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8-13 前日

 

 ■■■

 ヴァージニア視点

 ■■■


 ルーサーとの面談から丸一日が経過していた。

 元々は罪を犯した王族等のために用意された施設である。行動の自由は抑制されているとはいえ、罪を犯した人間に対する処遇としてはかなり優遇されたものだと思われる。


 何もせずこうして部屋にいるだけの状況では、たっての一日とはいえ自分のこれまでの選択や動向を振り返るには十分な時間であった。

 そうしていくら考えても、私がフォルカス殿下を教唆するなんて事がありえるものではないという結論に至る。自分の行動が何者かに操られていたとしても、私が誓約の呪いに関して知ったのは先日の話であり、それをフォルカス殿下に伝えるなんて事は、それこそ二重人格でもなければありえない話だ。


(それにあの資料)


 少ししか目を通す事が出来なかったが、記された内容はかなり細やかなものであった。

 あれだけの情報が得られるとしたら、私が知る限り師匠ぐらいだろう。それに、ギヴェンにおいて魂に関する魔術を扱えるのは師匠かヴァイス様ぐらいだ。ヴァイス様はどちらかといえば当事者であるだろうし、師匠がわざわざそれを文書として纏め上げ、マリノ邸の私の部屋においておくとは思えない。


 あの文書が一体どこから持ち込まれたものなのか。もしかすれば、それが分かれば何らかの真実に繋がるのではないだろうか。


(そうは言っても、今の私には成すすべが無い)


 このまま何もせず明日になれば私はゲームと同じように断罪される事になるのだろう。

 それを考えると芯から震えが生じる。


 死にたくは無い。死なないように力をつけてきた。

 だが結局、今の私には何かをなす事は出来ず、ただ断罪されるのを待つだけしかない。

 どうしようもない焦燥感に私の心を縛られかけたその瞬間、聞きなれた少女の声が私の耳に届く。


「もっと絶望に打ちひしがれているかと思っていたんだけどな」


 驚き顔を上げると、そこに決しているはずがない淡い薄紅色の髪の少女が目の前で私に微笑みかけている。


「……シトリー」

「元気そうで何より。君が処断されると話す機会もないかもしれない。だからちゃんと話しておきたくて、こうしてわざわざやって来たんだ」


 シトリーはそういいながら、私に微笑みかける。その表情は学園で私を慕ってくれていたように見えていた彼女のものと何ら変わらないものだった。だが、ここは仮にも白の塔は罪人を幽閉するための施設。ただの少女がどこかに遊びに立ち寄るかのような感覚で訪れる事が出来る場所ではないはずだ。


「どうやってここに」

「あれ、君なら気づいていたと思ったんだけど、少し買いかぶりすぎていたみたいだ。ほら僕って光魔術が得意だろ?だからこんなふうに姿を消したり、相手に虚像を見せる事は容易く出来るんだけど――」


 シトリーの言葉が終わらぬうちに、彼女の姿は煙のように目の前から消え失せる。

 そして次の瞬間、私は大いに驚く事となる。9年前、王城ではじめて目にし、ベイルファーストの森では辛酸をなめさせられた存在。


「……シュトリ」

「あはは僕の名前、覚えていてくれたんだ。そう、シュトリ=ウヴァル。久しぶりだね。それとも先日ぶりといったほうがいいのか。まぁどちらでもいいか。そういえば君は、あの日の約束をちゃんとおぼえているかな?」


 シュトリがあの時私に言った言葉。


『君は君の運命に抗う、僕は君を追い詰める。君がゲームのように命を落とせば僕の勝ち、君が違った結末を見せたのなら君の勝ち』


 目の前の()()はあの日の約束を覚えていると私に尋ねた。つまり私が陥っている今の状況こそ――


「貴女が望んだ展開ということね、シュトリ」

「そう。君がここにこうしているのも、明日になれば断罪される運命にあるのも僕がそう仕向けたんだ。ちゃんとゲームの通りに、学院の講堂で断罪が行えるよう、アイン殿下にお願いして整えたんだよ」


 自慢げにそういう少女に、私は強い憤りを感じていた。


「貴女は最初から私を!」

「うん。そうだよ。最初から君をどうすれば追い詰められるか考えていた。でも君の周りには数多くの人間達がまるで君を守るように立ちはだかっていた。もう正直チートじゃないかなって思ったぐらいだよ。どうやればあのアンナ=クィントと仲良く登校なんて出来るのだろうって本気で頭を抱えたりしたさ。君はすべての封剣守護者とすでに関係を持っていた。彼らは皆、君に対して好意的であり、僕も付け入る隙がなかなか見出せずにいた」


 まるで友達と話すような気軽さで、シトリーは自らがどれほど苦労したのかを身振りを入れながら説明する。


「そのおかげで僕の手が入りそうな人物はほんの数人しか見つける事が出来なかった。もっと早くに学院に入学できていればいろいろ出来たんだろうけど、そんな事をすれば君は必ず僕を危険視していたはず。だから、仕方なく僕はゲームの通りのタイミングを待って学院に入学するしかなかった。おかげでまともな駒が見つからず、最初はすごくヤキモキしたんだ。そんな中、僕は力を持つ使いやすい駒としてアイン=ファーランドを使う事に決めたんだ」

「アイン殿下を?!」

「うん。彼は君も知っているとおり、元々君に気があったようだった。僕は彼の君への気持ちを増幅させ誘導する事にした。結果は君が知る通り、彼は兄であるフォルカス=ファーランドの婚約者である君に対して恋慕を抱くだけに止まらず、兄であるフォルカスに対してさえ嫉妬の感情をむき出しにするようになった」


 欲しいものをほしいとただ、だだをこねるかのようなアイン殿下の姿をシトリーは無様なものとしてあざ笑っていたという。

 王族を侮辱され、私の中でシトリーに対する悪感情が膨れるのを感じる。


「それ以上、アイン殿下を侮辱する事は許さない」

「へぇ、許さないってどうするのかな。君は明日になれば断罪され、人としての尊厳さえ奪われる事になるだろう。アイン=ファーランドの望みは君を自分のものにする事。僕は彼に、君にかけられている誓約の呪いについて事細かに教しておいた。誓約の呪いは解呪する事は出来ない。ただできるのは、誓約の主の手で誓約の縛る範囲を変える事だけだ。危篤のボイル王や犯罪者になったフォルカスにかわり、王権代理となったアインは誓約に干渉する権利を得る事が出来た。君はゲームのヴァージニア=マリノと違って断罪によって命を奪われる事は無いだろう。何より君を断罪するアイン本人がそれを望まない。彼が望むのは君を手に入れる事。ただそれだけだ。彼はきっと君を自分だけの人形にする事だろう。自由意志もなく身体を開き、彼に愛を囁くだけのペットとして、君はずっと生き続けるだろう」


 シトリーの言葉を私はぞっとする思いで聞いていた。人形のように生きる未来なんかに、救いが在るはずは無い。だがそれ以上に私をぞっとさせた事は、命じられればきっと私がその命に応じるだろう未来が容易く想像出来てしまったからだ。


 私は改めて、自分にかけられた呪いの存在を実感する。


「ふふふ。その顔は気がついたみたいだね。君にはアイン――王族から命じられれば、それに対して盲目的に従うしか選択肢がない。この塔に素直に今も居続けている事が既に、君が王家の命に逆らえない身体である事を明確に示している」

「分かったような事を――」

「君ほどの魔術師ならば、この塔に詰めている人間達の命を奪い脱出する事なんてすごく簡単だろう。でも君にはそれが出来ない。彼らは王家の所有物だ。君には傷つけるなんて事は出来ない」


 シトリーの言葉に私は目を見開く。

 力を使ってここから逃げ出すという発想を私は持つ事が出来ずにいた。そして改めてシトリーの言葉を危機、それを実行に移す事を考えた時、私の中で非常に強い忌避感を感じた。


「私は……」

「君を縛る呪いは、君が考える以上に君自身を蝕んでいる。もう諦めて受けれてしまえばいいんじゃないかな」

「貴女は一体何なの!」


 まるで興味を失ったかのように目を細めるシトリーに私は詰め寄る。


「分かっているだろ。ベイルファーストで起きた事がどこの国の関与だったかを。もう忘れたわけじゃないよね」


 ベイルファーストで私にシュトリ=ウヴァルと名乗った男は、師匠の話からはオウス公国の諜報機関の人間だと思われた。


「オウス公国の――」

「そ、これでもオウスでは結構有名人物のつもりなんだよね」


 茶目っけある表情で悪意無く笑うシトリーを私は背筋が凍る思いで睨み付ける。


「そういえばさ、ゲームに登場するヴァージニアが毎度断罪されるのって不思議に思った事がなかったかな?あれは彼女が僕の存在にいつでもいち早く気がついてしまっていたから――」


 誰を攻略しても断罪の対象となり命を奪われる少女。

 彼女は自分が断罪される最後の最後まで主人公対して怒りをぶつけ、愛する者に目を覚ますように訴えかけ続けていた。


 敗者の戯言。ただの負け惜しみ。

 誰しもがそう考え、最後には考える事さえ辞めてしまっていた真実。


「ゲームのシトリーの使命はギヴェンを内側から朽ち果てさせる事」


 微笑むシトリーの姿は、徐々に薄れ、次第に私の目には見えなくなっていく。


「そしてそれは、今の僕に与えられた使命でもある。さよならヴァージニアさん。断罪を受け絶望に顔を歪める君の姿を楽しみにしているよ」


 その言葉を最後にシトリーは私の前から完全に姿を消していた。

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