8-6 オクセントの合戦2
オクセントの合戦開始16時間前、ギヴェン国軍本陣。
アゼル=オーガストの命に従いウィリアム=マリノ、ウォルター=マリノの両名は本陣大天幕に到着した。
既に大天幕にはアゼルの他、参謀ヴァイス=オルストイの他、ヴァーゼル=フォルカー、その息子カイウス=フォルカーが席についていた。
「西方領軍ウィリアム=マリノ及びウォルター=マリノ只今参りました」
「来たか」
アゼルに促され、ウィリアムとウォルターは用意された席に座る。
「揃ったようだな、では作戦会議を始める。ヴァイス説明を頼む」
「あぁ、了解した。まずは手元の資料を見てもらおう」
ヴァイスの説明で戦議が開始される。
アイニス共和国の兵の構成と、そして開戦の地となるオクセント北方砂岩の丘近辺の地図がテーブルの上に示される。
「我々東軍は中央の無理な作戦で兵を消耗させたくは無いのですが、中央は我ら領軍を捨石にするような作戦はまさかとられまいな?」
「カイウス殿、さすがにその様な言葉はヴァイス様に失礼ではあるまいか?」
「そう言う貴殿は、自らの部下達の命を無駄に消耗するような作戦に賛同するのかね」
「それは……」
カイウス=フォルカーの言葉にウォルターは言葉を濁す。ウォルターとて自らが育てた兵達をむざむざ消耗させる気など毛頭なかった。だが、中央の命令であれは領軍は従わざるを得ない。
「無駄話はそこまでにせよ。ヴァイス、例のものを」
「あぁ。アイニスの教士に対し、我が軍はこちらの魔導具を用いる」
ヴァイスはそういい、魔導板と金属盾を側仕えに用意させる。
「そちらは?」
「うむ、これが本作戦の肝となる魔道具だ。魔導板は複数あわせて使う事で大隊規模での疾風防御を生み出すことが可能だ。盾は回数に制限はあるが相手の魔術をいなす事ができる」
「いつのまにそのような魔道具を」
ヴァイスの説明にカイウスは声を荒げる。カイウスが先に声を上げなければウォルターも同じようにヴァイスに問いかけていたかもしれない。
「それを貴殿らに話す必要は無かろう。今はこちらを用いればアイニスを無力化できるという事だけで十分だ」
「そうはいかない。少なくとも我ら東軍はそのような効果が不確かなものに、大事な兵の命をかけるわけにいかない。何よりそういったものが存在するならば、なぜ事前に我々に話してくれなかったのだ」
ヴァイスの応えにカイウスはさらに声を荒げて詰め寄る。だがそれは西方領軍を指揮するウィリアムやウォルターにとっても同じ事であった。
「これは国家機密となる要素がふんだんに含まれておる。国軍でもこの魔導具の存在を知るのは王国騎士団と魔術師団に限られておる。切り札であるこの魔導具の情報がどこからアイニスに漏れる洩れるか分からない状況で、おいそれと公開などできはせんだろう」
「だからと言って、直前まで隠された我らの身になって――」
「例の戦技課とやらの成果か」
声を荒げるカイウスを彼の父であるヴァーゼルの言葉が遮る。
「うむ。フォルカー侯、知っておったか」
「学院の一学課が、王国でも重要な位置付けである広域魔術用の敷地を占有しているという話は耳にしていたからな。先ほどから黙っているマリノ侯も気づいていたのだろう?」
「はい。実際にこれとは違うが似たものを私も見た事はあります。私が見た事があるのは篭手でしたが」
ウィリアムはそう言いながら眉を顰める。ウィリアムの態度から、ウォルターは一人の少女の姿を連想する。あの姪の関わるような案件であれば、おいそれと話せる事ではない事をウォルターも察する。
「ヴァイス様、実際にこちらの魔導具を用いてどのような作戦を考えていらっしゃるのですか?」
「それをこれから説明する」
ヴァイスの作戦は至ってシンプルなものであった。
魔導板による大型魔術による守護を発動させた状態で接敵し国軍7800、東西領軍合わせ5000の計12000をもって中央へ進軍。中央の接敵を待ち、東西領軍別働隊による側面からの奇襲で敵陣へと楔をうちこみ、アイニス陣形を両断し、断裂された敵先陣を包囲殲滅するというものだった。
「ヴァイス様、魔導板と盾は我が軍にも貸与されると考えてよろしいのですか?」
「うむ。数に限りがあるがいくらかは用意できよう」
ウィリアムの言葉にヴァイスが答える。ヴァージニアがフィルツの協力の下、作製した篭手とは異なり魔素吸引具が取り付けられていない形状であり、盾はある程度の魔術を用いる事が出来る者が必要となる事は明らかだった。騎上でそれほどの魔術の行使が可能な部隊は、西方領軍竜騎兵において他はない。
「騎上での魔術の使用は我ら西方領軍の得意とする所。盾と魔導板を用い、初撃でいくらかの教士を打ち倒せれば中央もいくらかは楽になるかと。教士の注意を我が軍に引き寄せれば、東軍騎兵による突撃も容易となるでしょう」
「マリノ候はその魔導具を信用するというのか?」
「カイウス殿、私にはこれらの魔導具を作った人間に心当たりが御座います。少なくとも全く無用な物を他者に手渡すような人間では御座いません」
ウィリアムの言葉にウォルターは内心で頷く。あの姪は自分の興味のある事に関してはいつでも全力投球だった。
「では盾と魔導板は西方領軍陣地にすぐに届けさせる。作戦は明朝0600より決行する。それまでに西方領軍は魔導具の使用法を確認せよ」
「「「はっ!」」」
本陣天幕での軍議を終え、ウィリアムとウォルターは西方領軍陣地天幕へと戻る。
「ウォルター、五軍六軍を集めてくれ。本陣から魔導具が届き次第、至急調整に移る」
「あぁ、了解した」
ウォルターは伝令を走らせ部隊を集めさせる。開戦まで残り15時間を切っていた。
魔導具の調整、実践での運用法の検討。しなければいけない事にたいして残された時間は多くない。
『この戦いにおいてもヴァージニアがいれば戦況が大きく変わるのではないか』
数刻前までそう考えていたウォルターであったが、まさか本当に自らの姪がこの戦いの命運を握る事になるとは想像だにしていなかった。
■■■
魔導盾を手にした領軍第6軍の者達はその性能に一同、驚きを隠せずにいた。
「クリス。どうだ使えそうか?」
ウォルターは興奮した表情で魔導盾を取り扱う6軍隊長クリス=ボゼットに声をかける。
「はっ!ウォルター副指令、すごいですねこの盾は。風の魔素を集めてオドに転換する事で自動的に防衛魔術として展開されるようで、これなら大した内在オドをもたない我々でも十分に使いこなせます」
「そうか」
「魔導板のほうに関してはフランシス隊長の方で実用を検討しているようです。こちらも魔導盾同様、必要とする内在オドは少なく済み、その上で効果は発動に関わる人数次第で上級にも及ぶ魔術の行使が可能のようで十分に実用は可能と考えます」
クリスの言葉にウォルターは頷く。
魔術の才が乏しい第5軍第6軍であっても一端の魔術師並の魔術の行使が可能となる魔導具は、西方領軍の戦力を大幅に向上する事が予測できた。
「クリス、6軍全体に魔導具に使用を慣れさせるのにあとどれ程時間が必要だ?」
「想定以上に扱いは容易ですので、あと2時間もいただければ十分に実戦での運用は可能かと」
「よろしい。では、2時間後天幕に出頭するように」
「はっ!」
6軍の様子を確認したウィリアムとウォルターは続き5軍の様子を確認する。5軍では隊長であるフランシス=ノエルと副隊長カルロ=ラーバヘインの指揮の下、魔導板連結による防衛魔術の発動実験が進められていた。
「カルロ、そっちの準備はいいか!」
「はい、問題ありません隊長、そちらの発動にあわせてこちらで連結を開始します」
3名が一組となり30名以上の6軍兵士が魔導板へとオドを流し込む。その途端、あたりの風の流れが変わり、巨大な風のドームが出現する。
「カルロ!出力を上げ範囲を固定化する。準備せよ」
「は!」
フランシスの号令で兵達はさらに魔導板へとオドを流し込む。
その途端、風のドームは四散し、前方に準備された複数の的を中心に風の守護が展開されていく。
「よしこのまま範囲を拡大維持する。内在オドの量に注意せよ。厳しいと感じたものは直ぐにさがり、予備人員と交代せよ」
「「了解」」
内在オドが切れかけた兵達から順に、交代を続け魔術の展開を維持し続ける。
「カルロ、少し離れる。指揮を任せる」
「はっ!」
そうするうちに、内在オドが付きかけたフランシスが予備人員と交代し、ウォルターの下へとやってくる。
「ウォルター副指令、いらっしゃられたならお声をかけていただければ」
「気にするな。それよりもどうだ。使えそうか?」
「はっ。実際にどれほどの距離が離れた対象に風の守護を展開できるかは確認前ですが、これはかなりすごい代物ですよ。我々5軍程度の魔術の素養しかない人間でも、これほどの魔術が用いれるのです。戦術の幅は大きく変わると考えます」
興奮ぎみに話すフランシスにウォルターはゆっくりと頷く。
魔導盾と魔導板の併用により、西方領軍魔導歩兵と竜騎兵の運用は大きく変わることになるだろう。
これまで、低級魔術を戦場で用い第1から第3の補助として行動する事が基本であった第5軍は、まるで中央の魔術師団のような運用が可能となる。
また、風の守護を受けさらに魔導盾を持つ竜騎兵ならば、敵の矢や魔術の脅威をものともせずに、敵陣に深く切り込める鬼札へと変貌する事だろう。
「フランシス。2時間の後に戦議を執り行う。カルロと共に天幕へ出頭せよ」
「了解です!」
5軍6軍の様子を確認したウォルターは、その内容をウィリアムに告げる。
「あの子はここまで分かった上でこれを作ったのか」
眉間に皺を寄せ、呟くウィリアムに、ウォルターは苦笑を浮かべ応える。
「いや、あの子の事だ、きっと何も考えていないだろう。単純に好きな事をやりこんだ結果がこれなんだろうさ」
「まったく、お前の言うとおりだろうな、ウォルター。頭が痛い話だ」
そういいながら目を細め笑う従兄弟の姿に、ウォルターもまた顔を綻ばせる。
この戦争はきっと勝つだろう。
ウォルターは確信に近い思いを胸に抱いていた。
■■■
オクセントの合戦開始からすでに3日が経過していた。
兵士達に疲労の表情が見られ始めるが、それはアイニスもまた同じであろう。
「ウィル、これ以上の兵の消耗は軽視できない」
「分かっている。第1軍を下げ2軍3軍を前面に押し出せ。5軍に通達。内在オドが回復次第、風の守護の維持に心賭けよ。完全に防げなくてもかまわん。相手の矢と魔術の威力が緩まれば、兵の消耗は抑えられる。歩兵の数では依然こちらが有利だ」
ウィリアムの号令を伝令の竜騎兵が各部隊長へと伝える。
「6軍に再突入させるか?」
「いやこれ以上、教士どもを削るのは難しいだろう。敵は密集し、歩兵が邪魔で竜騎兵では届かん。かといって矢や魔術もあの砂と風をなんとかしなければ、一向に届く気配はない」
初撃で大きく敵陣を削ったギヴェンであったが、その後、防御に徹したアイニスの守りは強固であった。
フォルカーの誇る騎馬隊による突撃でも、アイニスの陣を完全に分断する事は適わず、逆に敵陣深く食い込んだフォルカー騎兵に対し、アイニスの教士達は自軍歩兵を巻き込む中規模魔術による集中攻撃を敢行、フォルカー騎兵の多くを道ずれにする事に成功する。
また、アイニス教士が放つ砂塵の魔術はアイニス兵達に迫るギヴェンの刃をことごとく防ぐ盾となり、ギヴェンはアイニスに対し致命的な一撃を与えられずにいた。
「だが、このままでは逃げ切られるぞ。初戦を凌がれれば、アイニスは魔導具に対して対策を打ち出してくる可能性が高いぞ」
「あぁ、それは中央も理解しているに違いない。だがこうも魔術で防御に徹せられればどうしようもあるまい。それに最も攻撃に特化していたフォルカーが大きく削られたんだ。これ以上の攻勢は難しいだろう」
このまま消耗戦に移ればギヴェンは勝利を手にする事だろう。だがそれは西方領軍にとっても多く兵を失う痛手となるだろう。こうして、ウィリアムとウォルターが攻めあぐねている頃、本陣天幕にて驚くべき報告が王都フェルセンよりもたらされていた。
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「それは誠か?!」
本陣天幕にて、王都からの伝令の報せを耳にしたヴァイスは、その内容に自らの耳を疑っていた。
「はっ。王都では現在戒厳令が敷かれております。また、王権代理殿よりアゼル様及びヴァイス様への指示が御座います」
「まて、王権代理とは誰の事だ!陛下はどうなされたのだ!」
伝令の報せにヴァイスは顔色を変え問い詰める。
「ボイル=ファーランド陛下は現在意識不明の重態と伺っております。陛下に代わりアイン殿下が王権代理としてお立ちになられました」
「陛下が重態だと?!どういう事だ」
「陛下は叛意を抱く者の手にかかり、重傷を負われました」
ヴァイスはさらに伝令に問い詰める。
「まて、どうしてアイン殿下が王権代理なのだ。フォルカス殿下はどうなされた!」
ボイル国王にもしもの事があれば皇太子であるフォルカス王子が全権を担うはず。
フォルカス王子が健在なうちに、アイン王子が王権代理になるなどあるはずが無い。
「フォルカス殿下は陛下を暗殺未遂の後、王都より逃亡。現在行方を追っている最中との事です」
「そんな馬鹿な!」
突然の話にヴァイスは足元から崩れていくかのような幻覚に見舞われる。
そしてこの報せはすぐに前線のアゼルの元にも伝わり、ギヴェン軍は傷ついたアイニスへの包囲を解き撤退を余儀なくされる。
王国暦663年1月。オクセント近郊におけるギヴェン王国とアイニス共和国間での戦という形で始まった動乱は、予期せぬ展開へと変貌を遂げていく。