Pural Bless ~7封剣と光の巫女姫 アイン=ファーランド ルート
ギヴェン王国の第二王子にして、光の封剣の守護を受けし者
神に選ばれし7人の封剣守護者の1人
その中で、最も強い力を持つ光の守護を受ける人間
アイン=ファーランド、それが僕だ。
王国にとって、僕は大事な存在だと父上はおっしゃっられた。
だが、兄上やその周りの者達は、まるで僕を腫れ物のように扱う。
ある日、僕は廊下を歩いていると、目の前を歩く文官の方のポケットからハンカチがこぼれ落ちるのを見つけた。拾ったハンカチを手に、僕はその女性に声をかける。
「あの、これ……落としましたよ?」
「あら、ありが……ぃ! す、すみません! アイン殿下! どうか、どうかお許し下さい!」
まるで化け物でも見たかのように、彼女は僕を恐れた。
どうしてそんな顔で僕を見るの?
彼女が僕を恐れた理由をその時はまだ知らなかった。
□□□
「母上、嫌だ。僕を置いていかないで……」
「……アイン、ごめん……ね」
僕が産まれてからずっと、母上の体調は優れなかった。
そして僕が3歳になった頃、母上の様態が急速に悪化した。
王宮の医師達による必死の介護もむなしく、母上は日に日に弱っていった。
今も忘れない、あの雨の日。
僕が母上と話した最後の日だった。
「エリーゼ……。お前をこのような目に合わせてしまって本当にすまない……」
父上は母上の手を握り締め涙を堪え、肩を震わせていた。
「父上! 母上は、母上は助かるよね?」
「……」
「どうして、何も答えてくれないの? 父上!」
お願いします神さま、母上を助けて下さい。
もし願いが叶うなら、僕はもう好き嫌いはしません。
毎日、嫌な勉強もがんばります。
だから、どうか母上を……。
「うるさい! お前が母上の事をしゃべるな! 化け物のくせに!」
え?
兄上の言葉の意味がよく分からなかった。
バケモノ? 僕が?
「……兄上?」
「お前が、お前さえ産まれてこなければ、母上だってこんな目に……! どうして産まれてきたんだよ!」
言っている意味がわからない。
でも、どうしてだろう。
震えが止まらない。
「やめよ、フォルカス!」
「しかし、父上! こいつさえ……」
「やめろといっているのが分からんか、この馬鹿者が!」
パンッと乾いた音が室内に響く。
「落ち着けフォルカス」
「うぅ……ちくしょう!」
父上に頬を叩かれ兄上は寝室を飛び出していく。
父上が僕の肩を叩き、気にするなと慰めてくれた。
でも、僕の震えは止まらなかった。
その日、母上は帰らぬ人となった。
□□□
封剣の守護が魔素や精霊の力を奪う事を僕が知ったのは、それからしばらくたった後の事だった。
人が生きるには、魔素の存在が必要不可欠である。
だが、僕の周りにいるとその魔素は消失してしまう。
普通に生活するなら僕の周りの魔素が失われても、それが原因で誰かが傷ついたりする事は無い。
でも、封剣守護者を母体に宿す女性は別だった。
封剣守護者を身に宿す女性は、封剣が司る属性の以外の魔素を得ることが出来なくなってしまう。
強すぎる封剣の守護が、母体の魂の形まで歪めてしまうからだ。
人は魔素を取り込む事で生きる力を得ることが出来る。
魔素を得ることが出来なければ、肉体は徐々に力を失い、最後にその命を終えてしまう。
火、水、風、土、金の5属性を司る封剣ならば、魔素がいくらでも存在するので問題は無い。
でも、光や闇は別だ。光と闇の魔素はこの世界では希少なのだ。
光の封剣の呪い。
この国が封剣の守護を得た日から、長きに渡り隠さてきたこの呪いは、最も強力な守護者を得る代わりに、最愛の人の命を奪う生贄の呪いだった。
母上の死の原因
それは僕自身の存在だった。
□□□
光の封剣の守護者に近づけば、母上のように呪いを受け死に至る。
そんな噂が真しやかに宮中を流れた。
後継者として兄上を推す者達が、母上の死を利用し僕を陥れようと画策して行ったものだ。
ツマラナイ
王位なんてくれてやる。お前らの言うとおり僕は化け物だ。
母上の命を食いつくし醜く生きる化け物だ。
そんな僕が人の上に立てるはずがない。
僕の事を知る人間は、僕を化け物と言い畏れ避けようとする。
僕を知らない人間は、僕の容姿や身分だけを見て近寄ってくる。
ツマラナイ
いいよ、なら僕は君たちが求める道化になってやろう。
僕の力を欲するなら、くれてやろう。
僕の容姿が好みなら、甘い言葉をかけてやろう。
それが化け物の僕に出来る、人の真似事だから。
お前さえ産まれてこなければ
母上も僕が産まれてこなければ幸せだったのかもしれない。
母上の人生も幸せもすべて奪った僕が誰かを幸せになんて出来るわけがない。
「アイン殿下! 如何ですか? この髪型。エリーゼ様を見習ってみましたの!」
僕の婚約者とかいう女が、母上を汚す。
ほんの少し優しい言葉をかけてやったら、すぐに僕に靡いたつまらない女。
許せない。お前もお前の大事な者も全部汚してやる。
「素敵だね、ヴァージニア嬢。今日の君はいつにも増して輝いて見えるよ」
「まぁ、殿下。本当ですか!」
「あぁ本当さ。ヴァージニア嬢は誰よりも素敵な僕の婚約者だよ」
ツマラナイ
あの日から何もかもが色褪せていく。
□□□
「ありがとう! いやぁ、巣から落ちた子を木に登って戻してあげたまではよかったんだけど、そしたら自分が降りれなくなって」
学院の中庭で、木から降りれず泣き叫ぶ変な女を見つけ、しかたなく助けることにした。
別に助ける義理も無かったが、そのまま去ろうとした俺に大声で『人でなしのど畜生』呼ばわりしてきたので不本意ながら助けた。
「そう。まぁ君に怪我がなくてよかったよ。その制服は剣術課の生徒かな」
「はい、剣術課2年、シトリー=フラウローズって言います」
フラウローズ男爵家の令嬢か。
剣術課に女性ながら有望な生徒がいる話はドライから聞いている。こいつのことか?
「僕は、執務課の2年アイン=ファーランド、はじめましてシトリー嬢」
「ファーランドってまさか第二王子様?!」
うそ臭い演技だ。どうせ、下級貴族が権力ほしさに俺に近づいてきたのだろう。
演技をするならもっと上手くやってもらいたいものだ。
「学院では身分は関係ないよ。よければアインって呼んでくれてもかまわないさ」
「あ、なら私もシトリーって呼び捨てても大丈夫です」
未婚の女性の名を呼び捨てなんて、貴族として出来るわけがないだろう。
それともあれか、もうすでに妾か何かのつもりか?
「流石に女性の名前を呼び捨てになんて出来ないよ。そうだね、シトリーさんって呼ばせてもらっていいかな?」
「うん、改めてよろしくね。アイン君」
本当にずうずうしい女だ。
だが、たまにはこんな馬鹿な女の相手も退屈紛れにはいいかもしれない。
□□□
「アイン君ってさ。笑う時、なんだか少し変だよね」
先程まで隣りで口一杯にサンドイッチを頬張っていたシトリーが俺にそう言ってきた。
「変って?」
「うーん、なんていうかすごく空っぽみたいな?」
「……」
「ごめん、変な事言って」
シトリーの言うことは間違いじゃない。
母上を失った日から俺が他人に対して心から笑いかけるなんて事は無かった。
シトリーと一緒にいる今も、中身のない空っぽの表情のままだ。
「でもねアイン君。いつか私は本当の君とこうして一緒にサンドイッチを頬張りたいって思ってるんだ。それは覚えといてよね」
「あぁわかった。覚えておくよ、シトリーさん」
「もう、シトリーでいいって言ってるのに」
あれからシトリーとは、よく会うようになっていた。
シトリーには他の貴族のような、俺の容姿や身分に対する拘りや執着は見られなかった。
そんな彼女とのこうした他愛も無い時間は、王宮内の継承争いで疲れていた俺にとって、そんなには悪く無いと思うようになっていた。
だが、本当の俺を彼女に見せることはないだろう。
本当の俺はただの親殺しの化け物なんだから。
□□□
「どうして! どうしてアイン君がこんな目に会わないと駄目なの!」
兄上が俺の排斥を目的に、隣国の間者を使って事故死に見せかけようとするとは、流石に思いもしなかった。
課外研究で訪れた古いダンジョン。
そこで、俺のパーティは隣国の間者の罠にはまり、ダンジョンの崩落に巻き込まれてしまった。
崩落の影響で床が崩れ落ち、落ちていくシトリーの腕をなんとか掴みとった。
だが、そのままバランスを崩した俺は彼女を守るように抱え込み、一緒に下階へと落ちていった。
俺と一緒にいることで、彼女まで危険な目に会わせてしまった。
俺はそれを謝罪する為、シトリーにすべてを話した。
兄上が俺を憎んでいること。
俺が光の封剣の守護者であること。
そして母上を殺した化け物であること。
彼女は、涙を流し俺に同情した。
「シトリー、すまない。君を危険な目に合わせてしまって」
「そんな事どうでもいい! どんなに迷惑かけてくれてもいい! でも貴方が貴方自身の事を化け物と言うのだけは絶対に許さない!」
涙ながらに訴える彼女の目はすごく力強く、そして暖かいものだった。
「君が、君だけが俺を化け物と呼ばないでいてくれるなら、俺はもうそれだけでいい」
「そんな事を言うわけないじゃない! 貴方が化け物なら、私も一緒に化け物になってあげる! 貴方をそんな風に思わせるもの全部、二人でぶち壊してやる。そしてまた、あの中庭で一緒にサンドイッチを食べてやるんだから!」
はにかみながら笑う彼女を見て、あの日からずっと冷え切っていた心に暖かな何かを感じ、自然に笑みがこぼれ落ちた。
「アイン君今、笑った?」
「え?」
自分の顔に手で触る。不思議な気分だ。
今まで感じていた重荷のようなものが、すっと軽くなった感じがした。
「今のは空っぽじゃない笑顔だったよ。素敵な笑顔だった!」
「そうか俺。今、心から笑ったのか」
胸が暖かい。
誰かと一緒に笑い会う事の心地良さを、俺はずっと忘れていた。
あぁ、こんなにも心が安らぐものだったのか。
今も笑顔を向けてくれてるシトリーを、愛おしく思う。
彼女となら、俺はこれからも一緒に笑い合っていけるかもしれない。
母上を不幸にした俺に、そんな資格があるかは分からない。
でも、もし許されるなら俺は自らの罪を彼女と一緒に歩きながら償っていきたい。
彼女を抱く腕に力を入れ、俺はそう願い続けた。