼル様の冗談だろう。彼はヴァインをからかう事を楽しんでいるきらいがあった。


「この度はお招き下さり、誠に感謝致しております、アゼル様」

「うむ。紹介しよう、我が妻トレイシーと妹のベロニカだ」


 アゼル様の紹介を受け、2人の女性が私の前に姿を現す。


「アゼルの妻、トレイシー=オーガストです」

「妹のベロニカ=オーガストよ」

「はじめまして、ヴァージニア=マリノと申します」


 トレイシー様は少し灰がかった美しい金の御髪を後ろで纏めていらっしゃる。とても落ちついた雰囲気を醸し出される女性だった。

 対してベロニカ様は、ドライと同様、燃える様な赤い御髪を肩のところで一纏めにされている。見た感じとても気の強そうな女性だ。


「あと、この子も紹介しておくわ。未来の私の妹、リーゼロッテよ!」


 ベロニカ様に促され私の目の前にやってきたのは真っ赤なドレスを身に付けた美しい黒髪の少女だった。


「リーゼロッテ=ヴェーチェルと申します。ヴァージニア=マリノ様」


 だがその声は、私を慕ってくれていた少女のそれではなく、酷く他人行儀なものだった。


「ヴァージニア=マリノと申します。よろしくお願いしますリーゼロッテ様」


 目の前の少女は私と目を会わそうとはせず、ずっと俯いたままだった。


「そんなに見つめちゃって、かわいいでしょ? この子。ドライには勿体無いなぁって思ってるのよ。」

「おい、お客人の前でやめんか」


 アゼル様に窘められたベロニカ様は舌を出しおどけてみせる。

 2人の姿をトレイシー様は微笑みながら眺めておられた。


「ヴァージニア嬢、もう大丈夫なのか?」


 親友だったはずの少女の変化に呆然としていた私に、ドライが声をかける。


「ええ。おかげさまでこの通り歩ける程度には回復しております」

「そうか。おま……君に直接伝えたかったんだ。ヴァインから聞いたかもしれないが、女性というだけで、力や技が、男に劣ると決め付けていた俺自身を今では恥じている。君を侮辱した事を許してくれないか?」


 頭を下ようとする彼を私は止める。オーガストの人間に頭を下げられるなんてたまったものじゃない。それに――


「頭をお上げ下さい。許すも何も、ドライ様がおっしゃられる通り、女性が力で男性に並べるはずがありません。私が用いたのは魔術です。むしろ神聖な剣術の勝負で魔術を用いた私の軽率な振舞いをお許し下さい」


 咎められるなら、剣術大会で魔術を使用した私の方だろう。私はそう考え彼に頭を下げる。


「謝罪する必要はないぞ、ヴァージニア嬢。貴様にとって魔術もまた戦う術であろう。ならばそれも含めて貴様の武だ。その武をもってドライに一太刀浴びせたのだ。誇る事はあっても恥ずべき事ではあるまい」

「父上のおっしゃられる通りだ。それに俺の大剣を前に魔術を用いる胆力。誰にも真似は出来ないだろう」


 そう言い彼は私に頭を上げるように促す。


「誰にもって事はないだろ? 俺だってそのぐらいの事はできるぞ!」

「ヴァイン、貴様は剣どころか、クワでさえまともに握れんだろうが」

「いてぇ!うううう」


 アゼル様に頭を小突かれ、ヴァインはしゃがみこみうなり声を上げる。そんな彼の姿に周りの空気が弛緩する。笑い声が上がる室内を見回し、ヴァインはそっと私に笑いかけてくる。


(ほんと、かなわないな)


 しゃがみ込んでいたヴァインに手を差しのべ、彼が立ち上がるのを助ける。


「では皆様、隣のお部屋にてお食事のご用意をさせて頂いております」


 笑い声が途切れる頃合いを見計らいオーガスタ家の執事が案内に訪れる。


「では、食事にしようか」

「そうですね。いくぞヴァイン」

「ちょ、待てって引っ張るなって、おい!」


 アゼル様とドライがヴァインを連れ立って隣の部屋に向かわれる。


「では私どもも、参りましょうか」

「ええ、行きましょう御義姉様」


 トレイシー様とベロニカ様もそんな男性陣の後を追う様に移動される。


「……リズ」

「……」


 黒髪の少女は私に背を向け、早足に歩き出す。


「ねぇ、リズだよね? どうして無視するの?」


 私の言葉に、少女は歩みを止める。そして肩を震わしながら、静かに応えた。


「もう……貴方とは一緒にいられない……ごめんなさい、ヴァージニア様」



 私を置いて走り去る彼女の背中を、私はただただ呆然と見つめ続けていた。

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