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アマンダ=リューベル3

 

 高等部に進学した私は、以前よりも、もっとフィルツ先輩との距離を詰めていった。

 オルストイ先輩からフィルツ先輩に……。

 自分の気持ちに気がついた今、誰かに遠慮なんてする気はさらさらなかった。


「フィルツ先輩は、私の事を気まぐれで助けてくれたかもしれないですけど、私にとってあれは本当に特別だったんですよ。今でもあの時のフィルツ先輩の台詞覚えてますから!」

「お前、そんな恥ずかしい事よく言えるなぁ」

「フィルツ先輩にだから言えるんですよ。私は先輩の事、大好きですから」

「はいはい」

「いいんですか? 私ぐらいですよ。こんなに先輩に好意寄せてる女生徒は。今大事にしとかないと絶対に後悔しますよ?」

「わかったわかった。とりあえず、飯に行こうぜ。もう、腹へってさ」

「もぅ。分かりましたよ! 今日は先輩のおごりですからね!」


 先輩は私の事を軽くあしらってしまう。

 でもいい。

 こうして傍にいられる事が、私にとってどれ程に幸せな事か、今の私には実感ができているから。

 あれから、私は先輩との時間を大切にしながら、マリウス様に定期的に報告を入れるようになった。


 マリウス様への伝言は、彼の使い魔の猫の首のソケットに、メモを入れるという、古典的なものだった。

 報告の内容は、フィルツ先輩とマリノ先輩の会話の中に含まれる、ボイル第一王子に関する事や王国が新たに設立しようとしている研究所に関する噂話など。

 そういったごく小さな情報もすべて、メモにいれてマリウス様に報告していた。


 そうすることで、私はフィルツ先輩との時間を手に入れる事ができる。

 それだけが、私にとって何よりも優先されるべき事だった。


「アマンダは卒業後どうするんだ? 俺もウィルも今年で卒業だ。そうなるともうお前やクリス、カルロに魔導学を教えてやれなくなるしな」


 フィルツ先輩は来年には学院を卒業してしまう。

 そうなると私が学院にいる意味なんてあるのだろうか。


「フィルツ先輩は卒業されたらどうなさるんですか?」

「んー。兄貴からは王国魔術師団に入隊するようには言われてるが、国に縛られるとか俺の性にあわねぇしな」

「確かに、先輩が国軍の一員とか笑っちゃいますね」

「お前なぁ!」

「あははは。でも実際どうされるんですか?」


 フィルツ先輩は少し考えた後、遠くを見つめながら口を開いた。


「俺はウィルを支えてやろうと思ってる。あいつは、近いうちにベイルファーストの領主になるからな。親父さんの身体はもう限界みたいなんだよ。だから、あいつはあの若さでベイルファーストを背負っていかないといけなくなる。俺はウォルターと一緒にウィルを支えてやりてぇんだよ」

「フィルツ先輩……」

「まぁ、腐れ縁だしな」


 フィルツ先輩はそういって私に笑いかけてくれた。

 フィルツ先輩とマリノ先輩との友情は、フィルツ先輩の傍にいれば、すごく強い事が嫌でも理解できた。

 だからこそ、それがすごく妬ましかった。

 どうしてマリノ先輩なんだろう。

 どうして私じゃないんだろう。


 そんな事、当たり前の事だ。フィルツ先輩にとってマリノ先輩は特別だからだ。

 理解すればするほど、私は泣きたくなる気持ちに苛まれる。


「で、アマンダは卒業後どうするんだ?」

「私は……」


 フィルツ先輩と卒業してもずっと一緒にいたい。

 でも、そんな事を言えば重い女って思われてしまいそうで怖かった。


「私は、家に帰って店の手伝いをしようと思います」

「……そうか」


 フィルツ先輩が少しだけ寂しそうな顔をした気がした。

 もしかすると、私の事を少しだけでも気にかけてくれてるのかもしれない。


「こう見えて、うちの店って冒険家の人達には結構人気なんですよ!」

「へぇ。そういやアマンダの家の話とか、小さいころの話とかあんまり聞いたことねぇな」

「教えてほしいんですか? 仕方ないですねぇ。フィルツ先輩だけですよ。この子羊のソテーで許してあげますよ」

「あ、お前! それ俺が最後の一口にとってた奴だろぉ。やっていい事と悪いことがなぁ!」

「あははは!」


 こんな時間がいつまでも続けばいいのに。

 でも、どんなに楽しい時間でも、いつかは終わりが訪れるんだ……



 □□□


「おぃ、クズ! お前らほんと邪魔だから、魔術修練するなら誰の目にもつかねぇところでやれよ」

「痛えぇ!」

「何するのよ!」


 突き飛ばされたカルロに、クリスが手を差し伸べる。

 フィルツ先輩とマリノ先輩が卒業した後、私達に対する周りの生徒の態度は、以前よりも酷いものになっていた。


「うるせぇ。お前らを守ってくれる先輩はもういねぇんだよ。やっとお前ら自分がクズだって事、思い出したかよ。ならさっさと出て行けよ。邪魔なんだよ」

「リューベルさんなんて、オルストイ先輩に一生懸命色目を使ったのに、まったく相手にされなくて、捨てられちゃったしねぇ。ほんと、クズって何やってもクズよね」

「アマンダはそんな事してない! 訂正してよ!」


 クリスが私を必死に庇おうとしてくれる。

 でも、フィルツ先輩が私を置いていってしまったのは事実なんだ……。


「クリス、もういいよ。行こ」


 私は上着を拾って修練場を後にする。もう学院(ここ)に私の居場所なんて無かった。


「おぃまてよ。クズのくせにサボるのかよ。今、魔導学の修練の時間だぜ」

「そうよ、授業をサボるなんて。それ以上に無能が無能になってもいいの?」

「出て行けって言ったり、出て行くなって言ったり、なんなのよあんたら!」


 クリスが周りの生徒達に必死に怒りをぶつける。

 そんなこと無意味なのに。どうしてクリスはそんなに必死なんだろう。


 あぁ、どうして世界はこんなに()()()て見えるんだろう。


「しかたねぇな、おぃクズども。俺達が修練つけてやるよ! 必死で逃げ回ってみろよ」

「ちょっと、何する気よ!」

「ただの修練だよ、ほら避けてみろよ―-穿ち衝け 【水衝(アクアバンプ)】」


 バシャン!


「きゃ!」

「クリス、しっかりしろ!」

「あはは、あたりぃ!」

「次、私がやるぅ!――土よ穿て【貫穿(パーファレイト)】」


 石の楔が私のすぐ傍の地面を貫く。


「あはは、はずれちゃったぁ」


 このままでは、怪我をするだけではすまない。


「きょ、教官! 助けて下さい!」

「生徒の自主的な修練を邪魔するつもりはない」

「あははは、教官にも見捨てられてやんの」


 酷い、酷すぎる。私達が何をしたっていうんだろうか。

 もうすべて諦めてしまいたい。膝を抱えて震えて泣いていたい。


 すべてを諦めそうになったその時、あの日のフィルツ先輩の言葉が思い出された。


『アマンダ、最後までどんな時でも諦めるなよ。お前には魔術の才能が無いかもしれねぇが、お前は俺が初めて魔導を教えた特別な生徒だ。何があってもそれだけは忘れるなよ』


 初めて、フィルツ先輩が私達に魔導学を教えてくれた日

 帰りにフィルツ先輩が私に言ってくれた言葉

 才能の無い私に少しでも励みにと、適当なことを言ったのかもしれない

 でも、先輩に魔導学を教えてもらった最初の生徒って所だけは、間違ない事実だ


「この地に漂う優しき風よ、大気のオドよ、(くるめ)き換ぜよ――」


(ここで逃げ出したら、先輩に顔向けできないから)


「――風よ我が声を聞け、旋なる風よ、万城の砦を成せ【風砦(ゲイルフォート)】!」


(私は最後まで諦めない!)


「【風砦(ゲイルフォート)】だって?! そんな上級魔術をこんなクズが?」

「どうせ、すぐにオド切れで倒れるだろ。ほらほら、がんばれ―-穿ち衝け 【水衝(アクアバンプ)】」

「クズの癖に、かっこつけるんじゃないわよ――土よ穿て【貫穿(パーファレイト)】」


 ブォン!


 風の壁が生徒達の魔術を弾き飛ばす。


「ちっ!」


 周りの生徒達からも、どんどん魔術が飛んでくる。

 私は、後ろのクリスとカルロを守りながら、内在オドで必死に風の壁を支える。


 頭が痛い、胸が苦しい。

 でも、諦めない。だって先輩が私に教えてくれた風の魔術(ゲイルフォート)

 これだけが、私と先輩との唯一の絆。


 だから、絶対に諦めない。


「アマンダ、もうやめて。このままじゃ、あなたの身体がもたないわ!」

「そうだよ、アマンダ。こんな上級魔術。君の身体が壊れてしまう!」


 わかっている。

 自分の力で、こんな上級魔術を維持し続ける事なんて無理だ。

 でも、諦めないって決めたから。



 だが、風の勢いは無残にも弱まっていく。


「え、そんな……」

「あははは、もう終わり。さっさと寝てろよ、このクズ」

「きゃ!」


 石の楔が風の壁を突き抜けて地面に突き刺さる。


「だせぇ。もっとがんばれよ。クズには無理かぁ?」


 悔しい。フィルツ先輩が教えてくれた風の魔術を馬鹿にするな!

 涙がどんどん零れ落ちてくる。どうして私には才能がないのだろうか?

 どうして、私じゃ先輩の隣にいられないのだろうか?


「はい終了。風は完全に止まっちまったよなぁ。おつかれ、これで寝てろよ―-穿ち衝け 【水衝(アクアバンプ)】」


(あぁ、私は結局、こいつらの言うとおりただのクズなんだろう)


 やっぱり駄目だった。

 私は諦めて目を瞑った。もう何も見たくは無い。

 だから、その声が聞こえた時、ついに幻聴まで聞こえるようになったのかと、自分の正気を疑った。



「――炎よ、煉獄の城壁と成せ【炎の城壁(フレイムバレイション)】!」


 突如、私達の周りに炎の壁が立ち上り、【水衝(アクアバンプ)】は一瞬で蒸発する。


「な?!」


 周りの生徒達は、急遽発生した巨大な炎の壁の姿に呆然としている。


「よくがんばったな、アマンダ。さすが俺の生徒第一号だ」


 その声に、驚き目を開ける。

 ずっと私が聞きたかった声。

 そこには以前と変わらない笑顔で、私に語りかけてくれるフィルツ先輩の姿があった。


「ぜんばいぃぃ……」

「おぃおぃ何泣いてんだよ、可愛い顔が台無しだぜ?」


 フィルツ先輩は笑って私の頭を撫でてくれる。

 あぁ、フィルツ先輩だ! 先輩が()()私を救ってくれた。いつでも先輩は私を救ってくれるんだ。


「フィルツ先輩?!」

「え、どうして?」


 クリスとカルロが驚いた顔で、フィルツ先輩に問い詰める。

 二人の驚く顔を見て、先輩はにやりと笑い答える。


「あぁ、お前ら3人を連れに着たんだよ」

「……()れに?」

「待たせたな、アマンダ」


 どうしてフィルツ先輩は来てくれたのだろう。

 彼の事だからまた『気まぐれ』なんだろうか。


「お前が、前に俺に言っただろ? 大事にしないと絶対に後悔するって。あれから大分時間がたっちまって、もう遅いかもしれねぇけどさ」


 先輩はそういって恥かしそうに笑った。


「後悔はしたくねぇからな」


 ――あぁ、どうしてこの人は、私が欲しい言葉を欲しい時に与えてくれるのだろう――


「遅ぐぅなんてぇ……ないでずぅ……」


 鼻水と涙でちゃんと言葉にできない自分がもどかしい。

 私がどれほど貴方に救われているのかを、ちゃんと伝えたいのに。


「フィルツぜんばいぃ……」

「鼻水を拭けよ。たく、しょーがねぇなぁ」


 先輩はポケットからハンカチを取り出し私の鼻に押し当てる。


「ほら、しっかりと拭けよ」

「フィルツせんぱいぃ……」

「フィルツでいい。学院を卒業した俺は、もう先輩じゃねぇしな。ちょっと待ってろアマンダ」


 そういうと先輩は、燃え盛る炎の壁に手を当てた。


「炎のオドよ、炎の城壁よ、我が声を聞き、その姿を現出せよ、汝が吐息で、地に焼き尽くせ【炎風(フレイムゲイル)】」


 その瞬間、炎の壁は四散し、周りをその炎風で焼き焦がす。


「うわああああああああああ!」

「きゃあああ!」

「火、火がああああ!」

「た、大変だ! おい、水をもってこい! 早く!」


 周りが一気に騒然とし始める。

 それはそうだ。何人もの生徒が炎に包まれているのだ。

 教官が必死に生徒達の火を消している。

 こんな事をして大丈夫なのか?

 流石の私も彼の武勇伝を目の当たりにして少しひいてしまった。


「こ、こんなことして平気なんですか、フィルツ先輩?!」

「呼び方、フィルツな。まぁ、とりあえず逃げるぞ。馬の準備はしてる。乗れるよな?」


 ほんと、仕方ない人だ。

 だけど、この人が来ただけで、この人が傍にいてくれるだけで、私の世界はまた色鮮やかに見え始めていた。


「はい!」


 貴方の傍でなら、私はもっとがんばり続けていられるから。

 私の手を引く彼に、私は笑顔で答えた。




「……えっと、俺。馬乗れないんだけど」


 そういえば、カルロは乗馬が苦手なのをすっかり忘れていた。

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