5-3 予選に参加しようと思います
剣術大会、10歳以下の部予選。
貴族だけではなく将来国軍に参加を志す平民や兵士の息子など様々な少年達がその場に集っていた。
総勢50名程度、8ブロックに分かれて総当り戦、上位2名が本選出場という分かりやすいものであった。
周りを見ても、私のような少女の姿は見られなかった。
ゆえに周りの私を見る目は、奇異なものを見るそれだった。
「おぃ、どうして女が参加してるんだ?」
「しかも、あれ貴族じゃねぇか? 貴族のご令嬢様が剣士の真似事か」
「遊びでこられたら迷惑だっつーの!」
前言撤回。奇異の目ではない、嫌悪の目の間違いだった。
まぁ、しかたがない。周りの少年達からすると私はお遊びで参加している貴族令嬢様に見えてもいることだろう。だが、それで相手がこちらに油断してくれるなら、そこを突いて勝たせてもらおう。
私は、装備を確認する。
この大会は基本的に使用武器が木剣に限定されている。ただし、10歳以下という年齢は個人によって体格の差が大きく現れる。そのため、武器は各自が求めるサイズのものが支給されていた。
試合の勝利条件は――
・相手が降参する事
・相手を場外に出す事
・相手を地面に倒し、喉元に剣を突きつける事
・審判の判断により、相手が戦闘不能と判断された場合
この4つである。
「では予選A組からはじめます。名前を言われた人は前に出てください。フレッド=リンツ、ヴァージニア=マリノ」
騎士団の方の案内で私は試合場へと進む。
相手は私より大柄な少年。木剣と木盾というオーソドックスなスタイル。だが、オーソドックス故に強固な守りと堅実な攻撃でバランスに優れている。
『相手は10歳以下とはいえ、体格的にはジニー、お前より大きい相手ばかりだ』
予選前にウォルター叔父様が私にくれたアドバイス。
『相手の攻撃に馬鹿正直に付き合う必要はない。お前が相手に勝てるところを見つけ、どうすれば勝てるかを考え戦え』
(相手に対して私が優れている所。それはこの小さく軽い体躯。それと――)
私は全身を集中し、空気中の魔素を集め始める。
(大気にたゆたう大いなる魔素よ、転き換ぜよ、生命の根源たるオドと成りて我が身を満たせ)
魔素をオドへと転換し、四肢へとオドを満たしていく。
私が参考にしたのは、ベイルファート領軍第5軍である魔導歩兵。
魔導歩兵は通常の歩兵に比べ身体的能力が劣っていた。そんな彼らがその差を補うために用いたのは、ごく普通のオド転換であった。
通常のオド転換により発生するオドは、内在オドとなり魄の状態を正常な状態しつづけ維持する。これを積極的に行うことで、空手における息吹のように自律神経を整えるだけではなく、四肢を活性させ力を漲らせることが出来る。その効果は疲労への耐性だけではなく、筋肉の活性化、血流の正常化など多岐に渡っていた。
肉体を鍛えていない魔術師達が、他の兵種と同じように行軍できる理由の一つがこれであり、内在オドが切れた魔術師が役立たずになる原因もこれだ。
もし同様の事を通常の剣士が行えばどうなるか。
満たされたオドは私の身体能力を一時的に向上させ、瞬発力が上昇するのを感じる。
「両者、剣を構え。では、はじめ!」
私は両足に力を込め、最大速度で相手に近づく。狙うのは相手の足元。
一気に身体を屈めて剣の間合いへと身を滑りこませる。
「な?! はやい!」
大柄なフレッド少年は私との距離を開けるため、剣を横凪に振り払う。
だが、あまりに大降りなそれをいなす事は容易い。
私は左手の小剣で彼の剣の軌道をそらした。
私が武器として選定したのはしたのは、刃渡り80cm程の木剣と、刃渡り40cmほどの小剣だった。
(私の体格では盾を取り回して戦う事は難しい。なら2刀でそれを補おう)
その選択にウォルター叔父様は最初は呆れてはいたが、理由を説明すると意外にも反対される事もなく、真剣に指導に当たってくれていた。
私の頭部を薙ぎ払うように振るわれた相手の剣は、大きく軌道がそれる。
そのまま、相手の右側面の死角へと回りこみ身体をぶつける。
「ぐぅ!」
体を流されてしまい、剣を戻しきれないフレッド少年は、たまらず呻き声を上げる。
右手の剣を横に薙ぎ、彼の軸足を切り払う。
「うわっ!」
片足を切り払われて、片足立ち状態のフレッド少年の足元に、私は中腰のまま体を入れ込み、一気に上体を引き上げる。フレッド少年は私の身体に跳ね上げられ、私の背中を転がるように倒れこみ、地面に後頭部を激しくぶつける。
私は、彼が起き上がる前に、倒れたフレッド少年の喉元に剣を突きつけ審判に判定を促す。
「……勝者、ヴァージニア=マリノ!」
周りからどよめき声が沸き挙がる。すぐに打ちのめされると思っていた少女が、開始早々に相手を転倒させて勝利したのだ。注目を浴びても仕方がない。
「おぃ、見たか今の!」
「速え……」
「左手の小剣と右手の剣の2刀か、あんなので戦えるものなのか?」
少年達は急に沸いて出た新たなライバルの分析を必死に進めている。そんな中、私は私の姿を凝視する存在に気がつく。
その少年は、10歳以下でありながら170cmはゆうに超えた身長と、鍛えられた体躯を兼ね備えてた。特徴的な赤い髪は、彼の存在感をさらに強く示す。
(あれが、ドライ=オーガスト……)
ゲーム【ピュラブレア】に登場していた彼より一回り小さな姿。赤い前髪の隙間からこちらを睨み付ける眼光の強さは、まるで獣のそれのようだった。私は彼の視線に気付かないふりをしながら、試合場を降りる。
「戦いを急ぎすぎだ。相手が油断していなければ、逆にやられているぞ」
ウォルター叔父様の言葉に私は俯き反省する。
「だが、あの見切りから軸足を狙ったのは合格だ。相手の重心をコントロールし、そこを突く事は実践でも使える技術。その技術は磨いていくといい」
私は誉められた事を素直に喜んだ。練習した事が形になったのだ。嬉しくないはずがない。私の笑顔を見て、ウォルター叔父様も微笑みながら私の頭を撫でてくれる。
「次も油断することなく、相手を見据えてがんばれ」
師匠といい、ウォルター叔父様といい、私は指導者に恵まれていると感じた。せめて叔父様の恥にならない成果を示そう。私はそう決意した。
□□□
「よう、ドライ」
久しぶりに会った親友は、以前のような暗い影はなりを潜め、強い意志の力を宿した目で俺を見つめ返していた。
「あぁ、ヴァイン。久しぶりだな」
それに比べ、今の俺はあのころ持っていた自分と自分の家に対する誇りを失っている。まるで対照的だ。
ヴァインが諦めかけた魔術師としての道を、再び突き進んでいる事は父上から聞いて知っていた。だが、実際にヴァインと再開し、以前とは違うその面構えに見たときに、俺に最初に沸いたのは激しい嫉妬感だった。
(どうしてこいつは救われ、俺は囚われ続けているんだ)
神様という存在がもしいるのなら、これほどの不公平を許すはずがない。何故こいつと違って、俺には救いの手が差し伸べられないのか。
「見たか? あれが、ヴァージニア=マリノだ」
まるでそれを誇るかのように、ヴァインは先ほど予選を終えた少女を指し示す。お前をそこまで変えたはあの少女なのか……。
長身の男性に頭を撫でられ微笑む少女が酷く眩しく、そしてすごく遠い存在に思えてしまう。
(お前は、あの少女によって救われたのか)
「魔導だけじゃなくて、剣の腕も伸ばしてやがる。たまんねぇよな、まったく……」
どうしてそんな顔をしていられるんだ。
王都で初めて俺達があの少女を見たとき、お前は激しい嫉妬に呑まれていたじゃないか!
それなにの今は何故――
「まぁ、それでも俺は負けねぇけどな」
――そんな顔で笑っていられるんだ!
「ヴァイン、悪いが先にヴァージニア=マリノを倒すのはこの俺だ」
叩き潰してやる。
お前を変えたあの女を俺が叩き潰してやる。お前だけが救われるなんて不公平を俺が叩き潰してやる。
「お、おぃ……」
「お前と俺は違う。俺はオーガストの名に恥じる事がない騎士を目指している。あんなお遊戯を自慢げに見せ付ける奴なんて俺が叩き潰してやる」
引きとめようとするヴァインを振り解き、自分の予選会場へと向かう。見せてやるよヴァイン。
「両者、剣を構え。はじめ!」
あんな曲芸剣術じゃない、本当の剣術ってやつをな。
そして俺の剣術大会が始まった。