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リーゼロッテ=ヴェーチェル

 

「ジニーが使っていたあれは、オド転換か」


 ジニーが次の試合のために離れた後、ウォルターが俺にそっと尋ねてきた。


「あぁ、あれはただのオド転換だ。魔導歩兵も使ってるだろ」


 オド転換自体はだれもが日常的に行っている事ではあるが、それを意識的に使用できるのは魔導の才能を持つ人間に限られていた。故にそれ以外の人々には、オド転換の存在自体さえ、意外と知られてはいなかった。


「あぁ、確かに5軍がそれを使っているのを知っている。だが、ジニーのあれはなんだ? 5軍の奴らが使ったとしても、あれほどの身体能力強化なんて発現する事は無いぞ!」


 ウォルターは興奮して俺に食って掛かる。

 確かにあれほどの身体強化が出来るなら、魔導歩兵達の実力はベイルファースト領軍の中で、飛びぬけたものになるだろう。だが、実際は彼らの劣った身体能力をカバーする程度にしか効果を発揮してはいないはずだ。


「基本的に、オド転換は魔素への感応性の強さ、魂の許容量、オドの維持能力、この3つの影響が大きい。ジニーは元々、魔素の感応力に優れていたし、ベイルファーストでの一件以来、オドの維持能力もかなり向上している。それにあいつには3歳から4歳までの1年間、オド転換だけを一日8時間はやらせていた。そこらの中途半端な魔術師のオド転換とあいつのそれとでは、同じオド転換でも内在オドの精製量が遥かに違ってきているはずだ」


 まぁ、魂の許容量も俺がやった魂融合のせいで、普通の人間よりも大きくなっているって事は秘密ではあるが。


「つまり、あれと同じ事ができる人間は、一流の魔術師に限るという事か?」

「あぁ、そのとおりだ。だが、それほどの魔術師なら剣なんて使わず魔術で戦うだろ」


 魔術の修練は一朝一夕でどうこうなるものではない。それだけの修練を積み重ねた魔術師が、わざわざ剣を持って戦うなんて事はまず有り得ない。


 つまりは、このオド転換は――


「なるほど、あれはジニーだから出来る事という事か」


 ウォルターに俺が言いたい事が伝わったようだ。

 ジニーのような存在を増やすには、幼少の頃から魔導漬けの日々を送り、魔導の才能のある人間だけを抽出、その上で魔導以上に剣士としての修練も積ませる必要が出てくる。それを兵種レベルで行う事はまず不可能に近い。


「あぁ。あれは、ジニーの専売特許だ。似た事は俺にも出来るが、俺は魔術師だ。あいつほどに剣の修練なんてしていないからな、そこまで効果的じゃぁない」

「ウィルや俺みたいな剣しか振れない人間からしてみると、ジニーの身体強化は羨ましい限りだがな」


 ウィルやウォルターのような一流の剣士が、その身体能力を瞬間的にでも向上させる事が出来るなら、今以上にギヴェン王国は彼らを放っては置かなかっただろう。


(まぁ、代わりにこれでまたジニーの異常さが上の人間に知れ渡る事になるんだがな……)


 相変わらず予想の斜め上を行く弟子の異常っぷりに、俺は頭を痛めるしかなかった。



 □□□


 私は生まれた時からずっと、「自分に自信を持つ事が出来なかった。

 二人の姉のように、艶やかでは無く地味な存在。

 それが私だった。


『リーゼロッテ、貴方は物静かで清楚だしとても可愛い女の子よ。もっと自分に自信を持ちなさい。それにその髪も、つややかでとても素敵だと思うわ』


 二人の姉はそういって私を慰めてくれる。だけど、私は知っていた。

 御父様は私に何も期待していない事を。


 私だけが、姉達と違った髪色をしているのは、流れる血が異なるからだ……。


 私の母の名メイサ=ヴェーチェル。

 元の名をメイサ=リンクスと言う。元リンクス侯爵家の血を告ぐ女性だ。

 16年前の王都反乱で力を失ったリンクス家が自らの娘を、仇敵であるギルバート=ヴェーチェルに差し出す事で家の存続を保つ事に成功した。


 元々病弱だった母は私を生んですぐこの世を去ってしまった。

 そんな私に対し、ローラ御継母様も2人の姉も本当に優しく接してくれている。

 だけど、御父様だけは違っていた。


『ソフィアとニーナは器量が良い。おかげで、フォルカーやクロイスに嫁がせる事が出来た。だがリーゼロッテ、あれに駄目だ、華が無さ過ぎる』


 御父様が御継母様とそう話されているのを、偶然耳にしてしまった。

 御父様にとって娘の存在は、他の貴族の方と繋がりを持つ為の道具に過ぎない。

 そして、私はその道具にさえなれないと、実の父に宣言されたのだ。


 姉達や御継母様がいくら私を誉めてくれようとも、彼女達が本心で私を必要としていない事は言葉の端々から伝わっていた。


(自分には何の価値も無いんだ……)


 分かっていた事。だから私は自分に何の期待もしていなかった。

 あの日、彼女に出会うまでは。


『お初にお目にかかります。ヴァージニア=マリノです。以後お見知りおき下さいませ』


 初めて彼女を見た時、まるで童話か何かからそのまま抜け出してきたかのような美しさに、私は呆然としてしまったのを覚えている。


『リーゼロッテ様の深い夜空のようにお綺麗でしっとりとつややかな御髪は大変素敵に思えますわ』


 彼女が、私に言ってくれた言葉。

 その言葉で、私は初めて自分の存在を肯定されたような気がした。


『私も、ヴァージニア様と仲良くしたいです』


 だからいつもは恥ずかしくて言えないような言葉も、自然に口にする事が出来た。


『ええ、わたくしもお二人とはもっと仲を深めたく思います』


 笑顔で私にそう返してくれた彼女の姿が、本当に眩しく思えた。


(彼女は私を必要としてくれている)


 そう思うと、これまで重く暗かった胸の奥が、なんだか暖かく照らし出されていくような気がしていた。

 実の父親に無価値と言われた自分と仲良くなりたい言ってくれた彼女。

 私にとっての初めての友達。本当に嬉しかった。


 苦しんでいる人達に真っ先に手を差し伸べ、ナータがアイン殿下に突き飛ばされそうになった時は、体を張った守った彼女。


『ナターシャ! リーゼロッテ! すぐここから離れなさい!』


 殿下の力の暴走を身を挺して防ぎきってみせた彼女の姿は、私には、まるで本の中の英雄のようにさえ思えて見えた。


 そんな彼女が自分をリズと呼び慕ってくれる。

 彼女の存在は、私にとって希望のだった。


「リーゼロッテ喜びなさい、お前とドライ=オーガストの婚約が決定した。これからは、彼とヴェーチェルの家の為だけに生きなさい」


 御父様の言葉に、私を驚かせた。

 ドライ=オーガスト。ギヴェン王国の剣の血脈にして、赤の封剣守護者。そんな人がどうして私なんかを……?


「オーガストの弱みを握れたのは行幸だった。おかげでお前程度の器量を、オーガストは受け入れざるを得なくなったからな」


 御父様の言葉は、私が決して求められ選ばれた訳ではない事を意味していた。

 私はヴェーチェルの道具として、オーガストへ嫁ぐ事になる。

 それはなんだか、酷く他人事のように思えた。


「あと、これを機にマリノの娘との縁は切りなさい。ヴェーチェル家はマリノではなくフォルカー家と繋がりを持っている。お前がマリノの娘と交友を持っている事をフォルカーに知られれば、今後のヴェーチェル家とフォルカー家の関係に影響が出る可能性がある」

「そんな! 絶対に嫌です。ジニーと友達をやめるだなんて、そんなの嫌!」


 今まで一度も口答えした事が無い私が、初めて御父様に口答えをした。


 パン


 一瞬何が起きたのか分からなかった。

 頬に広がる痛みが私に頬を張られた事を理解させた。


「お前は誰に向かって言っているのか理解しているのか! なんら価値の無いお前に、オーガストという婚約先まで見つけてやったのはこの俺だ。それをお前は仇で返すいうのか!」


 御父様の言葉は私の心を締め付ける。

 私はヴェーチェルの人間なのだ。そうである限り、当主である御父様の言葉に逆らう事なんて出来はしない。


「……分かりました」


 私はそれだけを口にし、御父様の部屋から飛び出すようにして駆け出した。

 両の目から溢れ出す涙をこらえ切れなかったからだ。

 自室についたとたん、私は声を上げて泣き叫んだ。


 ジニーともう合えない。

 そんなの酷い。酷すぎる。


 自分を親友とまで呼んでくれた彼女。

 今でも目を瞑るとベイルファーストでの楽しい日々が思い出される。


 机の引き出しから、黒い光が閉じ込められたいくつかのガラスの玉を取り出す。


『リズ。貴女にプレゼント』


 ベイルファーストを去る時にジニーから貰った大事な宝物。


『大事な友達にあげるものって思いつかなくてさ。あはは、こんなのでごめんね。でも、一生懸命集めたんだよ。貰ってくれるかな? いつかきっと貴女の役に立つと思うから』


 黒い光の入ったガラス玉を両手で握りしめる。


『こうするとさ、リズの髪の色みたいで綺麗だと思わない?』


 ガラスの玉を光に透かして私に見せてくれた彼女の笑顔が、まるで昨日の事のように思い出された。


『リズ大好きだよ』


 私もジニーの事が好きだ。大好きだ。

 私は涙が枯れるまで泣き続けた。



 そして、その10日後。私は正式にドライ=オーガストと婚約関係を結ぶ事になった。

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