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4-6 二人で頑張ろうと思います

 

 魔導における維持と誘導という概念は、ゲーム【ピュラブレア】では無かったものであり、実際にそれを用いるカルロさんやヴァインが一体何をしているか、私にはまったく理解が出来ていなかった。


「とりあえずお前さ、水魔術使ってみろよ」


 ヴァインが偉そうに私に言う。ムッっとするが、ここで言い争っていても前に進まない。私はヴァインに言われるままに水魔術を発動させる。


「水の本質は流動と変化。水は流れ落ち、固まり、大気を満たす」


 水への認識を明確化させてゆく。

 体内に水の魔素を取り込み、体内のオドで誘導を開始する。


「水のオドよ(くるめ)き換ぜよ、魔槍の導手よ、穿ち衝け! 【水衝(アクアバンプ)】!」


 水の槍が標的にぶつかり、水飛沫となってはじけ飛んだ。

 なんとか魔術は命中した。

 私は満足げな顔でヴァインに振り向く。


「どう? 結構いい感じだったんじゃない?」


 ヴァインは首を振り、呆れた顔で私に言い放つ。


「なんだよそれ。それじゃぁ、ただの()()()じゃねぇか」

「へ?」


 ヴァインの言っている意味が分からない。


「お前のは単に水を手から打ち出して、目標にぶつけてるだけだろ?」

「【水衝(アクアバンプ)】ってそういうものじゃないの?」

「水を打ち出すんじゃなくて、水の魔術を目標まで導いて穿つのが【水衝(アクアバンプ)】だ」


 ヴァインは心底呆れて私に言う。


「フィルツは、お前にちゃんと教えてねーのかよ。たく、しょうがねぇな。見本を見せてやるから、ちゃんと見てろよ?」


 ヴァインは目を瞑り、水の魔素を集め始める。


「――魔槍の導手よ、導き捕らえよ――」


 ヴァインの肩に水の塊が出現する。それはまるで生き物のように蠢き、ヴァインの周囲を漂い始める。


「――水よ魔槍となりて、穿ち衝け! 【水衝(アクアバンプ)】!」


 ヴァインは目を見開き、的に向かって手を差し向ける。

 同時に、水の塊はまるで獲物を狙う蛇のように、的に向かって誘導されていく。


 バシャン!


 水飛沫が弾け、的を揺らした。


 それは私にとって衝撃的な出来事だった。

 魔術が術者の手を離れた後も、まるで意志を持ったように動き、的を捕らえたのだ。

 私の水衝がヴァインに水鉄砲扱いされた意味がやっと分かった。これが本物の【水衝(アクアバンプ)】なのだ……。

 愕然としている私にヴァインは追い討ちをかける。


「どんな魔法もこれと同じ。魔術で大事なのは、転換したオドを自分の支配下に置き続ける事。お前のは単に貯めた水をそのまま流しているだけだ。お前のは魔術でもなんでもねぇ」


 少しは魔術師として、一人前になってきたと思い込んでいた自分が恥かしかった。師匠は知っていたんだ。私の魔術に大事なものが抜けている事に。だから、この訓練に私を参加させたのだろう。なのに私は、『少しでも師匠に追いつきたい』などと大それた事まで思っていたのだ。


 悔しいとか悔しくない以前に、自分が無様に思え、目に涙が滲んでくる。


「お、おぃ。別にお前のこと、馬鹿にしたわけじゃねぇから……。その、泣くなよ」


 ヴァインはそう言って、ポケットからハンカチを差し出した。


「……ありがとう、ヴァイン」


 悔しいが、今は誘導を覚えるしかない。

 私は思いっきり鼻を噛み、気合を入れた。



 □□□


 あれからしばらく、俺はこいつに魔術の誘導を教えていた。

 最初はなんで俺がって思ったけど、泣き出すこいつを見て、少しだけ罪悪感を感じた。


『お前のは魔術でもなんでもねぇ』


 これまで必死にやってきた俺の魔術と、こいつの魔術が同じだって言われた気がして腹が立った。

 だから強く言ってしまった。


「そう、そんな感じでオドを捕らえ続けろ!」

「うん!」


 でも、俺の言う事を必死に学ぼうとするこいつの姿を見て、酷く言った事にすごく後悔していた。汗水垂らして頑張ってるこいつは、俺と同じで真摯に魔術に取り組んできた奴なんだって、なんとなくだけど分かったんだ。


「よし、いいぞ。そのままオドを捕まえた状態で、現出させてみろ!」

「うん、わかった!」


 それに、こいつは俺と同じで――


「よし、撃て!」

「――水よ魔槍となりて、穿ち衝け! 【水衝(アクアバンプ)】!……出来た。出来たよヴァイン!」

「おう、上出来だ」


 ――魔術が大好きなんだ。


 彼女の顔を見て、親父から魔術を習い、初めて成功した時の喜びを思い出す。


『ヴァイン。魔術が魔術師を裏切る事はない。お前が魔術に真摯に向き合う限り、魔術もお前に対し真摯であり続ける』


 昔、初めての魔術の成功に喜ぶ俺に、親父が言った言葉だ。

 今までどういう意味なのか分からなかった。

 でも、こうして必死になってるこいつの見て、たったこれだけの事で喜びはしゃぐこいつの顔を見て、俺はなんとなく分かった気がした。


「ヴァイン、ありがとう! ありがとう!」

「おい、ふりまわすな、あぶねぇよ! ったく」


 俺の手を取り、ぐるぐると回る無邪気なこいつの顔に、今までの毒気が抜かれていくような気がした。


 でも、こういうのも悪くないかなって、なんとなくだけど思ったんだ。



 □□□


 ヴァインに誘導を教えてもらってから、私とヴァインは二人だけで魔術の修練を続けていた。


 そんな私達にカルロさんは――


「いいって、いいって。ジニーさんが誘導を覚える事のほうが大事だしね。それに、ここからは、多分君たちの体力だとついて来れないだろうし、丁度いいさ」


 ――と言ってくれた。


 折角、野戦訓練にゲストで参加させてもらえる事になったのに、すごく申し訳ない気持ちになった。ヴァインに対しても、私の修練に付き合ってくれている事に謝りたいと思い、頭を下げると――


「謝ってる暇があったら、少しでも誘導を自分のものにしろ! そのほうが俺も教えたかいがあるからな」


 ――とぶっきらぼうに言い放った。その姿がまるで師匠みたいで、ついつい噴出してしまった。


 そうして昼になり、私はヴァインと昼食をとっていた。

 昼食は事前にカルロさんが渡してくれた携帯食だ。

 あまりおいしくはないけど、修練でお腹がぺこぺこだった私はすぐに食べ尽くしてしまった。


「お前って、ほんと令嬢らしくねぇよな」

「うっさいわね。ほら、ヴァインお茶」


 私はヴァインにお茶を入れてあげる。一応、彼は私の先生として誘導を教えてくれたのだ。

 このぐらいのサービスは仕方ないだろう。


「お、おぅ。サンキューな」


 ヴァインは私の手からお茶を受け取り、ゆっくりと飲み始める。

 こうして素直だと、ただの5歳の少年なんだけどなぁ。


 ヴァインは私から目を逸らし、お茶を黙々と飲んでいる。

 なんとなく、場がもたないなと思った私は、彼に聞いてみる事にした。


「ヴァインってさ、魔導すごいよね。やっぱりヴァイス様から教えてもらってるの?」

「……あぁ。うん、2年前から親父に教えてもらってる」

「2年前って私と同じ! 偶然だね」


 3歳のころから彼も私と同じように魔導を学んでいたのだ。

 師匠と出会い、必死で魔導を学んできたこの2年。辛くなかったといえば嘘になる。

 それでも、私の為に時間を費やして教えてくれる師匠の恩に報いる為、必死になって学んできた。


 だからこそ私には分かる。彼もまたずっと必死に学んで来ているのだ。

 そうでもなければ、たった3歳のうちから、毎日何時間も魔導を学ぶなんて出来るはずがない。


「ヴァインは嫌かもしれないけど、私はこれからもライバルとしてヴァインと一緒に頑張りたいって思うよ」

「い、嫌じゃねぇよ、別に。まぁ、お前も頑張ってきてるみたいだしな」


 そういって彼は私に手を差し出した。


「っん!」

「あ、うん!」


 照れながら差し出された彼の手に、私はおもいっきり力をこめて握手をする。


「いてぇ! お前、何してっ!」

「ライバルだからね! ヴァイン、負けないんだから!」


 同じ道を志すライバルが私に出来たのだ。

 私は顔がにやけるのを我慢する事が出来なかった。


「ほんと、お前は令嬢らしくねぇ。で、どうする今から。また誘導の練習をするか?」

「んー。できればヴァインの魔術をもう少し見たいかな」


 師匠以外の人が使う魔術を私は見たことがなかった。

 折角の機会だったし、できれば他の人が使う魔術をもっと見ておきたかった。

 だが、私の言葉にヴァインは暗い顔をして答える。


「そんなに期待しても、大したもんじゃねぇよ。俺は水の魔術しか使えない。知ってるだろ? 封剣の事」

「うん」


 青の封剣の守護。

 水を司る青の封剣は、水以外のすべての魔素と精霊を喰らい尽くす力を持つ。

 その為、青の封剣守護者は水以外の魔術を使うことが許されない。


「水の魔術ってのは、基本的に人を傷つけるには力が足りない。さっきお前が使った【水衝(アクアバンプ)】も、相手を驚かせたり、体勢を崩すのが精一杯の魔術だ。大量のオドを乗せた上で、上手くやれば骨折ぐらいは狙えるかもしれねぇ。だが、その程度の魔術だ」

「……ヴァイン」

「他の魔術も似たようなものさ。水の魔術ってのは相手の移動を抑制したりするのが精一杯なんだ」


 ヴァインは膝を抱え、俯きがちにそういった。


「あはは、お前にあんなに強く言った俺だけどさ、がんばったって水の魔術しか使えないから。わりぃな、お前のライバルなんて、俺にはなれねぇよ」


ヴァインは、溢れそうになる涙を堪え、顔を歪める。


「いくら頑張っても、水の魔術しか使えねぇ魔術師なんて価値がねぇから。どんなに努力したってさ、全部無駄なんだよ……」


 ヴァイン=オルストイ。

 誰よりも優れた魔導の才を持ちながら、それを活かす事が許されない人。

 封剣は、ただ真摯に魔術と向き合っていた彼に、魔術師として生きる道を永遠に閉ざしてしまう。

 それが、彼を縛り続けるトラウマ(封剣の呪い)


「……な事ない」

「え?」


 ヴァインは私と同じようにずっと頑張ってきたのだ。

 どんなに辛い日も、どんなにくじけそうな日も。

 2年間、休むことなくずっと続けてきているのだ。私よりすごい誘導の力まで身につけて。


「そんな事ない! ヴァインの努力が無駄なんて事、絶対に無いから!」

「おぃ、ジニー?」


 そんな事、許せる訳がない。

 それがゲームの設定だとしても、同じように頑張ってきている仲間(ライバル)の努力を、無駄にしていいなんて事あるわけない。

 そんな事は私が許さない!


「ヴァインに教えてあげる。水の魔術が本当はすごいんだって事を!」




 たとえ、前世の知識(チート)を使ってでも、絶対に彼の努力を無駄にはさせない!

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