3-2 ご挨拶をしてみようと思います
封剣の守護。
それはこの地アルケノスにおいて最上の祝福であり、同時に王国の力を他国に知らしめる神の御業である。
封剣の守護は、剣に定められた属性以外すべての属性を分解四散させてしまう強力無比な力であり、司る属性以外のいかなる魔術も無効化する絶対防御の守護である。
実際に、ゲーム【ピュラブレア】では、封剣の守護を受けし者-つまり攻略対象達は一騎当千の力を持っていた。
中でも特記すべきは、すべての魔術を無効化し、鍛えられた剣技と使用者がヒロインと彼だけに限定される高威力光属性攻撃魔術を持つ光の封剣守護者の存在だ。
彼の光属性攻撃魔術は、幾万の敵兵をも一瞬で焼き尽くす程の脅威的な威力を持っていた。
彼の存在はゲーム【ピュラブレア】において初心者を救済するためのものであり、非常に高性能な設定をされた公式チートキャラだった。
ゲームにおける攻略対象者のチートっぷりが、転生したこの世界ではどのように機能しているかはまだ分からない。
だが、少なくとも目の前で笑顔を向ける彼からは、私はある種の異様な空気を感じていた。
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「面を上げよ、マリノ卿」
「はっ!」
王都フェルセン到着2日後、私とお父様は白銀城-謁見の間に来ていた。
「今日は良く来てくれた。その子がお前の娘か?」
「はい、娘のヴァージニアで御座います」
ギヴェン王国、国王ボイル=ファーランド。御歳30歳。金髪碧眼の美丈夫にして、この国の最高権力者である彼が、今私の目の前にいる。
「ご紹介に与りました、ウィリアム=マリノが娘、ヴァージニア=マリノと申します。どうか以後お見知りおき願います」
緊張のあまり、自分がちゃん挨拶できているかわからない。
相手は一国の王。
何をしゃべればいいか頭の中が真っ白になってしまっていた。
「ほう、ウィリアムよ。そなたの娘はまだ5歳であったはず」
「はっ!陛下のおっしゃられる通りで御座います」
「ふむ、西方守護伯は娘の教育にもぬかりは無しということか。流石よのう」
「有難きお言葉、感謝致します」
どうも、挨拶はあれでよかったようだ。私はほっとして息を吐いた。
「さて、紹介しよう。これは俺の息子、アインだ」
「アイン=ファーランドと申します。よろしくお願いしますマリノ卿」
アイン=ファーランド。ゲーム【ピュラブレア】の攻略対象キャラにして光の封剣守護者。
金髪の美少年は、お父様に挨拶した後、私の方を見て静かに微笑んだ。
「よろしくね、ヴァージニア嬢」
なるほど、流石はゲームの攻略対象だ。まだ幼いながら女性受けしそうな顔をしている。
「よろしくお願い致します、アイン殿下」
彼に会った時にゲームのヴァージニアのように、彼に惹かれる可能性も考えてはいた。
しかしながら、まったくといっていいほど、そういった感情を抱く事は無かった。
と同時に、私は自分に対して危惧していた事が事実であると知った。
(やはり私が異性と認識するのは女性側か……)
杜 霧守としての記憶が及ぼす影響が自我だけではなく、精神的な性別にも影響する可能性に関しては、ずっと考えていた。
そして、アイン殿下に微笑まれた時、
(あの顔は卑怯だ。その上あんな風に微笑まれたら、その気になる子がいても不思議じゃない。イケメンは得だな)
と、まるで男性視点で分析していた。
そんな自分自身に苦笑してしまう。
ふと顔を上げるとアイン殿下と目が合った。
殿下は一瞬、憮然とした顔をしたが、すぐ笑顔に戻った。
(苦笑していたのを見られたか……よくないな、気をつけなければ)
私は俯き、できるだけ表情を読まれないように努めた。
「父上、ヴァージニア嬢はお疲れの様子です。本日はこのぐらいでよろしいかと」
「娘が申し訳御座いません!」
アイン殿下の言葉にお父様はあわてて謝罪をした。
俯き表情を隠していたのが裏目に出てしまったか。
「よい。初めての王都への旅路。疲れがまだ抜けきっておらぬのであろう」
陛下は快く、お父様の謝辞を受け取って下さった。危うく自分のせいでお父様に迷惑をかけるのではと戦々恐々としていたが、陛下の寛大なお心に感謝の念が耐えない。
しかしながら、ほっとするのも束の間だった。
「ですが折角お会い出来た事ですし、ヴァージニア嬢には是非とも明日の茶会に参加頂きたいのですが。」
面倒事の匂いしかしない茶会など正直辞退したい。
だが王族の申し出を断ることなんて出来るわけが無いわけで……。
「……よろしいのでしょうか? お父様」
お願いお父様、NOと言って! 願いを込めた眼差しでお父様を見つめる。
「殿下のお誘いだ。参加させて頂きなさい」
ですよね、知っていました。どこの世界も上司の無茶ぶりを聞くのが部下の務めですよね。
「はい、お父様」
お父様は私から必死に目を反らしている。
分かりましたとも。マリノ家の為、頑張ってくればいいのでしょ?
「殿下、是非とも私めをお茶会にご招待願えないでしょうか?」
もうここまで来れば仕方ない。アイン殿下が何を企んでいるかは分からないが行くしかない。
「ええもちろんですよ、ヴァージニア嬢。では明日、お迎えに向かわせますので。」
逃げ口まで防いでくるとは……。本気で殿下は何を企んでいるのだろうか。
私とお父様は晴れぬ思いを抱きながら、王城を後にした。
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「で、お前とウィルはすごすごと帰って来たわけか」
マリノ家フェルセン別宅。
お父様がお仕事でフェルセンに来られるときに使われている屋敷で、私とお父様は師匠と合流した。
「そうです。お父様に売られました。私はお家の為に励む所存です」
お父様への嫌味を言っても仕方は無いが、どうにも気がすまない。
「ウィルを許してやれ。大体、お前が殿下の視線を避けようと俯いていたのが原因だろ? 自業自得じゃねーか」
「うぅ、そうですけど……」
それを言われると言い返す言葉が無くなる。
私が押し黙ったのを見て、師匠は苦笑する。
「まぁ話から、殿下が企んでる事は何となく分かりもするが、それもお前が原因だな」
「私がですか?」
まったく理由が分からない。私は普通に接していたつもりだ。
「お前の話だと、殿下は余程自分に自信が御ありなんだろうさ。なのに、お前はそれを全く意に介さねぇしな。」
「わ、私はちゃんとマリノ家の淑女として……」
「まぁ、これでも飲んで落ち着け」
「……ありがとう御座います」
必死に取り繕う私に、師匠は紅茶を差し出してくれる。
クリームが大量にはいった紅茶は私をほっとさせた。
「で、お前は殿下をどう見た?」
殿下を最初に見た時感じたのは異様な空気だ。
「うまく説明できませんが、何かいつもと違う空気を感じたというか……」
「ほぅ、それで?」
「殿下の周りの空気には無理やり清浄化したような違和感を感じました。そう、ここにある暖かさのようなものが殿下の周りには感じられなくて……」
私の言葉に師匠は納得いった顔でうなずいた。
「相変わらず、感応力だけは一人前だな」
「それ、褒めてます?」
私は頬を膨らませて師匠をにらみつける。
そんな私に師匠は笑って答えてくれる。
「褒めてるよ。俺にしては珍しく弟子を褒めてやりたい気分ってやつさ。ジニー、お前は封剣の守護に関してどこまで知っている?」
「えっと、剣に定められた属性以外すべての属性を吸収無効化させてしまう強力無比な力であり、司る属性以外のいかなる魔術も無効化する絶対防御の守護である事でしょうか?」
「その通りだ。封剣の力は司る属性以外の魔術から守護対象を守る。それは特定の属性以外を分解し吸収する。つまりは魔素も精霊問わずに消失させる事で対象を守っている」
師匠の言葉で、私はアイン殿下の周りの違和感の理由に気がついた。
そうだ、殿下の周りには魔素が感じられなったのだ。
いや正確には感じられないぐらい薄い魔素しか存在しない。
この世界のどこにでも感じられる魔素が殿下の周りにだけは存在しない。
まるで世界から切り離されたような、そんな違和感を感じたのだ。
「その顔は、違和感の正体に気がついたか」
「はい。殿下の周りには魔素が存在しませんでした。それが違和感の正体です」
魔素は精霊から生まれ、精霊は死んだ人間の魂から生まれる。
魔素はこの世界を包むことで、残した者達を永遠に守り続ける。
しかし、封剣の守護者達はどうだ。
世界から切り離され、そして誰にも理解されない永遠の孤独の中に彼らはいるのではないか?
(あぁ、会えるよ。霧守がどこにいたってきっと)
封剣の守護は祝福かもしれない。だが、同時にそれは彼らを蝕む孤独の呪いではないのか?
「……そんな顔するな」
私はきっと今にも泣き出しそうな顔をしていたのだろう。
封剣の守護者達を救えるのがヒロインだけならば、今すぐにでも彼らを救ってあげてほしい。
私は、そう願わずにはいられなかった。
そんな私に師匠が優しく話かける。
「ジニー、お前ならきっと感じられる」
「師匠?」
「お前の感応の力なら、本当の答えに辿り着けるかもしれない。お前の目で何が正しくそして何が間違っているかをじっくり見定めるんだ」
私の頭をなでながらそう言ってくれた。
私は、師匠の言葉の意味を理解できていなかった。
ただその優しさが胸に沁みた。
そして私は、その言葉のおかげで、彼女と出会う事が出来たのだ。