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5-4 気合をいれようと思います

 

「勝者、ヴァージニア=マリノ!」


 その瞬間、まわりから歓声が上がる。

 本選2戦目。私は順当に勝ち進んでいた。

 オドによる身体強化とウォルター叔父様直伝のベイルファースト流剣術は10歳以下限定のこの大会において、他の少年達を歯牙にもかけないものにしていた。


「よう、順調そうだな」


 汗を拭きながら、乾いた喉を潤しているとヴァインが声をかけてきた。彼もドライと会う事ができたようで、それについては数刻前に詳しく聞いていた。


『あんなお遊戯を自慢げに見せ付ける奴なんて俺が叩き潰してやる』


 ドライ=オーガストがヴァインに言った言葉。

 彼は私の剣術を()()()と評していた。ウォルター叔父様から教えてもらっている剣術をお遊戯扱いされた私は、それを聞いたとき腸が煮える思いだった。


『まぁ、あいつもなんか思い悩んでるみたいだったし、勘弁してやれよ』


 ヴァインに宥められ、その時は事なきを得た訳だが。


(あと1つ勝てば決勝戦。あいつに一泡吹かせてやる!)


 当初の目的は、ドライ=オーガストを会って話でもする程度のものだった気がするが、今ではあの唐変木に目にものを見せてやりたい気持ちで一杯だった。


「おぃ、そろそろドライの試合が始まる行こうぜ」


 ヴァインはそういって、隣りの試合場を指差す。そこには、木でできた大剣を肩に担いだ長身の男が悠然とたたずんでいた。特徴的な燃えるような赤髪。ドライ=オーガストだ。


「両者構え……では、はじめ!」


 審判の開始の合図で、ドライの相手方の選手が一気に飛び出した。彼もまたドライと同じ両手剣のスタイル。上段から振り下ろされる剣戟は、少年にしては鋭く、それを受けるドライの表情も少し険しく見えた。


「あいつ、やるなぁ」


 ヴァインが相手方の男をそう評する。初撃を受けきられた少年は、続いて2撃3撃と連続でドライに打ち込み続ける。流石にここまで勝ち進んできただけの腕はある。


「これ、ひょっとすると番狂わせがあるかも?」

「あれって、ヒューゴだろ。あいつ意外にやるなぁ」


 観客からヒューゴと呼ばれた少年は、さらに果敢に攻勢を強める。木剣とはいえ、少年の体格であれだけの長さの剣を振るい続ければ、かなり体力を消耗しているはずだ。にもかかわらず、彼の剣勢は衰える事を知らない。


(ドライ以外にも、強い奴っているもんだな)


 子供の大会だし、それほど大した腕の人間なんて出て気やしないだろうと、高を括っていた所があった。だが、ドライを一方的に押し込む彼の剣は、はたから見ていてそう悪いものではなかった。だが、あくまで10歳以下の実力としてではあるが。


(そろそろ、ドライがしかけるかな?)


 何度も剣を防がれ、ヒューゴは焦れてきたのだろう。彼の剣に、少しではあるが精細が欠けてきている。やはりまだまだ子供だ。落ち着いて戦い続ければ、勝てる可能性は十分にあったはずだ。だが、ドライがその僅かな隙を見逃す事はなかった。彼は、これまでの鉄壁の防御から一気に攻勢に転じる。


「うぉおお!」


 ヒューゴの斜め袈裟ぎみの剣戟に対し、ドライは大剣を斜めに構え受け流す。そして、そのまま流れるような動きで剣を上段へと移動させ、そこから一気にヒューゴを切り伏せる。勢いがつきすぎてたヒューゴの剣では、彼を襲い来るドライの一撃を防ぐには間に合わない。


「ぐああ!」


 ヒューゴの肩口に長剣の一撃が叩きこまれる。場内に響いた鈍い音が、その傷の深さを物語る。あの音では下手をすると骨までいっているかもしれない。剣を落とし肩口を抑えて蹲る少年に、審判が急ぎ駆け寄る。


「勝者、ドライ=オーガスト!」


 たった一振りの剣戟で、ドライは相手を戦闘不能にしてしまったのだ。

 もちろん、それまでの攻防すべてがカウンターの一撃の為だったに違いない。相手が焦れて、2の太刀を疎かにするタイミングにあわせたカウンター。


「強いね」


 私は自然にそう口に出していた。


「あぁ、伊達に【赤】のオーガストじゃねぇって事だな」


 赤のオーガスト。ギヴェン王国内でオーガスト家にのみに許された称号。王国の剣であるオーガストの血脈の者たちは【赤】の名に恥じぬ戦いを幼い頃から求め続けられる。ドライもまた、わずか10歳の少年とはいえ立派な赤の名を継ぐ人間なのだ。


「怖いか?」


 ヴァインが私の肩に手を置きそう尋ねる。

 正直怖くないと言えば嘘になるだろう。今の自分の剣があのオーガストに届くとは思えない。だけど――


「怖いよ。でも、だから余計に負けられない!」


 試合の最中、ドライは終始冷めた目で相手を見据えていた。まるで機械のように、ただ相手を打ちのめすために振るわれた剣。


 私は彼の戦いを見て、ゲーム【ピュラブレア】の青と赤の剣閃を思い出していた。

 ヴァイン=オルストイとドライ=オーガストの一騎打ちのスチル。

 ゲームのワンシーンに私は胸を躍らせていた。

 だが先の試合には、あの戦いのような迸る剣士同士の情念が全く感じられなかった。

 それが何故か私にはすごく悲しく思えていた。


『そーまはそのイベントほんと好きだよね』

『お前、こんな熱い戦闘シーンで滾らない訳ないだろ!』


 私の言葉に咲良(さくら)が呆れた顔をしていたのを今でも覚えている。

 剣と剣、力と技のぶつかり合い。互いに一歩も譲らず、飛び交う青と赤の剣閃。

 そんな戦いに私は魅了されていたのだ。


 だから、あんな()()()()()()()を見せつけられたら、私は余計に負ける訳にはいかなくなってしまう。


「そっか、お前がそういうなら俺はお前を応援するから」


 ヴァインはそう言って私に微笑みかける。


「ありがとう、ヴァイン」


 彼の応援が無駄にならないように、全力でがんばろう。


「ジニー、気合入れるのはいいが、まだドライ=オーガストとやる前にもう1戦ある事を忘れるな?」


 私とヴァインが気合を入れていると後ろからウォルター叔父様がそう私を戒める。そうだった、まだ準決勝が終っていない。


「ジニー。お前の剣の腕はまだまだ未熟だ。だから、1戦1戦を大事にしていくんだ。1つの戦いの中で学ぶべき事ってのはいくらでもある。それを学び取れるかどうかが、剣士としての腕の差につながる。まぁ、先ばかり見ていれば、足元を掬われる事にもなるしな」


 ウォルター叔父様はそういって私の肩を叩き激励してくれる。


「はい!」

「よし、いい返事だ。じゃぁ次の試合の準備をしてこい」


 私は頷き、控え室へと向かう。



 □□□


「魔術師を目指す君が、あの子の剣を応援するんだな」

「変ですか?」


 ジニーが去った後、ウォルターさんが俺に話しかけてきた。

 これまで、ウォルターさんとはあまり話した事がなかった。俺は魔術師を目指しているから余計に剣一筋のこの人と話す事なんて無かったのだが。


「いや、君はジニーのライバルだとフィルツから聞いていたしね」

「あいつは俺をそう呼んでくれてるけど、俺はまだあいつのライバルにはなれてないって思ってるから」


 そうだ、俺はまだあいつの横に並び立てる魔術師になれてはいない。

 ベイルファーストでフィルツに師事するようになってもう4年が過ぎている。フィルツに師事する事が出来たのは、親父のおかげだった。元々、俺は親父に魔術を教えてくれるように頭を下げた。それを了承してくれた親父は、俺に魔術を再び教えてくれてたのだが、思うように時間がとれず、代わりとしてフィルツに俺を彼の弟子にするように頼みこんでくれた。


 フィルツの魔導学の教えは過酷の一言だった。最初の1年はひたすらオド転換しかさせてもらえなかった。それも一日8時間以上だ。最初は頭がおかしいのかとも思ったが――


『ジニーは3歳でこれをやり遂げたぞ?』


 その言葉を聞き、俺は歯を食いしばって耐え続ける事にした。

 たかが、オド転換。最初はそう思っていたが、続ける程に魔素への感応力やオドへの転換効率が増していくのが分かった。1年間オド転換のみを続けた後、以前と魔術の強度が大きく違っている事に驚いた。


 それから3年、主にオドの維持と操作に重点を置いた修練を続けていた。

 あいつから教えてもらった水魔術。それを使いこなすにはオドの維持と操作の技術を、今以上に磨き上げる必要があったからだ。


『お前がジニーの横に並び立つ魔術師を目指すというなら、オドの維持と操作に関して王国一を目指す必要がある』


 フィルツの言葉は途方も無いものに思えた。

 王国一ということは、目の前のフィルツ=オルストイや親父を超えるレベルになれと言っているのだ。


『お前に覚悟があるなら、俺はお前の力になってやる』


 フィルツから伸ばされた手を、俺は躊躇う事なく掴んだ。あの日、自分に誓った言葉は今でも俺の中で生き続けている。


 ――あいつが俺を友達(ライバル)と言ってくれる限り。俺はあいつの背中を追い続けてやる――


 何があっても俺は自分の中のその誓いを、曲げるつもりは無かった。



「それに、あいつが剣を学んでいても、俺がやる事には変わりが無いですから。俺はあいつの横に並び立って恥ずかしくないような魔術師になりたいんです。それに、ライバルって魔術って枠だけじゃなくて、もっといろんな意味で、あいつと対等になりたいっていうか……」

「へぇ、君は俺が考えていたよりずっとジニーの事を大事に思ってくれてるんだな」

「ちょ、そ、そんな事、ないっすよ!」


 ウォルターさんは何がおかしいのか、声を上げて笑い始める。

 自分の顔が熱くなってるのが分かった。こんなのあいつに見られる訳にいかない。


「あははは、ウィルは心配していたが、なんだいい子じゃないか。ヴァイン君、これからもジニーをよろしく頼むよ」

「はい!」


 俺はウォルターさんの言葉に頷く。

 あいつの周りの大人達に、ほんの少しだけど認められ始めてる気がして、俺にはそれがなんだか嬉しく思えていた。

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