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4-12 3人の力をみせようと思います

 

 戦術兵器キマイラ

 ゲーム【ピュラブレア】における戦争パートで、その多大なコストに見合う強力な戦力を有するユニット。

 3種の魔獣の首と蛇の尾を持つ合成生物であり、そのタフネスと火力は戦争パート後半に登場するユニット中でもかなり群を抜いた存在だった。


 戦争パートでそれまで鍛え上げた封剣守護者と、対等に戦える一般ユニットという時点で、かなり強力なものである事が分かるだろう。

 防御力に関しては一般ユニットでは、殆どダメージを与える事ができない程、強靭に設定されており、火力面では、広域に広がる炎のブレス、地面一帯を隆起させ劣岩にて大軍をも貫く土魔術、真空の刃を生み出し切り刻む風魔術など、人間には到底真似できないブレスや魔術を行使する、まさに決戦兵器といえるユニットであった。


 唯一の弱点は、魂と魄との歪み自身が耐え切れず、起動後ある一定の時間をもって、自壊してしまう事ぐらいであった。

 自壊までの活動開始は168時間と絶妙な設定であり、うまく活用すれば敵軍に多大な損害を及ぼす事ができるものであった。


 168時間という時間は、キマイラの起動がオウスとギヴェンの国境で行われたとしても、徒歩で十分に王都フェルセンまで到達する事ができる程度のものである。


 つまり、キマイラが起動された場合は、全軍をもってこれに対処しなければならないほどの事態であり、対処するには十分に鍛え上げられた封剣守護者のユニットが必要となっていた。


 そんな戦術兵器キマイラが今、私達の目の前にいる。

 どう考えても早すぎる。このタイミングでキマイラを完成させている国があったなんてゲームでは一切触れられていない!


متحولة(化け物め!)


 黒ずくめの男はフィルツから視線を外し、キマイラと対峙している。

 その姿からは少なくとも彼とキマイラが友好的な関係にあるとは想像する事ができなかった。


「あの人と、キマイラは仲間同士じゃないの?」


 疑問が口から毀れる。


「とにかく俺は【抑制(レプレス)】でフィルツの止血を開始する」

「うん」


抑制(レプレス)】や【大振(アセレイト)】のような水魔術はヴァインのほうが私よりも上手く使う事が出来る。師匠の止血は予定通りヴァインに任せよう。


 私は魔導を開始したヴァインを置いて、師匠の傍まで距離を詰める。


「師匠!」

「ジニー、ヴァイン! こいつはやばい。今すぐ離れろ!」


 グアアアア!


 キマイラの姿が消えたと思った次の瞬間、その鋭い爪で黒ずくめの男を宙に薙ぎ飛ばしていた。


(速い!あの質量であの速度の動きが出来るのか……!)


 キマイラの全長は10m程、高さは3m程度。

 重量にすれば4、5トンという所だろうか。そんな巨体が獲物を目の前にした肉食獣のような俊敏さを私達に見せていた。


 そして、その膂力は成人男性を、まるでこの葉か何かのように空に舞い上げる。


(こんなもの人がどうこう出来る範疇を超えている!)


 人があんなに高く打ち上げられるものなのか。

 目の前のゲームの画面ではない、本物の化け物の姿に私は、怖気づきそうになる。


「ジニー! 棒立ちするな!」


 師匠は私の手を取ってキマイラと距離をとる。

 いけない、師匠! 纏まっていては。奴は範囲攻勢魔術やブレスを持っている。

 このままでは、3人とも纏めてブレスの餌食だ!


 だが、キマイラの行動はどこかおかしい。

 奴はいつまでたっても、ブレスも範囲魔術も使ってこない。


「師匠……あれは……」

「あぁ、さすがにオウスもまだ完全に完成したわけじゃねぇんだろう」


 キマイラは黒ずくめの男を獅子の首で男の首を噛み千切り、ゆっくりと咀嚼する。

 竜の首は足を引きちぎり、山羊の首は臓物に顔を埋める。

 男だったものは瞬く間に、その姿を肉片へと帰していた。


 すべてを喰らい尽くした後、キマイラは新たな獲物として私達をその6つの瞳に捕らえる。


「ジニー、ヴァイン。あいつがまだ完成したキマイラでないなら、ひとつだけ方法がある」

「逃げるんですか?」

「逃げ出しても、奴が本気になれば、俺達はすぐに奴の胃袋の中だ」


 先ほどのキマイラの動きを見る限り、師匠の言葉は大げさでもなんでもないだろう。


「奴はここで仕留める。そのためには俺は奴の心臓まで近づかなきゃならねぇ」

「そんな、師匠。あんなのに近づくとか死んじゃいますよ!」


 あれの心臓まで近づくとか正気の沙汰ではない。

「あぁ、俺一人なら、そんな無茶は絶対しないだろう。だがここには、お前とヴァイン。お前達がいる。ジニー、お前がオリジナルの魔術で魔獣を屠った事は知っている。あれは、相手の動きを止めた上で、心臓を破壊する魔術だな?」

「ええ」


霜の領域(フロストリージョン)】は霜の結界に侵入した敵勢対象を補足し、行動を抑制、最終的に心臓を破壊する魔術だ。結界内の対象にのみしか効果がないとは言え、行動抑制と攻撃を同時に兼ね備えた魔術であり、今私が単身で使える魔術の中では最上位の魔術と思われる。


 だが、【霜の領域(フロストリージョン)】で奴のあの厚い外皮を貫けるとは思えない。

 私に出来る事は奴の動きを制限するぐらいだろう。


「俺も手伝ってやりたいが、俺の内在オドだと奴に使うとどめの分で精一杯だ。お前とヴァインでなんとか俺を導いてくれ」


 むちゃくちゃだ。これまでの師匠から言われた無茶の中でも今回は特別酷いものだろう。


「ジニー。失敗しても気にするな。俺がお前に頼んだ結果だ。例え何があっても、俺はその結果を受け入れる。だから、お前の力を俺に貸してくれ」


 あの師匠が、私の力をここまであてにする何て事はこれまで一度も無い。

 ならば――


(ここで答えないで、何がフィルツ=オルストイの一番弟子か!)


 私は覚悟を決めた。


「わかりました。私達が絶対に師匠を奴のところに届けます」


 やるしかない。だが、これは私だけで出来る事では無い。

 隣りでは師匠の背中の出血をヴァインが止めた所だった。


「フィルツ、今はこれだけしかできない。本当ならしっかりと止血すべきだけど」

「いや、十分だヴァイン。助かる」


 ヴァインの水魔術は私や師匠をたぶん超えている。

 現に教えたばかりの【抑制(レプレス)】は、すでに私が教えたものよりずっと洗練された魔術に昇華していた。


「ヴァイン。お願いがあるの!」


 今から実行する魔術には、彼の力が絶対に必須だ。

 誰よりも水の魔術だけに真摯に向き合ってきた彼の力。


「師匠は、しばらく奴の意識をこちらからそらして下さい」

「あぁ、なんとか考えてみる」

「はじめます!」


 そして、私達3人のキマイラとの戦い(ボス狩り)が始まった。



 □□□


 彼は煩わしく思っていた。

 自分が命じられていたのは、黒い格好をした人間を食い殺す事。ただそれだけだった。

 それ以外の事は命じられていない。

 つまり、目の前の人間を喰い散らかしても誰にも咎められる事はない。

 彼はそう判断し、目の前の狩りを楽しむ事にした。

 小さく弱々しそうな獲物より、先に少しは大きいほうの獲物から狩ることにした。

 そのほうが面白そうだったからだ。

 自分が本気を出せば、この程度の獲物、すぐに屠れる自信はある。

 だが、それでは面白くない。

 じっくり弱らせ、怯え震える所を喰らってやろう。

 彼はそう考えていた。


 しかしながら、目の前の人間は弱るどころか、次第に自分の動きを先読みするかの動きを見せ始めた。

 次第に、目の前の卑小な人間の存在が、目障りに感じてくる。

 彼は痺れを切らし、自慢の爪で捕らえようと飛び掛かろうとした。

 だが、突然足元に泥沼が現れ、うまく踏ん張る事ができず、獲物を取り逃がしてしまう。


 徐々に彼の中で怒りが膨れあがる。

 なぜ優れた自分が、こんなちっぽけな存在に振り回されなければならないのか?

 そんなことがあっていいはずがない。


 だから、彼は自分を作った主に止められていた力を使うことにした。

 彼の中に宿る澱んだオドを風の魔術に乗せ対象にぶつけ、相手の精神に影響を与えるスキル【咆哮(ハウル)】。


 自身のオドが消耗すれば、それだけ自分の命の炎は小さくなると主からは教えられていた。

 だが、それでも自身の卑小さを弁えない愚かな人間に強者の鉄槌を下す為には必要な事だった。


 グオオオオオ!!!


 彼の声は空気を震わせ、標的である人間の精神に楔を打ち込む。

 先ほどまでのうっとおしい動きを止め、愕然としながら此方を見上げるその姿こそ、彼が望んでいたものだった。


 彼の3つの首すべてが口角を上げ醜く歪む。

 ゆっくりと獲物に近づく。


 爪で引き裂いでやろうか、それとも丸かじりにしてやろうか。

 怯えた顔で震える獲物を目の前にし、彼の昂ぶりは絶頂を迎えていた。


 だから、それに気がつくのが遅れてしまった。


 グア!?


 突然、四肢が思うように動かなくなる。

 何事かと、振り返ると彼の脚には白い茨が絡みついていた。


 なんだこんなもの!

 彼は四肢に力を込め、引き剥がそうとする。

 だが、氷の茨は脛から膝、そして太腿へと徐々に成長しその勢いを増していく。


 あれか! あの小さな人間がやっているのか。

 彼は獲物を探す。そこには強烈なオドの力を撒き散らす人間の姿があった。


 先にこいつを処理しなければまずい!


 自分に与えられたすべての力を使ってでも、あの小さな人間を止めなければならない。

 彼は必死で体内のオドをかき集める。こんなことならば、先ほど【咆哮(ハウル)】を使うべきではなかった。


 小さな人間から感じたのは、自分が感じるはずがない、あってはならい気配。

 そう、本来なら彼自身が撒き散らすはずの()()()()


 それを今、彼は感じていた。

 自分より、はるかに小さな人間の体から。


 くそ! まだか!


 かき集めたオドを咽喉で風のオドと混ぜ合わせる。

 あと少しだ、あと少しで彼の勝利だ。


 彼はその双眸で小さい人間を捉える。


 いまだ!


 彼は口を大きく開き、スキルを発動させる。

 空気が振動し、小さな人間を彼のオドが捉えたその時、彼の目の前は白銀色に染まった




 次の瞬間、彼の四肢は鮮血を舞い散らせ、無残に引き裂かれた。

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