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8-9 本意

 

 ■■■

 ヴァージニア視点

 ■■■


 午前の共用過程で、私はふと空席のままの自分の隣の席に目をやる。

 ヴァインが師匠を探すと言ったきり私の前から姿を消し、既に3日が過ぎようとしていた。

 あの時のような頭痛に悩まされる事もなく、私はいつもどおりの学院生活を過ごしていた。ただいつも私の側でいろいろ気遣ってくれていたヴァインの不在を私は内心、心細く感じていた。


「で、ジニー。ヴァインの奴はまだ戻らねぇのか?」

「さぁ。私に聞かれても分からないわ」


 毎日のように私に対し、トミーはヴァインがどこに行ったのか尋ねてくる。

 だが私自身、彼がどこにいったのか知らないのだ。答えられるわけが無い。

 トミーは私の応えが気に入らないのか、ふてくされた表情で自分の席へと戻っていく。


『俺はフィルツを探してみる。何かわかったらお前に知らせるから』


 ヴァインの事だから当ても無く探すような事はしないとは思うが私も流石に遅いのではないかと感じていた。師匠がギヴェン王国における暗部である特務隊に所属している事は、私もヴァインも既に知っていた。そして師匠と同じく私の身の回りの世話件監視をしているアマンダさんも同じく特務隊の人間である事は分かっていた。

 師匠と連絡が付けられないなら、アマンダさん経由ならと考えたが、アマンダさんもまた、ここ数日私の前から姿を消していた。私の知らない所で何かが起こっているのではないかという、えも言われぬ不安を感じていた。


 ふと目を前に向けると、そこにはシトリーとアイン殿下の姿が目に入る。

 楽しそうに会話をしている二人を見ると、まるでゲームの展開をなぞっているようにさえ感じる。


 先日のアイニス襲撃において、シトリーはその功績を認められアイン殿下の護衛騎士見習いとして共に行動する事をボイル陛下より認められていた。剣術課の一学生にすぎないシトリーが、学院の卒業前から王族の護衛騎士見習いとして認められるなんて事は前代未聞の話である。

 だが、確かに彼女はそれだけの働きをしていた。


 アイニス聖教教団の名付きの教士、抗拒のイバルリを単独で撃破したのは彼女だ。確かにシトリーの得意とする光属性の速射性はイバルリの闇魔術に対して相性は良いだろう。だがそれでもシトリー単独での撃破という結果を誰が予測できただろう。


 イバルリの魔術を直接喰らった自分にとって、シトリーの力は予想を遥かに上回るものであった。

 シトリーと初めて出会った時、彼女は双頭魔犬2体を相手に剣のみであしらっていたのだ。卓越した剣術と名付きの教士を単独で撃破するほどの光魔術の力。彼女はもしかすれば、ゲーム【ピュラブレア】における主人公シトリー=フラウローズの能力さえ超えているのではないだろうか。


 私がじっとシトリーとアイン殿下の方を眺め、そう考えているとシトリーが私の視線に気がつき手を振って微笑む。


 暫くすると、シトリーはアイン殿下と共に席を立ち、こちらにやってくる。


「おはよう御座います、アイン殿下。シトリーさん」

「あぁ、おはようヴァージニア嬢」

「おはよう御座います、ヴァージニアさん!」


 にこにこ微笑ながら挨拶をするシトリーの姿に、私の中で先ほどまで強く感じていたシトリーに対する警戒心が薄れていくのを感じる。


「ヴァージニアさん、そういえば少しお尋ねしたい事があるのですが……」


 シトリーは少し言いにくそうに私に話しかける。


「私に答えられる範囲でよければ答えるわ」

「ありがとう御座います!」


 私の言葉にシトリーは目を細め嬉しそうに微笑む。


「実は私、アイン殿下の護衛騎士見習いに選出していただけたのですが、見習いではなく実際の護衛騎士になるには忠誠の儀を受ける必要があるというお話しを耳にしまして。でも忠誠の儀って言われてもどういうものなのかよく分からないのです」


 シトリーは話しながら肩を落とし困った表情で頬に手を添える。


「私がその事で悩んでいると、アイン殿下がヴァージニアさんが以前、忠誠の儀をお受けになられてたと教えて下さったんです。ヴァージニアさん、忠誠の儀をお受けになられたのですか?」

「ええ、4年前に。学生の身でありながら過分な名誉だと思っていますわ」


 私の言葉にシトリーは目を見開き驚く。


「すごいです!4年前というとまだ10歳の頃ですよね!その頃に忠誠の儀をお受けになられるなんて、さすがヴァージニアさんです!」


 シトリーはそういうとまるで自分の事のように嬉しそうに微笑む。


「ヴァージニア嬢は忠誠の儀を受けてすぐに、兄上と婚約したんだったか」

「いいえ、当時はまだ婚約者候補で御座いました」


 私とシトリーが忠誠の儀に関して話していると、アイン殿下が私に言葉を投げかける。シトリーの歓迎祭でのアイン殿下の言葉はまだ、鮮明に記憶に残っている。

 あれから、アイン殿下はまるであの時の出来事などなかったかのように、私に対してこれまでのような距離感を維持されている。

 私もまた出来ればあの日のアイン殿下の言葉は聞かなかった事にしたいと考えており、特に話題にするようなことは無かった。


「そうか。そういえば、あの頃はまだ婚約者候補だったんだったな。ヴァージニア嬢、僕も君に聞きたい事があるのだが、いいだろうか?」


 アイン殿下は私にそう言うと、真剣な眼差しで私を見つめる。


「はい。私にお答え出来る事でしたら」


 私の答えに意を得たのか、アイン殿下は先ほどまでよりも険しい顔つきで私に問いかける。


「あの頃、君は急に決まった兄上の婚約者候補という話に対して平然と受け入れていたように僕の目には見えていた。君は納得していたのか?」


 アイン殿下の険しい表情から、一体何を聞かれるのかと、身構えていたら私は予想外の彼の質問に拍子抜けしてしまっていた。


「え、ええ。勿論納得しておりましたわ」

「……本当にそうなのかい?」

「はい。何より国王陛下から直接のお話で御座いましたし、ギヴェン王国に仕える貴族の人間としては、当然の選択と考えております」


 アイン殿下は私の答えをお聞き目を見開く。彼は私の横でずっと黙っているシトリーへと視線を投げかける。彼の目線の先のシトリーは、アイン殿下に対し微笑み、小さく頷く。


「素敵です、ヴァージニアさん。ギヴェン王国への、王家への忠義を何よりに考えるその姿勢はまさに上級貴族に相応しい立ち振る舞いだと思います!」

「……うむ。シトリーの申すとおりだな。ヴァージニア嬢は貴族の鑑だな」


 シトリーの言葉にアイン殿下も頷きながらそう答える。


「ヴァージニア嬢、君は――」

「講義を始めます。皆さん席についてください。代表委員、挨拶をお願いします」


 アイン殿下が私に何か言いかけた矢先、ローラ先生が教室の扉を開け全員に席に着くよう指示を出す。

 シトリーはアイン殿下の手を引き、席へと誘う。アイン殿下は、何か言いたそうな顔つきのまま、シトリーに引かれて席へと戻っていった。


 その時は、心配げな顔つきで私を見つめていたアイン殿下の事が少しは気になっていたが、ローラ先生の講義を終えた時にはもう、私の中でその事に対する印象はすっかり薄らいでしまっていた。



 ■■■

 アイン=ファーランド視点

 ■■■


 講義を終え、教室から去っていくヴァージニアの背を見つめながら、アインはヴァージニアとの会話の内容を思い返していた。


『何より国王陛下から直接のお話で御座いましたし、ギヴェン王国に仕える貴族の人間としては、当然の選択と考えております』


 ヴァージニアの答えは王家に仕える上級貴族の令嬢としては、適したものと言えるだろう。

 アインもまた、シトリーから話を聞く前であれば、その言葉になんら違和感を感じる事は無かったに違いない。


「シトリー。君の言ったとおりなのかもしれない」

「ええ、殿下。きっとヴァージニアさんは本当に大事な想いさえ歪められてしまっているに違いありません」


 シトリーの言葉にアインは頷き、拳を握り締める。

 どうして自分は気づいてあげられなかったのだろうか。シトリーの話を聞くまで、アインはヴァージニアが自分の事を何とも思っておらず、兄であるフォルカスとの関係を快く受け入れているのでないかという思いにさえなまれていた。だが、シトリーの言葉でアインは、これまで自分が願ってきた事こそが事実であったと確信する。


【フォルカス=ファーランドとの婚約はヴァージニアの本意ではない】


 シトリーがいずこからか見つけ出してきた資料に記載された忠誠の儀の真実は、アインにとって驚くべきものであった。もしもこれが真実であれば、王国への信頼は大きく損なわれる事となるだろう。


 アインも最初は半信半疑だった。シトリーが優秀である事は彼女と共にする事が増えた事で、理解する事ができてはいたが、彼女の持ち込んだ資料が真実であるかどうかの判断まではアインは出来ずにいた。


 アインがその事をシトリーに話した時、シトリーは――


『ヴァージニアさんにお聞きしてみればいいのではないでしょうか』


 と微笑みながらアインに答える。

 そうしてアインはヴァージニアに対し、質問する事となる。


『君は納得してるのか』と


 少しでもヴァージニアに思うところがあるようならば、何らかの兆しが見える事だろう。たとえ、言葉を取り繕っていたとしても、どこかに違和感が残るに違いない。


 アインはそう信じ、ヴァージニアの様子を粒さに観察していた。

 だが結果はアインの予想を裏切るものであった。ヴァージニアの態度からは一切の兆しが見当たらなかったのだ。


『忠誠の儀には誓約魔術が織り込まれている可能性がある』


 アインの中で、シトリーの言葉が徐々に現実味を帯びていく。


「どうすればいいんだ」


 アイン徐々に目の前が暗くなり、足元が崩れ落ちるような幻視に見舞われる。

 そんな彼に、シトリーの手がそっと差し伸べられる。


「私に考えが御座います、殿下」

「シトリー?」


 これまで見てきたはずの少女の顔が、アインには一瞬、何だか暗く恐ろしい何かのように見えた。

 だが、彼女を救いそして手に入れる事が出来るのであれば。

 アインは意を決し、シトリーの手を取り彼女の言葉を受け入れる。


「さぁはじめましょう殿下」


 アインはシトリーに誘われるまま、薄暗い闇へと歩を進める。ゆっくり、ゆっくりと。

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