8-11 覚悟
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ヴァイン視点
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「ジニーが連れて行かれたってどういう事だよ?!」
ヴァインはトミーの胸元を鷲づかみし問い詰める。
「どうもこうもねぇ。急に王城の騎士達がやってきて、ジニーを囲んで……それで」
「……王城の騎士」
トミーの言葉にヴァインはゼクス達近衛騎士の姿を思い浮かべる。
近衛騎士がただの学院の生徒であるヴァージニアを連行する程の事が何なのか、ヴァインには想像する事ができなかった。
「そういえば名前を忘れたけど、よくフォルカス殿下と一緒に来られる近衛騎士の人。あの人がジニーを連れて行ったんだよ!」
「それって、ゼクス=クロイスの事か」
「そうそうゼクスさん」
トミーの口から出た予想外の名前にヴァインは眉を顰める。
ゼクスがヴァージニアを連行する事がありえるだろうか。公にはしてはいないがゼクスもヴァージニアもそしてヴァイン本人も、ペイルライダーの一員だ。
赤の他人というわけではないし、彼女から聞いた話ではあるが、例のアイニス襲撃の件ではゼクスと協力してアイニスの教士を倒していたはず。何かあったならそんな人目につくような事はせず、内々に済ませるだろう。
だがトミーの話しではゼクスはわざわざ仲間を引き連れ、彼女を連行していった。まるで罪人を連行するかのように馬車に乗せ、王城へ向かったらしい。
こういう時、父ヴァイスや叔父のフィルツがいれば彼らが知っている情報を聞き出す事も出来るのだろうが、ヴァイスは現在、国軍に同行しアイニスへと進軍しているはずだし、フィルツにいたっては先日からヴァインも探してはいたが一向に見つかる気配が無かった。
「レイン先生やオスカー先生は俺が不在の間に顔を見せたか?」
「いや、お前がいなくなってからあの二人もここに来る事はなかった」
フィルツと同じ特務隊に所属しているあの二人であれば、フィルツの居場所が分かるかも知れないと考えたが、彼らも姿を消しているようだ。彼らはフィルツと共に何らかの任務についていたのかもしれない。
こうなってしまうと、ヴァインには完全にお手上げ状態であった。
少なくともジニーが連れて行かれた理由が分からない事には手のうちようもなかった。
トミーと別れ、ヴァインは情報を得るため、町を歩き回る。だが彼が得たいと思うような情報を得る事は出来なかった。せめてジニーが連れて行かれた王城に行く事ができれば、何かがわかるかもしれない。だが、ヴァインにとっての王城との繋がりは父ヴァイスと叔父フィルツ以外には存在しない。むしろ、ヴァイスからはどちらかというとヴァインを王城から出来るだけ遠ざけようとする気配さえ感じられたいた。
途方に暮れ街をさまよい歩くヴァインは、ふと自分に向けられる視線に気がつく。
「?!」
視線の主はヴァインと目が合うと、まるでついてくるよう促すかのごとくあごを引き、路地裏へと姿を消す。
「待って!」
ヴァインは視線の主の事を知っていた。ベイルファーストの森で生死をさ迷う彼女の命を救ったのは、紛れも無くヴァージニアとヴァインだった。それから彼女はヴァージニア専属の使用人として彼女に仕えていたはず。
何より彼女は――
(フィルツと同じ特務隊)
フィルツが特務隊という組織に所属していると知った時、彼女の姿がフィルツの横にあった事をヴァインは覚えていた。
「待ってくれ、アマンダさん!」
アマンダ=リューベルの後を必死に追いかけていたヴァインは、自分がフェルセンではあまり治安がよくない場所へと誘われている事に気がつく。
このまま彼女の付いていってもいいのだろうか?
ヴァインの脳裏に一抹の不安がよぎる。だが、今は目の前の彼女の存在だけがヴァインの欲しい情報へとたどりつく唯一の手がかりだった。
「はぁはぁはぁ」
肩で息をするヴァインをアマンダは冷めた目で見据えていた。
「こちらへどうぞ。ただし貴方に相応の覚悟がおありならば」
アマンダはヴァインにそう言うと一つの扉の中へと入っていく。
ここまで来て引き返すという選択肢はヴァインには無かった。アマンダに続き入った先には、アマンダの姿と共に3人の男の姿があった。
「おいアマンダ。客が来るなんて話は聞いていないぞ」
「大丈夫。彼は信用出来るわ。それに今は一人でも手が欲しいのでしょ、ゾーイ。すこし彼と二人で話がしたいの。奥の部屋を遣っていいかしら?」
ゾーイと呼ばれた男はアマンダに舌打ちし、不満げな顔で頷く。アマンダは彼ににこりと微笑むと、ヴァインの手を掴み奥の部屋へと案内する。
「座って」
アマンダの指示に従い、ヴァインは席につく。
対面に座る彼女の表情はヴァージニアの専属使用人として振舞っていたときの彼女とは似ても似つかぬものであった。
「教えて下さい、アマンダさん。ジニーに一体何があったんですか?」
「ヴァージニアさんは王族暗殺の容疑者として白の塔に幽閉されているわ」
「……え?」
予想外のアマンダの言葉に、ヴァインは彼女が何を言っているのか一瞬理解する事が出来なかった。
王族暗殺とは一体どういう事なのか。少なくともヴァインにとって自分と一緒にいた時のヴァージニアの姿から、考えられない話だ。
「嘘だ。ジニーがそんな事!」
「ええ。きっと彼女は無実でしょう。でもそんな事は関係ない。彼女を取り巻く状況が彼女の罪を真実にしてしまうから」
アマンダの言葉をヴァインはただ呆然と聞く事しか出来ずにいた。
「私達が気づいた時にはもう手遅れだったわ。すでに取り返しの付かない状況になっていたの。はじめからヴァージニアさんを陥れる為に誰かが準備していたとしか考えられない」
「ジニーを……」
「誰か心当たりはある?」
「いいえ」
ヴァインには彼女を陥れるような人物に心当たりはなかった。ヴァイン以外の人物であっても同じように答えていただろう。ヴァインにはヴァージニアという少女が、人に恨まれる人物であるとはどうしても考えられなかった。
「そうなるとやっぱりフィルツの言うとおり……」
「そうだ、フィルツは!アマンダさん。フィルツはどこに!」
アマンダの口から漏れた叔父の名前にヴァインは目を見開く。
ヴァインがいくら探しても見つからなかった彼の叔父の所在をアマンダは知っているかのような物言いだった。
「彼はある任務で大きな傷を追い、今は別の場所で傷を癒しているわ」
「あのフィルツが……大丈夫なのか?」
自分より遥かに優れる魔術師であるフィルツ=オルストイが大きな傷を負う程の任務が、どのようなものであるかヴァインには想像する事が出来なかった。
「ええ、一時は非常に危険な状態だった。でも今は、一命を取り留め安静にして貰っている。貴方達が戦技課で開発した医療技術がすごく役に立ったの。本当にありがとう」
そう言い微笑むアマンダに、ヴァインは少し照れくさく感じ俯く。
「アマンダさん、さっき王族暗殺って言ったけど、一体何が?」
「先日、ボイル陛下が何者かに胸を刺され意識不明の重傷を負われたのよ。陛下と同席していたフェルダー執政官に至っては頚を切られて絶命している」
「陛下が!」
「ええ。そしてそれを行ったのがフォルカス殿下だと言われている。現在、フォルカス殿下の所在を皆が必死に探している」
ペイルライダーで行動を共にしたフォルカスの態度から、ヴァインには彼がそのような凶行を行うようには到底考えられなかった。だが、アマンダは、ボイル国王とフォルカスが何らかの話合いをしていたと証言する人物が幾人もいる事をヴァインに告げる。
「ボイル陛下を害する事が出来たのは唯一フォルカス殿下だけだったわ」
「でも、その後部屋から出るフォルカス殿下を見た人間はいないんだろ?ならフォルカス殿下じゃない可能性だって――」
ヴァインが全て話す前にアマンダは分かっていると彼の言葉を遮る。
「殿下を王都から逃がしたのは私達よ。勿論、あの方がそのような事をされていない事は重々承知しているわ」
「え?」
「私達は二人の王子それぞれを監視していた。命に関わる傷を負いながら、フィルツが私達にそうするように指示したから」
フィルツは大怪我を追いながらも、何かを掴んだのだろうか。
「フォルカス殿下を監視していた私達は、何も情報を得る事が出来なかった。かわりに、アイン殿下を監視していた者達が消息を絶つ事になったわ」
「それって……」
「多分、すでに処分されていると思う。そうして今回の事件が発生した。ずっと私達の目の前にいらっしゃったフォルカス殿下に、ボイル陛下の胸に剣を刺すなんて事、出来るのかしら」
そう言い肩をすくめるアマンダの姿にヴァインは言葉を失う。
「ヴァイン君。本心からヴァージニアさんを助けたいと思うのなら、貴方はこの国を捨てるぐらいの覚悟が必要になる。貴方にその覚悟があると言い切れるかしら?」
まっすぐな目で自分を問い詰めるアマンダに、ヴァインは気圧され、躊躇いを見せる。だが――
「急に覚悟があるかどうかなんて言われても、俺にははっきりとあるなんて応えられない。今だってアマンダさんの話を聞いて、本気で怖いって思っている。俺程度が関わっちゃいけない話だって思う。それでも、俺は助けるってあいつに誓ったから!どんな事があってもあいつが俺の助けを必要として限り、絶対に俺が助けるって!」
ヴァインの言葉にアマンダは口角を上げ頷き応える。
「いいわ。なら貴方に私がフィルツから聞いた彼女に関する全てを話しましょう」
アマンダの口からはヴァインへと予想外の真実が告げられていく――
忠誠の儀を受けて以来、彼女を縛り続ける誓約の呪いに関する事を
ヴァージニアの中には2つの魂が存在し続けている事を