2-1 学んでみようと思います
ヴァージニアとして目覚めてから、一月が経過した。
貴族の生活にもなんとなく慣れ始めてきたところだった。
とはいっても、私はまだ3歳。たいした日課なんてあるはずない。
だいたい3歳の頃って言われて、何をしてたか明確に覚えている人がどれ程いるだろう?
幼稚園で鬼ごっこやかけっこをして遊んでいただろうか。
クレパスで絵を描いてみたり、絵本を読んでもらったりしていただろうか。
兄弟がいれば砂場で城を築いたり、ザリガニハンティングに精を出していたかもしれない。
『霧守は焦りすぎだ。餌に食いついてからゆっくりと……』
……まぁ、ザリガニ釣りは男兄弟でするものだよな。いや今はそれはいい。
つまるところ、3歳なんてそういう年齢なのだ。勉学にいたっては文字の学習、算術では足し算あたりができれば十分だろう。
実際、ヴァージニアとして、現在受けている勉学の内容は文字の学習と算術の学習、そしてこの地【アル=ケノス】における宗教的な教えを学ぶ事だった。
「今なんて?!」
異世界への転生、しかも別の性別へという想定外な事を体験している私が、今更驚くような事に出くわすなんて、そうそう無いだろうと思い込んでいた矢先だった。
「どうしたのですか、ヴァージニア嬢?」
「い、いえ。マーサ先生。何でもありません」
「そうですか。では、続けます。はじまりの大神である【ピュラブレア】は大いなる災い【フォルフォス】を封じる為、自らの子である7神を封剣に変えました。7つの封剣は【フォルフォス】を封じる為、楔となってこの地に刻印を刻みました。7神の力により災いとともに、災いの眷属達もまたこの地に封じられました。そして7神の力と継ぎし者が王となり【ギヴェン王国】の最初の王となりました」
アルケノス、ピュラブレア、フォルフォス、キヴェン……。
どれもこれも【杜 霧守】としての記憶に残る言葉だった。
『このゲーム超むずいの! 手伝ってよ!』
いつも自分を振り回していた彼女
『最初っからそーまのこと狙ってたんだよ? 知ってた?』
はにかみながら笑う彼女をずっと見ていたかった
『目を開けてよ杜君。ちょっと、ねぇ、お願いそーま、起きてよぉ……』
燃え上がる第二工場
自分を名前を泣き叫ぶ彼女の姿を幻視した。
□□□
茜 咲良と初めて出会ったのは、会社の忘年会だった。
入社3年目の俺は忘年会の幹事メンバーの1人に選ばれ、上長達の接待や催し物の準備に追われていた。
「すいません。本当に飲めないので。」
「まぁまぁ、1杯ぐらいいいじゃないの。ほら」
新人の女性が無理にビールを勧められているようだった。
飲めない人間にとって無理に飲まされる飲み会ほど、苦痛なものはないと思う。
かくいう自分も酒に弱く、この3年で嫌というほど飲まされたおかげで、やっと少しは慣れだしたところだった。
「若松さん、おつかれさまっス! 俺も頂いていいっスか?」
「あら、おつかれさま杜くん。頑張ってるみたいじゃない」
若松さんは品質管理課の女ボスだ。
彼女を敵に回すと、まともに仕事がこなせなくなると言われる程の重鎮。
だが、愛想よく接してさえいれば、俺のような若輩者にとって無理を聞いてくれる頼りがいある人だ。
たぶん今も、場の雰囲気に慣れない新人を馴染ませようと酒を勧めたのだろう。
「んぐ、んぐ、んぐ・・・。ぷはぁ!」
「杜くんもずいぶん飲めるようになったんだねぇ。最初のころは『若松さん、まじむりっス! 超勘弁してください!』って言って泣いてたのに」
「ちょ、何いってんスか! 酷いなぁ、若松さん。許してあげますから今度娘さん紹介してくださいよ?」
「あははは。杜くんがもっと出世したら考えてあげるわ」
適当な事を言って、場の意識をこちらに逸らす。若松さんも途中から気がついたていたのだろう、俺に調子を合わせてくれていた。
「そうだ、茜さん。さっき松山課長さんが呼んでましたよ」
「……ありがとうございます。すいません、ちょっと席を外しますね」
彼女はすぐに俺の言葉の意味に気づいたようだった。
席をはずす時、軽く俺に目礼をして行った。
その後、忘年会は恙無く終わり、俺は会計を済ませて店の外へと出た。酒のせいで熱くなった身体に、夜風の冷たさが気持ちよく思えた。
「あの、杜さん!」
忘年会が終わり帰宅組みに紛れて帰ろうとした時、彼女が俺を見つけ、此方に走って来る。
「助けていただき、ありがとうございます」
顔を赤くし俯きがちにそう言った彼女の姿は、むさ苦しい男だらけの現場で働く俺には日常にない新鮮さを感じた。
「いや、気にしなくていいよ。新人の時っていろいろあるだろうからさ」
「それでも助かりました。……その、お礼もしたいですし……連絡先とか」
「あぁ、うーんLINEでいいかな?これで……と」
「ありがとうございます!」
(女性から連絡先を聞かれて断る理由もないし、別にいいか)
その時は本当にその程度の思いだった。
その後、何度か一緒に食事やデートを繰り返すうちに、咲良と俺は自然とそういう関係になっていった。
「ほんとはさ、最初っからそーまのこといいなぁって思って狙ってたんだよ? 知ってた?」
「なにそれ、忘年会のやつとかって、まさか罠だったの?」
「あれは違う違う。ほんとに感謝した! 飲めないって言ってるのに、若松さん悪乗りするんだもん。でもまぁ、お陰でそーまと知り合えたし、それも踏まえてラッキーだったかな? あはは」
TVに映るゲーム画面を眺めていると、咲良が俺にもたれかかってきてそう言った。
付き合ってから分かった事だが、咲良はかなりのゲーム中毒者だった。
決してゲーム自体が上手い訳ではないが、放って置くと何十時間もゲームに費やすほどのありさまだ。
「女は怖いなぁ。咲良みたいなのでもこれだしさ」
「みたいっていうな! みたいって!」
一見すると清楚で可愛い彼女だが、その本質はゲームなしでは生きれない生粋のゲーマーだった。
だが肩肘張らない、そんな彼女との時間は俺にとって非常に心地良いものだった。
「ところでさ、そーま。このゲーム超むずいの! 手伝ってよ!」
「このゲームってお前、これ乙女ゲームじゃねーか。彼氏の前で乙女ゲームするどころか、させる女とか一体どうなの?」
「いや、ほんとそーま様お願いします。て言うかさ、これほんとに難しいのよ! 何で、乙女ゲームにゲームとしての難しさの要素とか入れる込むかなぁ。ユーザーはそんなの求めてないのよ。乙女ゲームに求めてるのは純粋に萌える展開! そこんとこ全く分かってないよ開発は!」
キレだした咲良を横目にゲーム画面を確認する。
ストラテラジー系だろうか。確かに乙女ゲームでは珍しい。
「この【ピュラブレア】ってゲームは乙女ゲーのくせに戦争ゲーでさ、ようはヒロインちゃんと攻略対象を鍛えつつ、最終的には封じられた邪神の眷属とかを倒すってゲームなんだけど……」
咲良はノートPCにwikiを映し出し説明をはじめた。
「ヒロインちゃんがいるギヴェン王国に対して、邪神の眷属に惑わされた他国がどんどん攻めてくるのね。で、その進行を食い止めつつ7本の封剣の守護を持つ者――あぁこれは攻略対象の事、彼らと力を合わせて邪神の眷属とかいうのを封じるっのがメインストーリーかな」
なんとも微妙な設定だ。こんなのが面白いのか? 正直わからない。
「というわけで、そーま。とりあえず攻略対象と仲良くなるのは私が担当するから、そーまは戦争担当でよろしく!」
何がよろしくだ……。
お前がゲームのいいとこどりをして、面倒事担当が俺って意味じゃねぇか。
俺はうんざりしつつ、PCの画目に移るWikiの内容に目を通し始めた。