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7-23 手品

 

【光昭の間】へと続く通路の途中。私はゼクスと彼と戦う光雷の二つ名を持つアイニス教士の戦いの場に遭遇した。戦いというには一方的なその光景に、私は焦りを覚える。大気中の水の魔素を集め、体内でオドへと転換する。だが、何時も容易く集まる水の魔素の吸収に抵抗を感じる。


(これが封剣の力か)


 封剣は自らの眷属となる属性以外の魔素を吸収することで現出し続けている精霊の化身。事前に聞いていたフォルカス殿下の話では光昭の間の扉はその封剣の影響を緩和するために、特殊な呪詛がかけられているとおっしゃられていたが、それでも光昭の間から少ししか離れていないこの場所では、思った以上に影響が出ているようだ。

 だがそれでも、魔導を行うに足る魔素は十分に吸収する事が出来る。


 自らの体内で転換した水のオドを、事前に考えていた通り、特定の水への認識を高め魔術として現出させる。


「さようなら。異国の騎士殿――白刃よ、雷光と成りて、我敵を貪り喰らえ【火雷(グロム)】」」

「――深き脈動よ、己が行く手を示し、奔命せよ【奔流(トレント)】!!」


 教士の掌から発した雷光がゼクスに着弾するより先に、私の魔術が彼を覆い尽くす。

奔流(トレント)】はそのまま雷光を発した女性のバランスを崩し彼女の魔導を阻害する。


奔流(トレント)】は想定通りに彼女の魔術の影響を受ける事なく、ゼクスの身体を守ることが出来ていた。ゼクスの身体を覆った魔術はただの水魔術である。だがそれが、あちらの世界の記憶がある人間によるものではその結果が大きく異なっていた。

 私が水のオドを現出するに当たり、認識を強めた事は唯一つ、純粋な水――不導体である純水の発現だった。

 こちらの世界の人間にとっての水の認識と、あちらの世界の人間の水の認識とでは異なるのではないかと考え、ぶっつけ本番で試してみたわけだが、結果は想定通りのものだった。


(まぁ、ゼクスなら感電する事もないだろうから失敗しても問題はなかったんだけど)


 黄の封剣守護者であるゼクスであれば、通電した水での感電でさえ光のオドの転換吸収という形で無効化出来るはずだ。それは彼が幾度も雷光を受けていたらしい状況から想定される。媒体を通して通電することで魔術としての特性が変わるのなら、ゼクス自身が発する汗に着雷した【火雷(グロム)】で感電していてもおかしくないだろう。だが見たところゼクスは一切感電している様子はなく、彼の身体の傷は雷撃の衝撃による打撲と熱傷が殆どだった。


「ゼクス大丈夫?」

「はぁはぁはぁ……な、なんとかな」


(――生命の根源たるオドと成りて伝え満たせ)


 体内のオドを活性化させ、オドをゼクスの四肢へと流し込む。私のオドはゼクス自身の魄が行うオド転換を促し、彼の心身の回復を早める。


「すまねぇ、助かった」

「ええ、貸し一つね。そんな事よりあの女をやるわよ」

「メリルラさんだ」

「……は?」


 真面目な顔でゼクスは私に訂正を入れる。命を奪われそうになった相手の名前なんてどうでもいいのではないだろうか。


「光雷のメリルラさんだ。年上で俺好み。くそう、こんな出会い方でなければ」

「……あ、はい」


 頭の悪い発言を繰り返すゼクスは放っておき【奔流(トレント)】から立ち直った彼女をにらみつける。


「さぁ、第二ラウンドといきましょうか。光雷さん」

「その輝く金髪に魔導の技。そう、貴女がギヴェンの氷の魔女(フロスト)ね」


 私の冒険ギルドへの登録名は確かにフロストだが、先程の教士といい、目の前の彼女といい何故私をそう呼ぶのかが分からない。だが今はそんな些細な事より光雷といわれる実力を持つ彼女をどう相手するかが問題だ。


「ゼクス、貴方の力を借りる事になるわ。土魔術はどれぐらい使えるの?」

「俺は騎士だぞ?ったく土なら初級はいける。中級は自信がねぇ」

「なら、私が導くから、私のオドを受け入れて」

「お前、何言って――」


 ゼクスが言葉を切るより先に、私は彼に手を差し出す。


「掴んで、早く!」

「……」


 ゼクスがしぶしぶといった表情で私の手を握る。彼を通せば光の封剣の影響があるこの場でも容易に土の魔素を集める事が出来るはずだ。これは以前、アンナがフィーアと協力して風の精霊を現出させ事から分かった事だ。封剣守護者の力を通して魔素の感応を行えば、通常以上にその属性への感応力が高まる。試しに一度ヴァインを通して実験した時、アンナ程ではないが私の水に対する感能力の上昇が見られている。


(相手がゼクスだから不安だったけど、これならいけそうね)


 一人納得する私を、ゼクスは何ともいえない表情で私を見つめる。


「お、おぃなんだかこれすげー気持ち悪いんだけど。身体の中まさぐられてるみたいな」

「煩い。それはお互い様よ」


 合体魔術ほどではないが、この魔導の術も相手の魄を通してオドを転換する必要がある為、こうした違和感を互いが感じる事になる。


「ゼクス、集中して。大気中に漂う土の魔素を感じて」

「……」


 ゼクスを通して、いつも以上に土の魔素の気配を強く感じる。


「土のオドよ転き換ぜよ、偉大なる大地の子らよ、捲土の守護よ、我が声を聞き、万丈の壁となれ【捲壁(スオーロクリフ)】」


 私達と光雷の教士――メリルラを遮る形で天井にまで差し掛かるほどの土壁が現れる。


「そんなもので私の万雷が遮られると思っているのですか?いいでしょう、では自分達の愚かさをあの世で悔やみなさい――――白刃よ、雷光と成りて、我敵を貪り喰らえ【火雷(グロム)】」」


 メリルラの雷撃が幾度となく土壁に着雷する。その度、土壁が大きく抉られるがゼクスのオドを用いて修繕を進める。


「おい、こんなもので耐えれるのか?」

「いいから、貴方は壁を維持して――水のオドよ転き換ぜよ、我が命に答え、流れ導き、動き従え!【流動(カレント)】」


 水はこの世界の水を認識し、具現化させた水のオドを土壁に沿い地面に流れ落ちるように流動させる。

 雷撃は水を通り、地面へと流れ伝わる。それにより、土壁を襲う雷光の衝撃は幾分弱まる。


「雷を地面に流したのか。だが、これでは防ぐだけで攻撃できねぇじゃねぇか」


 ゼクスの言う通り、防戦一報ではジリ貧だろう。


(だからこそ次の仕込みをはじめる)


 私は【流動(カレント)】を維持しつつ、もう一つの(コン)を用い風の魔素をオドへと転換する。


「風のオドよ転き換ぜよ、我が導きに従い、風よ吹き叫べ【導風(ゲイルグライド)】」


 風の流れを制御し、土壁より向こう側の空気の循環を止める。出来れば酸素濃度の調整も行いたかったがこの魔素量ではそれは厳しい。だが、これだけの雷撃だ。上手くいく可能性は高い。


「いつまで隠れているつもりですか!いいでしょう、こちらも本気を見せるとしましょう!」


 そう言うとメリルラは、法衣に仕込んでいただろう魔素吸引具を取り出し、次々に砕き始める。


「ゼクス、全力で土壁の維持を。ここが分水嶺よ!気合をいれて」

「くそ、何が何だかわからねぇけど任せろ!」


 メリルラは両手を前に構え、【火雷(グロム)】の詠唱を行う。彼女から迸る雷撃が、通路一杯にその牙を広げる。通路の壁が天井が雷撃で抉られ、これまで以上の勢いで土壁を襲う。私とゼクスはありったけのオドを用い、魔術の維持に全力を注ぐ。


 そうして、どのぐらいの時間が過ぎただろう。それはもしかすれば数瞬の事であったのかもしれない、だが私達には半刻にも感じられていた。オドが枯渇しはじめ頭痛が酷くなる。


(だが、ここで諦めるわけには行かない。もうすこし――)


 そしてその瞬間が訪れる。


「かはっ……な、何、この匂い。まさか……毒?」


 雷撃がやみ、そこには突然苦しみだしたメリルラの姿があった。


「ゼクス今よ!」


 私の言葉にゼクスは剣を握りしめ、メリルラへと一気に詰め寄る。


「く、この程度で――――白刃よ……けほ……雷光と……成りて、我敵を」

「炎のオドよ、炎の城壁よ、我が声を聞き、その姿を現出せよ、汝が吐息で、地に焼き尽くせ【炎風(フレイムゲイル)】」


 咳き込み、詠唱もままならないメリルラの魔術より先に、私の炎はゼクスごと通路一杯に広がる。そして、その炎は一気にメリルラの法衣へ燃え移り炎を上げる。


「な、なぜ……こんな……炎が」


 メリルラは必死に法衣の炎を消そうと床を転げまわる。だがそんな彼女に無常なる凶刃が振り下ろされる。


「がはっ……なぜ」

「悪いな、あの娘がやる事は俺にもわかんねぇ。ただ、あんたはこれでおしまいだ」


 ゼクスはメリルラの胸に突き刺した剣を捻り一気に引き抜く。彼女の純白の法衣はゆっくりと真紅に染まってゆく。アイニス教士、光雷のメリルラは自らが敗北した理由を知る事なく、その命を潰えたのだ。


「終わったのね」

「あぁ。ところで教えてくれ。お前はどんな手品(インチキ)を使ったんだ?」


 そう、ゼクスの言うとおり、こんなものは魔術でもなんでもない。ただの化学現象だ。

 私がやったことはただ単純に、メリルラの周りの空気の循環をとめただけだ。だがそれで十分だった。きっと彼女はこれまで、あれほどの雷撃を放つ事は無かったのではないだろうか。もしあれば、その危険性に気がついていただろう。


「狭い場所で、彼女のように雷撃を打ち続ければ空気は毒に変わるのよ。それだけ」

「毒ってお前、大丈夫なのかよ!」

「この程度なら、少し咳き込むぐらいよ。それも時間がたてば全てなくなるし」


 本当は少し違うが、詳しく話してもしかたがないだろう。

 私が狙ったのは、大気圧放電によるオゾンの生成だった。通常の環境下ではそこまでの効果は得られなかっただろう。だがこの狭い地下通路でしかも空気の循環を止めた中、幾度にもわたる雷撃魔術による放電。時間はかかりはしたが、メリルラが違和感を覚える程度のオゾンは発生したのだろう。オゾンは0.1ppmの濃度から対象に違和感を与え、0.5ppmでは上部気道に刺激を与える。メリルラが咳き込み、毒と勘違いしたのはそのせいだ。

 また、オゾンには強い酸化作用がある。そのため通常より物質の酸化――燃焼がしやすくなる。おかげで私の炎魔術は容易く彼女の法衣に燃え広がらせた。


「またよくわからん知識を使って勝ったって事か。ほんとお前って奴は」

「勝てたからいいじゃない」

「まぁな。一先ず、これで終了だ。さてフォルカス殿下達の所に戻るか」


 ゼクスは私の肩に手を置き、そう口にする。

 だがこれで終わったわけではない。私にはまだやるべき事が残っている。


「ゼクス、先に行っていて。少し行くところがあるから」

「お、おい。ヴァージニア!」


 そう、まだ終わっていない。ここに来る途中ですれ違った私も知る人物。

 私にはどうしても彼に聞かなければならない事があった。


 サイファ=ルーベント

 彼がこの国を裏切ったその理由を。

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