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3-7 お守りしようと思います

 

 ゲームにおける光魔術【光線(レイ)】の最短リキャストタイムは2.5秒だった。それに対し、一般的な5歳女児の10m到着時間は約3秒と言われている。つまり最大で2発の【光線(レイ)】を回避できれば、私は殿下の下にたどり着くことができるのだ。


 問題はを蒸気の壁が【光線(レイ)】をどれほど散乱させられるかだろう。特に2発目の【光線(レイ)】を回避するタイミングは至近距離になることが予想される。至近距離では散乱の効果が低減する可能性が高い。


 つまり、2発目をいかに回避するか、それが私にとって勝敗の分かれ道となるはずであった。



 □□□


「うおおおおお!」


 私は声を上げて殿下へと走り出す。それと同時に一発目の【光線(レイ)】が放たれた。目の前が一面、白色の光に包まれる。だが、光が私の体を焼くことはなかった。


(うまく散乱した! いける!)


 想定以上に【光線(レイ)】は、光の特質を正確に認識した魔術のようだ。光は直進性は高いが、非常に散乱しやすい特性を持つ。この蒸気の壁が【光線(レイ)】に対して、十分に強固な盾となる事がわかった。


 私は足を踏ん張り加速する。

 2発目までのリキャストタイムは2.5秒。


(後もう少し……)


 蒸気が薄れ殿下の姿が目の前に現れる。


(あと2m!)


 手を伸ばすが、殿下まで1歩たりない! だがその瞬間、非情にも白色の凶刃が私の頭部目掛け放たれた。


(くっ)


 体を捻り、左腕で頭部を守る。数秒のうちに私のドレスの袖は変色し燻った匂いが漂い始める。


「ぐわああああああああああ!」


 まるで焼けた鉄を当てられたかのような、耐えれぬ程の激痛が左腕に走る。そのまま殿下の足元に転がり込み、【光線(レイ)】の射線から身をはずした。


 恐る恐る、左手を確認するとドレスの袖は黒く焼け焦げ、私の皮膚に癒着している。距離が近づく事で、蒸気の壁が薄れていたのだろう。だが無ければ私の左腕は、あの数瞬のうちに炭化していたかもしれない。


(くそぅ……)


 私は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、体を起こす。左腕はしばらく、使い物にならないかもしれない。


 だがそれでも――


()()()()()!」


 私は殿下へと無事な右手を伸ばす。

 あとはこの白銀光のオドを、魔素に変転するだけだ!


 私は体中のオドを、ありったけ掻き集める。殿下の身体を覆う光がすべて、純粋な光エネルギーで構成されていると認識を強める。同時に活性化させた体内の全てのオドを、変転の力に変質させる。


「わが身に宿るオドよ! その身を(くるめ)き変ぜよ! 廻せ! 廻せ! 蝕み侵せ!」


 酷い虚脱感が全身を襲う。

 体内のオドが変転の力として、白銀光のオドへの侵食を開始する。


(魔素への変転が始まった! これなら……)


 あとは体力勝負だ。

 意識を集中し、襲いくる虚脱感に贖い続ける。


 あまりの気持ち悪さに、嘔吐きそうになるの必死で堪える。だが、負けるわけにはいかない。虚脱が広がり、手足が痺れ始めるが、それでも私は必死で殿下を掴み続けた。


 変転は次第に全体に広がり、白銀光には見てわかる程の翳りが出てきていた。


(もう少しだ……)


 あともう少しで、この苦痛から解放される。

 私は残る力を振り絞り、変転を進めた。



 だが、それでもまだ足りていなかった。


「嘘……でしょ?」


 頭を上げると、私に向けて3発目の【光線(レイ)】を放とうとする殿下の姿があった。


 もう左腕は動かない。

 右手を殿下からはずせば、その瞬間に変転は解除されるだろう。


(ここまで来て……)


 あの死を呼ぶ白刃を、回避する手段は私には無かった。右腕を犠牲にすれば、一時的には助かるかもしれない。だがそうすれば、変転は解除され【光輝(シャイン)】の光が城を焼く事になるだろうが。


 両の目から涙が溢れた。

 死への恐怖のせいか、それとも勝負に負けた悔しさなのかは分からない。


「ちくしょう……」


 絶望に囚われ、今まで以上の虚脱感が私を支配する。私は目を閉じ、すべてを諦めようとした。



 その瞬間(とき)、私の頭に声が響いた。


 =アキラ……ナ……デ……=


 驚き目を開くと目の前にオレンジ色の燃えるバラの花が一輪が浮かんでいた。


 =アキラメナイデ……=


 さっきよりも声は鮮明に聞こえる。


「これは……精霊?」


 燃え盛るバラから感じるのは強い炎の力。


 =……ミン……ヲ……ア……ッテ=


 バラは輪郭をより鮮明に強め、まるで薫りだすかのように美しく咲き誇った。


 =……ミンナヲ……アインヲ……マモッテ=


(……!)


 殿下の暴走により周りの魔素が薄れる中、私は炎の魔素だけは感じ続ける事ができていた。おかげで【伝導(コンダクション)】を発動させ、蒸気の壁を作る事で身を守ることに成功した。だが何故、炎の魔素だけは他の魔素とは違い、感じ続ける事が出来たのかは、ずっと分からなかった。


 だけどその理由を今、私は知る事が出来た。

 その原因は、彼女の力だったのだ。


(あぁ、貴女はずっと、そこに()られたのか!)


 封剣の守護は魔素も精霊もすべて喰らい尽くす。

 にもかかわらず、彼女は殿下の傍で、ずっと見守り続けていて下さったのだ。


「貴女の愛したすべてをお守り致しましょう! だから、私にお力をお貸し下さい!」


 炎のバラは私の声に答えるかのように、一際大きく燃え盛る

 そして、炎を吹き出し私を包み込んだ


(身体が軽い。オドが溢れ出しそうだ!)


 変転の力を一気に強める!

 殿下を包み込む破滅の光も、目の前に迫り来る死の白刃も、すべてを変転する(うちやぶる)為に!


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 光と炎が宙を舞い、そして互いに絡み合いゆっくり一つの光に変質する

 光が明滅し、ホール内に轟音が響き渡った


 =ア……ガ……トウ=



 そして、静寂が訪れた。



 □□□


「分かっているな、フィルツ。ホールに入ったら俺とお前で殿下の力を変転する!」

「分かっている! それよりも急ごう兄貴!」


 いつもより真剣な表情の弟に違和感を覚えるが、確かに今は一刻を争う事態だ。すぐに殿下をお止しなければ、取り返しのつかぬ事になる。


 私は焦る気持ちを抑えつつ、ホールに続く道を走った。その時、ホールから轟音が響きわたった。


「まさか【光輝(シャイン)】が発動したのか?!」


 広域殲滅魔術【光輝(シャイン)】が王城内で発動すれば、多くの人命が失われるだろう。それどころか、このままでは我々も巻き込まれかねない! 私は体内のオドを活性化させ、防御に徹しようとした。


「いや、違う! これは……」


 その瞬間、弟がホールへと走りだす。

 呆気にとられた私は、弟の後を追い掛けるしかなかった。



 □□□


 ホールの中は白い蒸気に包まれており、その中にアイン殿下と一人の少女が床に倒れて込んでいた。


「殿下! アイン殿下!」


 私は急ぎアイン殿下の元へと向かう。殿下にもしもの事があれば、王国の未来に影が差す事にもなりかねない。


「ふぅ、息はあるか……」


 幸い殿下は無事のご様子。

 私はほっとしてあたりを見回すと、弟が少女を優しく抱き起こしていた。


「あははは、すげぇ! 兄貴、こいつやりやがった!」

「何を言っているんだ?」

「こいつ、変転を使いやがった! 魔導を初めてたった2年のこいつが!」


 私は弟が何を言っているか理解できない。転換魔術である変転は魔導の奥義だ。王国魔術師で使える人間は私と弟ぐらいだろう。それをこんな年端もいかぬ少女が、使える訳が無いではないか。


「ジニー! やったな! だが左腕はぼろぼろか。まぁよくがんばった。」


 弟は意識のない少女にありったけの賛辞を送っている。あの弟が、これ程まで変わるものなのか?



 私はこの不思議な少女に、少し興味を持ち始めた。

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