3-1 王都に行ってみようと思います
――お前を王都に連れて行く――
執務室に呼ばれた私を待っていたのは余計な面倒事の始まりだった。
「私も王都にですか?」
「そうだ。再来週、第二王子アイン殿下の誕生祝賀会が執り行われる。それに先立ち王よりお前を連れて来るよう仰せつかった」
「祝賀会ですか……」
正直に言えば行きたくはない。
第二王子アイン=ファーランドはゲーム【ピュラブレア】において白の封剣の守護を受けし者であり、ヴァージニア=マリノの婚約者だ。
今現在、婚約のこの字も見当たらない事から、今回の王都訪問が第二王子との婚約に繋がる要因に思えた。
「どうした? 不満そうだな」
少し表情に出ていたかもしれない。
「そんな事は御座いません。ただその……」
「ジニーは王都に行った経験が無いんだろ? だから気後れしてるんだろうさ。しかも王族主催の祝賀会ときたもんだ。誰だって尻込みはする」
言葉を探していると、師匠が助け舟を出してくれた。
「師匠のおっしゃる通りです。私のような若輩者が王都に行くのは、マリノ家の恥になるのではと思いまして」
「そこまで気にする必要はない。大体、うちは元々は武門の家だ。王都の着飾った奴らと住んでいる世界が違う。あいつらにとっては私も森に潜むビッグボアと何ら変わらないに違いない!」
お父様はそう言うと何かを思い出したのか、苦々しく顔を顰めた。
「あははは! ウィル、お前まだあの日の事、気にしてるのか?」
「師匠、あの日って?」
「あぁ、それはな!」
師匠が口を開こうとした矢先、お父様から絶対零度の気配が漂った。
「うおっ……な、なんでもない」
「ごほん! 祝賀会には私が出席する。本来ならミーシャも一緒に行くべきだが、今はキースを置いては行けまい」
ミーシャ=マリノ、この世界での私の母だ。
ヴァージニアに転生した初日、部屋に来た金髪の美女だと言えばお判り頂けるだろうか。
転生してしばらくの間、私と母の間には溝があるのが感じられた。
これは、母が私に嫉妬していた事が原因だった。
嫉妬の相手はウィリアム=マリノ……お父様だ。
お父様は今では私に対し、頭首としての態度で接するが、以前は超がつくほどの激甘であった。
母はそれをよく思っておらず、私に冷たく当たっていた。
私の方は実の母に冷たくされる事で、よりお父様に依存するようになっていった。
だが、あの日を境にその関係は変わった。
この世界がゲーム【ピュラブレア】の世界と知ってから、私は如何にして生き残るかだけを考えた。
そのため、これまでのようにお父様に甘える事は無くなり、逆に【杜 霧守】としての記憶が母を大事にさせるようになった。
――この世界の母は大事にしたい――
その思いが強く私を支配したのだ。
私が父に甘える事がなくなってからは、父と母の仲は改善されていった。
そして昨年、マリノ家についに待望の長男が誕生したのだ。
私にとっては杜 霧守の記憶をいれても初めての弟。
嬉しくないはずはない!
弟はキース=マリノと名づけられた
□□□
『ここ、ベイルファーストは長きに渡り森の恵みによって守られてきた地だ。この子もまた、生涯を終えるまで多くの恵みを森から与えられる事になるだろう。だからこそ森への感謝と守護を祈り、この子にはキースの名を与えようと思う』
お父様はそう宣言すると、キースの額に名づけの祝福を記した。
『キースは古い言葉で【森】を意味している。きっとお前の弟はベイルファーストの森の守護を得られるだろうさ』
師匠の言葉を聞き、私は自分に言われているように嬉しくなった。
『素敵な名前を頂いたわね。おめでとう、キース』
あの日、微笑み合う父と母の姿を私はずっと忘れないだろう。
□□□
「キースはまだ1歳になったばかりだ。ミーシャもついていたいだろう」
「そうですね!」
断然そのほうがいい。
祝賀会への出席が原因で私のかわいい弟に、もしもの事があったら王族を恨むだけでは絶対にすまさない。
「その代わりとして、ジニー。年の近いお前と王子との面通を王は所望された」
「あぁ……はい」
形はどうあれ王からの勅だ。背く事はできない。
私は嫌々ながらお父様の指示を受ける事にした。
「安心しろ、ジニー。俺も王都に行ってやる! もう2年も家を空けてるからな。たまには帰るのも悪くない」
「おぃ、フィルツ。お前も来るのか?」
今度はお父様が嫌そうに顔を歪める。
「俺はジニーの師匠だぞ? 初めての王都で心細さに震える弟子をほおっておけるかよ」
弟子思いの優しい師の発言にも思えるが、実際は王都で私が何かしでかすのを見逃したくないというだけだろう。まったく、ロクデナシの師匠らしい考えだ。
「わかったわかった。ジニー、王子との面通は祝賀会の前に行われる。出発は来週だ。必要なものがあればシュナイダーに申しておけ」
「わかりました。では失礼します」
私はそう返事をし、お父様の執務室を後にした。
□□□
「……」
「意識が散漫になっているな。お前にしては珍しい……そんなに殿下と会うのが嫌か?」
修練に身が入らない私に師匠が声をかけてきた。
「会うのが嫌というか……以前、お話した私の断罪の予言に関係する話なんです」
「お前が15で処刑されるという例のやつか?」
ゲームで得た知識は、師匠には『予言の記憶』という形で伝えてある。
「はい。その予言です。私は第二王子アイン=ファーランド殿下と婚約関係になるとありました」
「ぶっ、お前が王族と婚約?」
師匠は私の言葉に吹き出した。
「今回の王都訪問がきっかけとなって婚約まで発展するんじゃないかと思います」
「流石にそれは……、いやまてよ、お前一応、西方守護伯の娘か」
さらっと私を卑下する師匠にいらっとし、脛を力いっぱい蹴りつけた。
「痛ってぇ! お前、やっていい事と悪い事ってのがなぁ!」
「師匠の言葉は、言っていい事ではなく言って悪い事です!」
頬を膨らませて怒る私を師匠は苦笑して宥める。
「すまんすまん。まぁ、確かに西方守護伯であるウィルが頭を下げれば、第二王子との婚約ぐらいなら許可が降りるかもしれないか」
予想外の答えに私は驚いた。
「お父様にそこまでの力がありますの?」
「ジニー、お前なぁ。ウィルはあれでも王国四候の一人、それもギヴェンで最も多く隣国と争いを繰り返すベイルファーストを守る王国の盾だ。ウィルの忠誠を王国に縛る為なら、第二王子とお前との婚約を進める可能性は十分にあり得る」
お父様にそこまでの力があるとは思いもしなかった。
そこまで力があるならゲーム【ピュラブレア】においてヴァージニアが断罪される時に、王に第二王子の間違いを上告できたのでは無いだろうか。
だが、【ピュラブレア】においてヴァージニアが断罪された時、マリノ家が動く気配は見られなかった。
(ゲームでは描写されていなかっただけで、お父様は上告なされた可能性もあるのか……。 つまり、ヴァージニアの処刑は王子の独断ではなく王の黙認で行われた可能性も……)
背中に嫌な汗を感じる。
少しは抗う力を手に入れ希望を持ちかけた未来に、暗雲が差し込めたかのようだった。
「お前のほうから何も言わなければ大丈夫だろう。ウィルは相変わらずお前に甘いからな。お前の意思を考えず婚約なんて話にはならないだろうさ」
ゲームの設定ではヴァージニアは第二王子に一目惚れをし、無理やり婚約に至ったとされていた。
それは、娘の願いを聞いた西方守護伯が王家への絶対の忠誠と引き換えに成し得た婚約だったのかもしれない。
「そんな面倒事はお断りします。師匠の弟子として魔導を学ぶ事が、今の私にとって何よりも優先すべき事ですから」
「ほう、一端の台詞を吐くじゃないか。なら、王都出発までの1週間、とことんまで修練を詰めるぞ!」
「はい!」
ゲームに隠された闇
王都で私を待ち受ける影
私は不安を忘れようと、修練に没頭した。
そして、王都に出発する日がやってきた。