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8-15 当日

 ■■■

 ルーサー視点

 ■■■


 王立学院の講堂には、学院の生徒だけではなく多くの貴族達も詰め掛けていた。そして講堂の外には街中からも噂を聞きつけた野次馬達で溢れかえる状態だった。


 講堂の警備には近衛騎士団だけではなく、城に勤める衛士達や予備兵としてフェルセンに駐留した王立騎士団員達の姿も見られる。


 人ごみに紛れ、依然、姿を晦ませたままのフォルカス=ファーランドが現れるかもしれない。その可能性を否定できないルーサー=クロイスは警戒を怠るわけには行かなかった。


(現れるはずはないだろう)


 自分がフォルカスの立場であれば、間違いなくこのような場所に姿を見せたりはしない。だが、フォルカスが彼の婚約者であるヴァージニアに対し少なからず好意的であった事は誰の目から見ても明らかであっった。もしかすれば。その思いはルーサーの中にも僅かながらに存在していた。


「ルーサー様、王権代理殿下の準備が整った模様です」

「うむ、そうか。殿下をお待たせするわけにもいくまい。少し早いが式を始めよう。あの娘を壇上にあげよ」

「はっ」


 ルーサーの言葉を受け部下は素早く姿を消す。

 しばらくした後、白い罪人の衣に身を包んだ、金髪の少女が縄で引かれ壇上へと上げられる。


 ヴァージニア=マリノ


 わずか14にして複数の二つ名を持つ、稀代の魔術師にして優れた剣士。

 そのまま与えられた道を歩んでいれば、このギヴェンの国母にさえなれた存在。そんな彼女が今、罪人の衣に身を包み、荒縄で縛られた上、裸足のまま壇上へと投げ出される。


 縄で引かれ壇上へと連れられる彼女の姿に、彼女を知る者達は声を失い、あまりの姿に目を覆う者もちらほら見られる。

 中央で跪く彼女の左右には槍を構える衛士の姿があった。

 彼女を引き連れる衛士には、衛士長コール=ファルニア及び衛士副長マーク=ボゼックが抜擢されていた。彼らが選出された理由は誓約で縛られているとはいえ、あのヴァージニア=マリノを抑える任に就けるほどの腕を持つ衛士は彼らぐらいしか居ないと判断されたからだ。


 ルーサーとしては衛士ではなく近衛騎士をその任に付けたいところであったが、王の兵である近衛にそのような下賎な役割をさせる訳には行かなかった。


「罪人よ、顔を上げよ」

「……」


 ルーサーの言葉にヴァージニアはゆっくりと顔をあげる。その表情は数日前に見た時よりもずっとやつれており、彼女の美しい金の髪は輝きを失っているように見えた。


「これより、貴様が行った罪を神前にて告発する。クィント大司祭、お願いします」

「了解いたしました。私セイン=クィントは大神ピュラブレアの使途として告発をお受けいたします」


 ルーサーの言葉にセイン=クィントは頷き祈りをあげる。この時、彼をよく知る人物が近くにいたのであれば、ヴァージニアを見る彼の目が一瞬悲しみに歪んだ事に気がついたかもしれない。


 朗々と読み上げられていくヴァージニアの罪に、講堂に押し詰めた人々からは驚きの声と共に、彼女を罵倒する声が上がり始める。


 毒婦、売国奴、裏切り者、悪女、魔女


 一時は封剣の守護者達に並ぶ英雄の誕生とまで囃し立てた彼女を、同じ人間が毒婦だ魔女だと非難する。

 あまりに無責任な彼らの声は、罪状を読み上げるルーサーを辟易させた。


 自らの罪の告発を受け、焦点の合わぬ瞳で俯き地を見つめる彼女は今、何を考えているのだろう。

 ルーサーには彼女を非難する周りの(雑音)よりも、そちらのほうが気になり始めていた。


「アイン王権代理殿下、ご入場」


 壇上に煌びやかな衣装に身を包んだアイン=ファーランドが幾人かの近衛騎士達を引き連れ姿を現す。

 壇上で跪くみすぼらしい罪人の姿に比べ、優美で煌びやかな彼の姿に講堂にいた者達が感嘆の声を上げる。優雅に歩むその姿は美しく、光輝く神の使途のようにさえ見える。


「ルーサー、ご苦労。少し罪人と話をしてもよいか?」

「はっ」


 アイン=ファーランドの言葉にルーサーは頭を下げ身を引く。

 小声で話すアインの声は残念ながらルーサーには聞き取る事が出来なかった。だが、アインの言葉に反応したのか、少女の肩が震えているのが見える。


「感謝する、ルーサー」

「よろしいのですか、殿下」

「あぁどうせこれからは好きなだけ……いや、手間をとらせたな。引き続き式を進めよ」


 ルーサーはアインに一礼し、再び告発文を読み上げる。一頻り読み上げた後、ルーサーは告発文書を丸めて整え、クィント大司祭へと手渡す。


「罪人ヴァージニア=マリノよ、告発を受け、申し開きはあるか」

「……」


 クィント大司祭の言葉にヴァージニアは一切反応を見せない。


「ヴァージニア嬢、思う所があるならば述べるべきだ」


 クィント大司祭は小声でヴァージニアに耳打ちする。だがヴァージニアはそれでも押し黙り続けるのみだった。国の決定に彼女は逆らう事など出来ないだろう。それこそが彼女に施された呪いである事をルーサーは知る事となった。


 彼女だけではない、この国の多くの兵達が彼女と同様の呪いで縛られている。

 この事を知った時、ルーサーは少なからず少女に対し同情をした。だがそれでも国王殺しの教唆は大罪である。


「ヴァージニア=マリノ、貴様を国王暗殺を教唆した罪により極刑に処す。本来なら斬首が妥当であるが、これまでの王国への貢献とアイン王権代理殿下の温情によりの無期限幽閉とする」


 一見、命を奪われないだけましな処罰に見えよう。だが実際は、利用価値の残る目の前の少女からその能力と知識を絞りつくす為に違いない。利用するだけであればこれまでの彼女の処遇と何ら変わらないだろう。だがこれまでと違い、今後は彼女に人としての権利は存在しないだろう。

 家畜のように、貪られ、絞りつくされるだけの存在になるに違いない。


(それだけではないか)


 アイン=ファーランドの彼女への執着を見るに、寧ろそちらが優先されるようにも思われる。

 彼女はもともと王族の命に逆らえぬ身だ。王権代理殿下に命じられるまま、人形のように踊り続ける事だろう。


(哀れなものだ)


 目の前でセイン=クィントが装飾されたナイフを鞘から抜き放つ。大司祭の手で罪人の証をヴァージニアの手の甲に刻まれば、彼女の刑は確定される。


「大神ピュラブレアの名の下、罪人に罪の証を刻む」

「衛士達、罪人が痛みに暴れ出さないようにしかと抑えよ」


 ルーサーの指示に衛士達は少女の身体を押さえつける。伸ばされた少女の腕に、ゆっくりと凶刃が近づく

 。


「ヴァージニア=マリノよ。自らの罪を認め、受け入れよ」

「誰が受け入れるかよ!」


 諭すかのような声で大司祭がヴァージニアに語りかけ、手にもつナイフを少女の手の甲に当てたその時、突如講堂内に少年らしき者の声が響きわたる。


 途端、講堂内は一瞬で闇に包まれる。


「賊だ! ひっとらえよ!!」


 ルーサーの声に、幾人かの者達が動く気配を見せるが、完全な闇の中でまともに動けるものは少ない。


「くそう!明かりがつかねぇ!」

「駄目だ、魔術の闇だ!」

「知ってるぞ、誕生祭でアイニスの襲撃者が使った魔術だ!」

「まさか、アイニスがまた襲撃してきたのか!」

「逃げろ!アイニス兵に殺されるぞ!」


 講堂内は混乱する者達の怒声で溢れかえる。

 講堂を覆う闇がアイニスによる再襲撃ではないかという声が、各所からあがり、講堂内は一瞬のうちにパニックとなる。


「一体どういう事だ、ルーサー!」


 光魔術をともしたアイン=ファーランドが怒りの表情でルーサーに詰め寄る。


「どうも賊のようで。すぐに捕らえます」

「ヴァージニアは、彼女はどこだ!」


 アインの言葉にルーサーは急ぎ壇上の少女が居た場所に目を向ける。アインのともす魔術の明かりでうっすらと見えたその先には、床に倒れた幾人かの人間達の姿が浮かび上がる。


「クィント大司祭!」


 衛士長と共に床に倒れるセイン=クィントの姿を見つけたルーサーは急ぎ彼の元へと駆けつけ無事を確認する。セイン=クィントは転んだときの打撲の後は見られるが、ただ気を失い倒れただけの様子だった。

 彼と共に倒れていた衛士もまた、単純に気を失っているだけのようだった。


「おちつけ!慌てて外に出ようとするな!」

「押すなよ、馬鹿野郎!」

「アイニスの襲撃とかたまったもんじゃねぇ、どけ!」


 講堂内は完全にパニックに飲まれ、地獄絵図のような有様だ。


「ルーサー様、いかがいたしましょう!」

「賊はこのパニックに乗じ、出口に移動したはずだ。講堂の外に出ようとする人間をいかせるな!怪しい奴はひっとらえよ!」

「はっ!」


 手探りに移動を開始したルーサーは部下達に消えた罪人の少女を探しだすように指示を出す。

 闇魔術を使う人間として思い当たるのは、ヴェーチェルの3女だろう。だがルーサーが魔術課への聞き込みで事前に調べた内容では、彼女に講堂全域を覆うような闇魔術が使えるほどの力はないはずである。


(まさか本当にアイニスの襲撃なのか?)


 その可能性は薄いはずである。誰がこの闇魔術を使ったのかはわからない。だが今は、少女を攫った賊の行方を追う事が先決だろう。


 混乱が止まぬ講堂の中、ルーサーは消えた少女の行方を追い始めた。

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