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8ー14 前日2

 ■■■

 ヴァイン視点

 ■■■


 侯爵令嬢ヴァージニア=マリノが皇太子フォルカス=ファーランドを教唆し、国王暗殺を企てさせたという噂は、たちまちのうちに王都内に広まる事となった。

 国民の多くはボイル国王の安否を気遣い、親殺しという大罪を企てたフォルカス=ファーランドを非難した。フォルカスを教唆したと言われるヴァージニアに対しては、非難する声も大きかったが、それとは別に彼女がそんな事をするはずが無いと疑問の声を上げる者も少なくはなかった。


 奇跡の薔薇、旋剣、そして氷の魔女。わずか14歳の彼女が残してきた軌跡は確実に王国の人々の中に刻みこまれていたのだった。


「そんな大声で周りの客に迷惑だろ。与太話をするなら、別の場所でしてくれないかい!」

「お、おう。すまねぇ」


 香ばしく焼けたドードー鳥の皿をテーブルに置きながら、夕暮れ亭の女将ミーサは先ほどから大きな声で件の噂について話している男達に釘を刺す。

 フェルセン商業区のはずれにある小さな宿屋件料理屋が、夕暮れ亭という名前が付けれる程に、客足が増えたのも全ては彼らが話していた噂の主である侯爵令嬢とその仲間達のおかげだった。


 侯爵令嬢だけではなく伯爵令嬢、王国魔術師団長や王国騎士団長の息子、さらには大司祭の子息が足繁く通う料理店と聞けば、一体どんなメニューが並んでいるのか気にならない人間は少ないだろう。

 そうして興味本位で訪れた客達は、店の料理に舌鼓を打ち、二度三度と夕暮れ亭を訪れるようになって行った。


 そうして店も大きくなり、今では知る人ぞ知る名店と噂されるまでになっていた。

 幼いエレナに満足に食べさせる事さえ出来ない時さえあったミーサにとって、今のこの状況を生み出してくれたヴァージニアには感謝こそすれ、噂を鵜呑みにして非難するような真似が出来るはずが無かった。


「……ありがとう。ミーサさん」


 料理の配膳をすませ、カウンターへと戻るミーサに、ヴァインが小さく声をかける。

 ミーサーはそんなヴァインに小さく微笑みを返し、カウンターの奥へと姿を消していく。


「で、ヴァイン。本当にやるのか」

「あぁ」


 いつになく真剣な表情で、トミーはヴァインを見つめながら問い詰める。


「分かっているのか?お前がしようとしている事は、国家に対する裏切り、大罪だ。失敗すればお前も一緒に断罪されるほどの事なんだぞ!」

「それでも、俺はあの日誓ったから」

「話にならねぇ!お前何もわかっちゃいねぇよ!」


 声を荒げ、トミーはヴァインに食ってかかる。


「それにお前の話が本当なら、シトリーちゃんがジニーを陥れたって事になるじゃねぇか。そんな事……信じれる訳ねぇよ……」


 ヴァインの胸倉を掴みながら、トミーは俯き顔を歪める。


「ですが、ジニーが噂のような事をするとは思えません」

「あぁ、リズの言うとおりだ。あいつがそんな姑息な真似をするはずが無い。お前だってそう思っているんだろ?」


 リーゼロッテの言葉にドライが頷き答える。


「そんなの分かっているさ!ジニーは単純で魔術馬鹿で見境のない猛牛みたいな所もあるけど、そういう卑怯な真似だけは絶対しない奴だって。だけど、実際に捕まっちまったんだ!それが全てじゃないか」

「私はヴァインさんの計画に賛同します。微力ですが協力させていただきます」


 リーゼロッテの言葉に一同は目を見開く。伯爵令嬢であるリーゼロッテの選択としては考えられない事なのは誰の目にも明らかだったからだ。


「リズ。さすがにそれは……君がそんな事をすればヴェーチェルの人間が黙っては……」

「ドライ。私はヴェーチェルである前に貴方と同じオーガストです。オーガストは家族を、仲間を、そして大事な人達を絶対に見捨てたりしません。ですよね?」

「そ、それはそうだが……」

「私にとってジニーはかけがえの無い親友です。彼女が居たからこそ、私は今ここにいる事が出来る。貴方と同じオーガストとして生きる喜びを感じる事が出来るの」

「……リズ」


 リーゼロッテの言葉にドライはしぶしぶといった表情で頷く。


「わかった。だが、それなら俺も一緒だ。お前は俺の大事な、その……」

「ええ、ありがとうドライ」

「すっかりリズの尻に敷かれているわね……いいわ。私も協力する。だけど私はリズほど割り切った考え方は出来ない。ミュラーの家に迷惑はかけれない」


 リーゼロッテ、ドライに続き、ナターシャが賛同の声を上げる。


「お前ら、そんな簡単に……。いいのかよ、それで」

「良いも悪いもトミー、貴方はジニーを見捨てられるの?」

「そういう事じゃないだろ!犯罪だぞ。お前達がやろうとしている事は」

「僕は……ヴァインに協力しようと思う」

「レビン!」


 今まで黙り込んでいたレビンの賛同の声に、トミーは驚き声を上げる。


「正気か、レビン。お前」

「はじめに戦技課に入った時、僕は正直怖かった。貴族とか魔術師団長の息子だとか教団の人だとか、そんなの僕にとってずっと関わり無い人達ばかりだったから。でも実際に会ったジニー達は僕が考えていた貴族の人なんかとは全然違っていた。生きる世界が違う人達だと、僕なんかが声をかけたり出来る訳無いって思っていたけど、そんな事全然無くて。こんな僕にジニーは笑って『レビンは手先が器用ですごい』って言ってくれたんだ。僕はずっと楽しかった。皆と一緒にいた戦技課は大変だったけど、その何倍も楽しかったんだ。トミーはそうじゃなかったの?」

「俺だって……そりゃ、楽しかったさ。アイツは俺なんかが作った武器を嬉しそうに両手で受け取って頭を下げるんだ。そんなの全然貴族らしくない。あいつが皇太子殿下の婚約者になった後だって、俺達への態度が全然変わる事なんてなくて……。分かってるよ、あいつが特別なんだって。戦技課が楽しかったのだって、きっとあいつが居たからだって分かっている。でも!」


 必死に言葉を絞り出すトミーの肩をレビンが優しく掴む。


「トミーだって本当は分かっているじゃないか。そうだよ。彼女じゃなければ駄目なんだ。僕らの、戦技課の中心にいるべきなのは彼女なんだ。その彼女が今苦しんでいる。なら、僕らがする事なんて決まっているじゃないか」

「レビン、お前」

「僕はヴァインに賛同する。トミー、何だかんだ言いつつ、君だって最初から答えは決まっていたんだろ?」

「トミー、お前」

「煩せぇ。分かったよ。俺も協力する。だけど期待するなよ。俺やレビンはただの一般人だ。無茶な事は聞けないからな!」


 自分だけではなかった――ヴァージニアが変えていったのは、自分だけではない。彼女の親友達は勿論、戦技課の人間達さえも彼女は変えていたのだ。それを知ったヴァインは胸が締め付けられる思いだった。


「ありがとう。トミー」

「お前に感謝される謂れは無い!上手く言った時にはジニーにたらふくおごらせるから。それでちゃらな!」


 トミーの言葉に机を囲む全員の表情が綻ぶ。

 彼女を大事に思う人間がこれだけいる。きっと上手くいくに違いない。

 ヴァインはそう信じ、仲間達と共に、計画を練っていく。

 ヴァージニア=マリノ奪還計画を。


 ■■■

 ハルファス視点

 ■■■


「そろそろ教えていただけませんか?どうしてこのような事を」

「え?だってこれが僕の仕事だろ?」


 ソファーで横になりながら、シトリーはハルファスが入れたお茶に口を付ける。


「うん、美味しい。すっかり紅茶を入れるのが上手くなったね、ハルファス。もうどこにお嫁に出しても良いレベルだ」

「お戯言を。そんな事より、理由をお聞かせ下さい」

「彼女を断罪しようとする理由かい?それとも、それを妨害する動きがあるのに僕が何もしない事に対してかな?」


 シトリーの言葉に、ハルファスは瞠目し息を呑む。答えを聞き出す事は適わないと考えていた事を彼女の主は事も無く応えたからだ。


「どうしてそのような……」

「どちらについてかな?」

「……」


 自分を試すかのような目で、自分を見据えるシトリーの双眸にハルファスはついぞ目を背ける。


「まぁ、いいか。そうだね、彼女を断罪する理由は『そうすべきだから』だよ」

「そうすべき……ですか」

「うんまぁ、話してもきっと理解出来ないと思う。だけどこれはそういうものなんだ」


 まるで謎かけのようなシトリーの言葉に、ハルファスは頭を傾げる。


「そしてそれを妨げる動きに対しては、僕は既に手を打っているから」

「あえて泳がせ捕らえるという事ですか?」

「ぶー、不正解。ハルファスは頭が固いなぁ」


 自分を指差し無邪気に笑う主の姿に、ハルファスは少し苛立ちを覚える。


「では一体何を」

「それはね――」


 少女の言葉にハルファスは眉を顰める。どうしてそのような事をする必要があるのか、ハルファスには理解が出来なかった。


「彼女には僕に対し、もっと憎しみを向けてもらわなければならない」


 遠く虚空を見つめながら少女は呟く。


「君なら上手く踊ってくれるよね、ヴァージニア=マリノ」

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