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5-5 決勝戦にいこうと思います

 

 準決勝を何とか勝ちを進み、いよいよ残すはドライ=オーガストとの決勝戦のみとなっていた。

 10歳以下の剣術大会は、一日ですべての試合が終るかなりハードな進行で進められている。


「いよいよ、ドライとの決勝戦だな。大丈夫か、ジニー?」

「ちょっときついけど、なんとかしてみる」


 ヴァインから渡されたカップの水を口にする。

 準決勝でかなりの体力を消耗していた。決勝戦まではしばらく時間があるとはいえ、ある程度、体力を戻しておかなければ勝負にさえならないだろう。


(スタミナだけなら、オド転換でなんとかなるけど……)


 私は大気中の魔素を集め、オド転換を開始する。


「――大いなる魔素よ、転くるめき換ぜよ、生命の根源たるオドと成りて我が身を満たせ」


 四肢へとオドがゆっくり満たされていき、溜まっていた疲労感がすっと抜けていく。

 これで最低限の準備は出来た。問題は――


「ジニー、足を見せてみろ」


 ウォルター叔父様は厳しい顔で私にそういい放つ


「大丈夫です、ウォルター叔父様。別になんとも……」

「いいから、見せなさい!」


 ウォルター叔父様の剣幕に押され、私はレガースをはずし、右足を叔父様の前に差し出す。右足首が少し赤く腫れている。準決勝で私は、オド転換で向上させた瞬発力を利用し無理な方向転換と急加速を多用してしまっていた。そうしなければ、勝つ事が難しい試合だったのだ。しかし、その代償として私は右足首を痛めるはめになっていた。ウォルター叔父様は難しい顔で私の足の状態を確認する。


「っつぅ!」

「痛むか? うーん、どうするジニー。棄権するか?」

「そんな! 嫌です!」


 折角ここまできたのだ。最後まで戦いたい。何より次の相手はあのドライ=オーガストだ。私の剣術をお遊戯と評したあの男に、一矢報いるない訳にはいかない。


 それに、彼の試合でみせたあの冷え切った戦い方。あんなもの、()()()()()()()ドライ=オーガストの剣ではない!


「わかった、なら右足が痛まないように少し固定する」


 そう言うと叔父様は帯状の紐を使って器用に、足首を固定してくれた。テーピングのようなものだろうか、おかげでかなり痛みが緩和されている。


「本当なら、こんな状態のお前を試合に出させる訳にはいかない。だが、今回はお前の意志を尊重しよう。ウィルにはあとで怒られるだろうから、その時は俺も一緒に頭を下げてやる。まぁ、それに剣を持つ者が、いつでも万全の状態で戦える訳ではないからな。これも、いい機会だ。いろいろと学んで来い!」


 叔父様はにっこりと笑って私を送り出してくれる。


 私は両手の武器の状態を確認しながら、試合場へと足を踏み入れる。

 ふと振り向くと、お父様に必死に頭を下げている叔父様の姿が見えた。申し訳なく思いながらも、その姿がなんだが可笑しく見えて噴出してしまう。


「試合前にその態度か。お遊戯で剣を振ってる人間は気楽でいいな」


 試合場の中央、決勝戦の相手ドライ=オーガストの姿がそこにあった。

 近くで見るその姿は、まるで壁のように大きく、本当に10歳なのかと疑いたくなる始末だ。


「お待たせしました」


 私はドライを無視し、審判に準備が出来たことを告げる。

 四肢には先ほど行ったオド転換によりオドが漲っており、力に溢れている。右足への負荷を避けるため、無理な加速や反転は行えないだろう。


 それに、ドライのもつ剣は刃渡り130cmはあるだろう。それに対する私の剣は右手の長剣でさえ彼の武器の6割程度の長さしかない。まともに彼の一撃を受ければ、剣ごと持っていかれかねない。かといって、あの大剣の一撃を左手の剣ではいなす事は難しいだろう。


(受けることも、いなす事も出来ない)


 なら、すべて避けるしかない。

 あれだけ長い得物だ、密着さえ出来れば死角に回り込む事が可能かもしれない。


「両者構え……」


(まずは先制だ!)


「――はじめ!」


 審判の合図で私は一気に前に飛び出す。

 ドライとの距離は5m。今の私ならこの距離、1秒強でつめきる事が出来る! だが、その時間で彼なら最大で2撃は叩き込んでくるだろう。


 ブゥン


 目前に凄まじい勢いの剣旋が迫り来る。

 体勢を低くし、足を前に出して剣旋の下を潜り抜ける。いわゆるスライディング状態で、ドライの足元をすべり抜ける、だが、私の横腹めをめがけてドライの足が迫る。


(騎士を目指すわりには、荒い戦い方をするじゃないか)


 右手に力を込めて地面を一気に押し出し、自分の体を跳ねあげる。

 私の体は大きく飛び上がり、ドライと距離が開いた。


 だが、体勢の整わない私にめがけ、ドライの追撃が押し迫る。

 私は体を小さく丸め、前方へと転がり込む。私がいた場所にはドライの剣風が振り払われていた。


「まるで、(けもの)のような逃げっぷりだな。これは剣術大会じゃなかったのか?」


 ドライは剣を構えなおし、私を挑発してくる。私だって、出来る事ならまともに打ち合いたいとは思う。だが、そんなことをすれば1合ともたずに私の敗北は決するだろう。


(でも、このままじゃ決定打にかける……)


 ドライの攻撃を避け続けていても勝つことなんて出来やしない。

 そして、この大会のルールでは勝つためには、相手をダウンさせて喉元に剣と突きつけるか、場外か、戦闘不能にするしかない。

 私の剣の威力で、ドライを戦闘不能にするのは難しい。


「動かないなら、こちらから行かせてもらおう」


 ドライは剣を脇に構え、一足で距離を詰める。


(一瞬で間合いを!)


 彼の身体を死角にし斜めに振り上げられる剣は、一瞬で眼前を切り裂く。

 事前に後ろに飛んでいなければ、回避しきれなかっただろう。


 ドライの剣は止まる事なく、私に切り降ろされる。

 左袈裟から右一文字、さらに諸手突きへとまるで流れるように繰り出される剣閃に、私は後ろに追い詰められていく。


「もう逃げ場はないぞ」


 気がつけば、試合場の淵まで追い詰められていた。


「まぁ、お前が狙っているのは場外勝ちだろ?」


 気づかれていた。判っていてこの男は私の誘いを受けたのか。


「気づいていながら、わざわざ乗ってくれるなんて、意外にお優しい所もあるんですね」

「いや、単にお前みたいなのがいくら小細工をしても、俺が負けるなんて事は万に一つも無いってだけだ」


(その慢心を打砕いてやる)


 私はドライ目掛けて両手の剣を幾度も打ちすえる。

 だが、私の剣が彼の身体に届くことはない。すべてが彼の持つ大剣によって受けきられてしまう。まるで、石壁を殴りつけているかのような絶望感が私を包み込む。


「まるで児戯だな。ふん!」

「ぐっ!」


 ドライは私の剣が身体を打ち据えるのをそのままに、力任せに剣を振りぬく。

 咄嗟に両手の剣を交差させ直撃を防いだが、その衝撃で私の身体は大きく跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「かはっ!」


 背中から地面に叩きつけられた衝撃で肺から空気が押し出された。

 頭を打ったのか、意識が朦朧としている。


「ジニー!」


 誰かが私を呼ぶ声が遠くで聞こえる。


「ジニー! もうやめて!」


 泣き出しそうに叫び続ける少女の声に、私は揺り起こされる。


「お、おぃ。立ったぞ」

「まだやるってのかよ……頭から血を流してるし、もうとめてやれよ」

「さすがにもう無理だろ?」


 無責任な観客達の中、私は黒髪の少女の姿を見つけ出す。


(馬鹿だなぁ。そんなに泣いてたら可愛い顔が台無しだよ……)


今の一撃で頭を打っただけでなく、痛めていた右足に激痛が走る。だが、あの子にあんな顔をされてちゃぁ、寝てなんていられない。


「まだ戦えるのかい?」

「……やれます」


 心配そうな顔の審判をそっと腕で押しのけ、私を睨み付ける長身の男の前へと歩を進める。


「まだやるつもりか? お前のそれはただの蛮勇だ。さっさと負けを認めろ」

「……」


 私は目を瞑り、大気中の魔素を集め始めた。


(漂う優しき風よ、大気のオドよ、(くるめ)き換ぜよ――)


「ここにきて、降参もせずに目を瞑るとは。俺を馬鹿にしているのか? なら、お望みどおり終わらせてやる!」


(――風よ我が声を聞け、旋なる風よ、纏いて吾身を縛れ、風精の守護よ【纏縛(クラウドフォース)】)


 ドライの剣が私目掛け上段から振り下ろされる。

 迫りくる大剣が大気を切り裂く。切り裂かれた()()()()()はドライの剣の軌道を私に教える。


「うぉおお!」


 ドライの一撃を右側に避け、そのまま風を纏って回転し、その勢いで長剣を叩きつける。

 攻撃はそれで終わらない、小剣と長剣による回転連撃。風のオドによる推進力を剣に乗せる。遠心力を乗せた剣勢が、ドライの腕を赤く腫れさせていく。


「この!!」


 ドライは一文字に剣を薙ぎ払う。

 空気が切り裂かれ土煙が立ち上がる。


「何、消えたぞ!」

「おぃ、上だ!」


 観客達が上空を指差す。


「ジニー!」


 吹き荒ぶ風の音が観客達の声を遮っていた。だがその中で、不安そうに叫ぶ少女の声だけが何故かは鮮明に聞き取れていた。【纏縛(クラウドフォース)】を解放し一気に上空に飛び上がった私を、ドライが迎撃体勢で待ち構える。私は上空で身体を旋回させ、遠心力を剣に乗せる。


「うぉおおお!」

「ぐおお!」


 2つの剣は交差し、互いの相手の身体を捕らえる。


「ぐぅ!」


 私の長剣はドライの肩を打ち抜き、彼の鎖骨を砕く。


 だが、その代償に――


「ジニー!!!」



 わき腹を打ち据えられた私は地面に転がり落ち、そのまま意識を失っていた。

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