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4-14 止血しようと思います

 

 師匠がキマイラの心臓の位置に手を当て、自らのオドを活性化させている。

 それを見たとき私には師匠が何をしているか、理解ができた。


(師匠は、魔素転換で精霊に昇華させた魔素を、キマイラの魂に融合させるのか……)


 師匠から感じるオドの流れは、魔素転換のものだった。

 手のひらに集まる火の魔素が精霊へと昇華し、それはゆっくりとキマイラの胸部に吸い込まれていく。


 途端にキマイラの体が大きくぶれる。

 以前、師匠にキマイラ研究所で行っていた事について聞いたことがあった。

 魂狂いの事、魂融合の事、そしてそうやって作られた物がどれほど壊れやすく出来ているかという事。


『魂というのは、非常に繊細だ』


 以前、師匠に私の魂に関して質問した時におっしゃった言葉。

 魂とはちょっとしたバランスの乱れで大きく崩れ、その影響は魄にも伝わる。

 魂狂いやキマイラのようにその魂が(いびつ)になればなるほど、バランスを崩した時の影響も大きくなる。


『俺の内在オドだと奴に使うとどめの分で精一杯だ』


 師匠が準備していたとどめの一撃。

 それは、相手があのキマイラでさえ致命の一撃となる、魂融合だった。


 グアアア!


 キマイラは断末魔の悲鳴を上げる。

 氷により切り裂かれた四肢からは炎があふれ出す。

 極度に冷やされた外皮と内からの暴走した魂の炎で、キマイラの体に大量のヒビが入り始める。


 ピキ、ピキ


 ヒビはどんどんと広がり、キマイラの体を覆いつくす。

 皹の割れ目からは炎があふれ出し、獣皮を焼く匂いが鼻につきはじめる。


 バキバキバキ


 キマイラはその自重を支えきれず、徐々に体が節々が砕け落ちていく。

 それはまるで砂の城が波に攫われ崩れるかのように、崩壊は全体へと広がっていく。


 パリィン!


 砕けた氷と、肉片が舞い散り、あたり一面を紅と白に染め上げていく。

 そしてそこには、キマイラだったモノと崩れた氷の山だけが残っていた。



 □□□


「やったのか」


 後ろから私を抱きしめた姿勢で、ヴァイスがそう呟く。

 私は、体の奥にオドの共鳴の余韻を感じた。

 ちょっと……これは……正直に言おう。


 やばい。


 私は、合体魔術というものを簡単に考えすぎていた。


『主人公と封剣守護者の二人が互いに支え合い立ち向かう事で、真実の愛に近づく』


 合体魔術を使用すると、主人公への封剣守護者の好感度はさらに上昇するように出来ている。

 これに関し、私はただのシステム的な話だとばかり思い込んでいた。

 だが、これは大きな間違いだった。


(こんなもの、何度使っても理性を保てる主人公は、逆に頭がおかしい!!)


 合体魔術で行われたオドの同化と共鳴現象。

 これがどういうものか、私は全く解っていなかった。


(あの一体感を味わい続けたら、絶対に狂ってしまう)


 まだヴァインと私のお互いが、幼い体であった事を素直に喜ぶ。

 こんなもの、成人した人間が使えば、色々と危険な事になっていた可能性が高い。高すぎる。


 自分は孤独ではない、自分に寄り添う存在を強く感じ続ける

 抱きしめられ、抱きしめるような感覚

 お互いのつながりを感じ、それが愛おしく思えてくる

 体の奥底から広がる全能感


 体を重ねあう時以上の一体感や充足感が、一気に襲い来ると言えば分かりやすいだろうか。


(リンクが切れる瞬間、寂しいと感じた自分を殴り倒したい)


 冷静に考えれば、相手がまだ少年とはいえ、男相手に気持ち悪すぎだろ。

 とにかく、合体魔術は封印だ。

 こんなもの使っていいわけがない!


 私はヴァインの腕を振りほどき、師匠の所に走りだす。


「あっ……」


 後ろでヴァインの声が聞こえた気がしたが、気づいていない事にした。



 □□□


「アマンダ……」


 目の前で倒れているのは、12年前に俺を騙し続けた女。

 あの日の事を思い出すと、苛立ちが募り始める。


 だから、俺は――


「すぐに止血してやる。大丈夫だ。アマンダ」


 ――俺の目の前で勝手に死んで行くなんて許せる訳が無い。

 俺は自分のローブを切り裂き、アマンダを止血する。


「まってろ、アマンダ。お前には聞かなきゃいけねぇ事があるからな!」


『フィルツ先輩は、私の事を気まぐれで助けてくれたかもしれないですけど、私にとってあれは本当に特別だったんですよ。』


 分かっている。全部嘘だって事


『遅ぐぅなんてぇ……ないでずぅ……』


 ぼろぼろになっても俺が来るのを待っていたあの姿も


『そんなに嫌なら私と一緒に全部捨てて逃げ出さない?』


 抱きしめ、体を寄せたあの日々も


『 貴方を置いてなんていけないわ!』


 悲痛な声で俺を必死で止めたあの時も


『私は貴方を利用してただけ。……もううんざりなの』


 すべては嘘だって分かっている。

 大腿部の出血が酷い。くそ、こんなものじゃぁ止血が間に合わない!!


 どうして、俺は気づいてやれなかった。

 あの時のアマンダの声を、表情を、しぐさを、どうしてみてやれなかったのか。

 傷口に当てたローブの切れ端から血が溢れ出す。

 こんな事なら、医療について学んでおけばよかった。


「そんなのじゃだめです、師匠!しっかりしてください!!」


 動揺する俺をジニーが叱咤する。

 呆然とした顔で俺はジニーを見上げた。


「大丈夫です、師匠。アマンダさんは私達で救いましょう」

「アマンダはお前を攫った……」


 そうだ、ジニーを攫ったのはアマンダだ。これは間違いない事実だ。

 ジニーがアマンダを救う義理なんてものはない。だがジニーは――


「関係ありません。自分が手を尽くせば助けれる命が目の前にあって、それを無視できる程、私は強くないだけですから」


 ――そう言って悲しそうに笑った。



 □□□



「ヴァイン! 手伝って! 貴方の力が必要なの」

「お、おぅ!」


 私の声にヴァイン応え走ってこちらにやってくる。


(ショック症状を起こしかけてる。血を流しすぎたのか)


「師匠はアマンダさんに内在オドを流し続けてください」

「わ、わかった」


 師匠はオド転換を行い、発生した内在オドをアマンダさんに流していく。

 オドは肉体を整える効果がある。

 意識を失ってオドが欠如し始めたアマンダさんの身体もこれで少しは回復するだろう。


 私はナイフを取り出し、アマンダさんの着衣を切り裂いて傷口を晒していく。


 出血が多い場所は大腿部。

 そこからの出血が原因の出血性ショックが考えられた。

 必要なのは失った血液を補う為の早急な輸血と、いざという時の呼吸の確保。


「ヴァイン、アマンダさんに【抑制(レプレス)】を」

「そんな、どんな速度で流せばいいかわかんねぇよ!」


 袖を捲り上げ、ヴァインの前に突き出す。


「私の腕をつかんで。そう、そんな感じで。どう? 私の脈拍を感じる? その速度にあわせて【抑制(レプレス)】をアマンダさんに」

「わ、わかった……溢決せしは汝が同胞はらからなり。我が命に従い、己が導け。【抑制(レプレス)】」


 ヴァインのオドがゆっくりとアマンダを包み込む。

 それと同時に、アマンダさんの出血が止まっていく。

 血がとまり、傷口が露わになる。にじみ出す血液の暗さから傷ついたのは静脈と思われる。

 これなら、止血さえすればなんとかなる。



「ヴァインその調子で、続けて」


 ヴァインの【抑制(レプレス)】で常態が少しは安定しはじめたように見えたが、次第にアマンダさんの顔色に青みがかってくる。

 ショック性の呼吸器不全を起こしかているのか?


「 師匠、急いでアマンダさんに人口呼吸を!」

「人口呼吸? 何だそれ」


 この世界の人達にそういう概念がないのだろうか?


「あーもう! 師匠、空気を思いっきり吸って、それをアマンダさんに口移しで送り込んで!」

「な、なんで俺が!」

「早くやってください! アマンダさんの命に関わります!」


 私の剣幕に押され師匠は慌てて、アマンダさんに息を吹き込む。

 最初は苦しそうだったアマンダさんの顔色が、少しだけ戻ってきた気がする。


「師匠はそのまま人口呼吸をしつつ、オドをアマンダさんに送り続けて」


 私は師匠にそう言いつつ、輸血の準備に取り掛かる。

 着衣を切り裂いたナイフを魔術で現出させた水で洗浄した後、掌に当て一気に引き抜く。


「ジニー!!何を!」

「またそんな事を!」

「黙って!」


 師匠とヴァインが黙り込む。私は血が流れだす掌を、そっとアマンダさんの傷口に近づける。


「水のオドよ(くるめ)き換ぜよ。基は汝が所従なり。溢決せしは汝が同胞はらからなり。我が命に従い、己が導け。【抑制(レプレス)】」


 魔術が発動し、掌がオドの光に包まれる。

 それは光は帯となり掌から流れ、アマンダさんの傷口へと流れ込んでいく。


 ゲーム【ピュラブレア】において攻略対象やライバルキャラの設定に、なぜか血液型まで掲載されていた。

 ヴァージニア=マリノの欄にも勿論掲載されており、彼女の血液型は確かO型だった。


(咲良は、ジニーちゃんの性格ならB型だろって突っ込んでたっけ)


 私は少し懐かし気持ちが沸き、目を細めた。


(Rh型は分からないけど……。Rh陰性なんてレアな設定をただのライバルキャラや脇役にはつけないはず……)


「ヴァイン! どう、アマンダさんの中で私の血はなじんでる?」


 私は祈る気持ちでヴァインに問いかける。


「あ、あぁ、不思議だ。そんな事、可能なのか……」


 ヴァインは目を見開き、私の掌から流れる光の帯を見つめていた。

 ヴァインだけじゃなく、師匠も同様に驚いている。


(やはりこの世界に、輸血という概念は無かったのか)


 人の血を用いた輸血が実際に行われたのは1827年。ロンドン在住の産婦人科医の手で行われたものが最初と言われている。

 いわゆるファンタジー世界が中世ヨーロッパの時代設定だとすれば14,5世紀あたりとなる。

 つまり、この時代では輸血という行為はまだ執り行われた事がない可能性があった。


 私は魔術を止め自らのローブを切り裂き、掌の止血する。さすがに5歳児の体ではたいした量の輸血はできない。できて350mlといったところか。

 人間は体重の1/40程度の血液量を失うと危険と言われている。

 私の体重は18㎏。450mlが危険領域。


 それでもアマンダさんの失われた血液の何割かはこれで補充することができたはずだ。


「次は出血部の焼灼。炎のオドよ(くるめ)き換ぜよ、我が命に従いその姿を現出せよ【伝導(コンダクション)】」


 私はナイフの先に、炎のオドを変換した熱を流し込んだ。

 次第にナイフは赤く赤熱し始める。


「ヴァイン今から傷を焼灼していく。もし、異常がでたらすぐに教えて!」

「あ、あぁわかった」

「師匠、アマンダさんが舌をかまないように何か加えさせて。かなり痛みが出ると思うから」

「お、おぅ」


 私はゆっくりとアマンダさんの傷口に赤熱したナイフをあてがう。

 皮膚が焼ける匂いが漂う。

 焼灼止血が用いられていた時代は、火傷の治療と感染症の恐れで逆に死亡率が上がっていたと何かに書いてあった。だが、それを補う術としてこの世界には、オド転換というものが存在する。

 オドによる体力の活性化。今はこれに賭けるしかない。


「よし、これでなんとか。ヴァイン、血流はどう?」

「あぁ、今のところ大丈夫そうだ」

「了解」


 私はローブを引き裂き、アマンダさんの傷口に包帯替わりに巻き付けた。

 できれば早めに清潔なものと取り換えたいところだ。


「ヴァイン、ゆっくりと魔術の解除を。師匠はそのまま、オドを流し続けてください」


 アマンダさんの顔色から青みが失せていた。

 呼吸も落ち着き、出血もなんとか止まっている。


 流石に血を使い過ぎただろうか。頭がくらつき力がはいらない。

 私はしかたなく、そのまま床に倒れこんだ。


 先ほどから師匠とヴァインが私を茫然とした目で見つめている。


(流石に質問攻めにされるかな)


 血流操作、血液の補充、人工呼吸、焼灼止血。5歳の少女が出来るとはずがない事をした自覚はある。

 回復魔術のないこの世界で、この行為は人に見せてよいものではないだろう。


 だが――


「まさか、治療魔術なのか?!」


 ――そういう場合ほど、見られたくない人に見られるものだ。 



 声の主を探し振り返ると、そこにはヴァイス=オルストイの姿があった。

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