融合魔術
「フィルツ! もう少しだ、この先から風のオドを感じた!」
ヴァインの言葉を聞き、警戒を強める。
罠の可能性もある。ヴァインを抱いてすぐに騎獣から飛び降りれる準備をしておく。
森の木々を抜け、少し広まった場所に出た瞬間、3方から矢が飛んできた。
「ヴァイン、頭を抱えろ!」
「?!」
俺はヴァインを抱いて騎獣から飛び降りた。騎獣は頭と胸に矢を受け転倒した。
矢の形状から、石弓だろう。
すぐには充填できないはずだ。
周りを確認すると石弓を撃ったの男が3人、剣を抜いているのが1人、黒ずくめの男が1名、そして――
「アマンダ……。」
――黒ずくめの男の足元には、アマンダ=リューベルの姿があった。
彼女は体のいたるところに矢傷をおっており、特に胸と大腿部から大量の血を流しているように見える。
(早くしねぇと命にかかわるか……)
周りの男たちの目線を探ると、1人の男が一瞬だけ目線を森の奥に移す。
「ヴァイン! ジニーはこの奥だ。お前が助けろ。」
「フィルツはどうするんだ。」
こいつらの事だ、ヴァインを行かせれば背後から襲いかかるに違いない。
「ここは俺が何とかする。お前は早く行け!」
「でも……」
いっちょまえにこの俺を心配しているのか? 以前のこいつとは全く違う事に驚く。
たった一日でこいつをこれ程までに変えたのはジニーか。
「いいか、ヴァイン。ここを何とかできるのは俺だけだ。だから、お前にジニーを任せる。一人の魔術師としてヴァイン=オルストイという魔術師を信じて任せると言っているんだ。わかるな?」
ヴァインは一瞬迷った顔をしたが、すぐに真剣な眼差しで俺の言葉に頷いた。
「よし、行け!走れ!!」
ヴァインは一気に森の奥に走り出す。
「لمطاردة」
男達のうち2人が、ヴァインの後を追いかけようとする。その瞬間、燃え盛る炎が彼らの行く手を遮った。
「無詠唱カ。」
「まぁ、手品みたいなものさ。」
黒ずくめの男は、すっと手を上げた。
その瞬間、3方から矢が同時に俺目掛けて飛んでくる。確実に急所を狙ったいい攻撃だ。だが――
「――風よ万城の砦を成せ【風砦】」
――この距離なら、【風砦】で矢を逸らす事も可能だ。
「هجوم بالسيف.」
「そうするよな、なら――汝が吐息で、地に焼き尽くせ【炎風】」
手の平から発せられた炎の突風は、剣を振り被りこちらに走り来る男を炎に包み込む。
だが、男は地面に伏せ数度左右に転がると、炎はすぐに消えてしまう。
「防火布か……。」
「オ前ハ、炎ガ得意ナノヲ、知ッテイル。هذاهوالآنلقد قتل」
炎を防火布で消した男は立ち上がり、再び俺に向かって走り出す。
他の男達も剣を抜き、男の後を追い、俺に迫る。
「炎ヲ防ガレ、オ前、勝チ目ナイ。終ワリダ!」
黒ずくめの男は口角を上げ、ニヤリと微笑む。
「あぁ、俺が得意なのは炎だけじゃねぇんだがな……」
振り下ろされた剣を右脚を引いて、体を開きかわす。
男の体勢が戻らぬうちに、相手の顔に手の平を押し当てる。
「魔素よ、転き換ぜよ。炎の理を思い出し現出せよ」
手の平に集まる炎の精霊力をそのまま、男の魂に無理やり融合させる。
刹那、男は胸を毟りかきはじめ、体中の穴から炎と黒い煙を出しながら、ゆっくりと黒い炭へと姿を変えていく。
「ماذا فعلت؟」
「俺が得意とする魔術の一つだ。魂魄を揺るがす禁呪。今のは無理やり炎の精霊をこいつの魂に混ぜ込んでみた。」
「?!」
「こいつの魂は水属性じゃねぇみたいだな。魂融合は相性が悪いもの同士を混ぜなければ、魂の大きさに魄がもたなくなり――」
そっと黒い炭になった男を押してやる。男だったものはゆっくりと倒れそして砕け散る。
「――魂は暴走する。」
俺の言葉を理解したのか、黒ずくめの男は1歩2歩下がり、俺との距離を開ける。
「魔素よ、転き換ぜよ。大地の理を思い出し現出せよ」
右側面から横なぎで俺を切り捨てようとする、男の剣閃が視界に入る。
前屈して上体を逸らし、薙がれる剣を躱す。
そのまま、右手で相手の軸足に触れ、集めた精霊力を無理やり男の魂と融合させる。
男は、剣を引き前屈姿勢の俺を突き殺そう狙いをすませる。
だが次の瞬間、男は脚をもつれさせて地面に倒れこんだ。
「ما هذا؟」
男の脚からは皮膚を突き破り、岩の欠片がまるで生き物のように、無数に生えてきていた。
欠片は生える過程で、男の肉を裂き、骨を砕く。
「الرجاء مساعدتي.!」
男の願いが聞きとげられる事はない。変異は徐々に上体へと移りゆき、最後にはそれが人間だったと判らない程に、岩を生やした血みどろのオブジェが転がっていた。
「こいつの魂は風属性じゃなかったか。残念だったな。」
俺は口角を上げにやりと黒ずくめの男に笑いかける。
これで残りは黒ずくめの男をいれて3人。
やつらも安易に俺に近づくことはないだろう。
融合魔術の弱点は、魔素転換と融合の両方で大量のオドを消費することだった。
(融合はあと1度が限界だな。炎魔術で仕留めようにも、防火布をなんとかしねぇと致命打にはならねぇか。厳しいな……)
流れる汗をそのままに、にじり寄る男達を俺は睨みつける。
□□□
(この先にジニーがいる!)
ジニーのオドの流れを感じ取れるかのように、ジニーがいる方角が理解できていた。
だが、それと同時にジニーがいる小屋の前には数人の気配があるのを感じていた。
ジニーが囚われていると思われるのはきこり小屋らしき建屋だった。
そして、その扉傍には、剣をぶら下げた2人の男達が見張りについていた。
(【抑制】を使うか……)
俺の脳裏に魔獣との戦いが再現される。
【抑制】を正面から抵抗された時、俺の内在オドが予想以上の速度で減衰していった。
その上、抑制】では相手を即死させる事はできない。
(【抑制】を使っている間にもう1人に俺の位置がばれれば、死ぬのは俺になるかもしれない……)
だめだ。【抑制】を使うわけにはいかない。
『ヴァイン。貴方に教えるもう1つの魔術は……』
(やっぱり、それを使うしかないか)
俺に教えたジニーでさえ、実際に対人で使った事がない魔術。
ぶっつけ本番もいいところだ。
だが、この魔術なら効果が出れば一瞬で相手を屠れるだろう。
『基本は水の本質のうちの流動を使うの』
俺は周りの魔素を身体に取り込み、魔導を開始する。
(一か八かだ)
「水のオドよ転き換ぜよ――」
『まずは、対象に【抑制】の時と同じように、自分のオドを侵食させる』
俺は練り上げた水オドを細く細く撚り直す
「――基は汝が所従なり。我が王命に慄かせよ――」
(伸びせ……伸ばせ……)
必死に撚り上げたオドを相手へと伸ばしていく。
そして、オドの糸を見張りの男の腕へと絡ませていく。
(相手のオドに触れろ!!)
内在オドが持っていかれる。相手の抵抗を感じる。だが、魔獣ほどではない、いける!
「――水の輩よ、慄き奮えよ――」
力が一気に持っていかれる。
オドは俺が指し示すものへ誘導を開始する。
「あ、目が!!目ががぁ!」
「おぃ、どうした! おぃ!敵襲か?」
見張りの男達に動揺が走る。
「――水よオドよ、 振るえ滾れ【大振】!!」
魔術が発動する。
一気の身体の中のオドが抜けていく。
同時に見張りの男は大きな音を立てて床に倒れこむのが見えた。
(よし、まずは1人)
俺は確かな手ごたえを感じ、再び魔導を開始した。