4-13 協力攻撃を使ってみようと思います
ゲーム【ピュラブレア】には、光の巫女である主人公が、攻略対象である封剣守護者達に対し、ある一定の値まで好感度をあげた場合、信じあう互いの気持ちが限界を超え、新たなる力を生み出す事が出来る【協力攻撃】という攻撃手段が実装されていた。
これは、戦争パートでの難易度調整目的と、困難に対して主人公と封剣守護者の二人が互いに支え合い立ち向かう事で、真実の愛に近づくという演出のために取り入れられた物であった。
だがこの攻撃手段を用いるのに、光の巫女と封剣守護者である必要性は無いと私は考えていた。
というのも、ゲームでは互いを信頼し思いが通じ合う事で、特に超常的な力が発動するという訳ではなく、シンプルに属性が融合したかのような合体魔術が発動していただけだったからだ。
ゲームでは、攻略対象が光の封剣守護者だった場合は、互いの光を強化しあう事で、【光輝】の強化版である広域殲滅魔術【閃耀】が発動する。
また、攻略対象が炎の封剣守護者だった場合は、単体熱核魔術【紅炎】が発動する。
このように、光+封剣守護者の属性に合わせた魔術が発動することがゲーム内における【協力攻撃】であった。
では、なぜこの【協力攻撃】を使用できるのが、互いに信頼し思いが通じ合った者に限定されていたのか。
考えてみれば、単純な事であった。
魔導とは魔素をオドに転換し、オドに指示を与えて魔術となす。
この過程で他人が自身のオドに干渉してきた場合、術者の魂と魄に多大なダメージを負う可能性が生じる。
【抑制】による強制的な血流操作は、まさに他者のオドへ強制的に干渉し、支配下に置く点でこれに該当する。
このように、他者からのオドへの干渉がもたらす魂と魄へのダメージを避けるため、術者は他人が自らのオドに干渉することを無意識の内に避けようとし、それは干渉への抵抗という形で現れる。
その為、術者のオドと協力者のオドが交わる事は無い。
だが、互いを信頼し合い、心から相手を思いやる気持ちがあれば、無意識下の拒絶を意識的に排除する事が可能となる。
結果として、互いのオドを融合させ、2系統の魔術を融合する事が可能となる。
これは、私が炎魔術と水魔術を融合させた【霜の領域】と同じような事を、信頼し合えるもの同士なら使うことが可能である事を意味する。
そして信頼し合う者同士という条件もまた、互いが魔導に対しての知見が深いなら、ハードルをさらに下げる事が出来ると思われる。
互いのオドを拒絶せずに干渉しあい、魔導として相手をオドを受け入れ自らの流れと同調させる事ができるならば、別段互いが恋仲である必要性は無いはずである。
特に【抑制】のように相手に干渉する魔術を行う事ができるヴァインなら、【協力攻撃】ができる可能性は非常に高いと予想される。
「ヴァイン。お願いがあるの!」
そう、私がヴァインに求める事。それは【霜の領域】と水魔術【奔流】の合成魔術だった。
□□□
「お、おぃ。そんな事できるわけないだろ!」
ジニーが俺に頼んできた事は荒唐無稽なものだった。
大体、合成魔術なんてもの、見たことも聞いたこともない。
そんなものがあれば、まさに伝説級の魔術に位置づけられるだろう。
だが、ジニーは、
「大丈夫。ヴァインと私なら絶対できるから!」
と、強気に言い放つ。
「ヴァイン、私は今から【霜の領域】の詠唱に入る。ヴァインにはその間、私を後ろから、掴んでもらって、私のオドの流れに同調してもらいたいの」
「はぁ?」
「いいから、早く! 急がないと師匠がもたない!」
俺は急かされるまま、ジニーの背後に立ちそっと彼女の二の腕に触れる。
少女の肌の柔らかさに、頬が熱くなる。
「そんなじゃなくて、もっと私と体を密着させて!そうしないとオドを感じれないでしょ?」
「お、おぅ……」
俺は言われるまま、ジニーの二の腕を掴んだまま、腕を体に引き寄せる。
顔に彼女の髪が触れ、彼女の背中の熱を胸に感じる。
「ヴァイン、私のオドを感じる?」
「あ、あぁ、ちょっとは……」
妙にどきどきして、集中ができずまともにオドを感じ取れていなかった。
「……」
ジニーはだまって二の腕を掴んでいた俺の手を取り、そのまま両手とも自分の胸に押し当てた。
「?!」
「これで、感じるでしょ?」
手を取られた俺は今、まるでジニーを後ろから抱きしめるような格好になっている。
こんな所、人に見られでもしたら恥ずかしくて死ぬ!
「ヴァイン、目を瞑って」
羞恥を少しでも忘れる為、俺は言われるまま、目を瞑った。
「私の心臓の鼓動が感じられる? 【抑制】をあれほどまで使いこなしているヴァインなら、私の鼓動を感じ取れるはず」
5感を研ぎ澄まし、ジニーへ意識を集中する。
ドクン ドクン ドクン
彼女の鼓動の音が、確かに聞こえる気がした。
そして、鼓動のリズムに合わせるかのように循環する彼女の血の流れ。
さらには、オドの流れが感じ取れた。
「あぁ……、お前の鼓動も、オドの流れも感じ取れる」
「……さすがだね、ヴァイン」
目を瞑ったままで、見えるはずがないにもかかわらず、俺にはジニーが笑ったように感じた。
「ヴァイン、私が【霜の領域】を詠唱したら、私のオドの流れに合わせて【奔流】を発動してほしいの」
「【奔流】を? そんなもので使ってどうするんだ?」
【奔流】は水のオドを大量の水への転換し、相手にぶつけるという【水衝】を強化したような魔術だ。
その水量により、相手を押し流したり、踏ん張りを効かなくさせたりと、補助的な用途として用いる事が常である魔術であり、目の前のキマイラに対して効果があるとは到底思えるものではなかった。
「【奔流】の流れをキマイラの四肢にあててほしいの。そうすれば、たぶんキマイラの動きを封じて、師匠を心臓の場所まで送り届けることができるから」
「【奔流】を当てるだけでいいのか?」
「うん」
ジニーが何を求めているか、さっぱりわからなかった。
だが、自分が出来る事を完璧にこなすだけだと、割り切る事にした。
「わかった、ジニー。お前のオドの流れにあわせて、俺も魔術を開始する。発動のタイミングはお前にまかせていいか?」
「うん」
こいつの言っている事が解らなくても、こいつが俺を必要としている事はだけは伝わったから。
「じゃぁ、はじめよう。ジニー。俺とお前の2人の魔術を!」
「うん! はじめます!」
俺はジニーのオドに意識を集中し、大気中の水の魔素を集め始める。
そして、ジニーの中に水のオドが渦巻くのを感じた。
「水のオドよ転き換ぜよ、大気に満たせ、己が半身、万魔が王の腕かいなが如く、その身を変えて拡がり導け――」
ジニーの中で渦巻き膨れ上がったオドが、彼女の体から四方へと発散していくのを感じる。
まるで、体が膨れ上がり大気に溶け込むような幻覚に囚われそうになる。
彼女のオドに流されてしまわないよう、自らの意識を集中させる。
次の瞬間、渦巻く水のオドの下に、紅く燃え上がる炎のオドを感じた。
「炎のオドよ転き換ぜよ、その身を移し伝手と成さん、天地即ち対と成せ、陰陽即ち対と成せ――」
ジニーの中で2種類の属性のオドが、互いに干渉しあいながらも、互いに邪魔する事無く、美しく交じり合う。一人の人間の中でこんな事ができるものなのか? 俺はジニーに対し嫉妬すると同時に、憧れに似た気持ちが芽生えていた。
「水よ炎よ、拡がり阻め、徴を刻め――」
2色の光はジニーの中で混じりあい、煌き瞬く。
「霜よ結界となりて、我が身を守れ。楔となりて我が敵を蝕め――」
赤と青のオドの光は、ジニーの体を抜け、大気に溶け込み、無限に広がるような錯覚を感じる。
「霜の守護者よ、我が真名おいて命ずる。その姿を現出し――」
光はキマイラの足元を覆い、ゆっくりとその眷属の腕を伸ばし始める。
その瞬間、俺の手が強くにぎり締められる。
ジニーからの合図だ。
俺は取り込んだ、水の魔素をオドへと変換し、ジニーのオドの流れに合流させていく。
これまで、魔導を行ってきたなかで、感じたことのない不思議な一体感を感じる。
まるで大きな何かに擁かれているような、不思議な全能感が広がる。
その感覚に違和感は覚えはしたが、嫌悪感を感じる事はなかった。
「水のオドよ転き換ぜよ、大河の息吹よ、深き脈動よ、己が行く手を示し、奔命せよ【奔流】!」
俺の中のオドは、ジニーの中を巡り、そして大気に満たされる光に溶け込みながら、魔術の形を形成していく。
オドが水へと現出し、その途端氷つく。
氷ついた水は鋭く尖り、さらに冷やされて強靭な槍を成す。
氷の槍は俺の意思に従い、流れて伸びていき、そして氷つく。
それは、まるで流動する優美な氷の竜のように、敵の四肢に絡みつき食い破り鮮血を啜る。
グアアアアアアァ!
キマイラの咆哮が響き、奴の澱んだオドがジニーを襲う
大丈夫だ、俺とジニーの二人で練り上げたオドが、魔術がこの程度の攻撃でどうこうなるはずがない。
ジニーが俺と同じように思っているのが伝わってくる。
大丈夫。私とヴァインの二人の魔術が負けるはずが無いと。
氷の竜はさらに動きを強める。
キマイラの四肢から飛び散った鮮血が、あたり一面を赤い氷華で埋め尽くす。
「師匠! 今です!」
ジニーが声を張り上げる。
途端に、俺の意識が彼女のオドの流れから切り離される。言いようの無い寂寥感が胸に広がるのを感じた。
目を開けると、そこにはキマイラに向けて走りだすフィルツの姿があった。
「うぉおおお!」
フィルツがキマイラの心臓に手を伸ばし、魔術を走らせる。
そして、その巨体は氷の竜の姿とともに、音を立て崩れ落ちていった。