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5-1 剣術を学んでみようと思います

 

「はっ!やっ!」

「疲れで軌道がぶれ始めているぞ。次、アマンダと組手をやってみろ」

「じゃぁ、ヴァージニアお嬢様、いきますよ?」

「はい!」


 ベイルファーストの一件から4年の歳月が過ぎていた。私は、あれから魔導学だけではなく、ウォルター叔父様から剣術も学ぶようになっていた。剣を学ぶ事に関して、お母様とマーサ先生から週のうち1日すべてを淑女教育に当てる事を条件として許しを得ていた。おかげで魔導学の時間はさらに減る事となったのだが、師匠からは――


「お前はこの2年で十分に基礎はこなせるようになっている。あとは、修練を積み自分だけの魔導を紡いでいく事だ。それは寝る前にだってやろうと思えばできる」


 と言われていた。それでも一日のうち4時間程度は魔導学を学ぶために時間を費やしている。剣に4時間、魔導学に4時間、その他2時間。うん、まぁ……お母様とマーサ先生が怒るのも無理はないかもしれない。


 魔導学の修練のために勉強部屋に向かうと、私より先にヴァインがいる事がよくあった。ヴァインはあの一件以来、師匠と同じようにうちに食客として居座ってしまっている。マリノ家は下宿先でもなんでもないのだが、オルストイの人間にはそういう常識は通用しないようだった。


 不思議なのは、お父様もお母様もヴァインがうちに居座る事に対し、何ら不満を口にしない事だ。お父様は何か思う所があるようで、お母様に至ってはにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる始末だ。


 ヴァイン本人も――

「やっとフィルツの弟子として魔導を学べるんだ。お前だけが独占するのは前からおかしいって思ってたんだし、いいじゃねぇか。それにお前と同じ事以上をしていかないと、いつまでたっても横に並ぶなんて出来ねぇし」

 ――と良くわからない理由を付けて、有耶無耶にしてしまう。


 まぁ、ヴァインが魔導を学ぶ事に対して、どうこう言うつもりはない。

 彼が心の底から魔術を愛しているのは知っているし、魔術に真摯に向き合う彼を見ているのは嫌いではなかったから。だが、一つだけ許せない事があった。それは――


「ヴァイン兄様! 一緒に遊んで下さい」

「おぅ、いいぞ。ちょうど鍛錬がひと段落がついたとこだしな。で、ジニー。お前はなんで俺を睨みつけてるんだ?」


 そう、我が愛しの弟キースが、私よりもこの男に懐いている事だ!


「キース、たまには私と遊ばない?」

「……ヴァイン兄様がいいです。姉上はその……少し汗臭いです」


 うあああああ、私はショックのあまり床に突っ伏してしまう。


「お前、剣術の訓練終わったところだろ。せめて汗ぐらい拭いてから来いよな」

「だって、キースと遊びたくて……」


 ヴァインが私を哀れみを込めた目で見つめる。ごめんよ、キース。姉ちゃん汗臭くてさ。


「ほら、キースも汗臭くない姉ちゃんとなら、遊ぶだろ?」

「はい」

「え、本当?! キース、嘘だったら貴方を一週間は抱きしめて寝る事にするわよ?」


 キースとヴァインは嫌そうな顔をして私から距離をとる。


「お前そういう事ばかり言ってるから、キースがお前を避けるんだよ」


 うるさい。キースは私のものだ。


「待っててね、キース。すぐ汗流してくるから!」


 私は勉強部屋を飛び出し、浴室へと全速力で向かう。


「ジニーのやつ、どんどん駄目な奴になっていくなぁ」

「ウォルターが言うには、ジニーには剣の才能もあるらしい。まぁ、優秀な奴ではあるんだがな」

「かわりに淑女の才を姉上は失ったんじゃないでしょうか」


 キースの言葉にオルストイの男達は頷き呆れかえる。



 □□□


「ウィル、お前の娘を王都の剣術大会に出してみよう!」


 執務室に突然やって来た従兄弟の第一声は、それだった。


「お前、ジニーはあれでも侯爵家の令嬢だぞ? 大体、4年前の事を忘れた訳じゃないだろう。あの子は目立っていい立場じゃないんだ」

「いや待て、ウィル。それは魔術師としての話だろ。あの子はあれでお前と同様、剣の才能がある。さすがは学院の双璧とうたわれたお前の娘だ」


 目を輝かせる従兄弟に、俺は正直頭を抱える気持ちで一杯だった。


「双璧の相方はお前じゃないか、まったく」


 だが、ジニーに魔術ではなく剣術の才能があると言われると、嬉しくない訳がなかった。魔術をまともに使えない自分では、魔術に関してあの子の見てはやれないが、剣なら話は別だ。ウォルターがいない日にでも、稽古をつけてやってもいいかもしれない。


「お前が何を考えてるかわかるぞ、ウィル」


 ウォルターはにやにやした顔を俺に向け、肩を揺すってくる。こいつのこういう所はあまり好きにはなれない。しかしながら、王都の剣術大会。剣を志す人間なら一度は参加し頂点を目指す大会だ。俺もウォルターも学生時代に大会に参加していた。決勝戦でウォルターと本気でぶつかり合い、互いの力と技の限りを尽くしあったあの戦いは、今でも忘れる事はできない。


「どちらにせよ、ジニーはまだ9歳だ。10歳以下の部にしか参加できない。なら、下手に目立つ事もないだろ?」


 確かにウォルターの言う通りだ。10歳以下の部は剣を志す少年たちに今後の励みになるようにと、開催されるものであり、本戦とは違ってそれほど観客が見に来るようなものではない。


「わかった、ジニー本人に参加する意思があるなら、考慮してみよう」

「よし! 言質はとったからな! 楽しみだなウィル」


 全くこの男は。

 まぁ、たまにはこういうのもいいだろう。

 王都にはあまり行きたくはないが、娘の晴れの舞台だ。気分が高まらないといえば嘘になる。喜び勇んで部屋を出て行く従兄弟の姿が可笑しく、俺はおもいきり噴出してしまった。



 □□□


 ウォルター叔父様から王都の剣術大会の話を聞き、私はゲーム【ピュラブレア】の事を思い出していた。ゲーム内でも主人公達が大会に参加して、互いの剣の腕を競い合うシーンが存在する。


 そして、大会の決勝戦。青と赤が激しくぶつかり合う、勇ましくも美しいスチル。魔術を諦め、ひたすら剣にすべてをつぎ込んだヴァイン=オルストイと、王の剣であるオーガストの血脈、ドライ=オーガストの一騎打ち。


 互いに一歩も譲らず、一進一退を繰り返す二人。

 それを、祈るように見つめ続ける主人公。

 互いの剣が、それぞれの急所に届くその時、主人公の声がぎりぎりの所で勝者を分ける。


 そう、これはヴァイン=オルストイ、ドライ=オーガストの2人にとっての共通イベントであり、どちらと好感度が高いかによって主人公の声に反応する相手がかわる形となっていた。


 まぁ、この世界ではヴァインが今更、剣の道を志すとは思えないので、このイベント自体ドライ=オーガスト専用のイベントになってしまっているだろうが……。


 ドライ=オーガスト。赤の封剣守護者にして、王国最強の剣士と()()攻略対象者。そう、彼もまたトラウマを抱えておりそのせいで持ちうるすべての力を、完全には発揮する事が出来ずにいる。そんな彼のトラウマを解消し、彼を王国最強にするのが主人公の存在だ。


(何より、彼は大事なリズの婚約者だ)


 一度は会っておいたほうがいいとは思っていた。剣術大会であれば、自然に顔を合わせることができるだろう。彼もまだ10歳だったはず。本戦に参加する権利はない。参加するとすれば、10歳以下の部のはずだ。


「ねぇ、ヴァイン。ドライ=オーガストとあった事ある?」

「なんで、そんな事を聞くんだ?」


 なぜか、ヴァインは不機嫌そうな顔で私に問い返す。


「いや、だって私、王都の剣術大会に参加するから。どうせ戦うだろうし」

「はぁ?!」


 ヴァインは驚いた声を上げ、私を凝視する。


「お前……ほんと俺の予想の斜め上ばかりいくよな。はぁ、お前が色恋沙汰とかあるわけねぇってのは分かってたが、まさか剣術大会とはなぁ」

「なによ。私だってそんなの一つや二つ……」

「ほぅ。相手は?」


 ヴァインは蔑むような目で私の見つめる。


「……キース」

「ブラコンじゃねぇか! しかも、キースには避けられてる有様だし」

「うぅぅ」


 最近、本気でキースが冷たいので冗談に聞こえない。姉ちゃん悲しいよ、キース。


「まぁ、ドライと俺はそれなりの仲だ。親父達がいってみりゃぁ仕事仲間だしな。その繋がりで結構つるんだりしていた。まぁ、今はここで魔術に没頭してるから会ってねぇけど」


 そうだった。ヴェインの父君であるヴァイス様は王国魔術師団長。王国騎士団長であるドライの父君であるアゼル様とはある意味同僚といえる間柄だろう。マーサ先生の授業で教わったが、彼らは16年前の内乱において、国王派として互いに力を振り絞り、ボイル国王を勝利に導いた立役者である。その後、16年にわたり彼らは魔術団と騎士団をそれぞれ取りまとめ、王国に忠義を尽くしている。


「ドライの親父さんは、すげー怖い人でさ。俺も何度かドライと一緒に怒られたりしてた。ドライは気がいい奴なんだが、いざという時に気が弱くてな。俺がそういう時は背中を押してやっていた」


 ヴァインは少し懐かしむように、目を細めて私に教えてくれる。


(つまり、ドライ少年の悪事の片棒を担いでいたのが貴方という事ですか)


 ドライとヴァインが幼少時にそんなに仲がよかったとは思いもしなかった。ゲームでも明記されていない内容だ。だが、もしかすると魔術に絶望した彼を、剣の道に誘ったのがドライだったのかもしれない。

 今のヴァインは魔術師としての未来に向かって突き進んでいるが、ゲームでは今頃、魔術師の未来を諦め、剣術に精を出している時期だろうし。


 ドライとヴァインが互いをライバルとし、精進し合うという未来を、もしかすると私は壊してしまったのかもしれない。だが、私は私の信念に従って、ヴァインの未来を変えたのだ。今更それを後悔する事はない。だからこそ余計に、私はドライ=オーガストと会いたいと思った。


「俺も久しぶりにドライの顔が見たいし、お前と一緒に王都に行くわ」

「ありがとう、ヴァイン」



 4年ぶりに向かう王都フェルセン。


 そこで私を待ち受けているのが今はまだ何か分からない。

 だが、親友リーゼロッテ=ヴェーチェルと、その婚約者ドライ=オーガストの未来が幸ある事を私は願っていた。

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