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4-4 思いっきりぶってやろうと思います

 

「ほら、こっちに来なよ。頭洗って洗ってあげるから」

「いや、いいです。自分でやります……」


 私は今すごく目のやり場に困っている。

 それはもう、どうしようもないくらいに困っている。


「何遠慮してんの?」

「えっと、本当にいいです。大丈夫ですから!」


 師匠と一緒に野戦訓練施設で露天風呂を掘っていた訳ですが。

 ええ、私の頭の中には魔導の事と、露天風呂の事しかありませんでしたよ。


 どうせ、軍隊なんて男社会だし、女性は私だけだろうって思っていました。

 そう、私が作った最高の露天風呂で泳いじゃったりして、存分に満喫できると考えていましたとも。


「ほら、いいからこっちに来る!」

(うぉ、胸がぁ)


 一体、誰が領軍の兵の中に、これ程の数の女性がいると予想ができるというのだ!


(この身体で、女風呂とか誰得なんだよぉ)


 私の目の前に広がるのは、見事な身体を余す事なく見せ付けてくる、女性達の姿だった。



 □□□


 ベイルファースト領軍総勢、1万1150人は第1軍から第7軍の7部隊で編成されている。


 第1から第3までが歩兵。

 第4に猟兵、第5に魔導歩兵、第6に竜騎兵、第7に工兵、輜重兵、衛生兵という構成だ。


 領軍はベイルファーストという土地柄、王国軍に比べ騎兵の数が著しく少ないものとなっている。広大な森の中では、騎兵の機動力や突撃力を生かす事は難しく、また騎兵が貴族のみに許される兵種である事が、ウィリアムにその登用を避けさせる結果となっていた。


 騎兵に代わり、ベイルファースト領軍を色濃く特徴付けるのは、魔導歩兵および竜騎兵の存在だろう。

 魔導歩兵はその名のとおり、魔導を用いる歩兵の事である。元はフィルツ=オルストイが王都から連れて来た、3流以下の魔術師見習い達によって構成された部隊だ。魔術師としての未来が閉ざされ、行くあてが無かった彼らを、フィルツは魔導歩兵としてウィリアムに雇用を進言、ウィリアムがこれを受け入れた事で、領軍第5軍として魔導歩兵は実用化される事となった。


 彼らの用いる魔術は、王国魔術師団の者に比べると、非常に初歩的なものばかりである。

 炎を発する、風を起こす、水を巻く、穴を掘る。

 魔術師にとっては、取るに足らない彼らの存在ではあるが、彼らの特記すべきは歩兵でもある点だ。

 魔術師のように、体力や内在オドが尽きれば、戦えなくなる事は無く、接近戦闘では歩兵として、中距離では水や炎の魔術を用いての攻撃支援、風魔術による矢からの射撃防衛等、幅広く活用ができる部隊であった。


 また第6軍の竜騎兵は、フィルツが連れてきた魔術師の中でも、特に馬術に長けた者を選りすぐって作られた部隊である。馬の利用は移動という目的のみに縛られており、騎兵のような突破力は持ってはいない。だが、高速で移動しながら魔術支援を行う事が可能なこの部隊の存在は、流動的に変化する前線であっても歩兵との連携を容易にし、また、馬の起動力と魔導による通信能力を兼ね備えた彼らは、部隊間の連携をさらに優れたものへの変容させていった。


 そんな彼らではあるが、元は魔術師見習いである為、全員が男性という訳では無い。

 むしろその多くが、女性達で構成されていた。


 魔術師はその能力如何(いかん)で、たとえ平民であっても就くことが可能な職である。そのため、多くの平民出の者達が魔術師見習いとして魔術師を目指していた。


 3流以下のレッテルが貼られた平民出の魔術師見習い達は帰れる家も無く、独り王都での生活を強いられる事になる。男性ならば、肉体労働の働き口を捜す事がで出来るかもしれないが、女性の場合そうもいかない。フィルツが連れてきた者の多くが、そういった女性達であった。



 □□□


「親父の奴、俺を連れてきたくせに適当すぎるだろ!」


 俺は落ちている石を思いっきり蹴飛ばした。


『フィルツと話す事があるから、お前は風呂にでもはいっとけ』


 親父はそういって俺を部屋から追い出した。

 大体、何でこんな所に、俺を連れて来たのかさっぱり分からない。

 あの天才フィルツ=オルストイに、魔導を教えてもらえるかもという期待が無かった訳じゃない。

 いや、今だって本当は期待している。

 でも、フィルツの近くにはあいつがいる。大嫌いなあいつが!

 あいつからしたら、俺なんて目には入っていないだろう。


 だけど、俺にとってあいつは無視できない存在だ。

 俺が持ってないすべてを持っているあいつ。

 こんなの、ただの妬みだって分かってる。

 でも、どうしようもないぐらいに、胸の奥がちりちりと痛む。


「くそっ!」


 俺はいらいらした気持ちのまま、親父に言われた屋外の入浴施設に向かった。

 簡易で作られたらしいが、ちゃんと建屋のように板で覆われており、床には布まで敷かれている。

 思っていたよりも、立派な建屋に領軍のすごさを感じた。


「えっと……ここで脱ぐのか」


『衣類はここ』と書かれた箱がいくつかおかれている。

 どうも箱の中に着ている衣類を入れるようだ。

 俺は上着を脱いで、空いている箱の中に叩きこんだ。



 《やめてください! も、もう出ますから!》



(ん?誰か入っているのか? でも、親父は入ってこいって言っていたしなぁ……。男にしては高い声だけど、大丈夫か?)


 ここは軍用施設のはずだ。女性なんているはずがない。

 いたとしても、俺はまだ5歳!

 ()()()()で許されるはずだ……多分。


 まぁ実際、王都で王国軍の演習を殿下に連れられて拝見させてもらった時は、女性の姿はドライの親父さんの秘書官ぐらいだったし、大丈夫だろ。



 うん、俺はそんな風に思っていた。

 だから油断していたんだと思う。


「はぁ……ほんと勘弁してほし……」

「?!」



 だからって、まさかこんな所にあいつがいるなんて、分かるわけないだろ!!


「うわあああ!」


 パンッ!



 俺はたぶん悪くない。親父が悪いんだ。

 俺は痛む頬を押さえながら、滲み出そうになる涙を必死でこらえた。



 □□□


「えーと、なんだかいろいろ行き違いがあったみたいだが、改めて紹介する。俺の友人フィルツ=オルストイと姪のヴァージニア=マリノだ。今回の野外演習には、この2人もゲストとして参加する。いいな?」


「「「はい!」」」


「それと、先ほど到着された、王国魔術師団長のヴァイス=オルストイ様だ」

「ヴァイス=オルストイだ。今回はベイルファースト領軍の野戦演習を是非とも拝見させてもらいたくてな。マリノ卿に無理を言って来させてもらった。よろしく頼む」


 ヴァイス=オルストイ。師匠の兄にして王国魔術師団のトップに位置する大魔術師。


(たしか師匠より4つ年上だから36歳か。それにしては老けて見えるな)


 多分、師匠のせいでかなり苦労しているのだろう。私はなんとなくヴァイス様に同情した。


「あと、そのご子息で……」

「ヴァイン=オルストイです。よろしく」


 青の封剣守護者にして、ゲーム【ピュラブレア】の攻略対象者。

 水魔術の才能に長けているが、青の封剣の守護のせいで他の属性魔術が使えない彼は、早くに魔術師を諦め剣の道に進む事になる。その後、剣術の腕を磨いた彼は、卓越した剣の腕と、水魔術以外の魔術を受け付けない守護の力、更に天才的な水魔術の才能で、その存在を回りに示す事になる。


 彼はゲームにおいてある意味、光の封剣守護者の次にチートなキャラであった。


 その彼がどうしてこの場にいるのかさっぱり分からない。

 ゲームではこの時期に彼がベイルファーストを訪れるなんてイベントは無かったし、それに――


(裸を見られた)


 別に男だった記憶が有るんだし、男に裸を見られても別にどうって事は無いと思っていた。

 けれど、恥ずかしいって気持ちはそういう事では無く、もっと本能的な物のようだった。


(あと2、3発殴っておけばよかった)


 胸にふつふつと怒りが浮かぶ。

 それをぶつけるように、私は彼を睨みつけた。


「何むくれてんの? ジニーちゃん」


 そんな私に、一人の女性が声をかけてきた。


「ジニーちゃん。若いうちからそんなに怒ってると、クリスみたいになっちゃうよ?」

「ちょっとアマンダ、それどういう意味よ!」

「だってクリス、怒るといっつも眉間に皺が3本もはいってるし!」

「ちょっと、そんなこと……え、ほんとに?」


 アマンダ=リューベルさん。領軍第6軍竜騎兵の副隊長。

 先ほど露天風呂で私の身体を執拗に洗おうとしてきた私の天敵だ。


「ほら、むくれてないで笑顔、笑顔」


 しかも、出会って早々に、私をジニーちゃん呼びしてきたつわものでもある。


「アマンダ。さすがに慣れなれしいって、その態度」


 クリス=ボゼットさん。領軍第6軍竜騎兵の隊長。

 アマンダ副隊長とは10代の頃から、魔術師見習いとして一緒にやってきた仲らしい。


 2人とも、魔術師として開花する事は無かったが、今では領軍第6軍にかかせない人物だ。

 お父様や師匠とは、学院にいた頃からの知り合いだったらしい。

 当時の師匠と彼女達の間で何があったか分からないが、結果として師匠の誘いを2つ返事で答えて領軍に入隊したらしい。


「いえ、慣れなれしいとかは気にしてないんですけど。その……」

「あー、あれだ! 裸見られた事でしょ!」

「ちょっと、アマダン。やめなって。ほら、あの子すごい睨んでるから……」


 アマンダさん、ほんと勘弁して下さい。

 周りがこっちを見てます。師匠なんてさっきからニヤニヤしています。

 正直、恥ずかしいんで勘弁して下さい。


「あはは! ごめんごめん!」

「もう、ごめんね、ヴァージニアさん」


 二人の空気は、杜 霧守だった頃の姉に対して感じていたものに似ていた。


「もう、いいですよ」

「じゃぁこれで仲直りね」


 人なつっこい笑顔で笑うアマンダさんを見てると、どうしても嫌いにはなれないと感じてしまう。



「明日からの野戦訓練が始まる。今日は存分に英気を養ってくれ。では乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 賑やかな空気が当たりに漂う。


「ほら、早くしないと食べる物が無くなっちゃうよ。行こジニーちゃん!」

「ちょっと、アマンダ!」


 明日からは私も、師匠と一緒にゲストで野戦訓練への参加が許可されている。

 今日ぐらいは彼女達とこの空気を満喫してもいいかもしれない。


「はい、いきましょう!」


 私は、ふたりと一緒に、盛り上がる人たちの渦に入っていった。



 □□□□


「そういえば、ウォルター叔父様がお父様の参加が遅れるとおっしゃられた時、皆さんが大喜びだったのは何故ですか?」


「「「……」」」


 ウォルター叔父様まで黙り込んだのは不思議だった。


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