3-3 お友達を作ってみようと思います
殿下のお茶会に出席するに当たり、私には2つ問題があった。
1つが、マナーについてだ。
私はまだそういった会に出席した事が無く、いかなるマナーが存在するかまったく分からなかった。
本来、王立学院の卒業式に執り行われる記念式典が15歳になる学生達にとっての社交界デヴューとなる。
そのためのマナー教育も学院のカリキュラムとして取り入れられており、最低限のマナーは学院にて学ぶことが出来る。
もちろん殆どの貴族の家の子供達は、各々の家でマナー教育を受けた後に学院に入学し、学院ではさらに紳士淑女として品性を磨く事が通例ではある。
だが、5歳の時点からしっかりとしたマナー教育をする家はそうそう多くないはずだ。
・・・まぁこれは私の言い訳ではあるのだが。
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「お父様……明日のお茶会のマナーがわかりません」
お父様は頭を抱えて机につっぷしてしまった。
別邸のお父様の部屋。お父様、私、師匠、シュナイダーそしてマーサ先生が集まっていた。
「マーサ、執務官である君に、家庭教師の真似事をさせている事には心苦しくは思っていた。だが、一体全体、ジニーへの教育はどうなっているんだ?」
「お嬢様への教育は、日に2時間、語学と算術を基本とし信仰学とベイルファースト近郊の風土学をお教えしております」
あぁ、お父様だけではなく、マーサ先生の眉間にも皺が入っている……。
「マナーの教育は?」
「時間がございません」
「は?」
「お嬢様にマナーや音楽などの貴族としての教養をお教えする時間はございません。お嬢様の一日の大半はフィルツ様との魔導学に費やされています」
「……」
どうも2人の矛先がこちらを向いているようだ。私と師匠は二人して俯き押し黙っている。
「フィル、ジニー……今まで何をしてたんだ。あれか? お前ら、魔導に生涯を捧げた殉教者か何かか? いったい1日のうち、何時間魔導をやっていたんだ」
「4時間くらいだったかな? なぁジニー!」
「そ、そうですわ! そのぐらい、いえもう少し短かった気がしますわ!」
やばい、お父様の目が怖い。私がいるのに師匠を呼び方がフィルだ。あと今さらっと「お前ら」って言った。
「マーサ?」
「8時間、多い日は10時間以上です」
「……」「……」
マーサ先生は私と師匠……主に師匠をにらみつけている。
「お嬢様の魔導学への情熱は大変すらばしい事とは思います。ですが少々、いえかなり度を超えているのではないでしょうか。同様の事は以前、奥様も仰られておりました」
「ミーシャもか」
『私がマナーのお勉強を始めたのは5歳6歳ぐらいだったと思うから、ジニーもそろそろ学ばないとだめね。刺繍や音楽の時間もとらないと……魔導学ばかりじゃなくてね』
毎日のように魔導学に没頭する師匠と私を見て、お母様が呆れたようにそう仰られたのは記憶に新しい。1日のうち8時間以上を魔導学に費やしている事にマーサ先生だけではなく、お母様にもあまりいい印象を持たれてないようだ。
「はぁ。ジニーの魔導学に関してはまた考えるとして、今は明日の件に関してだ」
「おぃ、まてウィル! まさか魔導学の時間を減らすとか言わねぇよな?」
「あぁ?」
「いや、なんでもない」
師匠、どうして押し負けるんですか! 私達の魔導への思いはその程度の物なんですか!?
「マーサ、今から明日のマナーをジニーに教えることは可能か?」
「はい、可能と考えます。お話通りあれば、明日催されるお茶会はお嬢様とお年頃の近しい方だけを呼んだ簡易な物である可能性が高いと考えます。それでしたら今からお教えして間に合うかと」
「よし、では今からジニーに教えてやってくれ。ジニー、マーサから必死で学べ。いいな!」
お父様が鬼の形相で私にそう命ずる。ここでしくじれば魔導学の時間を減らされかねない。
「もちろんです、お父様!」
「よし、他に問題はあるか?」
そう、お茶会に出席するに当たり、私にはもう1つの問題があった。
「発言をしても宜しいでしょうか?」
「許す。シュナイダー、何か問題か?」
「はい。明日の件に関して、お嬢様にはマナーと別にもう1つ問題がございます」
「何だ?」
「ドレスのご用意が御座いません」
「は?」
「お嬢様は元々陛下との面通し以外、ご予定が御座いませんでしたので、特別なドレスをお作りしてはおりません」
そう、もう1つの問題。それは着ていく服がないのだ。
私は元々、ドレスというものが好きになれない。何が楽しくてあんなひらひらしただけの服が着たいのか。まったく理解ができない。
だから、今日のような特別な日のためのもの意外は、特に作らせることは無かった。
普段着にいたっては、師匠を真似た黒地に金の刺繍がされたローブを着ている。
オーダーメイドだ!
メイド達には着せ替えが楽になったと概ね好評だ。……お母様からは苦言を頂いてはいるのだが。
「今からでは……間に合わないか」
「はい。既製品にアレンジを施すのが精一杯かと」
「よし、シュナイダー。急ぎ準備にあたれ」
「はっ、直ちに」
その後、解散となり、私はマーサ先生に引きづられ夜遅くまでお茶会のマナーを徹底的に頭にたたきこまれる羽目になった。
そして私の普段着に関しても、この件を皮切りにお母様主体でいろいろ手が回される事になるのだが、それはまた別のお話。
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「よくきたね、ヴァージニア嬢」
ホールに案内された私を、アイン殿下がお声をかけて下さった。
「本日はお招き下さり、誠に感謝いたしております。アイン殿下」
「いやこちらこそ。無理を言ってしまって申し訳ない。もう少し君と話してみたくなってついね」
アイン殿下はそういって私に微笑みかける。その笑顔に周りの少女達はうっとりしているようだ。
そうこうしているうちに、艶やかな赤髪の少女が可憐な黒髪の少女を伴ってやってきた。
「殿下、ご紹介下さいませ」
赤髪の少女は、殿下に気遅れすることなくそう言った。
「あぁ、こちらはヴァージニア=マリノ嬢。マリノ侯爵家のご息女だ」
「お初にお目にかかります。ヴァージニア=マリノです。以後お見知りおき下さいませ」
殿下の紹介を受け、彼女達に自己紹介をする。
「ヴァージニア嬢、こちらはナターシャ=ミュラー嬢、ミュラー伯爵家のご息女。そして、こちらはリーゼロッテ=ヴェーチェル嬢。ヴェーチェル伯爵家のご息女だ」
「始めまして、ヴァージニア様。ナターシャ=ミュラーと申します」
「は、はじめまして。リーゼロッテ=ヴェーチェルです。よろしくお願いします」
ナターシャ=ミュラー、リーゼロッテ=ヴェーチェル。どちらもゲーム【ピュレブレア】のライバルキャラだ。
ナターシャは確か私より1つ上で、リーゼロッテは1つ下の設定だったか。
つまり今は、ナターシャは6歳で、リーゼロッテは4歳ということになる。
二人とも、目鼻立ちが美しく、将来はかなりの美女になる資質を持っている。
「私は、少し他を回らなければならない。ナターシャ嬢、リーゼロッテ嬢。申し訳ないがヴァージニア嬢をお任せしてもいいかな?」
アイン殿下と一緒にいると周りの目が気になるので、是非ともそうして頂きたい。
「ええ、かまいませんわ」
「はい、わかりました」
二人は快く了承してくれた。
「ヴァージニア様、こちらに起こし下さい。美味しいお菓子が御座いますわ」
「うん、美味しいものがあります」
別段、私はロリコンではないが、かわいい少女達ににこやかに手を引かれるのは吝かではない。
私が少女達に囲まれニヤついているのを誰も攻めることなんて出来ないはずだ。
「ヴァージニア様はお綺麗ですね。気品にあふれているというか」
そんなこと、これまで言われた事は一切ない。
むしろ師匠からは、
「お前、魔導の才能はあっても淑女としての才能は、母親の胎内に置き忘れてきたんじゃないのか?」
とさえ言われるくらいだ。
つまりこれは、社交辞令というやつだろう。
「ナターシャ様も、リーゼロッテ様もお二人ともお綺麗であらせますわ」
「いえ、私のこの赤い髪は下品に思えますし、ヴァージニア様の御髪のように華やかでしたらよかったですのに」
「私も、黒い髪がなんだか暗くて。あまり好きになれないです」
二人とも十分かわいいのにもったいない。
「私には、ナターシャ様の艶やかでルビーのようにお綺麗な御髪も、リーゼロッテ様の深い夜空のようにお綺麗でしっとりとつややかな御髪もどちらも大変素敵に思えますわ。」
「まぁ、艶やかなルビーだなんて言われたこと初めてですわ。」
「夜空のように綺麗だって……」
二人とも嬉しそうに自分の髪をなでた。
やはり可憐な少女には笑顔が似合う。
「わたくし、もっとヴァージニア様と仲を深めたいですわ!」
「私も、ヴァージニア様と仲良くしたいです」
ほんと可愛いことを言ってくれる。こんな素敵な子達を袖にする攻略対象者達はやはり頭のどこかがおかしいのだ。
「ええ、わたくしもお二人とはもっと仲を深めたく思います」
笑顔で二人にそう話しかける私は、心の底から2人と仲良くしたいと思っていた。
うまくいけば、ヴァージニアとしての初めての友人が出来るかもしれない。
「ええ、もちろんですわ!そういえば、庭園のバラはもう見られましたか? もしまだのようでしたら、ご一緒いたしませんか?」
白銀城のバラ園。ゲームのスチルでも幾枚か用いられていた。折角だし一度見てみるのも悪くはないか。何より可愛い少女達のお誘いだ。断る理由もないだろう。
「はい、是非ご一緒させてください!」
私は少女達に手を引かれ、庭園への足を運ぶ。
その途中、廊下で私は美しい人物画を発見した。
「これは?」
「あぁ、そちらはエリーゼ様ですわ」
ナターシャは私の疑問に答えてくれた。
「エリーゼ=ファーランド様。アイン殿下のお母君にあらせますわ」
美しい縦髪ロールの金髪美女が、赤子を優しく抱き微笑む姿は、美しさと共に母の優しさに溢れていた。
「お美しい方ですわね」
ただ美しいだけじゃなく、子を思うその表情はまるで聖母のように神々しく感じる。
「ええ。本当にお美しく、そして優しい方でしたわ。ですのでお亡くなりになられた事は、非常にっ残念に思われます」
「え?」
「お知りじゃなられなかったのですね。エリーゼ様はアイン殿下がまだ3歳の頃に、お亡くなりになっていますわ」
頭にノイズが走る。
そうだ思い出した。
アイン=ファーランド。ゲームの彼はトラウマを抱えていた。
母殺しのトラウマを……。