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アマンダ=リューベル2


あの日から私はオルストイ先輩とよく会うようになっていた。

たぶん、先輩のほうが私に気を使ってくれていたんだろう。

先輩といる間、私は周りの声に心を痛める事が無かった。

先輩と二人でいる間の時間だけ、これまで灰色だった景色が、色づいて見えるかのようだった。


「あんたさ、オルストイ先輩と付き合ってるって本当なの?」

「え?! ないない! 先輩が私なんかと……」


先日、先輩にクリスやカルロを紹介した。

その時の二人の反応は本当にすごかった。

特にクリスは私以上にオルストイ先輩に憧れていたらしく、後でどうやって知り合ったのかと、根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。


どうも彼女の弟のマークが、初等部に通っているらしく、そこで先輩に助けられた事があるらしい。

詳しく聞いてみると、例の逆バンシー事件の事だったらしく、私は世間の狭さを思い知る事になった。


「でもあんた、先輩の事、嫌いじゃないんでしょ?」

「嫌いな訳……無いじゃない」


嫌いかどうかって質問はずるいと思う。

だって、先輩を嫌いになんてなれるはずがない。

でも、好きかって聞かれると、これが好きって感情なのかどうか、はっきりとは分からなかった。

ただ、先輩とずっと一緒にいたいという思いだけは、日に日に強くなるのが分かった。


「はいはい、ごちそうさま。そうだ、今度先輩に魔導学を教えてもらおうよ。私も天才フィルツ=オルストイの魔導学講座とか聞いてみたいしさ!」


クリスは、はにかみながら私にそう言った。

私に気を使ってが半分、本気が半分という所だろうか。

確かに、先輩の魔導学講座とか絶対聞いてみたい。


「わかった、今度聞いてみるね」

「ちょっとまって! それ俺も聞きたい! 絶対に!」


どこから聞いていたのか、カルロが私達の会話に飛び込んでくる。

ほんと、こいつは気が利くのか利かないのか。

それがなんだかおかしくなって、ついつい笑ってしまった。

最近はこうやってまた笑えるようになってきている。

先輩と出会えたあの日から、私の日常は少しずつ輝きを取り戻している気がした。



□□□


「アマンダ。お前に話しておかなければならない事がある」


中等部最後の冬休み、私は久しぶりに家に帰ることにした。

学院に通えるようになってから、まともに顔も見せてなかっただけに、家族に顔を見せるのが少し恥ずかしかった。

でも、そんな私を待っていたのは、久々に帰る娘を労う言葉でも、急に帰ってきた事への苦言でもなかった。


私を待っていたのは、リューベルの家の宿命(呪い)だった。


「昔、お前が私のお客に会って泣いたのを覚えているか?」


お父さんが言うお客というのが、幼少の頃に見た、冷たい目をする男だと気づくまで暫く時間がかかった。だが、その光景だけは今でも鮮明に覚えている。あの男の冷たい眼差しを私は生涯忘れないだろう。


「うん覚えてる。なんだかよく解らない言葉を話す……すごく冷たい目をしていた人」

「あぁ、その人だ。実はな、彼は私の上司に当たる人でな」


上司? こんな小さな冒険者専門の店に上司というのはおかしな事だ。

うちはどこの店の系列でもない。お父さんとお母さんだけでやっている店のはず。


「アマンダ。私も母さんもこの国の人間じゃないんだ」

「え?」

「そして、お前もこの国の人間じゃない」


意味が分からなかった。

小さい頃からずっとこの国で過ごしてきて、冒険者の人達やクリスやカルロ、それに先輩と一緒に過ごしてきた。それなのに私はこの国の人間じゃない?


「私の父、シュゼル=リューベルがこの地にやって来たのが60年前だ。まだ小さかった私もその時、父と一緒にこの国にやって来た。私達は移民なんだ」


移民? そういえば授業で習った事がある。

アレクシス=ファーランド国王はすごくお優しいお方で生活に困った移民達を、温情をもってギヴェン国民として受け入れていると。

そうか、私の家族は移民の出だったのか。だがそのぐらいなら、別に問題は無いんじゃないだろうか?


「お父さん、それが大きな問題なの?」


お父さんとお母さんは、互いに顔を向き合わせ、少し考えてから私に話しはじめる。


「アマンダ私と母さんはオウス公国からこの国にやって来たんだ」

「オウス公国?」


オウス公国は、ギヴェン王国の西に位置する大国だ。

100年程前、ギヴェン王国とオウス公国との間には、大きな戦争があったと言われている。


それ以来、ギヴェン王国とオウス公国は永きに渡り冷戦状態を続けていた。

そんな国からの移民さえも、ギヴェン王国は受け入れているのだろうか?


「あぁ、オウス公国は我らの故郷だ。それは今も昔も変わらない」

「……」


お父さん達が何を言っているのかよく分からなかった。

オウス公国が嫌で移民になって出てきたんじゃないの?

それなのに、今でも変わらない故郷って言うなんて……。


「あなた、アマンダももう14です。ちゃんと話せば分かってくれます」

「そうだな」


それまで黙って聞いているだけだったお母さんが、お父さんにそう言って先を促した。


「アマンダ。察しがいいお前なら、もうわかったかも知れないが私もお母さんも、今でも心はオウス公国と共にある。私達はオウス公国のために、この地で今でも情報を集め続けているんだ」


先輩から聞いた事があった。

ギヴェン王国にはいろんな国の間者がいること。

それは多くの移民をたいした調査も無しに受け入れた事の弊害だという事を。

そして先輩のお兄さんは王国魔術師団の一員として、そういった人間の取り締りをしている事……。


(私は……先輩と一緒にいれるような人間じゃないんだ)


私はお父さんやお母さんと違うと言えば、先輩なら納得してくれるかもしれない。

でも、先輩の周りの人達はどうだろう?

私を、私の家族を捕まえに来るのではないだろうか?


(嫌だ、先輩にそんなことで嫌われたくない!)


私の目から、自分の意思とは関係無く涙が零れ落ちていく。

先輩に嫌われ、先輩と話せなくなるなんて嫌だ、絶対に嫌だ。


「アマンダ、すまない。だがこれからはお前もオウス公国のために尽くして貰わなければならないんだ」

「何を言っているの! そんな事、出来る訳無いじゃない!」


私に先輩を裏切れって言うの? そんな事出来る訳が無い!

だって私には先輩しかいないんだもん。先輩と一緒にいられない日なんてもう思い出したくもない。


「お前にそうしてもらわないと、私達もそしてお前やフレッドの命も危ういんだ」

「そんな……どうして?」

「私達が祖国を裏切る事は出来ない。私達は監視されている。お前が最近、フィルツ=オルストイと仲良くしている事でさえ彼らは知っている」


それは私だけじゃなく、先輩まで危険な目に会うかもしれないという事じゃないだろうか?


「どうして? 先輩は関係無いじゃない!」

「おちつけ、アマンダ」

「落ち着ける訳が無いじゃない! だって、折角仲良くなれたんだよ? ずっと怖かった。お前は要らないって周りからそんな目で見られて。でも先輩だけは違った! 先輩だけは私を蔑んだりしないで、ちゃんと見てくれるの!」

「……アマンダ」


私の口から止め処なく先輩への思いが溢れ出す。

あぁ、私は先輩が――


「もっと一緒にいたいの! ずっとずっと、これからだって先輩と一緒にいたいの……。同じ時間をずっと一緒に過ごしていたいの。分かってよぉ。お願いだから……」


泣き崩れる私を、お父さんとお母さんは優しく抱いてくれた。

でも、私が欲しかった温もりは両親のものじゃなかった。


あぁ、私は先輩の事が好きなんだ……


こんな状態になって私は始めて、自分の気持ちに気づく事が出来た。

たぶん、ずっとずっと好きだったんだと思う。でも、それが本当に好きっだって認める事が出来なかったんだ。自分と先輩とでは、立っている場所が違いすぎていたから。


でも、先輩にもう会えなくなるって思った時、自分がどれほど先輩を大事に思っていたか、先輩と一緒にい続けたいって思っているのかを思い知る事になった。


もっと早く知る事が出来ればよかったのに。

そしたらもっともっと先輩と一緒の時間を過ごしたのに……


「オマエハ……ソノママ……近ヅイテオケ」


それまで誰もいなかったはずの部屋の隅に、音もなくその男が現れた。

子供の頃に見た、私を見る冷たい目は今も変わっていなかった。


「マリウス様、よろしいのですか?」

「カマワヌ。ソノ……ホウガ、知ル事多イ。娘ヨ。知ッタ事ヲ我等ニ伝エヨ」


先輩の周りで知った事を伝え続けるならば、先輩の傍にい続けていいと、その男は私に言った。

あぁ、これは罠だ。

ずるずると私はこの男の罠に嵌っていくのかもしれない。

でも、それで今までと同じように先輩と一緒に居られるなら……。


「……わかったわ」

「アマンダ、お前!」


男は私を一瞥し、静かに私の横と通りって部屋を出て行く。

すれ違いざまに、男が笑ったような気がした。




そして私は、ギヴェン王国を裏切り、オウス公国の間者になった。

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