4-10 彼と話をしてみようと思います
シュトリと名乗った男は、目の前の椅子に腰をかけた。
「ヴァージニア=マリノ嬢。あぁ、もう面倒だね。ジニーちゃんでいいか。そのほうが馴染み深いしさ」
「貴方は何者なの?」
ゲーム【ピュラブレア】にはシュトリなんてキャラはいなかった。
だが、彼の軍服には見覚えがある。オウス公国のかなり上級士官のもののはずだ。
「僕は君と同じ、この世界の外からやってきた異世界の人間さ。僕にとっては君のほうがイレギュラーなんだけどね。まぁ、そのほうが面白いからいいけどさ。ところでさ――」
シュトリは私に顔を近づけて囁く
「君は何が目的なのかな? 逆ハーレム? それとも内政チート? うーん、さっきの君の様子から料理チートはなさそうなんだよねぇ。あぁ、僕こうみえてさ、異世界転生ものとかよく読んでたから。君はそうじゃないの?」
「そんなもの、殆ど読んだ事はない」
咲良がいくらか持っていたが、一冊の値段の高さにばかり目がいって、その中身には興味がわかなかった。
「へぇ、それが本来の君の口調なの? 下手な令嬢口調より自然で、僕はそっちのほうが好きだなぁ」
「それは、どうも」
この男は私と同じで、元はこの世界の住人でないなら、彼はこの世界を変革でもしようとしているのだろうか。
「僕の予想だと、君は自分がどうなるかを、知ってるように見えるんだよね」
「……」
「ふふ。そうきつい目で睨まないでよ、ジニーちゃん。君、プレイヤーだろ? 君は君自身の未来を知っている。そうだよね?」
そうだ、私は知っている。
ヴァージニア=マリノはどのルートであっても断罪される運命にある事を。
「あは、その顔は正解かな! でも不思議なのはさ、君の目的は断罪を回避する事だよね。なのに、自分の支援者を集めたりせずに、単純に君自身を鍛えているだけに見える。現に今の君はその年で一端の魔術師のレベルだ。君は何を目指してるのかな」
「さぁね。そこまで分かるなら、自分で考えてみれば?」
「ふふ。いいね。僕が君をどれ程理解しているか、君に知ってもらうのもさ。そうだな、君が王都で行った行動をいろいろ考えてみたんだ。で、思ったんだけど、君は元々あのお茶会に、参加したくなかったんじゃないかな?」
「どうしてそう思う?」
確かに私はあのお茶会への参加や、アイン殿下からのお誘いであり断ることができなかったので、仕方なくという形だった。
「君は、ホストであるアイン殿下と一緒にいるより、ナターシャ嬢やリーゼロッテ嬢といることを望んでいた。あの集まりは、アイン殿下派である事を互いに主張する意味合いが強いものだったはずだ。なら、君が本来いるべき場所は、アイン殿下の傍だった。にもかかわらず、君はあのタイミングでナターシャ嬢やリーゼロッテ嬢と仲良くなり、一緒にバラ園に散策まで行く有様だ。まぁ、おかげで君と出会うことが出来たんだけどね。君の行動には、お茶会を面倒に感じた人間が、暇を潰しているような印象さえ感じられる」
言いたい放題言ってくれる。だが、あながち間違いではない事が悔しく思われた。
「そうそう、お茶会といえば、僕が君の事を僕と同じ元異世界人だと思ったのも、それが原因なんだよね」
「どういう事?」
「君が着ていたドレス。あれ、王都で売られていた既製品をアレンジしたものだろ? 流石に派手好きで見栄っぱりなヴァージニア=マリノが、あんなドレスを着て来るなんて、ゲームをしていた人間なら誰でもおかしいって思うよ」
シュトリは楽しそうに笑って、そう言った。
確かに、あのドレスは本来のヴァージニア=マリノが好むような、派手な色合いやデザインのものではなく、無難な淡い色の目立たないデザインのドレスだった。
というか、ドレス自体着たいと思わないので、地味目なものなら何でもよかった。
「それにあれから君を調べたらさ、君って毎日そのローブしか着てないじゃないか。流石の僕もそれを知った時、開いた口が塞がらない思いだったよ。本当に令嬢する気あるのかってさ。何より一日10時間も12時間も魔導学に没頭するって時点で、令嬢捨ててるよね?」
ついには、からからと声を上げて笑い出すシュトリに私はむっとして答える。
「一日10時間もやってないから、 8時間ぐらいだったはず!」
「それ、令嬢捨ててるって自分で言ってるの分かってる? あははは。ほんと君はおもしろいなぁ。それって、純粋にこの世界の魔術を楽しんでいるだけだよね」
「……」
図星だった。だってそれは仕方ないではないか。
魔術というものに触れた事の無い人間が、魔術に触れれば誰だってこうなるだろう。
「ふふ、わかるよ。その気持ち。僕も魔術は好きだしね」
シュトリはひとしきり楽しそうに笑った後、真剣な面持ちで私に語り始める。
「君の行動には男への媚びや、他人の同情を集めようという汚い匂い感じない。君の行動は、周りが出来ない事を君が出来るから、ただやっているだけ。たぶん、君は自分が出来るのにしない事で起こる結果が、君にもたらす罪悪感に、耐える事が出来ないだけなんじゃないかな」
そうだ、未だに私は『人を見捨てる勇気を持ち合わせていない臆病者』のままだった。
結果を後悔するより、見捨てる事で後悔するほうがずっと辛いと感じる性質を未だに引きずっている。
暴走したアイン殿下を止めようとしたのだって、ナータやリズが【光輝】に巻き込まれる危険性があったから。自分に止められる可能性があるならとやっただけだ。
エリーゼ様の思いを届けようとしたのだって、彼女の願いをただ何もせずに指を咥えてじっとした結果、彼女が消え去る罪悪感に耐えられないと感じたからだった。
私は誰かに媚を売るためとか、誰かに恩を売りたくてやっているわけじゃなかった。
単純にやらなかった事がもたらす結果が、私には怖かったのだ。
「図星かな? そして状況に流れされ、出来るからと面倒事を背負いがちな性格の君。そんな君の目指しているもの、それはシンプルに逃避じゃないかな。そりゃ、死ぬかもって思ったらなおさらだよね。だから一人でなんでも出来るように、必死に力をためているんだ」
「……」
「僕が君をどれほど理解しているか分かってもらえたかな」
「あぁ、シュトリ。君がどれほどまで私をストーカーのように見続けていたか理解した。で、聞きたいんだがいいかな?」
「いいよ。何でも聞いて」
シュトリは私が同意した事が嬉しかったのか、にこにこと笑って私の言葉に了承する。
「そこまで私を理解している君が、これから私をどうするつもりか教えてもらえないか?」
「どうしてほしい? うふふ。そう怖い顔しないでよ。別にとって食おうなんて思っていないよ。僕は単純に君と話をしてみたかったんだ。これからゲームをする君と」
「ゲーム?」
「そう、僕と君だけのゲーム。やっぱりゲームってのは誰かと対戦しないと楽しくはないよね。決まったストーリーをなぞるだけだったこの世界に僕は飽きてきていたんだ。そこに君が現れた。これは運命の出会いだって直感したよ。やっと、これで僕も楽しめる」
これまでとは異なる彼の薄気味悪い笑みに、私は背筋がぞっとした。
「さぁ、僕と君ではじめようよ。ゲーム【ピュラブレア】をさ。君は君の運命に抗う、僕は君を追い詰める。君がゲームのように命を落とせば僕の勝ち、君が違った結末を見せたのなら君の勝ちだ。どう、楽しいと思わない?」
ベットするコインは私の命なのだ。そんなもの私じゃなくても、誰も喜ぶわけがない。
「シュトリ、私は君を最初から好きにはなれなかった。でも今は、君の事を最低の奴だって実感できたよ」
「うふふ、それは光栄だね」
その時、部屋の外から何かが倒れる音が聞こえる。
男の声だろうか、慌てふためく声が聞こえる。
だが、その声も暫くすると、何かの倒れる音と引き換えに聞こえなくなった。
「あぁ、そろそろ時間切れかぁ。君のナイト様が到着したみたいだ。いや、ナイトじゃなくて魔術師かな。でもそれって、なんだかかっこつかないよね」
シュトリは苦笑して言うと、部屋の扉を開き彼を招き入れる。
「?! 扉が勝手に……、あ、ジニー!大丈夫か!」
「ヴァイン?!」
ヴァインだめだ、ここにはまだシュトリがいる。
私はシュトリがヴァインに危害を及ぼす事を危惧した。
だが、視線を戻した時、すでに彼の姿は消えていた。
『さぁ、僕と君ではじめようよ。ゲーム【ピュラブレア】をさ』
彼の言葉が頭の中でリフレインされる。
彼が私の運命にどのようにかかわるのかは、まだ分からない。
だが――
「ヴァイン、助けにきてくれてありがとう。ごめん肩を貸してもらえる?」
「お、おう。しかたねぇ。つかまれ」
――ただ、これは私にとってゲームなんかではない。
(これは、私にとってのリアルなんだ)
肩を借りながら、私は部屋の外へと歩きだす。