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4-9 伝えようと思います

 

ماريوس(マリウス様)أين أنت(どちらですか!)


 私は声を張上げてあの方を探す。

 はやく弟の顔が見たい。ずっと私のせいで死んだと思っていた弟が生きているのだ。


مرحبا بكم.(よく来たな)……」


 木蔭からあの日と変わらない冷たい目をした男が現れる。

 男が手を上げると、茂みから幾人かの男達が現れる。


أعطني لها(娘を渡せ)……」


 マリウス様の目は、私の騎獣に抱かれた少女に向けられていた。


أرجوك(先に弟の無事な姿を) أرني أخي(見せて!)


 弟さえ見つかれば、すぐに彼女と弟を騎獣に乗せ、野戦施設まで走り抜ける。

 それにあの人のお兄さんがここに来ているなら、彼の部下の一人が私を尾行しているだろう。

 上手く合流できれば、逃げのびるチャンスはある!

 

 私はそう考えていた。

 だが、その考えは甘すぎた。


 シュン


「ぐっぁ!」


 マリウス様の部下と思われる人間が放った石弓の矢が私の大腿部に突き刺さる。


(痛い痛い痛い痛い!)


 シュン


 膝から崩れる私の背中に、2本目の石弓の矢が突き刺さる。


「ぐ……、どうして……」

「ドウシテ? ドウシテカ……ダト?」


 マリウス様は、背中に隠していた石弓を取り出す。

 膝と背中を撃ちぬかれた私は、立ち上がる事もできず、私のほうを向く石弓の矢の先を睨み付けることが精一杯だった。


「オ前ガ、全テ壊シタ。責任ヲ負ウガイイ!」


 シュン


 3本目の石弓の矢が私の左胸に突き刺さる。

 私はその勢いの後ろに倒れ込む。身体から熱が一気に奪われていく。

 背中と胸から流れる血はすでにかなりの量になっていた。


توفي (貴様の弟は)أخوك.(とうに死んでいる)


(ごめんなさいフレッド。貴方まで巻き込んだ私を許して)


لن تقتل(すぐには) قريبا.(殺さん)


 シュン


「ぐあぁ!」


 石弓の矢が右腕を貫き、地に縫い付ける。


خذ (女を)امرأة.(連れて行け)


 マリウス様の指示に従い、男の一人がヴァージニア嬢を抱えて連れて行く。


「その子を……離し……なさい……」


 シュン


「がッ!」


يرجى(静かに)تهدئة.(しろ)

 

(せめて、この位置を知らせなければ)


 私を尾行してる人に、この位置を知らせれば彼女だけは救ってくれるはず。

 虫が良すぎるかもしれない。でも、せめて彼女だけは……。

 震える身体に鞭を撃ち、風の魔素を必死に集める。


(この地に漂う優しき風よ、大気のオドよ、(くるめ)き換ぜよ――)


 目の前に3cm程の風の玉が発生し、ゆっくりと上昇していく


(――旋律よ響け、韻脚を刻み、伝え聴かせよ【韻律(メトリカル)】――)


 風の玉は上空で弾け、空気の波として広がる


 シュン


「あぁぁぁ!」


للقيام(余計な) بأشياء(真似を……) إضافية」


 どうかお願い届いて……。

 薄れ行く意識の中、それだけを願い続けた。



 □□□


「お目覚めかな? ヴァージニア=マリノ嬢。」


 見上げると、そこには以前王都で見かけた給仕の男性の姿があった。

 ただ、彼の服装は以前の給仕然としたものではなく、見たこともない軍服の姿だった。


「貴方は……」

「始めまして、じゃないよね。お久しぶりのほうがいいかな。」


 男は笑顔で私に語り出す。


「本当なら、君と話すのはもう少し後になると思ってたんだけどね。野暮用が出来てここにきたんだ。そしたら、君がここにいるじゃないか。僕は思ったよ、これは運命だってさ。」


 以前、彼と出会った時に感じた危機感が再び沸き起こる。

 頭の奥で警鐘がなり響く。


「貴方の目的は、何なの?」


 身体の芯からくる震えを可能な限り隠しとどめる。

 下手に弱みを見せては駄目だ。


「僕の目的? ひとつは君とこうしてお話をする事かな? あとは、些細な事さ。友達のペットの見物だとか、ゴミ掃除だとか、あとは裏切り者の処分かな?」


 にやりと笑う男の顔は、なぜかすごく幼く見えた。


「裏切り者の処分?」

「そう、君なら分かると思うけどさ、人間って一度裏切ると、裏切り癖がついちゃうんだよね。特に男女の関係が絡んだ裏切りってのはさ。ほんと、気持ち悪い。自分達の嘘や裏切りを正当化するあいつらには本当に反吐が出るよね。」


 へらへら笑いながら男は私に続ける。


「本当は、そんなのどうでもよかったんだけどさ。折角、ここまできたんだしゴミ掃除と一緒に、やっとけば大公様もお喜びになるかなって思ったんだ。僕ってこう見えて勤勉だからね。」

「貴方は何を言ってるの?」


 男が語る言葉にはすべて毒が含まれている気がする。

 聞いていては駄目だ。毒はゆっくりと私を侵してしまう。


「簡単な事だよ。女を利用して食い物にするようなゴミの掃除と、男に媚び諂うしか脳がない雌豚を屠殺するって事さ。どっちも醜くて汚らわしい。君も、そう思うだろ? 」

「……ええ、そうね。」


 男を怒らせてはいけない。

 その上で、なんとかここを抜け出す方法を考えなければ。


「だよね! 君なら分かってくれるって思ってたんだ。だって、君は僕と同じだしさ!」


 男はうれしそうに踊り出す。

 まるで喜劇でも見ているかのようだった。


「私が貴方と同じですって? 何をおっしゃってるかわかりませんが、私はギヴェン王国、西方守護伯の娘。ヴァージニア=マリノ。 貴方如き人攫いと同じと言われるなんて不愉快ですわ!」

「あはははは! いいねいいね、その言葉使い。必死に練習したのかな? それとも()()そういうしゃべり方なのかな? いや多分練習したんだよね。だって君はすごく努力家だもん。」


 この男は何を知っているんだ。


「そうだ。君にひとつだけ忠告をしておこう。」

「貴方如きが、私に忠告ですか……」

「うふふ。君は炎魔術を利用した冷却魔術が使えるみたいだけど、()()()()()()()()()()時は注意したほうがいいよ。出力が強すぎると空気を混ぜ込む前に、カチコチに固まっちゃうからさ。」


 今この男は何と言った?!


「それとも、もう試した後かな? あぁ、そういえばさ、()()()()()()ってどうなったの? 無報酬ボランティアとか、あんな馬鹿げた事、本当にやったの?」

「あ、貴方は……」


 この男は――


「そう、僕は君と同じさ。君と同じで向こう側を知っている。」


 ――向こう側から来た人間だ。


「僕の名前はシュトリ。シュトリ=ウヴァル。改めてよろしくね、ヴァージニア=マリノ嬢。」



 男はニコリと笑い、私の甲に口付けをした。



 □□□


「おぃ、フィルツ!こっちであってるのかよ!」

「うるせぇ、ごちゃごちゃいってないで、魔術の残滓でも何でもいい、感応しろ!」


 日がかげり、薄暗くなったベイルファーストの森の中、俺とフィルツは騎獣を走らせていた。

 不思議と騎獣は迷うことなく、走り続ける。

 まるで、魂の相方に引き寄せられるかのように。


「だめだ、フィルツ!何も感じない!」


 さっきから、必死にジニーのオドを探しているがまったくみつからない。

 このままではジニーはオウスの奴らに何をされるか分からない!早くみつけなければ……


 気持ちばかりあせるせいで、余計に感応が乱れる。


「しっかりしろ、ヴァイン! 俺はこいつの操作で手がはなせねぇ。お前だけが頼りだ!」

「う、うん。」

「大丈夫だ、お前なら出来る。深呼吸しろ。そして、目をつぶって魔術の波動を感じろ。」


 俺はフィルツに言われるまま、目を瞑りまわりに意識を広げる。

 さっきまでの焦りが嘘のように、周りが静まりかえる。


 頭の中にあいつの声が蘇える。


『ライバルとしてヴァインと一緒に頑張りたいって思うよ』


 あぁ、俺もお前と同じ気持ちさ


『ヴァイン、負けないんだから!』


 俺も負けない。絶対に、お前を見つけ出すから……


『流石、ヴァインだね』


 そうだよ、俺はヴァイン=オルストイ。ヴァイス=オルストイの息子。

 俺は、お前に認められる魔術師になる男だ。

 だから、俺が行くまで絶対に無事でいろ!

 その瞬間、俺の感応に触れる波動を感じた。

 何か音のような……風?


「フィルツ! 波動を感じた!!この先だ!」

「良くやった、ヴァイン! 飛ばすぞ! つかまれ!!」


 俺達は暗い森の中、騎獣を走らせる。

 あいつがいる、その場所に。

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