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4-8 過去に触れようと思います

 

「これは……すごいな」


 魔獣達は、例の魔術によって完全に駆逐されていた。

 あたりには、赤い霜に覆われた魔獣の屍が残っている。


「無事な者は負傷者の搬送を急げ! 各分隊長は被害を報告しろ!」


 魔獣の発生から1時間が過ぎていた。落ち着きを取り戻した隊員達は、負傷者の救護を進めている。

 演習の途中で急襲してきた魔獣どもは、幾人もの隊員を襲い、第5軍に少なくはない損害を与えていた。幸いな事に、この襲撃で命を落とした者はいなかった。だが深手を負い、軍に居続ける事が難しい者達もいる。人員が少ない第5軍にとっては、かなりの痛手であった。


「カルロ副隊長! 第3分隊より通達です。ヴァージニア嬢とヴァイン様を発見したとの事です!」


(よかった!)


 彼らにもしもの事があれば、ウィリアム指令だけではなくフィルツも悲しむ事になっただろう。恩人である彼に、そんな思いはさせたくない。魔獣の襲撃中もずっと、カルロはそう思い続けていた。隊員の中に負傷者が出る結果にはなったが、彼ら2人の無事が確認された事は不幸中の幸いである。


「俺もすぐに彼らのところに向かう! この場の支援は第3軍と第6軍があたってくれるはずだ。分隊長、あとは頼む」


 ひとまず今は、彼らの無事をこの目で確認したい。

 カルロは、ジニー達の生存が確認された場所へと急いだ。



 □□□


「ヴァイン=オルストイ様、ヴァイン様……」

「ここは……」


 肩をゆすり起こされた俺は、周りに視線を移す。


(あぁ、俺とジニーが水魔術の訓練をしている時に魔獣が襲ってきて……それで、ジニーが魔術を発動させる迄の間、俺にそいつの足止めを頼んできたんだったか)


 たしかあの後、襲いくる魔獣を行動不能に追い込んだはいいが、内在オドが完全に枯渇し、俺は身動きが取れなくなった。

 そこに、さらに魔獣が現れて、ジニーを襲おうと――


「ジニーは?!」


 そうだ、ジニーは大丈夫なのか?

 1体の魔獣を俺が倒した直後、さらに2体の魔獣がジニーを襲う寸前だった。

 その瞬間、あたり一面を白銀のオドが包みこんでしまったのだ。


(あれは、ジニーの魔術だったんだろうか?)


 その後の記憶が曖昧になっている。


「ヴァイン様、落ち着いてください。ヴァージニア様はご無事です。先ほど()6()()()()()が彼女を野戦施設までお連れするとおっしゃられ、ご自分の馬に一緒に乗せられ出立された所です」


 そうか、ジニーは無事か。

 ほっとすると、体の各所に痛みを感じた。


「あまり無理はなさらぬほうがよろしいかと。ヴァイン様はかなりオドを消耗されているご様子ですので」


 たった1体の魔獣に【抑制(レプレス)】をかけただけで、俺はオドを使い切る寸前まで消耗していた。対象が抵抗する場合のオド干渉が、これほどに消耗するとは思わなかった。


(もっと、修練を積まないと……あいつに笑われちまうな)


 これまで、自分の未来に絶望していた俺が、今では魔術師としての高みを望んでいる。それはなんだか、不思議な気分だった。これまでの閉塞されていた思いが、あいつの御蔭でこうも変わってしまっている事に自分でも驚いていた。


「そうだ……ジニーを襲おうとした魔獣はどうなったんだ?」

「それでしたら、あちらに」


 そういうと、兵士は俺の身体を起こし、赤と白で覆われた塊を指差した。


「あれが、魔獣?」

「ええ、そうです。半刻前に発動した霜の魔術による影響と考えます。近くでご覧になられますか?」

「あぁ、頼む」


 俺は兵士に身体を支えてもらいながら、赤と白の塊の傍まで歩を進めた。


「心臓を一撃で破壊されています。これではいくら強靭な魔獣でも即死でしょう。この赤いものは魔獣の血でできた霜のようです」


 同じような状態の亡骸が、すぐ傍でもう1体分見つかった。


「2体を同時に倒したのか……」


 俺には1体を倒すのが精一杯だったというのに、ジニーは1つの魔術で2体同時に倒してしまったのだ。俺とあいつの間には、一体どれ程の差があるのだろうか。


「いいえ、それが……」


 兵士は何かを言いかけたが、途中でやめる。


「それがどうしたんだ。隠してないで教えてくれ」


 俺に促され、兵士は重い口を開く。


「こちらの2体の他に、同様の状態の魔獣の亡骸が7体分見つかっております」

「?!」


 尋常ではない。

 一度に複数体の魔獣を倒しただけでも、普通の魔術師には無理な話だ。

 その上、一箇所ではなく森の各所で同時になんて事は、まさに奇跡の所業と言えるだろう。


 そんな魔術、聞いた事がない。


「あははは。あいつ規格外すぎだろ」


 呆れて、笑いがこぼれる。

 俺とあいつとの差がどれほどあるかだって?

 どれ程ってレベルじゃねぇ。あいつは俺よりずっとずっと規格外な魔術師だ。


『ヴァイン、あなたの友達(ライバル)よ。今も、これからもずっとね!』


 くそぅ、勝手な事に言いやがって。

 いいだろう、お前がどんなに俺より先に進んでいても、絶対に追いついてやる!


(――俺はお前の友達(ライバル)だからな!)


 そうだ、あいつが俺にそう求めるなら、俺はあいつの隣であいつに並び立つ魔術師になってやる。


 胸の奥から熱い何かがこみ上げてくる。


 最初は、親父のようになりたいと思い、魔導を学び始めた。

 親父のようになりたいと魔術師を夢見てた。

 その思いは封剣の守護(呪い)によって無残に打ち砕かれた。

 そして今は、あいつの横に立って恥ずかしくない魔術師になりたいって思っている。


 同じ年の女の子に負けて、恥ずかしくないと言えば嘘になる。

 でも、あいつが俺を認めてくれた事は、そんなちっぽけな思いを塗りつぶしてしまうぐらいに、俺にとっては救いになっていた。


 あいつが俺を友達(ライバル)と言ってくれる限り。俺はあいつの背中を追い続けてやる!


 ジニーが残した魔術の残滓(紅い氷華)を見つめながら、そう誓った。



 □□□


「フィルツ! ここだ!」


 現場に到着すると、そこにはヴァインと無残な姿となった魔獣の亡骸があった。


「おい、カルロ。これは何だ?」


 見たところ、魔獣は魔術で心臓を狙って破壊されているようだ。その状態の亡骸が2体分ある。水魔術ではこのような対象を破壊する事は難しいだろう。そうなるとヴァインがやった訳ではないと考えられる。領軍の兵士がやったのだろうか? それにしては、魔術の質が高い。これほど正確に心臓を狙い破壊するとなるとかなりの誘導の腕が求められるだろう。領軍の兵士は元見習い魔術師団の者達だ。そこまでの腕は正直ないと思われる。


「聞いて驚けよフィルツ! これはどうもお前の弟子がやったみたいだぞ!」


 まさかと思っていたが、やはりジニーがやったのか。

 王都での一連の出来事で、あいつが俺の想像以上の逸材である事は理解していたが、維持と誘導の腕は未熟でありこれほどの魔術を完成させる事ができるようになるには、まだまだ年月がかかると思っていた。


「しかもだフィルツ。この2体だけじゃないんだ」

「はぁ? どういう事だカルロ」

「ヴァージニア嬢の魔術は、この2体だけじゃなく、ここから離れた場所にいた7体の魔獣も同時に倒しているんだよ!」

「何?」


 さすがに相手がカルロとは言え、信じる事ができなかった。

 遠隔の対象に魔術の影響を及ぼすには、それだけ広範囲にオドを展開干渉する必要がある。維持や誘導が苦手なジニーにできるとは考えられない。


(まぁ、普通の魔術師にもできる芸当じゃねぇけどな)


 しかし、そんな魔術が本当に存在しているとしたら、今以上にジニーに注目が集まる事が目に見えている。


「カルロ。この件を知っているのは、お前の隊だけか?」

「いや、あと第6軍も知っていると思うが」


(6軍ならクリスに口止めすればいいか)


「おぃ、フィルツ! 先行しすぎだ!」


(あぁ、忘れていた。この2人にも口止めしておかないといけねぇんだった)


 俺は遅れて到着したウィルと兄貴に目をやる。

 ウィルはジニーを探しているのか、さっきからあたりを伺っている。


「兄貴、ウィル。ちょっといいか。話したい事がある」


 俺は二人を魔獣の亡骸の前に呼んで説明する事にした。

 ウィルはもちろん、兄貴もジニーの存在をまだ公にしたいとは思っていないだろう。

 今ならうまく乗せられる。俺はそう考えた。



 □□□


「正直、耳を疑う話ではあるが。実際にこうして魔術によって屠られた魔獣の亡骸を前にすると、否定はしきれないか」


 兄貴はそういいながら、魔獣のうち破られた心臓の辺りを丁寧に調べている。


「親父!」


 魔獣の亡骸にしゃがみこんで調べていたヴァイスに、ヴァインが声をかける。

 その姿を見れば、ヴァインも戦った事が見て取れた。

 朝別れるまでは、生意気なガキにしか見えなかったが、今では立派に()()()()()をしてやがる。一体何があったのか。すこしだけだが興味が沸いた。


「ジニーが野戦施設に運ばれたって聞いたけど、すれ違わなかったのか?」


 どういう事だ。俺達は最短ルートでここに来ている。

 だが、すれ違う者なんて一人もいなかった。


「カルロ。ジニーが運ばれたって本当か?」


 嫌な予感がする。

 疲弊した人間を運ぶなら、なぜヴァインはそのままここにいるんだ?

 こいつも、見た感じかなり消耗している風に見える。何より5歳のガキだ。

 ジニーを運ぶならヴァインも一緒に運ぶだろう。


「あぁ。 俺がその場にいたわけじゃないが、第5軍の人間が実際にそれを目撃している。フィーネル分隊長、ここに来い!」


 フィーネルと呼ばれる女性兵士がカルロに呼ばれやってくる。


「こいつは、第5軍第3分隊隊長フィーネルだ。フィーネル、指令とフィルツに状況を説明しろ」

「はっ。我々が到着した時点で、ヴァージニア様、ヴァイン様の両名は意識を失い地面に倒れておりました。すぐに、身体の状態を確認いたしました。お二人の命に別状が無い事が判明したちょうどその時に、第6軍副隊長がこちらに参られました」

「アマンダが?」

「はい、アマンダ=リューベル副隊長は、我々に『ウィリアム指令より、ヴァージニア嬢をすぐ野戦施設へと搬送するように命じられている。彼女の無事が第一とウィリアム指令はおっしゃられた。搬送の任は私が当たるように仰せつかっている』と申されまして……」

「馬鹿な! 俺はそんな命令を出した覚えがないぞ! カルロ副隊長。どういう事だ!」

「そ、それは私にも……」


 ウィルはカルロに声を荒げる。

 出した覚えの無い指示でジニーの行方が分からぬ事に不安を感じているのか。

 だが、その思いは俺も同じだ。なぜアマンダが?

 その問いの答えは予想外の所から上がった。


「アマンダ=リューベルか……。リューベルの人間は12年前、オウスの進軍戦の後、一家惨殺されている。あまりに不審な事件だったので当時はオウスが絡んでいると疑われていたわけだが。死んだと思われるのはリューベル夫妻とアマンダ=リューベルの弟……」

「思われる?」


 兄貴にしては微妙な言い回しだ。俺は妙に引っかかって聞きなおす。


「あぁ、遺体はばらばらにされていてな。リューベル夫妻だと判別できたのは、現場に残っていた頭部の残骸が大人の男女の物だったからだ。残念ながらアマンダ=リューベルの弟と判別する事までは出来なかった。しかしながら、夫妻と共に暮らしていた少年が、そんな状況で無事に逃げられる可能性は低いと当時の国軍は判断した」

「魔術師団長。話が見えない。つまりどういう事なんだ。アマンダ=リューベル副隊長はオウスの人間なのか?」

「おちついてくれ、マリノ卿。私はただ、リューベルという名前で当時の事件を思い出しただけだ。別段、オウスとつながりがあるとは言い切れん」


『ねぇ、フィルツ。そんなに嫌なら私と一緒に全部捨てて逃げ出さない?』


 学院のころアマンダが俺に言った言葉。

 あの頃は、魔術師としての未来が閉ざされた彼女が、その境遇から言った言葉と思っていた。

 だが、もしそれが違っていたなら……。


「カルロ! クリスはどこだ!」

「フィルツ?」


 俺はカルロを問い詰めた。

 もしも俺の考えが間違えていないなら、急がなければジニーの身が危ない。


「いいから、クリスはどこにいるんだ!」

「え? フィルツどうしたの? 私がどうかした?」


 振り返るとそこには、呆気にとられた顔をした、領軍第6隊隊長のクリス=ボゼットがいた。


「クリス! お前の騎獣はアマンダの騎獣と双子だったよな!」

「う、うん。私の騎獣が弟で、アマンダのが姉だったかな。双子だよ」


 よし、それならまだ可能性はある。


「クリス、お前の騎獣を借りるぞ!」

「ちょ、ちょっと。どういう事!」


 俺はクリスが乗ってきた騎獣に跨る。

 双子のこいつなら、もしかすればこいつの姉の場所が分かるかもしれない。


「フィルツ!俺もいく!」


 そこには真剣な眼差しで俺を見つめるヴァインの姿があった。

 こいつの中で何かが変わったのだろう。その瞳から強い意志の力を感じる。


「よし、乗れ!」

「うん!」



 周りの止める声を振り切り、俺とヴァインは騎獣に乗って森を走りだす。

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