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ヴァイス=オルストイの調書1

 

 王都フェルセン、王国魔術師団長執務室。

 ヴァイス=オルストイはいくつかの資料を基に今回の事件について調書に纏めていた。


「ふぅ」


 ペンを置き、眉間による皺をときほぐす。

 正直、今回の件は彼にとって手に余る事案ばかりだった。

 オウス公国による魔獣による襲撃

 侯爵令嬢の誘拐事件

 ギヴェン王国をこえたキメラの出現

 これらの事案がたったの1日2日で連続して発生したのだ。


 ヴァイスは水差しからカップに水をそそぎ口を潤す。

 机の上から一枚の調書を掴み取り、そこに書かれた内容に目を通した。


 そこには、今回の件に関わった人物の情報が記載されており、彼の弟と息子の名前と共に、数ヶ月前の王都で起きた一件で一部の人間の注目を集めた名前が記載されていた。


「ヴァージニア=マリノか……」


 ヴァイスは再び机に着き、調書の作成に戻る。


 ウィリアム=マリノの娘にして、弟フィルツ=オルストイの一番弟子。

 彼女が王都で行った事だけでも、偉業と言っておかしくないものだっただろう。

 だが今回は違う。

 新魔術による魔獣大量同時攻撃

 息子ヴァインと共に行ったと言われる合体魔術

 そして――


「だれも成しえなかった医療魔術の開発……」


 オウス公国の魂狂いに用いた新魔術だけでも、奇跡と呼べる類のものである。

 だが、それ以上にヴァイスの頭を悩ませていたのが彼女が用いた医療魔術だった。


 それは、正確には医療魔術と呼べるものではなかったかもしれない。

 だが、これまでギヴェン王国の誰もが諦めるレベルの傷を負った人間を治療した事は、今後のギヴェン王国において魔術師のあり方を大きく変える可能性を秘めていた。

 だからこそ、ヴァイス=オルストイは余計、頭を抱える事となる。


「これ以上、陛下に隠し通せるものではないぞ、フィルツ!」


 すでに、自分以外の者によって、彼女の件は国王ボイル=ファーランドの耳に入っているだろう。

 何より今回の一連の件で、ヴァイスは大きな失態を犯していた。

 この事を咎められれば、前回のようにヴァージニア=マリノの存在を秘して、押し通す事など出来るはずがなかった。


 ヴァイスとしては、たった5歳の少女がギヴェン王国という巨大な魔物の贄となる事は由としなかった。

 その理由は彼の弟の事だけではない。

 彼の息子の閉ざされた未来の扉を、開けはなったのも彼女だったからだ。


 □□□


『僕、お父さんみたいな魔術師になりたい!』


 ヴァインがまだ3歳だった頃、自分に言った言葉。

 それを聞いた時、自分がどれほど喜んだかを今でも覚えている。

 ヴァインが初めて魔術の発動に成功し、嬉しそうな顔で自分に抱きついてきた時の幸福感を忘れた日はなかった。


 だが、息子は水の封剣守護者。

 水の魔術しか許されない魔術師に存在価値など無い。

 それが、この国の常識でありヴァインを縛り付ける鎖であった。


 ヴァイスはそうなる事が分かっていただけに、息子が始めての魔術の成功に喜ぶ姿を嬉しく思いながらも、居たたまれない気持ちに包まれた。


『ヴァイン。魔術が魔術師を裏切る事はない。お前が魔術に真摯に向き合う限り、魔術もお前に対し真摯であり続ける』


 自分が息子に言った言葉。魔術はお前を裏切らない。

 魔術の成功を喜ぶ息子に、これからも魔術を愛し、魔術と共に成長し生きてもらいたい。

 それは、ヴァイス自身が息子に対する罪悪感を誤魔化す為に言った言葉だったのかもしれない。

 だがそれでもヴァイスにとって、それは願いだった。


 日に日に、魔術に対し絶望していく息子の姿に、ヴァイスは魔術を教えた事をも後悔し始めていた。

 こんな事なら、魔術に触れさせなければよかったのだろうか?

 そうすれば、息子は傷つく事はなかったのだろうか。

 ヴァイスにはその答えを見つける事が出来なかった。


 あの日、ヴァイスがベイルファーストに赴く事になったのには、いくつかの理由があった。

 オウスが開発している魂狂いに関しての調査のため、王都の研究所を抜け出した弟フィルツに会うため、

 そして『バラ園の奇跡』を起こした少女と会うため。


『親父、俺も一緒に連れってほしいんだ』


 息子が、なぜそれを望んだのかは解らなかった。

 だが、日に日に絶望の色を濃くしていく息子に、何かしてやれる事があるならば。

 そんな軽い気持ちだったのを覚えている。


 そして、息子は彼女と出会う事となる。

 ヴァージニア=マリノという少女に。


 ヴァイスは1枚の報告書を手に取る。

 ヴァージニア=マリニについて書かれた報告書。もう何度も目を通したものだ。


「もしかすると、これが一番の奇跡だったのかもしれんな……」


 彼女が起こした他の奇跡に比べれば、それは些細な事だったのかもしれない。

 だが、彼と彼の息子にとって、それ以上の奇跡はなかったに違いない。


『親父、また俺の魔導を教えてほしいんだ。俺はやっぱり親父のようになりたい。そして、あいつの横に並べるような、そんな魔術師になりたいんだ』


 ベイルファーストから戻る馬車の中でヴァインが自分に言った言葉。

 照れながらも真っ直ぐな目でそう宣言する息子の姿に、胸の奥が熱くなるのを感じた。


『親父が前に言ってくれた言葉。「魔術に真摯に向き合う限り、魔術も真摯であり続ける」って奴。

 俺あの言葉の意味ずっと解らなかったんだ。でも、俺はあいつに出会って、あいつに教えられて、あいつに友達(ライバル)って認められて解ったんだ。俺は魔術が大好きなんだって。俺はだから魔術に対して真摯に向き会えていたんだってさ。魔術はずっと俺に真摯であり続けてくれてたんだ。俺がそれに気がついてなかっただけでさ。俺、だから親父に言いたいんだ。言わなきゃいけないって思ったんだ。魔術を教えてくれてありがとう!魔術に出会わせてくれてありがとうって』


 ヴァイスはたった数日で見違えるほど成長した息子に涙を流した。

 自分の願いが、こんな形でかなうなんて思いもしなかった。

 たった一人の少女が、彼と彼の息子を救ったのだ。


『あぁ、教えるとも! これからもお前に魔術を。お前ならなれる。俺みたいな、いや、俺なんかを超える魔術師に!』


 ヴァイスはその馬車の中で涙を隠すように、息子を抱きしめ続けた。

 神がいるならば、あの場であの少女と息子を出会わせてくれた事に感謝したかった。


 彼とそして彼の息子の未来の扉をその時開かれたのだ。


 □□□


 ヴァイスは彼と彼の息子の恩人であるヴァージニア=マリノを、如何にして守るか必死に考えながら調書の作成を進めていた。

 だが、その答えを見出す事を出来ずにいた。


 彼女が行った新魔術【霜の領域(フロストリージョン)】。

 それだけで王国の魔術は一気に数十年分進展する事になる。

 2属性の魔術の融合だけではなく、炎を熱として認識する事による冷却魔術。

 これまで、氷魔術は水魔術の一種として使用されており、その威力は大したものでは無かった。

 水の3相への転換で行われる氷魔術は、作れる氷の温度は0度の普通の氷に限定されてしまう。

 岩と比べ硬さも重量も劣る氷を、攻勢魔術として取り入れる事は非常に効率が悪いものであった。

 だが、ヴァージニア=マリノが行った冷却魔術は異なる。

 彼女の魔術により、氷は0度よりさらに低温となり、その強度を増す事となる。

 そして-70度を超えて冷却された氷は、鋼さえ凌ぐほどの強度を見せる事となった。

 彼女が行った魔術とは、まさにそういうものであり、強力な魔獣の分厚い表皮さえ切り裂く氷を生み出せた理由はそれだった。


 さらに彼女が、彼の息子と共に行った合体魔術。

 先ほどの【霜の領域(フロストリージョン)】に、さらに攻勢を強めた魔術と言えるだろう。

 だが、それ以上に常識外れな点は、2人がオドの流れを共鳴させた事だった。

 これまで、そんな事を成功させた魔術師は、彼が知る限り一人もいなかった。


 これが、誰にでも出来る事であれば、国が揺らぐ事になりかねない。


 今後、王国魔術師団では魔術合成に関しての調査が進む事になるだろう。

 来るべき日、魔術師の力は絶対に求められるだろう。その時までに、この力を手に入れねばならない。


 そして、ヴァージニア=マリノが行った3つ目の魔術。



 ヴァイスはその時の事を思い出しながら、筆を進めた。

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