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7-25 誓約

 ■■■

 ハルファス視点

 ■■■


 誕生祭におけるアイニス共和国の襲撃はギヴェンが誇る魔術師達の手で収束を向かえた。

 死者15名、負傷者30名。その殆どが襲撃側であるアイニスの兵達であり、ギヴェンの損害は多くは無い。だがそれでも幾人かの人間がこの襲撃で命を失った。


 国王ボイル=ファーランドはアイニスのこの非情な襲撃に関し、徹底抗戦の姿勢を唱える。多くの民衆は彼の言葉に賛同し、そしてアイニス共和国への戦線布告が決定された。


「とまぁ、アイニスへの戦線布告は僕の予定通りなんだけどね。もう一つのほうは完全に失敗しちゃったな」

「そうなのですか?」

「うん。本当はゼクス=クロイスかサイファ=ルーベントのどちらかを処理したかったんだよね」


 シトリーは飲み終わったの紅茶のカップを指差し、給仕姿の女性――ハルファスに注ぐよう指示する。

 どこか呆れ顔で、ハルファスはカップに紅茶を注ぎ入れる。


「ありがとハルファス。でも二人とも健在というのは面白みにかける結果だな」

「御自分で動かれればよろしかったのでは?」

「それじゃぁ面白くないだろ。最初から勝てるカードを出して勝っても興ざめじゃないか。でもまさか彼女がサイファ=ルーベントの罪を黙秘するなんてね」


 シトリーは自らのお気に入りの金髪の少女に思いを馳せる。


「あの娘は、良くも悪くも情に絆されやすいところがあります。今回もそのせいでは?」


 ハルファスの言葉に、シトリーは苦笑する。その姿にハルファスは苛立ちを覚えながらも自らの主人の言葉を待ち続ける。


「彼女には誓約の呪いがかけられている。あれは情とかそんなもの関係無く、王家に対する絶対忠誠を誓わせるものだ」


 ギヴェン王国内部でそのような非人道的な事が行われているなど、ハルファスはシトリーから直接聞く迄、まったく知る由も無かった。しかもそれが騎士団や魔術師団に入団する際に行う『忠誠の儀』にカモフラージュされて行われているなんて事は想像さえ出来ずにいた。


「良くご存知ですね」

「まぁ僕も受けた事があるからね。誓約を受けるとその人物は王家への侮辱や王家への裏切りを許せなくなる」


 シトリーの言っている言葉の意味をハルファスは理解出来ずにいた。ハルファスが知る限りシトリーが誓約を受ける機会などあったようには思われない。


「だから彼女が、アイニスの間者であるサイファ=ルーベントを許すなんて事は無いと思っていたんだけどな。愛する女性の手で親友が断罪される。例え親友が罪人であったとしても遺恨は残るだろう。そうなった上で、皇太子君が彼女を愛し続ける事が出来るかを見てみたかったんだけどな」

「いい趣味とはいえませんが」

「そうかい?まぁ結果的に彼女が彼の親友を庇う事で、皇太子君は罪悪感に駆られはしても彼女への気持ちを変える事はないだろう。それどころか彼女の情け深さに感謝さえするかもしれない」


 シトリーは顔を顰めながら、入れられた紅茶に口を付ける。


「それでは駄目なのですか?」

「うーん。まぁそれならそれですこし計画を変更すればいいんだけどね。でも思っていたより彼女の誓約に刻まれた条件は細かなものではないのかもしれない。それともサイファ=ルーベントの助命が王族への忠義の範疇と認識したのか……いや、それでは誓約の条件が緩すぎる」

「刻まれた条件ですか」

「うん。大抵の場合、その条件は王族への絶対忠誠なんだよね。だから、ギヴェンで王を不信に思う事なく仕える限り、一切の制限を受ける事はない。城にいる人間って王には忠義をもって仕える事が常識だと思ってたりするからね。でもそれが例えば『自分に惚れろ』とかになると一気に誓約の条件が厳しくなる。誓約の呪いを避ける為に魂は無意識で思考を誘導させる。だけど、それも次第に無理が生じ出す。そうなると誓約の呪いが発動し魂と魄の繋がりに影響を及ぼし始める――」


 まるで見てきたかのように語るシトリーの言葉をハルファスは聞き入る。

 どうしてシトリーがそこまで詳しく誓約の呪いについてそれ程詳しく知っているのかハルファスは知らない。ただシトリーはハルファス達の知らないような事をさも常識ように語り、そしてそれが真実である事がしばしばあった。

 一度シトリーにそれほどの情報をどこで得ているのかとハルファスは尋ねた事があった。するとシトリーはおどけるような表情で『僕に先見の力があるからだって言えば信じるかい?あはは、そんな便利な能力あるはずないじゃないか。ただ()()調()()()()()だけだよ』とハルファスに語った。


 シトリーの恐ろしさは、彼女が持つ魔術の力以上にその知識なのかもしれない。ハルファスは内心そう考えていた。


「呪いの影響は、最初はオド枯渇に似た症状として現れる。頭痛や全身の痛み、虚脱感なんかだね。オド転換は魂という媒介を用いて行われ、生じたオドは魂から魄へと伝わり満たされていく。魂と魄の繋がりに障害が生まれれば、折角転換で生じたオドも魄に上手く流れず、全身にオド不足の症状が発生する。そして最後には魂に影響が出始める。オドが不足すれば魂はより多くのオド転換しようとし多くの魔素を魂に取り込もうとし始める。だけど消費される事のないまま取り込まれた魔素は、次第に魂を侵食し始める。記憶の消失や精神疾患、性格の凶暴化といった形でね。そうなってしまうと、もうその人は人間らしい行動さえままならなくなるだろう」


 どこか遠くを見つめそう語る少女の姿は、まるで本当に先見の力があるかのようハルファスには思われた。


「おっと話がずれてしまったね。そう彼女の誓約についてだ。僕はあの王の事だからかなり限定的な条件を刻んだんじゃないかなって思っていたんだ。王命への絶対遵守や信奉だけじゃなくて、それこそ皇太子君に対する情愛なんかもね」

「そこまでいけば奴隷と何ら変わらないではありませんか?」

「うん。あの王は彼女を自分にとっての奴隷にしたいじゃないかなって思ってたんだ。でも少し違ったようだね。それとも誰かが彼女の誓約に手を加えたのか」

「誓約とは魂魄への呪いですよね。それに手を加える事が出来る者なんているのですか?」


 ハルファスの問いにシトリーは肩を竦め答える。


「さぁどうだろう。実際に呪いを取り除く事は難しいかもしれない。でも、この呪いは魂と魄との繋がりを阻害する事に重きが置かれている。つまり何らかの方法で魂と魄との関係を正常に戻せれば、呪いを受けていたとしても問題なく行動が出来るはず」

「正常にですか」

「うん。要は魄へオドが巡回するようにすればいい。オドという水がせき止められているなら、別の経路からオドを流してやればいいんじゃないかな。もしくは他から水を汲みいれるとか。実際に出来るかどうかは分からないけどね」

「シトリー様でも分からない事があるのですか?」


 自分でもおかしな質問をしているとハルファスは理解している。何でも知っている人間などいるはずはない。そんな人物がいるとすればそれはすでに神か何かだろう。


「そりゃ一杯あるさ。特に彼女の周りの事なんてすべてが未知だよ。だからこそ彼女は特別なんだ。まぁ彼女の誓約が手を加えられているとしたら、それが誰の手によるものかは、なんとなく推測が出来るけどね」

「フィルツ=オルストイですか」

「ご名答。ギヴェンでそんな事が出来そうな人物は彼か彼の兄ヴァイス=オルストイぐらいだろう。でも魂魄の弄るなんて事は、下手をすれば対象の命さえ奪いかねない禁忌だ。ヴァイス=オルストイがするとは思えない」


 飲み終わったカップを指でもてあそびながら、シトリーはハルファスに差し出す。

 カップに紅茶を注ぎながらハルファスは考える。なぜシトリーという少女がこれ程までに金髪の少女に執着するのか。

 ある日突然、シトリーがハルファス達に以前の姿から本来の姿である今の姿を晒した時に口にした言葉。そこにこそ、ハルファスが望む答えがあるのかもしれない。


『アザエルとの盟約に従い、僕は運命を変える為にギヴェンに赴く。君達には付いて来てもらいたい』


 それまでの軽薄そうな黒髪の男性の姿から、打って変わって真摯な面持ちの少女の姿にハルファス達は声を失った。そして彼女の言葉に緩やかに死に逝く自らの国の未来を賭け、ハルファスは少女の手を取る事に決めたのだった。


「まぁ、呪いで傀儡になった彼女と遊んでも面白くないしね」


 そういって楽しげに笑う少女が一体何を考え、何を成そうとしているのかをハルファスは未だ理解できずにいた。



 ■■■

 ジニー視点

 ■■■


 フェルセン王城の物見台に上らせてもらっていた私は、夕日に染まる西の空を眺めながら、先に広がるベイルファーストの森に思いを馳せていた。あれから王城内でいろいろな事があった。


 襲撃による死者達の追悼式、アイニス兵への尋問、ボイル国王の民衆への演説、そしてアイニスへの宣戦布告。


 その裏で、アイニス聖教教士を脅されたとはいえ、城内に招き入れたサイファ=ルーベントへの刑が執行されていた。彼の刑は文官長補佐からの解任と王都フェルセンからの追放。

 彼が行った罪の内容に対して軽い刑となったのは、アイニス襲撃における功労者であった私が彼の減刑を訴えたからという事になっている。だが私が訴えた程度でボイル国王がそれを認めるかどうかは分からない。


(きっとフォルカス殿下もボイル国王に彼の助命を請うたのだろう)


 結果としてサイファ=ルーベントは王都フォルセンから追放の身となった。

 そんな彼が向かった先はフェルセンから西に離れた地ベイルファースト。私が御父様に、彼のベイルファースト領への受け入れを懇願したのだ。


『お前はいつも無茶な事ばかり言いおる』


 そう言いながらも、しぶしぶといった表情で彼の受け入れてを決めてくれた御父様に感謝をしている。

 サイファ様はフェルセンを去る時、私に頭を下げて謝罪と感謝を口にした。


『君に受けたこの恩、僕はどうやって返せばいいのだろう』

『でしたら、フォルカス殿下を導いたように、私の弟キースを貴方が導いてあげて下さい。あの子は将来、御父様以上に立派な領主としてベイルファーストを守護する人物になるはずですから』

『そんな事でよければ、喜んで弟君に尽くそう』


 そう言って彼は晴れやかな顔で西へと去っていった。

 フォルカス殿下を支え導いてきた彼ならば、私の大事な弟を守り導いてくれるに違いない。


(でもキースが彼に惚れられたらどうしよう)


 キースは可愛い。その可能性は否定できない。そう考えるといてもたってもいられなくなる。今から彼を追いかけてベイルファーストに向かうべきだろうか。いやしかし――


「ここにいたのかヴァージニア」

「フォルカス殿下」


 物見台にあがってきた彼に手を差し伸べる。フォルカス殿下は私の手をとりにこりと微笑まれた。

 物見台の上から見る景色は広大で、眼下に広がるフェルセンの町並みは美しく心が洗われるようであった。


「俺はなヴァージニア。ずっとサイファに感謝していたんだ。平民の出で俺の傍にい続ける事はそう容易くはない。周りからの妬み嫉み、成果を挙げても正当に評価されない事もあっただろう。それでもあいつは俺の傍にい続けてくれた」

「殿下」

「だから、あいつがあんな事をしでかしたと知った後も、俺はそれを咎める事が出来なかった。それでも俺は皇太子だ。王となる人間だ。だからあいつの罪を裁かねばならなかった」


 フォルカス殿下は俯きそうおっしゃられる。


「お前があいつの罪を許せと言った時、俺はお前の甘さが度し難いものだと思っていた」

「差し出がましい真似をしてしまい、申し訳御座いません」

「もう良い。お前が俺を思ってくれての事だとは分かっていた。だが、それでも裁くべき者に罰を与える事こそが王となる者の使命だ。だからこそ俺は自分を恥じている」


 殿下は顔を上げ遥か西をお見つめになる。彼の目には何が見えているのだろう。


「お前に罪はないヴァージニア。それどころか俺はお前に感謝さえしている。本心ではサイファを許してやりたかった。だが、俺一人ではきっとそうは出来なかっただろう」

「いえ、分を弁えぬ行動、申し訳なく思っております」

「もう良いといっている。だが、そこまで言うならならば、お前にも罰を与えねば成らないな。よし、お前があいつの代わりに俺をフォルと呼べ」


 は?何を言い出すんだろうこの人は。7つも年上でしかも王族で皇太子相手に、そんな気安く出来る訳がないではないか。


「お戯れがすぎます、殿下」

「フォルだ。まったく、お前は俺の婚約者なんだぞ。いい加減、もう少し気安くなったらどうなんだ」

「それは無理というものです。皇太子であらせられる殿下を相手にそのような真似」


 何より周りの目が痛いじゃないか。


「いいからお前への罰はそれだ。だいたいお前だって先日俺に『フォル。私を……貴方の薔薇を信じて……』なんてしおらしい事を言っていたじゃないか」

「ちょ、やめてください、ってよくそんな台詞、覚えていますね!」

「当たり前だろ。あれは、お前が始めて俺の事をフォルって呼んだ記念すべき出来事だったからな」


 記念すべきとかほんとやめてほしい。


「初めてって、ペイルライダーでのときはいつも呼んでいたじゃないですか!」

「いや、お前基本的にリーダーって俺を呼ぶじゃないか」


 そうだっただろか、あまり記憶にないな。


「とぼけた顔をしたって駄目だからな。いいな、フォルと呼ぶこと。そうしないとここから降ろさないからな」

「そんな子供じみた真似……。結構ですよ、ここでもうしばらく景色を見て行きますから」

「そうか、なら俺もしばらくこうしてお前といるとしよう」


 そういいながらフォルカス殿下は目を細め眼下に広がる景色を眺めている。


「ありがとうな、ヴァージニア」


 風の音に消え入りそうな彼の小さな呟きに私は微笑みながら答える。


「こちらこそ有難う、フォル」


 暖かな夕日がゆっくりと沈み行くのを、私達はずっと眺め続けていた。

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