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5-2 出発する準備をしようと思います

 

「兄上!」

「よう、ドライ。久しぶりだな。元気にしてたか?」


 3年前、王国騎士団見習いとして修練を終えた兄上が、正式に王国騎士団の一員となりオーガストの家に帰ってきた。

 兄上は俺にとってずっと目標の人だった。

 剣の腕だけではなく、頼りがいがあり、まわりの注目を集める人物。いつかは俺も兄上のように立派な王国騎士になり、父上や兄上と共にこの国を守るオーガストの名(剣の血脈)に恥じない人間になりたいとずっと思っていた。オーガストの人間は、その燃えるような赤い髪と勇猛さで知られている。

 赤のオーガスト。ギヴェン王国を守る真紅の一族。それが俺の誇りだった。


「ヘクター、お前とドライの2人がいれば、オーガストの未来も磐石だ」


 帰還した兄上に向けておっしゃられた父上の言葉に、俺は熱くなっていた。自らの未来に絶望していたヴァイン(親友)には悪いとは思う。だが、俺はあいつとは違う。俺の未来は輝き照らし出されている。


 その時の俺は、そう思い込んでいた。


 オーガストの【赤】は、その特徴的な赤髪だけを意味している訳じゃない。


 ――カラン


『すまない、ドライ……許してくれ……』


 手から零れ落ちる剣の音が室内に木霊する

 目の前で、まるでスローモーションのように崩れ落ちていくフードを被った男

 フードから見えた顔は俺のよく知った人

 彼を支えようと手を伸ばし気つく

 震えた俺の手は、彼の血で真っ赤に染まっていた


 戦場で常に前線を駆るオーガストの一族は、常に返り血で真紅に染まる

 赤のオーガスト


 それがオーガストの【赤】の意味だった。



 □□□


 ヴァインから話を聞き、ドライという人物について少しだけ、分かりだしていた。彼には年の離れた兄が存在し、その兄を尊敬していた事。オーガストの名前を強く誇りに思っている事。まだ少年でありながら、剣術の腕は騎士見習いの人達よりずっと上という事。


 さらに彼について調べるうちに、ある事件を知る事となる。オーガスト襲撃事件、3年前に起こったその事件でドライは尊敬する兄ヘクターを失う事となる。深夜にオーガストの屋敷を襲った数名の夜盗は、瞬く間に警備の人間を手にかけ、屋敷にいたヘクター=オーガストの命を奪ってしまう。


 この事件の裏に、アイニス共和国との関連性が噂されており、ギヴェンとアイニス両国間の問題にまで発展する可能性を秘めていた。だが、それの収束させたのは意外にも当事者であるオーガストだった。

 アゼル=オーガストはこの事件を、王国の剣たるオーガストの恥と考え、大事になる事を避けようと行動した。結果、この事件に関する情報は統制され、一般に知らされる事は無かった。


「つまり、ドライは尊敬する兄貴を3年前に亡くしちまったのか……」


 ヴァインは沈痛な面持ちで、渡した資料に目を通している。これは、ドライについて調べようとしていた私に、ヴァイス様が渡してくれたものだった。


『これを君がどうするかは、君に任せる』


 そうおっしゃったヴァイス様は何かを愁いたような、そんな表情をされていた。


「ジニーに渡す前に、俺に教えてくれてもいいのになぁ」


 ヴァインはそう愚痴る。

 だがヴァイス様は当事者の一人であるドライ=オーガストの親友だった息子が、この件を知り、彼と離れベイルファーストにいた事を気にしてしまうと考えたのではないだろうか。


「解ってるよ。親父は俺に気を使って黙ってたんだろ? でもそれは余計なお世話だ」


 ヴァインはそういって資料を机に投げつける。


「それに、ドライの気持ちはドライにしか分からない。3年前にあいつの傍に俺がいても、余計にあいつを傷つけいただけかもしれない。それに――」

「うん、彼を支えるのはリズの役目だもんね」

「あぁ」


 ヴェーチェル家3女リーゼロッテと、ドライ=オーガストの婚約が公にされたのは一週間前の事であった。ゲーム【ピュラブレア】と同じように、この2人は婚約者同士になった。アイン殿下と私、ヴァインとナータの関係が、未だ婚約に至らぬ現状に、ゲームとこの世界はもしかして別なのかとも私は思い始めていた。


 しかし、ここにきてゲームと同じ展開が生じる。

 予測はしていたが、何か大きな流れが動き始めたような漠然とした不安が私の中で広がった。


 冷静に考えれば、この婚約はヴェーチェル家にとって、ギヴェン王国内での力をより強固にするため必要な事だろう。16年前の一件以来、ヴェーチェル家はボイル国王推進派としてかなり力を有するようになっていた。王国内乱事件により元リンクス侯爵領の多くを得たヴェーチェル家は、他の伯爵家の追従を許さず頭が一つ抜けた状態を維持し続けている。


 ヴェーチェル家は、その後もさらに周りの家との関係性を強めていく。リズの姉ソフィア=ヴェーチェルは東方守護伯であるフォルカー家に嫁ぎ、ニーナ=ヴェーチェルは王領伯であるクロイス家の次男ノイン=クロイスと婚約関係となった。


 東方の武と、王国の剣と知に縁を結んだヴェーチェル家の未来は、揺ぎ無いものと周りの貴族達からも評されていた。


「王国の剣術大会には、お前の親友も来るかもしれねぇな」


 ヴァインの言葉に私は頷く。

 婚約者の勇士を見る為だけではない。周りの貴族達にリズとドライの関係性を見せ付けるためだ。ヴェーチェル家当主ギルバートは、狡猾で野心的な男である。


『あのウィルが避ける人物が3人いる。一人は国王ボイル=ファーランド。もう一人が王国神官長セイン=クィント。そして最後がギルバート=ヴェーチェルだ。ウィルは単純だから、腹黒い奴らとは出来るだけかかわろうとしない。まぁ、何が言いたいかっていうと、この3人とはお前も出来る限り距離をとっておけって事だ』


 師匠が何時か私におっしゃった言葉だ。

 その時「さすがに不敬では」「違いねぇ」と笑い話になっていた。


 リズの父君ではあるが、私はお父様と同じく、そういった人達とは関わり合いたくないとは思っている。


「しばらく会ってないだろ?」

「うん、リズと会うのは久しぶり。だから、ちょっと緊張するかな」


 最後にあったのは4年前。ナータとリズがベイルファートに訪れた時以来だ。それからは手紙でのやり取りはしていたが、西の辺境であるベイルファーストと彼女達の所ではあまりにも遠く、ずっと会えず仕舞だった。


 どちらにせよ、学院に通うようになればいつでも会える。そういう思いが余計に疎遠にさせていた。だが、3年前のオーガスト襲撃事件。そしてドライ=オーガストとの婚約。


 今のリズを取り囲む環境は、以前のものとは別になっているかもしれない。


(彼女が悩んでいるなら、私は力になれるだろうか?)


 分からない。だが、私の事をジニーと呼び慕ってくれていた彼女が、もし私の力を欲してくれるなら、いくらでも力を貸そう。私はそう思っている。


「お前でも緊張する事ってあるんだな。だが、分からなくもない。俺もドライとは久しぶりに会う事になるだろうしな」


 ヴァインはそう言いながら私に笑いかける。


「さて、じゃぁそろそろ準備をはじめるか」

「うん。とりあえず、このローブは持っていくとして……」

「お前、ほんと相変わらずだなぁ」


 出発は一週間後。

 私はヴァインと共に、王都へと向かう準備に取り掛かる。



 □□□


「アイニスが再び動きだした模様です」


 彼女の報告を受け、僕は書類を書く手を止める。

 アイニス共和国。オウス公国と同様ギヴェンにより辛酸をなめている国だ。3年前、あの国が行った行為は、ギヴェンとアイニスとの戦争へと発展する可能性を秘めていた。


 封剣の守護を独占し、高い軍事力を有するギヴェンに対しアイニスが勝てる見込みはない。にもかかわらず、あの国はギヴェンに対し愚かともいうべき行為を行ったのだ。


 そしてまた、同じ事を行おうとしている。


「いかがいたしますか?」

「うーん、今回は様子見だね。うちが関与すると、本当の戦争になっちゃうから。それはまだ早い」

「分かりました」


 アイニスの目的は赤の封剣守護者だろう。

 なら、彼女もこの件に関わってくるかもしれない。


(あれは僕の獲物(もの)なんだけどなぁ)


 余所者に彼女を触れさせたくはない。皆に内緒で、様子を見に行ってみようか。教師に隠れて何か(悪さ)をするような、悪戯心が膨れ上がる。


(こういう気持ち久しぶりだな。まったく君と関わると楽しくてしょうがないよ)


 逸る気持ちを抑えて、書きかけだった書類の作成を進める。赤の封剣守護者が出会うとしたら一週間後だろう。確かギヴェン王国の剣術大会が執り行われるはず。彼女が魔導だけではなく今は剣術も学んでおり、しかもそれがかなりの腕であるという調べはついている。


 あのおせっかいな少女は、彼女の友人にアイニスが干渉すれば、必ず何か行動に移すだろう。


(君が何を見せてくれるか楽しみだよ、ジニーちゃん)


 僕は書きあがった書類を机の上に置き、執務室を出る。

 さぁ、五月蝿い人達(ハルファス達)に見つかる前に出発しよう。



 僕は東に向け馬を走らせる。

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