4-1 演習に行こうと思います 注:画像有
位置関係を把握するため地図を作成しました。
見づらくてすいません。
西の大国であるオウス公国との国境に位置するベイルファースト領。
先王アレクシス=ファーランド乱心の折、機に乗じて進軍してきたオウス公国軍を、領軍のみで撃退した事は有名な話である。
当時、若くして領主となったウィリアム=マリノは、迫りくるオウス公国軍に対して地の維持に拘ることなく、流動的に陣地の構築破棄を繰り返すことで対処した。
また陣を捨てることになった場合は、戦闘地域が下がると逆進しやすいよう設計構築を行った。
さらに、ベイルファーストの森の中に多くの戦術的拠点を設け、進軍するオウス公国軍の後背より夜襲を仕掛けるなどし、行軍速度を遅くする等、徹底した防衛戦闘に勤めた。
ベイルファースト領内に深く進入した上、想定以上に時間を費やしたオウス公国軍は、補給線が伸びきってしまう事となる。
それを好機にベイルファースト領軍は森を利用し、オウス公国軍の補給線をゲリラ的戦術にて襲撃。
オウス公国軍の補給線に致命的なダメージを与えることに成功する。
これによりオウス公国軍の兵站は著しく消耗し、ついには撤退を余儀なくされる。
その後、迎撃に転じたベイルファースト領軍により、多くのオウス公国の兵の血がベイルファーストの森を赤く染める事となる。
地の維持に拘らず、戦線を流動的に変化させオウス公国軍を誘いこんだ手腕。
広大なベイルファーストの森を利用した、ゲリラ的な戦術手法の構築。
それらを若干20歳のウィリアム=マリノが成し遂げたのだ。
若き西方守護伯は、ギヴェン王国において名実ともに、王国の盾の名として相応しい武勲をあげる事に成功した。
この戦闘によって、失われたオウス公国軍の兵の数は1万人にのぼり、実に全軍の3割を失う大敗となった。
以降、ベイルファースト領は、オウス公国の人間にとっても因縁の地となっていた。
=ベイルファーストの大森林近郊 領軍演習場=
「ウィリアム様は今回はいらっしゃるのか?」
ベイルファースト領軍では2年に1度、ベイルファーストの森を用いた大規模な野戦演習が行われていた。
これは、12年前のオウス公国軍迎撃戦以来、領軍の錬度向上と森に構築したままである戦術的拠点の維持整備を目的に実施され続けてきたものである。
「今回はいらっしゃるんじゃないですかねぇ。昨年はキース様のご生誕、その前はヴァージニア様の病などで辞退されてましたが……」
ウィリアム=マリノ本人が来ると、演習の内容が一気にハードなものに変貌する。
正直なところ、領軍の一兵士である自分達にとっては、是非とも辞退してもらいたい所ではある。
「ということは、今年は寝ずの4日間か……」
「何ですか? その寝ずの4日間って」
「あぁ、お前が入隊してからの演習執行役はウォルター様だったか」
「はい」
前回、および前々回の野戦演習にはウィリアム=マリノが参加出来なかった為、領軍副指令であるウォルター=マリノの指揮の下、野戦演習が執り行われていた。
ウォルターは常識的な男であり、演習1日目は拠点の整備補修に費やされ、2日目以降、3日間にわたり朝9時から夕方15時までの演習を行うというものであった。
だがウィリアムが指揮を行う場合、野戦演習は開始から終了まで100時間ぶっ通しで執り行うものとなり、多くの領軍兵士達に消えないトラウマを叩き込んでいた。
「連続100時間……」
「まぁ、まだウィリアム様がいらっしゃると決まった訳じぁないからな」
領軍兵にとってウィリアムは良き上官ではあったが、この件に関してだけは領軍全員一致でウォルターを執行役に推す声が上がっていた。
どちらにせよ、野戦演習は近いうちに執り行われる。
兵士達は重い気持ちを押し隠し、作業に没頭することにした。
□□□
いつものように修練の為、学習部屋に向かう途中、マーサ先生を引き連れたお母様に引き止められた。
「ジニー。貴方に聞きたい事があるのだけど」
あ、これはやばい奴だ。私は身の危険を感じた。
「ご、ごめんなさいお母様。今から師匠に魔導学を学びに行きますので……」
できるだけ穏便かつ迅速にここから離れるべきだろう。
「大丈夫よ。フィルツには私から言っておきますから」
お母様は満面の笑みを浮かべそうおっしゃられる。
師匠に何を言うのだろう……。
どちらにせよ、この2人がそろって私に言う事なんて、碌なものじゃないはずだ。
「でも、師匠に休む場合は事前に報告をしておかないと……」
「今は私の話をお聞きなさい」
「はい」
こう見えてミーシャ=マリノは、ヴァージニアの実の母だ。
ゲームのヴァージニアと同様に気が強い。
「貴方、今着ているもの以外に、いつもは何を着ているのかしら?」
お母様が私の日々の着衣をご存知ないのはある意味仕方が無い事だ。
マリノ家は基本的に食事も各自別々で取りたい時に取る為、こうして会おうと思わなければ、一切会うことなく過ごせてしまう。
以前はそのせいで、お母様と私との間に蟠りもあったが、今ではそういったものは無くなっている……はずだった。
「それは……普通の服です」
「マーサ?」
「はっ。お嬢様は、今御召になられている形状のローブと同様のタイプを7着お持ちです。そちらを毎日交代で着用していらっしゃいます」
「ジニー、どういう事かしら?」
お母様は笑顔で私にそうおっしゃられる。
だが、その目が一切笑ってはいない。
「えっと、このローブは魔素吸収効率に優れ、かつ感応阻害をし難い素材で出来ていて……」
「マーサ?」
「お嬢様は、ドレスを頑なに着用されようとなさいません。『ドレスの着用は魔術の門弟として恥ずべき行為』とさえおっしゃられております」
ちょっと、マーサ先生! そこまで言ってませんよ?
『ドレスで魔導とかダサいし、やっぱり魔術師はローブ一択だよね』程度にしか言ってませんし、大体それを言ったのは部屋付メイドを相手にした時ぐらいです。
どうして知っているんですか!
「やはり、抜本的な改革が必要なようね」
「ミーシャ様のおっしゃられる通りかと」
お母様とマーサ先生は互いに頷き合い、思慮をめぐらせている。
これはまずい。非常に嫌な予感がする。
「で、では失礼します!」
「まちなさい、ジニー!」
私は呼び止めるお母様を無視して、大急ぎで学習部屋へと向かった。
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「まったく、面倒な事を……」
フィルツはマリノ家の学習部屋で深いため息をついた。
数刻前、ウィリアムから渡された手紙は兄ヴァイスからのものであり、そこにはフィルツに対し2点の要望が書かれていた。
1つは近いうちにベイルファーストを訪れるので、その時にヴァージニア=マリノを紹介する事
もう1つは甥のヴァインも一緒に来るので、ヴァージニア=マリノと共に滞在中は魔導の指導を行う事
その2点であった。
どちらもジニーの魔導の修練の邪魔になるだろうし、王都の件以来、ジニーを嗅ぎまわる気配を感じていた為、出来るだけ人目に付く事は避けたいと考えていた。
「王国魔術師団長と青の封剣守護者が来たら、人目に付くなというほうが難しいだろ……」
まったく面倒な話だ。いっそジニーを連れて暫くの間、逃げ出すか?
フィルツがそう思い悩んでいる時、ちょうど学習部屋の扉が開く。
「し、師匠、逃げましょう! いや違った。屋外魔導演習に行きましょう!」
ジニーは息を切らせながら、そう言い放つ。
なるほど、そろそろ屋外演習は行うべきだと思っていた!
屋外演習の為なら、無理やりではあるが逃げ出す口実になるだろう。
それでもまだ、自分達に会いたいなら、探して会いに来ればいいのだ。
そこまで面倒は見切れない。
「よし、ジニー。丁度この時期は、森の演習が行われている。こいつに紛れ込むぞ」
「森の演習ですか?」
「そうだ、近々2年に1度の領軍野外演習が行われる。木を隠すには森の中とも言うしな!」
私達はお父様の執務室に書置きを残し出発する事にした。
そのぐらいの配慮は、私達にだって出来るのだ。
その後、私達は荷物を纏め、その日のうちにマリノ家を後にした。
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「あの、馬鹿者どもが!」
私達が出発して2時間後、マリノ家執務室にウィリアム=マリノの怒声が響き渡った。
『 屋外演習に行ってきます。
フィルツ&ジニー 』