表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/139

4-11 参戦しようと思います

 

「行かせてよろしいのですか? シュトリ様」

「あぁ、彼女に言った通り、僕は話をしたかっただけだしね」


 ハルファスにはこの男が何を考えているか分からなかった。

 ヴァージニア=マリノ。彼女の異常性は実際に調査に当たったハルファスには理解できていた。

 その上、大量の魔獣を一度に攻撃した、見たことも無い氷魔術。

 あれほどの魔術を使える者は、オウス公国でも見る事は無かった。

 それを行ったのはたった2年しか魔導を学んでいない5才の少女だ。

 オウスにとって、あの力は脅威になる。ハルファスにはそう思えてならなかった。


(まだ、簡単に仕留める事ができる今のうちに、処分するべきではないのか?)


 ハルファスの考えは間違っていないだろう。

 だが、目の前の男はそれを頑なに拒んだ。一度、彼の言葉を無視して彼女に手を出そうとした時、彼はハルファスの首に手をかけ冷たい声で命じた。


『ハルファス。僕は手を出すなと言ったんだ。僕に従わない駒なんていらない。指示に従うか死ぬかを今すぐ選べ』


 いつもは飄々とした態度を示す彼が、あれ程までに冷酷な目を向けてきた事は、ハルファスが知る限りあの時をおいて他にはなかった。


 彼が彼女に対してそれほどまでに拘りを持つ理由を、ハルファスは知らない。

 彼が言っていたイセカイジンという言葉に、謎を紐解くヒントが隠されているに違いない。

 だが、その言葉の意味をハルファスは知らなかった。


(不思議な男だ。知れば知るほど、彼の本心が分からなくなる)


 本心もだが、ハルファスには彼の姿形さえ、真実であるか分からなくなっていた。

 彼の軽薄な顔の裏に見え隠れする、どろっとした憎悪の感情。

 特に男性に対して、異様に強く発せられるそれは、まるで男そのものを嫌悪してるかのように思わせる。


(その癖、執拗に女性を欲する訳でも無い。それではまるで……)


「見てみなよ、ハルファス。さっきの少年の魔術跡(まじゅつこん)だ。彼は水魔術しか使えないのに、大の大人2人を殺したんだ。すごいと思わないかい?」

「そうですね」


(まぁいい。オウスにとって今は彼の存在は利となる、それで問題は無い)


「脳脊髄液を狙ったか。二人とも眼を押さえている所を見ると眼球もかな。死因は脳の低温火傷による機能不全あたりだと思うね」

「……?」

「水っていうのは、混ぜ続けると温度が上がるんだ。例えば密閉された筒の中に水をいれて激しく振ったりすると、中の水の温度は上がる。振動エネルギーが熱エネルギーに変換されるんだ。水を極小のサイズで認識し流動を利用して振動させることで、かなりの高温を生み出すことができるんだよ」

「はぁ」

「簡単にいうと、あの少年は見張り達の眼と脳を蒸し焼きにしたんだ。すごいよね。これをやったのがジニーちゃんなら別に解るんだけどさ、彼女はそれを他の人間にやらせている。彼女の影響はすでにあのゲームを崩壊させているんだ」


 シュトリはまるで歌うように楽しげに語っていた。


「それで目的が逃避ってのが笑っちゃうよね。彼女は何も分かっていない。自分の存在がどれほど周りに影響を与えているのかを」


 少年と一緒に去っていく少女の背中を見つめながら彼は残酷な笑みを浮かべる。


「そんな君が、ゲームと同じように周りに裏切られ、絶望に顔を歪めるのを見るのが今から楽しみだよ。あぁ、心が躍るようだ」

「シュトリ様、マリウスの件はいかがなさいますか」


 男の表情が一気に覚めた物に変わる。


「間者の始末はつけたみたいだし、彼にはそろそろ舞台を降りてもらおうか。ヴューネの玩具があったよね。あれの起動実験もしておこう」

「はっ、ではビューネ様に伝えて参ります」


 マリウスもついていない。

 一時はオウスの隠密部隊の頂点まで上り詰めた男が、今では捨て駒以下の扱いだ。

 元は同僚だった男の最後が、せめて苦しまないものであることを祈った。



 □□□


قوي(これ程とは……)

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺は真っ赤な血に染まった剣を地面に投げ捨てる。

 魔導歩兵の真似事は、流石に堪えた。


 だがこれで目の前には、黒ずくめの男ただ一人。

 残り3人のうち2人を倒せはしたが、俺の内在オドはすでに限界だ。


「あとは、てめぇ1人だ。覚悟しやがれ」


(覚悟するのは、俺の方か)


 すでに、【風砦(ゲイルフォート)】を使えるほどの内在オドは残っていない。

 奴の矢を魔術で対処する事はもう無理だろう。


(一撃を回避して、奴の懐に潜り込み風魔術を叩き込む)


 敵が防火布を纏う限り、炎魔術では対したダメージを与える事はできない。

 土魔術は威力は高いが、その重量のため動きが直線的になってしまい、相手が意識している場合は比較的容易に回避されてしまう。

 水魔術はその特質上、攻撃には向かない。

 金魔術は殆どが強化に分類される。純粋な魔術師には使いづらい系統だ。

 光と闇は魔術を使うための魔素自体に問題がある。

 結果、俺が選択したのは風魔術だった。


 風の攻勢魔術として一般によく用いられるのが圧縮した空気を相手に当て、当たった瞬間に圧を開放し破裂される魔術【破砕(フラグメント)】。

 圧縮させる空気の体積に比例し、その威力は増大する。


 俺は右手と左手に集まる風のオドに意識を集中させる。

 奴に当てる事ができれば、少なくとも意識を刈り取る程度の威力のオドは練り上げていた。


 奴が石弓を構える


 前傾姿勢で俺は走り出す。

 奴の目線が俺の頭部に注がれている。

 狙いは頭か。奴の指がトリガーにかかったのを見た瞬間、俺は頭をさげ、左手を地面に付ける。


「――破壊の撃鉄よ、敵を打ち砕け【破砕(フラグメント)】!」


 圧縮した空気が一気に開放され、地面を大きく抉る。

 抉られた土は空に舞い上がり、奴と俺との斜線を遮る。


 シュン


 石弓の矢は俺の左腕を少し掠ったが、大したダメージではない。

 両足にオドを集中し、奴との距離を一気につめる。


اللعنة(くそっ!)


(よし!)


 右手を伸ばし、奴の腹部に押し当てる。


「――破壊の撃鉄よ、敵を打ち砕け【破砕(フラグメント)】!」


 バァン!


 2発目の【破砕(フラグメント)】で奴の腹を打ち抜く。

 黒ずくめの男は一瞬体を浮かせ、そして地面に崩れ落ちる。


(やったか?)


 俺は地面に突っ伏した黒ずくめの男を一瞥し、血塗れのアマンダに歩み寄る。


「アマンダ……」


 アマンダは全身を血に染め、蒼白な顔をしていた。

 せめて、止血だけでもしなければ。

 だが、彼女に手を伸ばしたその時、俺の背中に激痛が走る。


「なっ……、くそが!」


 背中から生えたナイフに、驚き振り返る。

 そこには、口から血を流しながらも剣を抜き、不敵な笑みを浮かべた黒ずくめの男が立っていた。


الدرع (こんなものでも)انقذني(役に立つものだな。)


 男のやぶれた黒装束の下から、青銀色の鎖帷子が見える。


「てめぇ……ミスリルか……」


 魔術に転換されるオドに感応し、そのオドを発散させ、威力を減退させる魔術的金属ミスリル。

 そんなものまで、オウス公国は持ち出してきているのか?


مات(死ね!)


 男の凶刃が俺に迫る。

 上体を逸らし、致命傷を避ける。だが、刃は俺の左上腕を切り裂き、鮮血が舞う。


「ちっ!」


 背中の痛みで、回避が遅れる。

 このままでは、いずれ奴の刃が俺を捕らえる。


「ちくしょう!!」


 俺はここまでなのか。こんな所で終わるのか?


「まだだ! 俺はまだ死んでねぇ!」


 背中からナイフを引き抜き構える。

 ナイフは運よく内臓を避けており、致命傷は免れていた。

 だがナイフを引き抜いたお陰で、かなりの出血が見られる。

 獲物無しで今の俺に奴の剣を凌ぎ切る事は出来なかったからとはいえ、このままではじり貧だ。

 凶刃は右前腕を、肩を、左大腿を切り裂く。

 俺のローブはずたずたに切り裂かれ、血に染まる。


إنها(これで) النهاية(終わりだ)


 奴の剣が閃き、俺のナイフを弾き飛ばした。

 ゆっくり振り上げられた奴の剣先を俺は力なく見つめていた。


(すまねぇジニーもう、お前に魔導を教えてやる事はできねぇ)


 それまでの喧騒が嘘のように、剣は静かに振り下ろされる。


(助けられなくて、すまないアマンダ)


「――水よ魔槍となりて、穿ち衝け! 【水衝(アクアバンプ)】!」


 水の槍が黒ずくめの男を捕らえる。


「フィルツ! 大丈夫か!」

「師匠!!」


 声のする先には、ヴァインとジニーの姿があった。


「ヴァイン、あの男の注意を引くから師匠の止血をお願い!」

「まかせろ!」


 あんな年端もいかない少年少女の参戦をこんなに頼もしく感じる日がくるとは……!


「ジニー! 奴には炎魔術は利き辛い。あと衝撃系魔術はかなり減衰される!」

「はい!」

اللعنة(ちっ!)

「さぁ、第2ラウンドといこうか!」


 3対1なら、今の俺の状態でも勝機がある!

 だが、次の瞬間その思いは無残に砕かれた。


 グォオオオオ


「馬鹿な……」

ما هذا؟(何だと?!)


 そこに現れたのは、俺が10年以上研究を続けていた融合魔術の傑作。


「そんな、あれはキマイラ……。早すぎる……」


 人の業が生み出した、災悪の落とし仔。

 戦術兵器キマイラの姿だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ