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霜の領域

 

 ベイルファースト領軍第5軍は、人員124名で構成されている。これは、第1から3の歩兵及び、第7の工兵、輜重兵、衛生兵に比べ、非常に少ない数である。その原因は、第5軍及び第6軍が特殊な条件で入隊している事にあった。


 第5軍及び、第6軍のほぼすべての人員は、王国魔術師団の()()()()()()で構成されている。

 彼らは、元は魔術の才を幼少の頃より買われ、特待生として学院に入学してきた者達である。学院高等科にあがると同時に、彼らは魔術師団の見習い術者として国の管轄下に入ることとなる。だが、学院高等科の卒業までに、ある一定の水準まで到達する見込みのない見習い術者は、魔術師団への編入が取り止めとなってしまう。王国魔術師団とは、ギヴェン王国が誇る実践部隊であり、半端な能力しか持たない術者では、その任に就く事が許されていなかったのだ。


 そんな行くあての無い彼らを、学院の卒業生であったフィルツ=オルストイ、ウィリアム=マリノの両名は、ベイルファースト領軍に彼らを取り込む事でその救済を計ったのだ。

 それが、ベイルファースト第5軍の前身となった。


 フィルツとウィリアムは、それから毎年のように魔術師団に入れなかった者達を、領軍へと取り込んでいった。だが彼らに出来たのは、124名という限られた人員の確保だった。いくら落ちこぼれとはいえ、仮にも魔術師である。一般的な兵種である歩兵のように、1000人規模の編成ができるほどの数はいない。そのため、彼らはベイルファースト領軍内でも貴重な兵種となっていた。


 第5軍はさらに第1小隊、第2小隊の2部隊で構成されており、その構成人数はそれぞれ62名であった。ヴァージニア=マリノ及びヴァイン=オルストイが演習に参加したのは、領軍第5軍副隊長カルロ=ラーバヘインが率いる第5軍第2小隊であった。


「全員、方陣を組め! 敵は獣型の魔物。冷静に当たればなんとでもなる。単独行動は避けて対処しろ!」


 最初に魔獣が現れてから30分が経過していた。

 そろそろ第6軍の伝令が各隊に届いているはずだろう。

 あとは、出来る限り戦力を温存しつつ、無駄な兵の消耗を避ければいいはずであった。


 ただそれは、2名のゲストの存在が無ければの話ではあったが。


「まだ、ヴァージニア嬢とヴァイン様は見つからないのか!」

「……いえ、それが。このような状況では探しに出る事も難しく……」


(くそぅ)


 部下に当たっても仕方が無い。

 だが、たった2人きりの彼らがこの襲撃の中で、無事に生き残れる保障は非常に小さい。

 一刻も早い救援が必要だろう。


「目の前の魔物3体を処理した後、第3、第4分隊は2人の捜索に向かえ! 残りはこのまま方陣を維持。出現する魔物の処理に当たる!」


(なんとか無事でいてくれ)


 獣の総数がわからない今、下手な行動では、隊を危険な目にあわせかねない。

 カルロにはただじっと、彼らの無事を祈るしかなかった。



 ――そして異変は前触れも無く訪れた――


 最初に気がついたのは、捜索に向かおうとしていた第3分隊の兵士だった。


「おぃ、これ……なんでこの季節に霜なんて降りているんだ?」

「本当だ。何これ。しかも向こう側からずっとじゃないの」


(霜?)


 カルロは慌てて、彼らの目線の先を追う。

 そこには、この時期には似つかわしくない、霜の降りた草木の姿があった。


「なんだ、これは。魔術なのか?」


 ありえない。

 霜を降ろす魔術なんて、自分は聞いた事が無い。

 何より、これ程広範囲に魔術を展開できる魔術師なんて、自分が知る限りではフィルツ=オルストイぐらいなものである。


「まさか、フィルツが応援に来てくれたのか?」


 一番現実的な考えはそれだった。

 だが、彼がウィリアムに呼ばれ施設の地下へ向かった事をカルロは知っていた。


(さすがのフィルツでも、こうも短時間でここにきて、魔術の展開なんて出来ないだろう。だが、そうだとすれば一体誰が?)


 カルロが魔術の主の存在に首を傾げていると、方陣を組んでいた兵達から声があがる。


「くそ! またくるぞ。方陣の中からじっくり狙って突き殺せ!」


 第2の分隊長だろう。声を上げ、士気を高めている。


 そして、獣が方陣に触れそうになったその瞬間、()()は発動した。


 ギャウン!


 霜の降りた草木から、突然白い茨が伸び、魔物達を縛りあげる。

 そして、茨はさらに成長し、彼らの心臓に狙いを定め貫き破壊する。


「「……」」


 皆が呆然と見つめる中、獣達はその身に真紅の華を咲かせ、命を潰えていた。


「なんだ……これは、魔術なのか?」


 カルロには、その光景が現実のものであるとは、到底思う事ができなかった。

 季節はずれの霜が当たり一面に降りたと思ったら、その霜から白い茨が生え、魔物を心臓を打ち破ったのだ。そんな事を誰が信じられるというのだ。


「と、とにかく急いでヴァージニア嬢とヴァイン様の身柄を確保せよ!」


 カルロには、そう指示を出すほかに出来る事は無かった。



 □□□


「お願い! 始めるわ!」


 私は体中のオドに働きかけ、炎と水の2種類の魔素を集め始めた。


 ヴァインは私の願いを聞き、魔物を食い止めてくれている。

 今の間に魔術の展開構築を進めなければならない。


 私は自らの魂に触れる。

 王都では精霊の姿に(やつ)したエリーゼ様を昇華現出させる為、私は魔素転換を行った。

 その時、足りないオドをヴァージニアでは無いもう1つの魂を用いる事で、私は対処したのだ。


(あの時、私は2つの魂に触れ、そして2つの魔導を行った)


 魔素転換とオド転換。

 魔素転換に足りない内在オドを補給する為、私は同時にオド転換を行ったのだ。

 これは、本来1種類しか発動できない魔術を、私は2()()()同時に発動が出来る事を意味した。


(2つの魔術を同時に用いれるなら、きっと出来るはず!)



「水の本質は流動と変化。水は流れ落ち、固まり、大気を満たす」


 水への認識を明確化させる。

 まずは水のオドによる魔術の展開構築。


「水のオドよ(くるめ)き換ぜよ、大気に満たせ、己が半身、万魔が王の(かいな)が如く、その身を変えて拡がり導け――」


 オドが抜け、周りに蒸気が発生し始める。

 蒸気に変質したオドを、私は支配下に置き続けて維持を継続する。


(つぎは炎!)


「炎の本質は熱と燃焼。熱は大気に伝わり、すべての状態に変化を与える。」


 炎への認識を明確化させる。

 燃え上がる炎ではなく純粋な熱エネルギー。


「炎のオドよ(くるめ)き換ぜよ、その身を移し伝手と成さん、天地即ち対と成せ、陰陽即ち対と成せ――」


 炎のオドを熱へと変質させ、その熱のオドを現実の熱へと干渉し、周りの熱を移動させる。


 熱を移動させる事による吸熱魔術。

 熱をエネルギーと捉える事が出来るならば、誰でも使うことが出来るだろう前世の知識(チート)による魔術。


 周りの大気から、熱が奪われ冷たい空気が流れ始める。


(さぁ、ここからだ)


 水と炎の魔術を維持展開していく。広く広く。意識の境界ごと魔術を広める。

 オドに汚染された蒸気は、霜を降らせる。


「水よ炎よ、拡がり阻め、徴を刻め――」


 オドが光となって、空気に溶け込んでいくのがわかる。

 周りには白銀のオドが広がり、まるで世界が白く染まるかのように。

 魔術は維持され、そして構築される。


()よ結界となりて、我が身を()れ。楔となりて我が敵を蝕め――」


 意識が拡張していき、霜と共に森一杯に広がっていく。

 眼下には私達を狙う魔物の姿が浮かぶ。

 霜はその身を踏み締める者すべてを感知し、敵意を持つものに徴を刻んでゆく。


「霜の守護者よ、我が真名おいて命ずる。その姿を現出し――」


 ギャウン!


 魔物達は霜から伸びた氷の枝に体を縛られていく。


「今こそ刻め、樹霜の氷針!【霜の領域(フロストリージョン)】!」



 次の瞬間、氷の茨は魔物達の心臓を貫き喰い破る。

 心臓から噴出した血は、すぐに凍りつき、紅の樹霜となって魔物を包み込む。

 やがてそれは真紅の氷華に成長し、美しい赤へと染めていく。


 あたりには静寂が包みこみ、美しい死の華だけがその存在を主張していた。


 ヴァインは驚愕の表情を浮かべ、涙に濡れた目で私を見つめる。

 体を引きずりながら、必死に私の元に来ようとする彼に、私は微笑みかけた。


「……ヴァインは、泣き虫だね」


 私の言葉に、ヴァインの目に光が戻る。


 あぁ、私も彼も助かったのだ。

 緊張と一緒に、体の力が抜けていく。



 そして、私の意識はそこで途切れた。

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