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8-10 連行

 ■■■

 ジニー視点

 ■■■


「ヴァージニア=マリノ。おとなしく我々に同行してもらおう」


 数人の近衛騎士達と共に戦技課演習場に現れたゼクスから突如告げられた言葉に私は眉を顰める。

 険しい彼の表情といつもと違う彼の態度から、ただ事でない事が察せられる。


「何の御用でしょうか?」

「悪いがここは話す事は出来ない。おとなしく付いてきてもらえないだろうか」


 私が逃げ出さないように、近衛騎士達が回りを囲い込む。

 その様子に戦技課の課員達もただ事ではない事に気がつき、動揺している様子が見られる。


「ジニー」

「大丈夫。皆はそのまま何時もどおりに課題に取り組んでいて」


 私の言葉に課員達は不安を隠しきれない表情のまま頷く。


「分かりました、同行させて頂きます」

「話が早くて助かる」


 私はゼクス達に連れられ馬車に乗せられる。

 馬車が向かう先はフェルセン王城だった。

 幾度も訪れた事のある王城であったが、周りの雰囲気からこれまで感じた事の無いようなぴりぴりした空気を感じる。


「何かあったのですか?」

「……」


 私の問いにゼクス達は答えようとしない。ただ黙ってついてくるように手で示すだけだ。

 そうして私が連れられた先は、王城の北のはずれにある一つの塔だった。


 フェルセン王城の北の塔については、私も少しは耳にしていた。

 公的に処断するには問題がある尊い人物などを幽閉するための施設が存在する。実際に北の塔は存在しており、罪を犯した王族や名のある貴族が隔離幽閉される場所であり、アレクシス前国王の時代まではしばしば使用されていたらしいが、ボイル国王がギヴェンの王になられてからは、使用されていない施設であったはずだ。ゲーム【ピュラブレア】においては、他国と通じアイン殿下の暗殺を試みたフォルカス殿下が、最終的に幽閉される場所である。


 北の塔がどういう場所なのかが分かっても、そのような場所にどうして私が連行されるのかの理由までは分からなかった。


「ここだ、入れ」


 ゼクスに言われて入った部屋では、ゼクスの兄ルーサー=クロイスが私がくるのを待ち受けていた。


「どうぞ、そちらにお座り下さい。ゼクス以外は下がってくれ」


 ルーサーはそう言いうと、私に椅子に座るよう促す。ルーサーは彼の言葉に従い着席した私を、値踏みするかのような目で見つめる。


「私に何の御用でしょうか?」

「君には幾らかの嫌疑が掛かっている事はご存知だろうか」

「……嫌疑ですか」

「あぁ、君がフォルカス殿下を教唆しボイル国王の暗殺を企てた事に関してだ」


 ルーサーの言葉の意味が理解できなかった。ボイル国王が暗殺なんて話を私は一切知らないし、フォルカス殿下への教唆なんて出来るはずがない。


「何を証拠にそのような事をおっしゃられるのですか!」

「君が忠誠の儀の真実を知っている事は分かっている」

「……忠誠の儀の真実?」


 一体何の話をしているのだろうか。忠誠の儀に何があるというのだ。


「あくまで白を切るつもりか。君が学院にいる間に、マリノ別邸を調べさせてもらった。そして君の部屋からこの文書が見つかった」


 ルーサーは机の上にいくつかの文書を広げて見せる。

 それは忠誠の儀と誓約魔術の関連性に関する内容の文書だった。


「忠誠の儀が……誓約魔術?」

「何を驚く。これは君の部屋から見つかったものだ」


 驚く私を、ルーサーだけではなくゼクスも訝しげな顔で私をにらみつける。


「君は自らにかけられた誓約魔術を解除する為、陛下の暗殺を企てた。フォルカス殿下は君に利用され、フェルダー執政官を殺し、ボイル国王の胸をその剣で突き刺した」

「何を言って……」

「我々がいくら調べてもフォルカス殿下には動機らしい動機が一切見つからなかった。だが、君が関わっているなら話は別だ。フォルカス殿下は君をたいそう気にいっているらしい。それはそこにいるゼクスもよく知っている」


 ルーサーの言葉にゼクスが頷き応える。


「誓約魔術で縛られる婚約者を見ていられなかったのだろう。君の言葉を受けたフォルカス殿下は、陛下と面談し誓約魔術の解除を依頼したのだろう。だがそれは断られたに違いない。それはそうだろう、君ほどの力を持つ人間を野放しに出来るはずがない」

「……」

「結果、フォルカス殿下は君の持っていた文書に記載されたとおり、術の誓約元となる相手の排除を考えた」


 ルーサーはそう言うと、広げられた文章からある記述を私に示す。

 そこには、誓約魔術は誓約対象が消失すれば、誓約も破棄されるという記載がなされている。


「君はこの文書をフォルカス殿下に見せたのだろう。自分を救うには誓約魔術を解除するか誓約対象を消失して破棄しなければならないとフォルカス殿下に告げて。そうだろう?」

「違います!私はそんな」

「そして、フォルカス殿下は陛下を庇ったフェルダー執政官を殺害し、さらに陛下に刃を向けた――」


 ルーサーが話す内容が、まるで別の国の言葉のように私の頭の中にするりとは入ってこなかった。


 誓約魔術とは何か?

 忠誠の儀にその魔術が織り込まれていた?


 机に広げられた文章を目で追い、記載された内容を確認する。


 そうして誓約魔術というものが、対象を隷属させる為の呪いのようなものである事を私は知る。

 文章には誓約魔術による呪いの影響についても記載されていた。

 魂は呪いを避ける為、無意識のうちに対象へ隷属を強いていく。


『それ以上、王族への批判はおやめいただけますか?不愉快です』

『そうだったね、そうだ。君はそうだった』


 呪いが原因として見られる症状は、最初はオド枯渇に似た症状として現れる。

 頭痛、吐き気、虚脱感、意識の混濁。


『もし今より痛むようになったら、すぐフィルツさんに相談するんだ』


 文章の内容から、私はサイファ様とのやり取りを思い出す。

 彼は誓約魔術について知っていたのだ。その上で私が誓約魔術に縛られている事にも気づいていたのだろう。彼は私が、誓約魔術の影響で行動指針や考え方さえも歪められていたと考えたに違いない。


『ジニー、お前のギヴェン王家への思いは本当にお前のものなのか?』


 先日、ヴァインが私に向けた言葉。

 彼の目には私の行動は非常に奇異に見えていただろう。

 私は無意識のうちに呪いの影響から逃れる為、王家に隷属しているのではないだろうか?


 そう考えれば、いろいろな物事が合致し始める。

 アイニスに対する敵愾心も、フォルカス殿下に対する思いも。


『国王陛下から直接のお話で御座いましたし、ギヴェン王国に仕える貴族の人間としては、当然の選択と考えております』


 以前の私ならば、フォルカス殿下との婚約に対してそこまで簡単に受け入れる事が出来たであろうか。

 まるで自分が自分ではない何かになってしまったかのような恐怖を私は感じていた。


「誓約魔術を受けていた君の苦しみを、我々が理解する事は難しいだろう。だがそれでも君の犯した罪は許されるものではない」

「……」


 私はただ、ルーサーの言葉を黙って聞くしかなかった。

 これまでの行動や考えが、誰かに操られていた事であったなら、自分が気づいていないうちにルーサーの言葉の通り、フォルカス殿下を教唆し罪を犯していたのではないだろうか。

 そう考え出すと、自分の行動すべてが信じられなくなり始める。


「二日後に改めて、君の罪は公に問われる事となる。それまでに己の行いをじっくり省みるといい。ゼクス、連れて行け」

「はっ」


 ゼクスに腕を引かれ、私は席を立つ。力なく俯く私をゼクスが一瞥する。


「まるで幽鬼のようなつらだな」


 ゼクスはそう言うと、私を引く腕を強める。

 その時の私はただ彼に引かれるまま、歩く事しか出来ずにいた。



 ■■■

 ルーサー視点

 ■■■


 ヴァージニア=マリノがゼクスに連れられ部屋から退出した後、ルーサーは机に広がる文書の一つを手に取り眉を顰める。文書には誓約魔術や隷属呪に関する内容が丁寧に纏められており、誓約魔術による魂への影響や危険性のような事まで記載されている。


 14歳の少女が集められる情報とは考えられない内容だ。

 侯爵家の令嬢であるヴァージニアならば集めらた情報なのだろうか?


(いや、この内容は国家機密に値するものだ。例えそれが侯爵家お抱えの情報網であっても難しいだろう)


 そうは考えながらも、ヴァージニアを取り巻く環境が彼女の罪を物語っていた。

 2日後に彼女の罪は公に示される事になるだろう。

 王権代理であるアイン殿下自ら、ヴァージニアを断罪するとルーサーは聞いていた。


 断罪の場に王立学院の講堂が選ばれた理由は分からないが、アイン殿下たっての要望である。

 王城と違い、学院であれば警備に割り当てる人員の配置も大きく変わってくる。

 フェルダー亡き今、執政官代理として立ち回りを余儀なくされていたルーサーは頭を悩ませていた。


 ルーサーを悩ませていたのはそれだけではない。

 いまだに見つからないフォルカス=ファーランドの所在について。

 ゼクス達、近衛騎士が彼を探索したときにはすでにフォルカスの姿は王城内には見られなかった。

 事が事だけに、派手に探索の手を広める事も出来ず、彼らは現在もフォルカス=ファーランドを見つける事が出来ずにいた。


 もしかすれば、ヴァージニアが断罪される場に彼が現れる可能性があるかもしれない。

 その事も念頭にいれ警備を考えなければならない。


「まともな引継ぎもなしにこれはさすがに酷いんじゃないですかね、父上」


 ルーサーは目を細め、自分達を残していった神経質な男の姿を思い浮かべて、独り言ちた。

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