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4-2 かってにお邪魔しようと思います

 

「これが、ベイルファーストの森……」


 師匠の馬に揺られること3時間。

 私は、ベイルファースト郊外に位置する森の中にいた。

 多種多様な木々が深々と生い茂り、息づく命と生命の力を強く感じるベイルファーストの森。


 古くからベイルファーストの地に住まう者達は森を敬い、尊び生活をしてきている。

 そこには大神ピュラブレアではなく、大いなる自然への崇拝が確かに存在していた。

 そして実際、この森にはギヴェン王国が誕生する以前よりある種聖域が形成されている。


 戦場で死んだ魂は、通常の死者の魂と比べ、怨嗟の念に囚われやすくなってしまう。

 死しても天に昇れず淀んだ精霊となり、地に縛られる続ける者たちが存在する。

 淀んだ精霊は、生者の魂を歪めたり、そのまま穢れた魔素となって、大気や大地を腐らせてゆく。


 12年前の戦線にてオウス公国の兵の多くが、このベイルファーストの森の中でその命を潰えていった。

 本来ならば、森には淀んだ精霊に犯された魂狂いや、屍食鬼が出現してもおかしくはない。

 だが、ベイルファーストの森には12年にわたり、そういった魑魅魍魎が出現する事はなかった。


「いい場所ですね」

「そうだな、この森は魔素も濃く、俺達のような魔術師だとほおって置いても活力が溢れ出す場所だかな」


 確かに、森に入ってから体の調子がすこぶる良いのを感じていた。


「これだけの魔素があるなら、野宿でも我慢できるかもしれませんね」

「いや、野宿なんてしないぞ」

「え?」


 師匠は行く宛てがあるのだろうか。

 私は首を傾げながら、馬を引く師匠の後についていった。


「ふぅ、ここだジニー」


 少し森があけた場所に木造の平屋が建っていた。


「師匠、ここは?」

「あぁ、ここはオウスが攻めてきた時に立てられた拠点の1つだ」


 そういって師匠は扉を開け、ずかずかと中に入ってゆく。


「え、師匠。勝手に入ってもいいんですか? これ誰かの持ち物じゃぁ……」

「気にすんな。どうせしばらくすれば領軍もここにやって来る。その前に設備の点検をしてやってるだけだと思えばいい」

「そんな、無茶な」


 私はしかたなく、師匠の後に続いて中に入った。

 師匠は持ってきた荷物を床に置き、室内に設置されていたランプにオイルを継ぎ足した後、火を灯した。

 明かりに照られされた室内は思ったほど酷くはなく、それなりに維持補修されている跡が見られた。


「ひとまず、馬の荷を解いて中に運び入れるぞ。ジニーお前も手伝え」


 数日分の食料と衣類、魔導の道具一式、狩りや野営のための道具。

 師匠と私は、馬に積んでいた荷を解き建屋の中に入れていった。


 しばらくし、建屋の入り口から声が聞こる。


「おぃおぃ誰だか知らんが、ここが領軍の施設と分かっての行動か? 野盗の類なら容赦はできんぞ? おとなしく出てこい」


 言わない事ではない! 私は慌てて師匠の元に向かう。

 だが師匠は焦るどころか、床に座り込んで魔導の道具の調整具合を確かめていた。


「師匠、領軍の兵の人が来ちゃいましたよ! どうするんですか!」


 師匠は慌てることなく私に振り向く。


「お前、領軍がどこの部隊か分かっているのか? お前の親父の部隊だぞ? 何慌ててるんだ」


 いや、確かに分かってはいるが、こちらは不法侵入の上、お父様には家出のような書置きをしてきてるのだ。さすがにまずくは感じないだろうか。


「いい加減に出て来てくれないと、こちらも対応に困るんだがな」


 声の主は建屋の外から建屋の中へ入って来てしまった。

 このままではすぐ、この部屋まで来てしまう!


 私は慌てて備えつけられていた机の下に隠れる。

 だが師匠は相変わらず、魔導の道具整備に余念がない。


「やっぱりお前か。演習が近いこのタイミングで領軍の施設に入り込む盗っ人は」


 不揃いにあご髭を生やしたその男は、師匠にそう言うと持っていた荷物を床に投げ捨てる。


「酷い、いい草だな。ここは元は()()()の持分だろ?」

「いつの話をしてるんだ。もう12年だぞ。それからはずっと俺が面倒見てきてるんだ」


 そういって男は、床に座っている師匠の尻を蹴り上げた。


「痛えな、おぃ! 相変わらず領軍ってのは、粗暴でどうしようもない奴らのたまり場かよ!」

「そういうお前も一時とはいえ、その領軍で参謀まがいの事をしてたじゃないか。忘れたのか?」


 師匠と男はにらみ合い、そして次の瞬間笑いあった。


「あははは! 久しぶりだな、フィルツ! お前がウィルのとこで食客になってるってのは聞いていたが、実際にこうしてお前に会えて嬉しく思うぞ!」

「俺もだ、ウォルター! 会いたかったぜ。すまねぇな、弟子の面倒が落ち着くまでは、放ってお前に会いにも行けなくてな。しかしお前、相変わらず陰気くさい顔をしてるな。」

「お前に言われたくないわ、この陰湿メガネが」


 二人は互いに笑い、そしてがっちりと握手をした。

 ウォルター=マリノ。お父様の従兄にあたる方で、ベイルファースト領軍の副司令官だ。

 領主の仕事に従事するお父様に代わり、領軍の修練、領内の警備、治水にいたるまで領軍の実務に関するあらゆる業務を受け持っており、その内容は多岐に渡っている。


 領軍指揮という重職を任せられるウォルター叔父様への、お父様の信頼は非常に厚い。

 これは誰もが尻込みした12年前のオウス軍進行戦において、誰よりも先にお父様の下に参上し、任にあたった事が大きいと言われていた。

 実際、叔父様の助力が無ければ、当時のオウス軍の進行を退けるどころか、お父様の命さえ危ぶまれていた可能性があった。

 だからこそ、お父様はウォルター叔父様の事を強く信頼しているのだ。


「ところで弟子ってのは、あれかウィルの娘の事か?」

「あぁ、あの男の娘のくせに一丁前に魔導の才能を持っている俺の弟子だ。おい、ジニーそんなとこに隠れてないで出て来い!」


 私はしかたなく、机の下から身を出した。


「ウォルターだ。覚えてるかい? まぁ、以前はもっと小さかったからな」

「おひさしぶりです、ウォルター叔父様。ヴァージニア=マリノです」


 ヴァージニアの記憶の中にウォルターとの出会いがあった。

 ヴァージニアはウォルターに対し粗暴な軍人というイメージが強く、あまり良い印象をもっていなかったようだが。


「ほぉ、たしかまだ5歳だよな。立派なものだ。どうだい? こんなメガネではなく俺の弟子にならないか? 剣でいいなら教えるぞ」


 剣を教えてくれるなんて願ってもない申し出だ。


「叔父様、もう少し私が大きくなりましたら、是非とも剣も習いたいですわ」

「そうか! そのときは俺が絶対に教えてやるからな」


 ウォルター叔父様は私の頭を笑いながら撫でてくれる。


「お前、なに人の弟子を口説いてるんだ。その陰気くさい髭を引き抜くぞ?」

「あぁ? そのまえにお前のメガネを叩き切ってやる!」


 師匠と叔父様は煩く言い合う。


(こういうのを見るのは懐かしいな)


 杜 霧守として生きていた時、同僚達とこうした馬鹿な話をよくしてたのを思い出す。

 同時に少し泣きたくなるような、切ない気持ちに胸が締め付けられる。

 それを見た師匠は何か察したのだろうか、そんな私の肩を軽くたたいてくれた。

 そのやさしさが余計に胸を締め付けた。



「さて、ウォルター。俺達2人はしばらく、ここに厄介になろうと思っている。いいよな?」

「あぁ、別にかまわないが。いいのか? すぐにウィルにばれるぞ?」

「かまわないさ。別にウィルを避けてるつもりはねぇし。それにあいつ、いまだにジニーに甘いしな」


 お父様は今でも甘いらしい。

 ここのところ、師匠と一緒に執務室で説教を受けている記憶しかないのだが――


「いいだろう。まぁ、代わりといっちゃなんだが、外に風呂でも作ってくれる助かるんだがな」

「おぃおぃ、俺は工兵じゃねぇぞ」

「まぁ、土魔術の練習ぐらいにはなるだろう? ここの前の広場なら掘り下げてもらっても平気だから」


 屋外に風呂とか、まさに露天風呂ではないか!

 私の気分は一気に高揚した。


「師匠! やりましょう! 露天風呂ですよ露天風呂!」

「お前……。はぁ、しかたねぇ。わかったよウォルター。それで手を打とう」

「交渉成立だな。すぐにうち部隊の他の奴らもやって来る。その時、またお前達を紹介しよう」


 そういってウォルター叔父様は部屋を出て行った。


「しっかし、お前。風呂掘りがどれぐらい大変か理解してるのか?」

「さぁ、でも私と師匠ならたぶん大丈夫ですよ!」


 何の根拠もない私の言葉に、師匠は呆れた後、苦笑しながら


「夕飯準備までに終わらせるぞ、ジニー。まぁ、俺達なら余裕だ」


 といってくれた。



 そして私と師匠の屋外魔導修練が始まった。

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